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野菜の輸入増による自給率の低下とその対策のあり方

東京農業大学 国際食料情報学部
教授 藤島 廣二


1.輸入急増・自給率低下の主因
 わが国の野菜輸入量の推移を概観すると、1980年代中頃から急増傾向が現れた。そのことを示すために、「食料需給表」のデータを基に作成したのが図1である。ここでは変化の時期を把握しやすいように3カ年移動平均値を用いた。輸入量の増加幅は1986年を境に、それ以前を大きく上回っている。すなわち輸入の急増が始まったと言える(2001年、2002年と輸入量が減少したが、これは残留農薬問題によるもので、一時的な現象とみられる)。試みに1986年を境にそれ以前の10年間とそれ以後の10年間とで輸入量の増加分を比較すると、前10年間の増加分は80万t、これに対し後の10年間では204万tと、2.5倍に達している。

図1 野菜の輸入量と自給率の推移(3カ年移動平均値)


 しかも、この輸入の急増に伴って、自給率も顕著に低下した。同じ図1の中に示したように、野菜の自給率(3カ年移動平均値)は以前から低下傾向にあったものの、1986年までは年々わずか0.5ポイント未満の低下にすぎず、同年においても95%を維持していた。しかし、その後は1ポイントを超える低下の年も珍しくなく、1992年に90%を割り、98年にはついに80%を割った(2001年と2002年は残留農薬問題による輸入量の減少によって80%台に戻ったものの、2004年の輸入増大状況などをみる限り、再び80%を割ったものと推測される)。

 このように輸入が急増し、自給率が著しく低下した主因は、改めて述べるまでもなく、1985年9月22日の「プラザ合意」以降、円高によって円換算での輸入価格が大幅に低下し、さらに90年代に入ってからは中国産の輸入によって価格の低下が一段と進行したことにあろう。しかし、輸入価格が大幅に低下しさえすれば、あるいは低価格が継続しさえすれば、それに応じて輸入が大幅に増えるかと言うと、必ずしもそうではない。事実、円高によってほとんどの野菜の価格がほぼ同様に低下したにもかかわらず、塩蔵野菜の輸入は、一時的にわずかに増加しただけである。輸入量の急増が時々マスコミで取り上げられる生鮮野菜の場合も、著しく増加し始めたのは円高による輸入価格の低下開始時期と同じではなく、それよりも大幅に遅れている。すなわち、円高などによる輸入価格の大幅な低下、または著しい低価格は、「唯一の主因」と言うものではなく、「主因の1つ」とみるのが妥当なのである。

 そこで以下では、明らかに「輸入価格の大幅な低下」あるいは「著しく低い輸入価格」が主因であると考えられる輸入増大の事例を対象に、「輸入価格」以外の主因について考察し、今後の自給率向上などの対策の検討に資することにしたい。


2.冷凍野菜への関心が低かった国内産地
 冷凍野菜の年間輸入量が大幅に増加し始めたのは、「プラザ合意」の翌年である1986年からであった。同年の輸入量は21万tで、前年(1985年)の18万tの19%増、翌1987年は26万tで、同じく前年の23%増、そして1988年は33万tで、27%増であった。

 こうした輸入の増大は、円高による輸入価格の低下によるところが大きい。と言うのは、かつては国産品価格と同程度、あるいはそれを上回る価格の輸入品が多かったにもかかわらず、その大半は円高の結果、1995年頃までに国産品の半値、あるいはその近くにまで価格を下げ、それと相まって多くの品目で輸入量が顕著に増加したからである。

 しかし、冷凍野菜の場合、輸入の増加を引き起こしたのは価格の低下だけではなかった。そのことを示唆しているのが図2である。これによれば、野菜全体の輸入シェアがわずか3~4%であった1980年代前半において、冷凍野菜の輸入シェアは65%前後に達しているのに対して、国産冷凍野菜は1977年に8万tを超えた後、毎年8~11万tでほとんど変化していない。これらのことは、情報不足などによって国内の産地が冷凍野菜にほとんど関心がなく、その輸入シェアの高さなどにも危機感を抱いていなかったことを意味している。すなわち、冷凍野菜に関する需要が増大した場合には、国産ではなく輸入で対応せざるを得ないという状況が既に1980年代にできあがっていたことが伺える。

 国内産地が冷凍野菜に関心を示さなかったのは、零細な作付面積の野菜農家が多かったからであろう。冷凍野菜に限らないが、加工原料用の野菜価格は多くの品目で一般家庭用の半値程度か、それ以下にすぎない。それゆえ、零細な作付面積でできるだけ高い収入を得るには、一般家庭用を重視せざるを得なかったのである。

