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今月の話題


野菜と健康

大妻女子大学 家政学部
教授  池 上 幸 江


はじめに

 わが国ではこの10年ほど野菜の消費量が低下しているのに対して、米国では野菜の消費量は増加している。この違いの理由は様々考えられるが、野菜摂取の推進に対する取り組みがあるように思われる。米国では食事指針で野菜の重要性を示し、さらにこれを分かりやすく示した「栄養ピラミッド」で、なにをどのくらい食べる必要があるかを示している。この中で、野菜・果物は1日5皿以上食べることを推奨し、官民あげてこのキャンペーンに力をいれた。この背景には野菜や果物の健康面の役割を重視した考え方がある。

 遅ればせながら、わが国でも野菜・果物消費拡大の推進に取り組んでいるが、充分な成果を上げるまでにはいたっていない。しかし、新聞、雑誌などでは野菜が取り上げられる機会も増えているように思われる。わが国では厚生労働省の栄養所要量や「健康日本21」では野菜を1日350g摂取することを推奨している。そこで、野菜等健康食生活協議会では1日に350gの野菜を1日5皿分として分かりやすい摂取目安量をきめて推奨している。

野菜の栄養価値

 野菜の健康面の重要性はなんといっても栄養価値である。図1は平成14年度の国民栄養調査からみて、野菜がビタミン、ミネラル、食物繊維の給源としていかに重要であるかが分かる。ビタミンではビタミンAやKが1日の摂取量の半分以上、ビタミンCや葉酸では1/3を野菜から摂取している。その他のビタミンやミネラル類も10%から20%を野菜から摂取している。栄養素には入らないが、食物繊維も野菜から40%ほどを摂取している。

 他方、野菜は間接的にもバランスのとれた食生活には重要な食品群である。まず、野菜そのものは脂質やエネルギーが低い。野菜をたっぷり食べれば、脂肪やエネルギーの高い食品の摂取が抑制されることにもなる。多くの生活習慣病が脂肪とエネルギー摂取過剰が原因となることを考えると、これは重要なことである。


野菜の疾病予防における重要性

 米国が野菜・果物の摂取を推進した背景には、各種生活習慣病、とりわけがんの予防に対する効果を期待している。野菜には栄養成分ではないが、フィトケミカルと総称される様々な化学成分が含まれている。これらの成分はがんなど生活習慣病の予防に繋がる様々な機能をもつことが明らかにされている。わが国では野菜摂取と疾病発症の関係をみた疫学研究はごくわずかであるが、米国ではかなり多くの研究が発表されている。他方、野菜中の有効成分に関する研究はヒトや実験動物などを使って膨大な研究が行われている。

 1997年、世界がん研究基金と米国がん研究財団によって「Food, Nutrition and the Prevention of Cancer: a global perspective」という報告書が発表された。これはがんと食事の関係についてそれまでに発表されている論文を、世界の疫学者がまとめたものである。また、2002年にはWHO/FAOの合同専門家会議では食事と健康の関連について検討が行われ、「Diet, Nutrition and the Prevention of Chronic Diseases」という報告にまとめられた。これらの報告書や、筆者らが農林水産省の委託事業の一環として行った、野菜等健康機能調査の結果に基づいて、主要な疾患予防と野菜摂取、あるいは野菜の機能成分に関する最近の研究結果を紹介する。

 米国やヨーロッパの疫学研究でみると、野菜、果物、穀類の摂取が多い食事をしている人々では、全体として長寿であり、がんや心臓病などによる死亡率も低くなることが示されている。

 前述の世界がん研究基金と米国がん研究財団の報告は、取り上げられた論文数、これらを評価した専門家などから見ると、きわめて信頼性の高いものである。この結果は図2のようにまとめられ、さらに一般の人々にも分かりやすく表1のように「がん予防15ヵ条」として示されている。これによると、野菜や果物が多くのがんの予防に有効であることを示している。他方、野菜や果物の代表的な成分であるカロテノイドやビタミンCだけでみると、その効果は弱くなる。したがって、その効果は単一の成分によるというよりは、多くの成分による複合的な効果と考えるのが妥当であろう。


