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野菜の輸出-過去と今と未来

東京海洋大学講師 櫻 井  研
(元 農協流通研究所 調査研究部長)


1.はじめに

 数年前、フランス農業省を訪問したときに、日本では何の野菜を一番多く食べているのかと質問を受けたので、「ダイコン」だと答えると、目を丸くして驚いていた。フランスのダイコンは日本種のように肌が美白のものではない。日本のダイコンをフランス産の表皮が黒いダイコンと同一視して、なぜそれを好んで食べるのかと不思議に思われたのかもしれない。

 ダイコンのルーツはどこか。中央アジアあるいは東ヨーロッパ辺りから大陸を経て、日本に渡来したものであろうとか、諸説がある。古代エジプト人の重要な栄養源であった、クレオパトラも食べていたなどと言われているから、地中海辺りでは相当古くから食されていたものであろう。日本にも古代に渡来し、以来、1千年以上にわたって改良を加え、地方ごとに特徴のある品種を生み出してきた。品種の多さはもちろん、姿・形の見事さ、色白の美しさでは日本産の右に出るものは世界のどこにもない。食べ方も、おろし、刺身のつま、汁の実、煮物、漬物、切り干し、と万能の野菜だ。

 筆者は、アメリカでも、ヨーロッパでも、アジアでも訪問先ではいつも売り場にあるダイコンの出来栄えを確かめるが、日本産に比較できるものをかつて見たためしはなかった。

 しかし、昨年(2004年)11月、マレーシアとタイの売り場で見たものは、見事な出来であった。日本の種を使って現地で育てたものである。海外でも日本種野菜が着実に根を下ろし、世界に普及する時代を実感した。トマト、キュウリ、ナスなども、その品質は日本産と遜色のないものに仕上がっていたのである。ラベルに「Japanese melon」を強調したメロンを購入して試食してみたが、日本でさえ滅多に味わえない美味しさであった。

 このような海外産日本種野菜がアジアの売り場に出回るようになると、これからの日本野菜の輸出可能性はどうなるのか。以下は、筆者の考える未来への視点である。

 なお、野菜の輸出を全体としてみるためには、生鮮野菜と加工野菜について分析しなければならないが、本稿では生鮮野菜に限定する。

2.野菜輸出の推移と特徴

 さて、野菜の輸出数量について、1988(昭和63)年から2003(平成15)年までの推移を図1で見てみる。

 まず90年代初めの状況をみると、1988年の約2,000トンの輸出が92年には5,200トンを超えるまで増加している。この時期での増加の要因としては、(1)欧米そしてアジアへの日本企業の進出、海外在留日本人の増加、海外での第一次日本食ブームなどを背景に日系のスーパーや日本食レストランが各国に出来て日本野菜への需要が増大したこと、(2)日本国内でも、農産物の輸入自由化攻勢が強まる中、「守りから攻めへ」の機運が高まり、農水省の輸出振興対策や農業団体の積極的な輸出への取り組みが実を結んだこと、(3)輸出の大きな割合を占めるタマネギの主要輸出先である台湾とロシアで1,000トンを越える大口の需要があったこと、(4)しかも、この時期は対ドル為替レートが120円~140円と輸出に有利な状況にあったこと、があげられる。

 90年5月には、24の県連と全農、(株)組合貿易とで構成する「農協青果物輸出対策協議会」が発足し、「日本市場があふれたときの投げ場という考え方ではなく、経済事業として」本格的に輸出を推進する組織もつくられた。90年度の輸出計画によれば、5億円規模で参加24県連から40品目以上の野菜と果実を北米、東南アジア、EC、豪州へ輸出する計画であり、(株)組合貿易が貿易の実務を担当し、現地では「大口の香港市場の場合、八百半、大丸、ユニー、ジャスコ、東急、そごうなど、おなじみの日系スーパーが引き受ける」という仕組みで輸出が行われた。このほか、卸売市場経由による輸出のチャネルもあった。

 93年からの4年間は大きく落ち込んだ時期となっているが、その主たる原因は、急速な円高の進展であった。しかし、そういう厳しい中でも、海外の売り場の要請に応えて輸出は続けられた。筆者は当時、次のように書いている。「全農・組合貿易が1993(平成5)年8月23日出航の船で600ケースを香港に向けて輸出した品目は、キャベツ、ダイコン、ハクサイ、ゴボウ、ニンジン、サトイモ、カンショ、ナガイモ、ヤマトイモ、長ネギ、エノキダケ、ホンシメジ、メロン、スイカなど野菜19品目。リンゴ、ミカン、ブドウ、桃、柿、二十世紀梨など果実8品目、その他山菜など3品目。これらの混載で輸出された。・・・これらの日本野菜などは、香港で10数店の日系デパートやスーパーマーケットに分荷されており、各店の青果コーナーは、日本国内同様の買い物ができるように、日本の野菜と果実を品揃えしている。円高で取引条件は厳しくても、毎週欠かさず、店のオーダーを受けて供給(輸出)するのであり、店側のニーズへの対応から輸出品目は少量多種類になる」(以上、『日本農業新聞』93年9月2日付けより)。

 図1に見るとおり、野菜の輸出は97年に至って回復し、以後、増加の傾向で推移しているが、目立って増えたのはナガイモである。直近3年間(01年~03年)の平均では、輸出品目の構成はタマネギ24.7%、ナガイモ33.1%、その他の野菜42.2%という割合だが、01年にタマネギ・ナガイモ以外の野菜が大きな数量となったのは「にんじん等」の輸出が一時的に増えたためで、これは固定的な需要ではない。直近2年間に限れば、ナガイモとタマネギの2品目で約80%を占めている。