 それはともかくとして、上述のように、冷凍野菜の輸入が1986年から大幅に増加したのは、冷凍野菜に対する国内産地などの関心が低く、それゆえ輸入冷凍野菜をいわば「容認する状況」ができあがっていたところに、円高による輸入価格の急速な低下が加わったからであるとみるべきであろう。すなわち、決して輸入価格の低下だけで輸入が急増したわけではないのである。


3.加工・業務用ニーズに対応した中国産
 中国産野菜の輸入量は1990年代に入って急速に増加し、2001年以降、わが国の野菜輸入量全体に占めるシェアは50%を超えた。これほどに中国産が伸びた大きな要因は、しばしば指摘されるように、その輸入価格が他の国に比較してきわめて安価なことであろう。例えば、生鮮ブロッコリーの2003年の輸入価格をみると、アメリカ産175円/kg、オーストラリア産173円/kg、メキシコ産172円/kg、ベトナム産142円/kgに対し、中国産は104円/kgで、アメリカ産に比べ4割安く、ベトナム産に比べても3割近くも安い。

図2 国産・輸入別冷凍野菜供給量と輸入シェアの推移


 しかし、中国産野菜の輸入急増も決してこのような低価格だけによるものではなく、わが国の加工・業務用需用者や小売業者のニーズに対応しようとする中国側の努力を軽視することはできない。そうした努力が行われた代表的な例としてたまねぎを挙げることができる。
 輸入たまねぎと言うと、従来は大玉系が多く、価格も安いアメリカ産が大半を占め、この状況は当分の間変わらないであろうと思われていた。ところが、図3に示したように中国産たまねぎの輸入量が2001年に前年の3倍以上に急増し、2002年以降はアメリカ産を超えて、第1位の座を占めた。しかしながら、輸入価格はアメリカ産を大幅に下回っていたわけではなく、それどころか、年平均価格でみるとアメリカ産を上回る年の方が多かった。

 では、なぜこのようにアメリカ産を超えるほど中国産の輸入量が増加したのか。それは、わが国の加工・業務用需用者などのニーズに対応して、中国側がたまねぎ商品の内容の改善を進めたからである。どのように改善したかと言うと、(1)わが国の業者が求める大玉系のアメリカ品種の生産を増やしたこと、(2)産地リレーにより周年供給を可能にしたこと、(3)わが国の業者の要望に応じて剥き玉(皮をむき、根などを切り取ったたまねぎ)での輸出を実施したこと、などである。特に3番目の剥き玉は加工・業務用需用者にとって、手間とゴミ処理コストの両方を省くことのできるきわめて便利な商品であり、これが決定打になったと判断できる。

 中国産たまねぎはアメリカ産と似た価格であるとは言え、他の輸入先相手国のたまねぎと比べると、価格が安く、それが輸入増の主因の一つであることは間違いない。しかし、同程度の価格のアメリカ産を抜いて中国産がトップに立ったのは、上述のような価格以外の付加価値によるものであることに留意すべきであろう。


4.自給率向上対策の進め方
 以上、「輸入価格の大幅な低下」や「著しく低い輸入価格」以外にも、輸入量の大幅な増加を引き起こす主因が存在することを明らかにした。その一つは、冷凍野菜の輸入急増を引き起こした国内産地側の要因(冷凍野菜への関心の低さ)であり、もうひとつは中国産たまねぎがアメリカ産を抜いて第1位の座を獲得することになった中国側の要因(加工・業務用ニーズへの対応)である。

図3 中国産・アメリカ産たまねぎの輸入量と輸入価格の推移


 従って、今後、野菜輸入の増加を防ぎ、自給率の向上を実現するための対策を立てる際、「生産・流通コストの削減=価格の低下」以外の方策をこれまで以上に重視すべきと考えられる。特に、消費者の動向やニーズはもちろんのこと、加工・業務用需用者や小売業者の新たな動きやニーズを早期に把握するためのシステム作りと、それらのニーズなどを円滑かつ正確に産地側へ伝えるためのシステム作り、あるいは消費地側(加工・業務用需用者、小売業者)と産地側とが新商品・新品目を共同開発できるようにするための支援策などを重視すべきであろう。

 ただし、改めて言うまでもないが、野菜輸入量の減少と自給率の向上を図る上で、国産野菜の生産・流通コストの削減による価格の低下が基本であることは何ら変わるものでない。それゆえ、このための対策は一度や二度で済ますと言うものではなく、継続的に検討・実施されねばならないであろう。




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