 筆者らの調査は、最近10年くらいに発表された研究論文を中心としたが、全体的にみても野菜や果物摂取の多い人々ではがんによる死亡率が低い傾向がある。また、肺がん、胃がん、大腸がん(結腸、直腸別にみても)などでの野菜の予防効果を示す論文が多い。世界がん研究基金と米国がん研究財団による報告者では、全般的に多くのがんで野菜・果物の効果が高いことを示しているが、WHO/FAOの報告書では口腔がん、食道がん、胃がん、大腸がんでの予防の可能性が高いとしている。

 このように専門家によって野菜摂取が有効な部位別がんについては意見が分かれているが、いずれにしてもかなりのがんが野菜の摂取で予防できることは間違いがない。

 心臓病の発症と野菜摂取の関係については米国での研究が長い歴史をもっている。これらはいずれも野菜摂取の多い人々では心臓病のリスクが低くなることを示している。しかし、糖尿病、骨粗鬆症などの疾患に対する予防効果については現在までのところ十分な数の研究結果は出ていない。



野菜に含まれる有効成分


 野菜に含まれる有効成分はかなりの数に上る。その一部を表2に示した。これらの成分の有効性はヒトで研究されたものもあるが、大半は実験動物や試験管内実験によるものである。動物実験や試験管内実験の結果は有効な成分の検索や効果のメカニズムを明らかにする手段となるが、直ちにヒトでの効果に結びつけることはできない。


 これらのうちでもとくに関心が高い成分は緑黄色野菜に多いカロテノイド類、大豆のイソフラボン、食物繊維や植物ステロール類である。機能性では肝臓の代謝への影響、脳・神経系に対する作用、がんや腫瘍に対する抑制効果、循環器系に対する作用、脂質代謝への影響、免疫機能など多様である。カロテノイドはがんや腫瘍に対する抑制効果や免疫機能が注目されている。イソフラボンはがんの抑制効果や骨粗鬆症への効果が研究されている。食物繊維やステロール類はコレステロールの吸収を阻害するために、血中コレステロールの低下作用がみられる。カロテノイド類やフラボノイド類は抗酸化作用があり、抗酸化作用によってがんの予防や動脈硬化の予防になるとも考えられている。

野菜の有効性研究のこれから

 食物の有効性はヒトを対象として、綿密に設計された実験によって初めて信頼のおけるものとなる。とはいえ、ヒトでの研究は、対象者の長い食習慣や生活習慣など様々なコントロールしにくい条件によって影響される。そのために、ヒトの研究結果はしばしば一致しない。そのためにヒトでの有効性は数多くの研究が行われて、その結果がかなり一致するときに初めて事実として認められることになる。その点で、近年のわが国のマスコミで食品の機能性が話題となり、消費者がそれに影響を受けるような例も多いが、これらは必ずしも科学的に正しい情報とは言えないものが多い。野菜についても同様の情報が発せられているが、その真偽を冷静にみる必要がある。今後は科学的に適正な情報が増えてくることに期待したい。

 なお、そうした観点から我々は野菜・果物について次のサイトで情報を発信しているので、関心のある読者の方はぜひ参考にしていただきたい。また野菜等健康食生活協議会についてもこのサイトで紹介している。

野菜健康情報サイト:http://www.v350f200.com/

 また、筆者らが専門家向けに書いた野菜に関する論文や、参考となる書籍は以下のとおりである。

1.池上幸江:野菜摂取とがん予防について、「食の科学」特集“野菜と健康”、2004年7月号4-9頁

2.杉澤彩子、梅垣敬三:野菜の機能性研究は、どこまで食生活に適用できるか、「食の科学」特集“野菜と健康”、2004年7月号10-16頁

3.池上幸江、梅垣敬三、篠塚和正、江頭祐嘉合:野菜と野菜成分の疾病予防及び生理機能への関与、栄養学雑誌、2003年、61巻、275-288

4.廣畑富雄:食事しだいでがんは防げるーがん予防食事法の最新情報、世界がん研究基金、アメリカがん研究財団の報告書より、1998年、女子栄養大学出版部



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