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機能性食品としての野菜

千葉大学園芸学部 生物生産科学科 助教授 江頭 祐嘉合


はじめに 

 戦後、わが国の食生活は欧米化し、肉食中心、高脂肪、高糖質、低食物繊維食となってきている。特に野菜の摂取量は、農林水産省の食料需給表、厚生労働省の国民栄養調査によると年々減少してきている。一方、米国では野菜の摂取量が1980年代後半から年々上昇している。そして1992年ころよりガンによる罹患率、死亡率が減少しているのは興味深い。米国では1960年代、当時の大統領ニクソンは、巨額の予算をガンの死亡率の減少を目的とした事業に投入した。しかし効果はあらわれなかった。これはガンの治療技術の向上に焦点を絞ったためと考えられ、その後、治療より予防を目的とした政策へ方向転換することとなった。こうした背景により、その後さまざまな政策および研究がなされ、1990年に米国立ガン研究所で植物性食品によるガン予防を目的とする"デザイナーフーズ計画"が発表された。さらに1991年に"5 A Day運動"がはじまった。これは健康のため1日5皿以上の野菜と果物を摂取しようという運動である。米国の野菜摂取量の増加はこうした背景によるものと思われる。

 野菜にはガン予防などの機能性があり、このはたらきは実験動物だけではなく人対象の研究でも明らかになってきた。ガン予防以外にも腸内環境の改善、中性脂肪の低下作用、血圧低下作用、肥満予防作用、抗酸化性、骨代謝への作用、ホルモン代謝への作用など様々な生理作用がある。ここでは機能性食品としての野菜のガン予防およびガン以外の生活習慣病予防を中心とした生理作用に関して紹介したい。今回紹介する研究内容は、米国立医学図書館内のNational Center for Biotechnology Information (NCBI) の文献検索システムPubMedで検索し、まとめたものである。表1におもな野菜の生理機能をまとめた。

野菜とガン予防に関する研究 

 世界ガン研究基金と米国立ガン研究所がまとめた胃ガン、大腸ガンなどの部位別のガンの発症と野菜、果物、ビタミン、お茶など食品の関係をまとめた「食物栄養とがんの予防-国際的視点から(1997)」という報告書がある。この報告書によるとガン予防に関しては食品中で野菜が最も予防効果が高く、中でも口腔、咽頭、食道、肺、胃、結腸、直腸ガンに関しては"確定的"に、喉頭、膵臓、乳房、膀胱ガンに関しては"ほぼ確実に"リスクを軽減させるという。

 動物を対象とした研究をみると、薬剤を用いて動物(おもにラット)にガンを発症させ、それから野菜を投与してガンの抑制効果をみる研究がある。一方、野菜を摂取させた後にガン誘発物質を注射あるいは摂取させ、ガンの発症を観察するというガン予防を目指した研究もある。

 ここではガン抑制および予防に関する動物対象の研究を紹介する。キャベツ抽出物を肝臓ガンのラットに経口投与したところ免疫系を活性化させ腫瘍の大きさを減少させたという報告がある。前立腺ガンのラットにトマトのパウダーを投与したところこれを抑制した。ニンニクパウダーの摂取は肝臓ガンの腫瘍の数と面積を減少させた。からしの油の摂取はラットのアゾキシメタン誘発大腸ガンを抑制した。以上のように多数の報告がある。キャベツ、ブロッコリー、ワサビ、からしなどのアブラナ科野菜は、ガン予防作用があることがよく知られている。これは有害なものを無毒化する解毒酵素の活性を高めるためと考えられている。アブラナ科の抗ガン作用にはその成分としてグルコシノレートが示唆されている。ガン予防、ガン抑制のメカニズムは完全には明らかになっていないが、野菜はビタミン、ミネラルなどの栄養素以外にもポリフェノールなど様々な生理活性成分を含んでいるので、解毒酵素の活性化、抗酸化作用、免疫系の活性化などいろいろな要因が複合的に関わって作用しているのかもしれない。

 野菜には、主に植物に含まれる機能性成分で栄養素としてはまだ分類されていない"フィトケミカル"が含まれる。武庫川女子大学の篠塚教授は野菜のフィトケミカルとガン予防に関する動物実験のデータをまとめて次のように報告している*。大豆イソフラボンは乳ガン、前立腺ガンを抑制するという。キャベツなどのアブラナ科野菜より生成されるイソチオシアネートは肺ガン、乳ガン、膵臓ガン、小腸ガン、結腸ガン、直腸ガンの抑制効果がみられた。他にトマトに含まれるリコペン、赤ワインや落花生の渋皮に含まれているポリフェノールであるレスベラトール、緑黄色野菜に多く含まれるβ-カロテン、玉ねぎに含まれるフラボノイドであるケルセチン、カレー粉の黄色い色素でウコンに含まれるクルクミン、オレンジの皮の油で香りの成分であるリモネン、ホウレン草、ケールに含まれるカロチノイドであるルテインなども抗ガン、抗腫瘍作用を示すという。

 次に人を対象とした研究を紹介する。前立腺ガン患者に腫瘍切除前にリコペンを含むトマト抽出物を摂取させたところ対照(トマト抽出物無投与のグループ)に比べ腫瘍が小さくなり、血中の前立腺ガンの指標となる前立腺ガン特異的な抗原レベルも減少した。非喫煙の健常者と非喫煙の肺ガン患者の食事調査をしたところ、レタスには肺がん予防の可能性があることが示唆された。大豆製品の摂取は日本人の胃ガンを予防したという報告もある。一方、大妻女子大学の池上教授は、胃ガン予防と野菜に関する患者対照研究をまとめたところ、豆類、ネギ類、緑黄色野菜、にんじん、トマトに胃ガン予防効果が認められたという。さらに池上教授は疫学研究の論文調査を行い、個別野菜というよりは野菜全体がガン予防に有効であること示唆している*。

