信州大学大学院 イノベーション・マネジメント専攻
教授 茂木 信太郎
3.「内食」分野の構造変化
次に、「内食」分野の動向について見てみよう。
「家庭内食」に向けて食材料(食料品)を供給する最大チャネルは、スーパーマーケットである。
大規模な店舗を構え、豊富な品揃えで、消費者の「内食」需要にもっとも効果的に対応する業態は、スーパーマーケットだけであると思われてきた。しかし、この構造が変わり始めた。
スーパーマーケットは、1960年代の創業期、1970年代の成長期、1980年代の発展期を経て、1990年代には成熟期を迎えた。
この成熟期への移行と時期を同じくして、第一にドラッグストアやホームセンターという大規模郊外店がチェーンとして勢力を急拡大するようになった。
これらは、業界では、「ノンフードビジネス」と括られることが一般的であるが、そのような呼び方とは裏腹に、実は「フード」の売上構成比が大きい。飲料、サプリメント、いわゆる健康食品というジャンルでは、スーパーマーケットの品揃えを上回るものが多く、調味料や菓子類でも店頭在庫のボリュームは大きい。また、ペットフードや台所周りの道具類では、スーパーマーケットをはるかに凌ぐものが多い。(注5)
これらの新興勢力では、特定の分野については魅力的な品揃えを実現しているので、「内食」の多様化に対応する業態として、スーパーマーケットよりも歩があるという状態となっている。
第二に、通信販売や生協の宅配(個配)などの、無店舗販売が拡大している。インターネットによる取引も、無店舗販売のジャンルで、通信販売の一種とみなすことができる。
これには、宅配便などの消費者物流のネットワークの利用が簡便になったことと、住宅が広くなって食料品の保管スペースが確保できるようになったという事情が寄与している。(注6)
第三に、生鮮コンビニといわれる業態が急拡大している。いわゆる100円均一ショップ(ないし99円)の食料品店版と思えばよい。
例えば、単身世帯と2人世帯とで、全世帯の過半を超すが、これらの世帯ではそもそも家族だんらんの食卓風景は想像できない。これらの世帯では、出来合いの食事である「中食」は望まないが、調理労働は最小限に止めたいという要望が大きい。急増している高齢者だけの世帯もそうである。
生鮮コンビニでは、これらの増大する世帯の「内食」需要に対応して、炒めるだけの簡単な調理用の野菜であるとか、湯煎だけのレトルトパックなどを独自開発したりして、品揃えている。一品100円(99円、税込み104円)に揃えた小型パックも、小規模世帯の使いきりにはちょうど良いのである。(注7)
4.「外食」分野の構造変化
「外食」分野では、どのような動きがあるのであろうか。(注8)
第一には、1970年代、1980年代と外食産業の時代を築いたのは、チェーンレストランであるが、これら叢生期のブランドは、全国市場でほとんどが飽和状態を呈するに至っていることである。そのために、中堅チェーンブランドを巻き込んで、M&A(企業の合併・吸収)などによる企業の再編成が一部で活発化しており、また、ブランド同士の連携も試みられている。
第二には、かつてのファミリーレストランに代表されるような多様なメニューを品揃えして、消費者の多様な外食需要に幅広く対応しようという業態の業績が伸び悩んでおり、代わって特定の顧客層、特徴あるメニューに比較的特化した業態のチェーンが台頭している。例えば、個室対応の居酒屋であるとか、定食的なメニューを揃えた店などがそれである。
第三には、1990年代以降、外食産業への新世代の参入があり、事業規模の拡大を求めないで、事業者の理思を実現しようとするこだわりのある店作りが、全国に広がりつつある。
第四には、チェーンレストランも地方の個店も、食材産地の開発を手掛けたり、地域の限定的な食材を求めたりする動きが積極化しており、食農連携を標榜するところもある。
第五には、この間、地方発の中規模外食事業者の健闘が目立つことである。その地方での立地特性を押さえつつ、都市部とは異なる消費者のライフスタイルへの対応が奏功したと言えよう。
5.食市場の流動化
以上のように、「外食」、「中食」、「内食」のいずれの領域においても、食市場は、21世紀に入って相当に変化しているということができる。
それは、20世紀までに「外食」領域でのチェーンレストランによる、「中食」領域でのコンビニエンスストアによる、そして「内食」領域でのスーパーマーケットによる、それぞれの市場創造と市場拡大が、ほぼ一巡してしまったことにより、「外食」、「中食」、「内食」の各領域において、消費者の食市場の成熟段階に対応した新しい試行が猛烈に活発化しているということである。そうしたさまざまな試行の相互作用として、「外食」、「中食」、「内食」の各領域間の垣根が融合していくような新しい構造変化が始まっているのである。
注記
(注1)「内食」「外食」「中食」のそれぞれの成立事情については、茂木信太郎・飯野久栄編『食品の消費と流通』(第二版)(2003年、建帛社)に詳しい。
(注2)コンビニエンスストアの技術開発と商品開発の特徴は、茂木信太郎「「中食」市場の急拡大を支えた技術と経営手法」、荒井・川端・茂木・山野井編『フードデザイン21』(2002年、サイエンスフォーラム)を参照されたい。
(注3)茂木信太郎「デフレ・マーケティング」、『食品工業』2001年10月15号(光琳)参照。
(注4)ミール・ソルーションの展開については、茂木信太郎「ミール・ソルーションとホームミール・リプレイスメントの日本への移入を巡って」、『食品工業』1998年4月15日号(光琳)を参照されたい。
(注5)「ノンフードビジネス」の食品小売業としての側面は、茂木信太郎『外食産業の時代』(2005年、農林統計協会)第三部を参照されたい。
(注6)無店舗販売の代表格である生協の宅配システムについては、前掲『食品の消費と流通』の第6章「生協の共同購入」を参照されたい。
(注7)専門誌『月刊コンビニ』梅澤聡編集長の言によれば、チェーン店として「コンビニのはじめての競合らしい競合の出現」ということになる。
(注8)外食産業の最近の変化については、茂木信太郎「市場爛熟期に入って、外食産業はどう変わるのか」、『スクエア』第133号(2004年春季、レジャー・サービス産業労働情報開発センター)を参照されたい。
もぎ しんたろう プロフィール
1948年(昭和)23年12月30日静岡県浜松市生まれ。法政大学大学院経済学専攻修士課程修了(経済学修士)。(社)食品需給研究センター研究員、(財)外食産業総合調査研究センター主任研究員、フードシステム総合研究所調査部長を経て、1996年信州大学経済学部助教授、97年10月同教授、03年4月より現職。主な著作に、「外食産業の時代」(農林統計協会)2005年6月刊、「食品の消費と流通―フードマーケティングの視点から―」(編著・日本フードスペシャリスト協会編)第2版2003年(初版2000年)、などがある。