元 農林水産省野菜試験場 育種研究室
室長 芦澤 正和
1 野菜の種類とその原産地
現在栽培され、日本の市場に出荷されている野菜の数は約30科約130種類程度と推定されている。そのうち、日本原産、または日本も原産地の一部とされているものは約20種類弱である(図1)。
しかし、これら日本原産の野菜は、料理の主体となるものというよりそれを豊かにする素材の一つ・味を引き立てる役割を担っているもののみで、現在の主要野菜となっているものは皆無である。その他の種類は時代の古い・新しいはあるものの、海外から渡来・導入したものである。これらが、時の流れと共に日本各地に伝搬・馴化し、それぞれの地域に適応した品種・系統に分化し、地域独特の野菜として定着し、かつて40~50年前までの日本の野菜の主体を成していた。現在、その極一部が伝統野菜、在来品種、地方品種と呼ばれて再認識されつつある。
これらの野菜は古くは中国大陸・朝鮮半島経由で(だいこん、かぶ、マクワウリ、アブラナ、なす、ごぼう、ねぎ、カラシナ、にんにくなど)、戦国・江戸時代には中国大陸・朝鮮半島経由のほか南蛮船によってもたらされたものある(えだまめ、筍、きゅうり、えんどう、東洋系にんじん、東洋系ほうれんそう、そらまめ、すいか、インゲン、さつまいも、唐辛子、しゅんぎく、和種かぼちゃなど)。幕末には外国人により、さらに明治に入ってからは時の政府が文明開化・富国強兵策の一環として意欲的に海外の野菜を含む農作物を導入する努力をした。この頃に導入された野菜の中に現在の主要野菜がかなりある(はくさい、たまねぎ、メロン、じゃがいも、トマト、洋種かぼちゃ、西洋系にんじん、西洋系ほうれんそう、スイートコーン、ピーマン、アスパラガス、いちご、カリフラワー・ブロッコリー、キャベツ、セルリー、レタスなど)。
2 野菜の種類・品種の変遷
戦後、飢餓の時代を脱して食生活がまがりなりにも安定したのは1950年代に入ってからである。野菜の統制も解かれ、各地域・各産地では地域独特の伝統野菜の種類・品種が本格的に栽培・供給され始めた(ここでいう伝統野菜とは、その当時ではそれぞれ地域におけるごく普通の野菜であった)。戦争中の量さえあればいいという時代に破滅的状態になっていた品種も、関係者の努力により改良が進められ、1950年代後半にはほぼ戦前の水準を回復した。
経済の復興・生活水準の向上と共に食生活に根本的な変化が起こり、「米・魚・みそ汁」に象徴される食事から、「パン・肉・牛乳」に象徴される食事へと移行していった。これに対応して野菜の種類にも変化が起こり、同じ種類の中で東洋型のものが衰退し、西洋型のものに移行していった。メロン、にんじん、かぼちゃ、ほうれんそうなどはその典型的な例である。だいこん、はくさいなどの消費が減退し、たまねぎ、キャベツ、レタス、ピーマン、トマトなどが大幅に伸びた。
経済の急速な発展に伴い多数の労働力が求められ、農村から都市への大幅な人口移動が起こり、大都市への生鮮食料品の安定供給が必須になってきた。定時・定量・定質が野菜にも要求されるようになった。それぞれの地域の自然条件下および独特の技能により生産されていた地方品種の中から、どこでも・だれでも栽培できる品種が求められ、適応範囲の広い、栽培の容易な品種が選択され、広域に栽培され、流通するようになってきた。このことが伝統野菜・地域野菜の衰退の一因である。
ちょうどこれと並行的に雑種第一代(F1)の育成が軌道に乗り、植物として経済的に成り立つF1採種の可能なものは、すべてF1となり、これが在来品種・地方品種の衰退に拍車を掛けることになった。
3 伝統野菜・在来品種の復権
食生活が豊かになり、すべての食材が自由に入手できる。年次・季節による変動はあるが、野菜は過剰飽和といわれるほどになってきている。それと共に新しい物・珍しい物が求められる一方、昔懐かしい物もふるさとの味・おふくろの味として求められるようになった。前者はバブル経済の頃が盛りで新野菜の導入であり、後者は伝統野菜・地方品種の復活である。新野菜の導入はバブル経済が弾けるとともにやや下火となった。
伝統野菜はやがて地域経済の担い手の一つとして見直され、直販のみでなく、道の駅、ふるさとの店、通信販売など様々な形で、農家・農協・地方機関などを含めて進行が図られている。そのため品種としての齋一性を失っていたものの、原種改良・採種なども試みられ、各地で成功し始めている。京野菜、加賀野菜、浪速の野菜、福井の野菜、信州の野菜、長岡野菜、会津野菜などはその例である。これに習って各地でそれぞれの伝統野菜の復活・振興が試みられている。しかし、伝統野菜・地方品種は、それぞれ特定の地域の環境とそれを元にして生まれた特性、それを知った上での独特の栽培技能、そして独特の風味と、それを生かす調理・加工法が一体となって初めて伝統野菜でありうる。基本的には元々広域的なものではなく、これを無視しては似て非なるものになってしまう。一方で、地域振興のために経済効率を狙えば、生産拡大・産地の広域化が必要となり、大量生産・大量供給というかつて来た道の繰り返しになってしまう。この二律背反をどう調整していくかが伝統野菜・地方品種の復活および振興の鍵となる。地域によっては種苗を門外不出にしているところもかなり見られる。
表1は、伝統野菜・地方品種が注目され始めた頃、「地方野菜を訪ねて」として各都道府県の専門家が執筆し、園芸新知識野菜編に78回にわたって連載され、地方野菜大全にまとめられた地方野菜・地方品種の数を分類上の科ごとに区分して示したものである。全部で68種類・556品種が取り上げられているが、その中で数の多い品目は、だいこん、かぶ、なす、アブラナ、ねぎなどで、日本での歴史の長い種類である。そして復活・振興の図られている種類もこの中に多く見られる。伝統の重みということであろうか。
見落としてならないのは、これらの地方品種の中には遺伝資源として貴重な形質を持つものがあると推定され、文化財・地方経済振興としての役割のみでなく、野菜の品種改良の育種素材としても重要な点である。
(2) 水菜
関西での需要が主体であったが、最近各地でサラダとして食べられるようになった。茎広京菜は関東漬物用として栽培され、関西のものに比べて裂片が荒い。