 タマネギは台湾の端境期での需要やロシアの沿海州地域での需要があるために輸出されてきたが、近年増大しているナガイモは主に台湾向けである。「川西長いも」で知られる北海道JAかわにしのナガイモが台湾向けに初めて輸出されたのは99年10月から。台湾では健康・薬効食品としてナガイモ類の人気が高まり、需要が年々増えていることを取引先の卸売会社から教えられ、同社の仲介で、台湾向け輸出が実現したものである。台湾では、料亭などでの薬膳料理となる。4Lサイズの大きく、太く、色白であるものが好まれ、北海道産に対する評価は高い。

 この2品目以外の野菜は少量多種類の組み合わせでの輸出となる。さまざまなチャネルによって輸出されているが、香港の在留邦人向け野菜の宅配もそのひとつにあげられる。

図1 生鮮野菜の輸出数量の推移(財務省『日本貿易統計』による)

3.海外産日本種野菜との競争

 近年、海外では、日本の種を使って現地で育てられた日本種野菜が出回っていることを冒頭で紹介した。2000(平成12)年の「貿易統計」によれば、生鮮野菜の輸出金額は約10億円であるのに対し、同年の「播種用の野菜の種」の輸出金額は68億円であり、種の輸出先は世界の81か国に及んでいる。その種で育てられた野菜が日本に輸入され、日本産の野菜を脅かす一方、海外でも日本から輸出する野菜に取って代わるものになっている。

 この状況について、日本貿易振興機構が実施した『平成15年度日本食品等海外市場開拓事業』に係る現地調査報告では、次のような注目すべき分析を行っている。「日本ブランドの強みを分析する時、(1)品質の高さ、(2)品種、(3)実際の産地、の3つの要素から成り立っていると考えられる。海外で高く評価されているのは(1)→(3)の順である。近年、海外産日本種の台頭が目覚しく、最も評価されている(1)(2)が脅かされようとしている。(3)のみではコスト高のみが残り、競争力は無くなる」と。

 では、「実際の産地」が日本である野菜の本質的価値は、これから本当に、海外では認知されなくなるのであろうか。

4.野菜の輸出-魅力市場・アジアへの未来

 未来を語る場合に大切なことは「市場」という概念をまず明確にすることである。卸売市場というときは買い手と売り手が集まって取引を行う場所の意味で使われるが、マーケティングの考え方では、ある商品の実際の購買者と将来の潜在的な購買者の集まりを「市場」と呼んでいる。

 では、魅力ある市場とは何か。アジアは今、急速に変化している。変化に伴って、新たなニーズや欲求が生まれ、そして購買力を持った裕福な人が出現している。それが第一の魅力である。第二は市場が成長していること。将来に向かってさらなる成長が見込めるアジアでは、多様なニーズや欲求を持つ人びとの存在がより確かなものへと成熟していく。変化と成長は日本ブランドの強みを発揮できる好機の到来である。アジアの未来は、魅力ある市場だと言える。

 ところで、A.マズロー(アメリカの心理学者)は、人びとのニーズは階層性を成していると考えた。すなわち、生理的ニーズ(空腹、渇き)、安全のニーズ(安全・安心)、社会的ニーズ(帰属感、愛)、自己尊重のニーズ(自尊心、社会的地位)、自己実現のニーズ(自己開発、自己実現)へと高まっていき、人びとは一番重要なニーズから先に満たそうとする。それが購買の動機となるというのである。

 経済的発展により所得が向上し、購買力を持つと、単に空腹を満たすことが購入の動機ではなくなり、ひとつには「安全のニーズ」が高まる。また人によっては「自己尊重のニーズ」から自分の社会的地位にふさわしいステータスを意識し、それが購買の動機となるものがある。さらに「自己実現のニーズ」が高まって、世界の珍しい食べ物や原産地の確かな、安全で、本物の食材を味わいたいという欲求を持つ人が増える。このようにニーズや欲求は多様化すると考えられる。それは、日本野菜にとって好機の到来を意味する。

 しかし好機が到来しても、日本からの適切な対応(商品の提案及びプロモーション)が行われなければ、輸出の促進にはならない。日本とアジアの交流を推進するアジアネットの田中豊氏は、香港や台湾の小売バイヤーから「とにかく、日本の新しいもの、びっくりするもの、目に付くもの、工夫されたもの、何でもいいからどんどん紹介して」と言われているのだという。最高級ショッピングモールの社長さんと面談した時は「日本で普通に売っている商品には、まったく興味が無い。一粒500円位する最高級イチゴを桐箱に詰めて一箱2万円で売る商品を300箱注文したい」「高いから売れるのだ」と聞かされて、田中氏自身が驚いておられる。

 そもそも農産物の品質価値を規定する要素も図2に示すとおり多様なものである。日本野菜はどの要素で評価しても世界のトップレベルであることは確かだ。しかし、未来の輸出先において輝くためには、「日本で普通に売っている商品」とは違う「きらりと光る」ものが、図のいずれかの要素に求められるように思う。未来のアジアの市場は、その技術力と独創性を試す土俵にほかならない。どの要素で勝負をするのか、どの市場(サブセグメント=ニッチ)をターゲットにするのかを明確して、周到な準備をし、適切なプロモーションを行い、需要を創造することが肝要と考える。

図2 農産物の品質価値概念図

(注)中核となる本質的価値と周辺部分の付加価値を示した。


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