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高齢化社会における野菜販売戦略の課題

酪農学園大学 酪農学部 食品流通学科
教授 芝 希美夫


はじめに
 日本社会における高齢化は急速に進んでいる。高齢化に対応した社会体制の整備が要望されているが、追いつかないのが現状のようである。食品業界においても高齢化対策が必要と思われるが、どうも高齢者=病人的な発想が多いように思われる。すなわち、栄養食や病人食の開発が高齢化対策のように思われているようだ。
 栄養食や病人食の開発は大切だが、高齢者とはいえその内容は極めて多様であり、全ての高齢者を老齢者あるいは病人者とするには、かなり荒っぽいように思われる。高齢者をより細分化した対応が必要のように思われる。
 本稿では、高齢者の生活行動や食生活を考慮しながら、高齢者社会における野菜販売戦略について考えてみたい。


1.高齢者世帯の食料消費は高い
 総務省「家計調査」より、高齢者における「食」の位置付けについてみると、次のような特色が挙げられる。一つは、世帯主年齢別にみた場合、食料比(食料費/消費支出)は世帯主の年齢が高くなるとともに上昇する傾向にある。例えば、20代・30代の世帯主の場合、食料比は20%前後であるが、60代・70代世帯主の場合には25%にもなっている。二つには、世帯人員1人当たりの食料費が高くなっている点である。20代・30代・40代世帯主の場合、1人当たりの食料費は1か月当たり1万5~6千円であるが、50代世帯主の場合は2万円台であり、70代世帯主にあっては2万8千円にもなっている。食への支払い費が加齢とともに上昇している。

 高齢者の一人当たり食料費はかなり高くなっているが、それ以上に高齢者の「食」に対する意識の高さがみられる。それは「食」は「健康」と深く関わっているためであろう。高齢者の場合、特に「健康」に対する意識の高さが挙げられる。健康を意識した食生活への取り組みが設定されているためであろう。要するに健康のために、食事や栄養について、日頃から意識が高いと言える。

表1 世帯主の年齢階級別の1か月当たりの消費支出・食料費及び食料費の構成


2.高齢者世帯は多様な食を消費している
 次に「家計調査」から、世帯主年齢構成別の食品類別の購入構成をみると、次のような特色が挙げられる。高齢者世帯において、購入割合の多いのは、魚類、野菜・海藻、果物である。これに対して、若年齢層・中年齢層世帯において購入割合の多いのは、乳卵類、菓子類、調理食品、それに外食である。一般に、高齢者世帯では、生鮮食品に対する購入意識が、若年齢層・中年齢層では、加工食品に対する購入意識が強いと言える。

 そこで、食品の購入・選択において、高齢者世帯と非高齢者世帯がどのように異なるかを、家計調査を利用して、食品の品目別購入状況について把握してみた。それによると、ほとんどの品目において高齢者世帯の購入数量・購入金額が大きいことである。家計調査では、現在207品目が食品の調査対象品目となっている。そのうち7~8割が一般家庭よりも高齢者家庭において多く購入されている。

 高齢者世帯における食品購入の特色として、一つに「多品目」購入が挙げられる。種々の食品を食べることが「栄養」「健康」と結びついているためであろう。もっとも金額ベースで捉えた品目もあるため「単価」が高いことを考慮しなければならない。

 もう一つの特色は「素材品」購入の多い点である。この要因としては、一つには素材品の方が価格の安いことが、二つには「栄養」「健康」を考慮した生鮮食品の選択が、三つには高齢者における「鮮度」嗜好意識の高さが、四つには高齢者世帯では「調理」などの面で時間的余裕があることが挙げられる。

 上記は家計調査を利用したものであり、家計消費とはいえ家計での購入状況について捉えたものであり、消費そのものを捉えたものではない。そこで、国民栄養調査から栄養ベースで高齢者がどのような状況にあるか考察した。それによると、高齢者にあっては、若齢者と比較して、極めてバランスのとれた栄養摂取となっているようである。

 平均消費に対する特化状況をみると、20代・30代の年齢層では、野菜類、果実類、魚介類などの摂取量がかなり少ない。これに対して、60代・70代の高齢者にあっては、嗜好飲料、肉類などの摂取量は少ないが、その差は20代・30代ほど大きくない。高齢者の場合、かなりバランスのとれた食品摂取となっている。高齢者にあっては、健康を意識し、多様な食品から、多様な栄養を摂取していると言える。


図1 自分の健康づくりのために、栄養や食事について考えることがあるか  



表2 世帯主年齢別食品類別購入構成(食料費=100)

表3 食品区分別世帯主年齢別平均消費を超える品目数



表4 年齢別の食料消費状況(平成12年 特化係数)



3.高齢者社会における野菜販売戦略を考える
 高齢者の食生活は、多様な食品を購入し、多様な食品を消費し、極めてバランスのとれた食生活をしている。このことがわが国を世界的にみて最高の長寿社会に到達せしめた最大の要因といえる。そこで高齢者社会にあってはどのような野菜販売戦略が必要かについて考えてみる。

 最初に高齢者市場について、その規模・構成について考察してみる。一般に高齢者とは65歳以上の人々といわれている。2004年の人口統計によると、その規模は約2400万人となっている。同じく19歳以下の未成年人口は2500万人である。高齢者の市場規模は未成年の市場規模と変わらないのである。

 これに加えて、2400万人を同一視することの危険性である。いわゆる高齢者=病人への危険性である。言い換えるならば「元気な高齢者」が多いのである。人口統計によると、65~74歳が1378万人、75~84歳が832万人、85歳以上が274万人となっている。一般に65~74歳を「前期高齢者」(またはヤング・オールド)、75~84歳を「後期高齢者」(またはオールド・オールド)と呼んでいる。高齢者とはいえ、年齢により経済力・生活力が異なるのである。高齢者市場とはいえ、市場は極めて細分化されているのであり、それぞれに対応した戦略が要求される。ここでは紙面の都合もあり、次の点を指摘しておきたい。

(1) 第1は、多様な食消費への対応である。食消費でも見たように高齢者は多様な食品・多様な野菜を購入・摂取している。若者にあっては、特定の野菜に限定されているが、高齢者は多様な野菜を利用している。いわゆる若者世帯の消費が「小種多量消費」のパターンであるのに対して高齢者世帯は「多種少量消費」のパターンである。従って、多様な野菜の生産・販売が必要となろう。

(2) 第2は、素材形態の利用である。若者世帯の野菜利用は調理品・加工品での利用が多い。例えば、調理冷凍品や惣菜品の利用は高齢者以上に多い。これに対して高齢者の場合、素材での購入が多い。価格の問題もあるだろうが、高齢者にあっては自らで調理加工しているものと思われるのである。そのため、素材タイプの供給について検討する必要があろう。

(3) 第3は、食に対する知識の深さである。最近「食育論」が話題となっているが、高齢者の場合、食に対する知識は深い。そのため、一般的な食育論は不要であろう。高齢者に必要なのはより高度な食知識である。例えば、当該食の発生・登場や当該食の変質・改良等、食にまつわる知識を会得するものである。これにより食は一段と味を増幅することとなる。また、食文化とも関わる知識である。食の生産者・販売者にあってはこのような情報提供も必要となろう。




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