野菜と生活習慣病予防に関する研究

 脳溢血(のういっけつ)、心臓病、動脈硬化、高血圧、糖尿病、ガンなどの成人病は中年以降に発症することが多く、発病の背景に長期の生活習慣があるため1996年から生活習慣病といわれるようになった。ここでは野菜と生活習慣病予防について述べたい。

血栓予防

 脳梗塞(のうこくそく)、心筋梗塞はおもに血栓の形成により引き起こされる。血栓形成を誘発させるものに血小板の凝集がある。人を対象とした研究で、にんにくの抗血栓作用が示された。犬を対象とした経口投与の実験で玉ねぎも血栓防止作用が報告されている。これらに含まれるメチルアリルトリスルフィドなどの含硫化合物に、血小板が凝集するのを防ぐはたらきがあることが知られている。

脂質代謝改善

 血中のコレステロール、中性脂肪など血中脂質成分の大きな増加は動脈硬化、心臓疾患などを引き起こす。野菜による脂質代謝改善作用に関しては、大豆の研究報告が多い(図1)。大豆タンパク質がハムスターの血清コレステロール値を低下させた。人を対象とした研究においても大豆タンパク質の摂取により血中コレステロールの低下、血中中性脂肪の低下が報告されている。

腸内環境改善

 食物繊維の摂取は、人を対象とした疫学調査で排便量の増加、便秘改善、虚血性心疾患、冠状動脈疾患発症のリスク低下、Ⅱ型糖尿病や十二指腸潰瘍の発症の低減など人の健康上有益な研究報告が数多くなされている。野菜は一部のものを除いて食物繊維の含有量はさほど多くはないが多量に摂取できるので食物繊維の重要な供給源となる。にんじんから抽出した食物繊維を人に摂取させたところ糞便重量が増加し、食物の腸内通過時間が短縮された。アスパラガスに含まれるフラクトオリゴ糖がビフィズス菌増殖活性をもち、健康増進に関与している。いんげん豆の摂取は糞便量が増え人の腸の機能に有効であったという報告がある。

耐糖能

 血糖値の急激な上昇、それに伴うインスリン分泌の増加が長期間持続するとインスリンを作り出す膵臓のランゲルハンス島のβ細胞が疲弊し、インスリンの分泌が低下し、ひどい場合は糖尿病になる可能性がある。食後の急激な血糖値の上昇を抑えるものにエンドウ豆がある。糖尿病患者においてジャガイモ摂取よりエンドウ豆摂取の方が食後血糖値の急激な上昇を抑え、インスリン分泌の遅延、減少がみられたという報告がある。

その他のはたらき

 他に骨代謝改善作用、ホルモン代謝への作用の報告がある。女性ホルモンであるエストロゲンと化学構造が似ているフィトエストロゲンが、カリフラワー、ブロッコリー、エンドウ類、大豆に含まれている。閉経後の女性のホルモン代謝に影響を及ぼしている可能性が示唆されている。また大豆イソフラボンは更年期にみられるのぼせの症状を軽減するという報告と軽減しないという報告がある。

おわりに

 米国と異なり、わが国では1日あたりの野菜の摂取量が年々減少している。なかでも20歳代、30歳代の摂取量の低下が目立つ。国は1日350g以上の摂取が望ましいとしている。しかし60歳代以上の世代を除いてこの目標値に達していない。1日350g以上の野菜摂取という目標値達成のためには、機能性食品としての野菜の重要性を科学的により明らかにし、社会により強くアピールする必要があろう。

 野菜は栄養素やフィトケミカルなど生理機能成分が多種類含まれており、ガン予防、生活習慣病の予防など人の健康に非常に有益なことが多くの研究より明らかになった(表1、図1)。しかし、一方ではある種の豆類の生食やある種の野菜にはアレルゲンやアルカロイドなど人の健康にあまり有益ではない成分も含まれる。非常に特殊な例であるがダイエットのために2年間かぼちゃ以外のものを摂取しないで肝臓に障害がでたという報告もある。このように野菜でも偏った食べ方をすると健康に負の影響を及ぼすと考えられる。したがって健康のために数多くの野菜を、その生理機能を意識し、バランスよく摂取することが重要と思われる。

  今回この稿に掲載した野菜の研究の原著論文のリストは、総説「野菜と野菜成分の疾病予防及び生理機能への関与」栄養学雑誌、61、275-288(2003)に掲載した(注)。

表1 野菜または機能性成分を含んでいる主な野菜の生理機能

人あるいは実験動物の研究報告(1990-2004年)をまとめたもの 
(江頭祐嘉合 野菜の機能・栄養素に関する調査研究報告書(財)食生活情報サービスセンター)


図1 えだまめ(大豆)に含まれる成分の生理機能

一つの野菜に多種類の機能成分が含まれ多種類の生理機能を持つ

参考文献1

 池上幸江、梅垣敬三、篠塚和正、江頭祐嘉合:「野菜と野菜成分の疾病予防及び生理機能への関与」栄養学雑誌、61、275-288(2003)

参考文献2

 松尾伸彦:「注目される食品の機能性成分」GLOBAL49、14-17(2004)



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