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卸売市場法改正と生鮮流通の変革方向

明治大学大学院
グローバル・ビジネス研究科
教授 上 原 征 彦


1.法改正の要旨

 周知のごとく卸売市場法が改正された。その要旨を改めて述べると次のようになる。

 今回の法改正は大きく2つに分けて考えることができる。1つは、近年の社会的要請に卸売市場の構成員が的確に応えるための措置である。そこでは、安心かつ安全な生鮮食品流通を実現するための高度化された品質管理、業務の透明性をさらに高めるための取引情報の公開、仲卸売業者の健全な経営を確保するために必要とされる行為、という3つの点に関する法的なルールが定められている。このような社会的要請への対応は、卸売市場だけに必要とされるものではなく、近年の社会的な動きに応じてすべての業界に要求されているものである。

 今回の法改正において卸売市場固有の問題となり得るのは、いま1つの側面である。それは、卸売市場の競争力の強化を目指すものと言われているが、他方で卸売市場流通の変化に大きく影響するものであると考えられている。

 第1に、商物一致原則の緩和がなされることである。今までは卸売市場内に現物を搬入して取引を行うことが原則であったが、その原則が緩和されることになった。すなわち、卸売市場の構成員は卸売市場の外に倉庫や配送施設を展開し、積極的に物流活動を営めることになる。このことは、卸売業者や仲卸売業者が市場外での流通業務の拡大を推進できることを意味する。

 第2に、卸売業者や仲卸売業者の各々において取引範囲の大幅な拡大が認められることになった。今までは、卸売業者の販売先は原則として市場内の仲卸売業者や買参人に限られ、かつ、仲卸売業者の仕入先は原則として市場内の卸売業者に限られていたが、今回の法改正ではこの規制が大幅に緩和されることになった。すなわち、卸売業者は市場外の大手小売業者や需要家に直接販売することができるし、また、仲卸売業者は直接に産地から商品を仕入れる(直荷引をする)ことができるようになる。言い換えれば、卸売業者と仲卸売業者の垣根が崩されることになる。

 第3に、上記と相俟って取引形態の多様化が推進されることになった。今まで、市場内での取引は、セリ取引とそれに伴う受託集荷・委託販売を原則としていたが、今回の法改正ではこれが大幅に緩和され、買付集荷や相対取引が積極的に展開できるようになった。

 第4に、その実施については平成21年まで延期されることになったが、委託手数料の自由化が進められることになった。今まで委託手数料は、卸売業者が決められた範囲内で徴収していたが、今回の法改正では機能・サービスに見合った委託手数料を自由に設定することが可能になった。

 第5に、卸売市場活動の広域化が図られることになった。従来は、卸売業者や仲卸売業者の活動が原則として1つの卸売市場に限定されていたが、これが緩和され、卸売業者や仲卸売業者が複数の市場で活動できる余地が拡大されることになった。

 以降では、上に述べた第1~第5に注目した議論を展開してみよう。

2.卸売市場を取り巻く諸条件の変化

 卸売市場法とそれに依拠してきた卸売市場流通は、かつては相応の合理性を保持してきた。それは次のように説明することができる。

 生鮮品の生産は自然条件に大きく左右され、かつ、その流通は本来的に鮮度の維持が困難である。したがって、需給バランスを忠実に反映し、鮮度を落とさないための無在庫流通方式が求められてきた。これに対処しようとしたのが卸売市場の設置とその強化であった。

 卸売市場では、生産した生鮮品の全てをセリにかけ、完売されることが原則的に義務付けられていて、少なく生産されたものは高値がつき、多く生産されたものは安値がつき、自然条件を流通取引に的確に反映するという意味では極めて合理的なシステムであった。しかも、産地から消費地に至るまでの鮮度の維持を考慮して適切な数の卸売市場が設置されてきた。このようなシステムを利用して小売業者・需要家・消費者は価格と鮮度に関して妥当な情報を入手しつつ合理的な購買行動を行なうことができた。しかしながら、このような卸売市場が有効であるための条件は、大きく変わりつつある。

 上記のような卸売市場が有効であるのは、第1に、生産量に対して需要量が明らかに大きいとき(売り手市場のとき)である。この場合、卸売市場がないと、商人による高値設定などが横行する恐れも大きい。卸売市場はこうした高値設定を防ぎ、自然条件を価格に的確に反映させてきたといえる。第2に、鮮度維持技術が未発達なときには、入荷されたものを在庫しないで直ちに出荷するという卸売市場システムは社会的に有効な役割を果してきた。第3に、情報化が進んでおらず、情報とモノとが分離できないときには卸売市場での現物取引は生鮮流通において極めて合理的であったといえる。

 しかしながら、上記の条件は大きく変化し、このことが卸売市場流通の変化を必然化している、ということに注目しなければならない。まず、現代は相対的に需要量に対して生産量が多いという買い手市場の様相を示してきている。時代が経るごとに、消費の個性化・多様化が進み、多くの種類の中から特定のブランドを選ぶという消費行動が一般化してきている。このことは、特定の商品を選んでもらうために、選ばれないはずの多くの商品を露出しなければならないことを意味し、これが相対的な過剰生産の一因となっている。次に、鮮度維持技術が飛躍的に発達し、多くの生鮮品の在庫が可能となってきている。そして、情報とモノとを分離する情報化が進み、現物取引の必要性は大きく減少してきている。すなわち、卸売市場の有効性を支えてきた諸条件は大きく変わりつつあることを認識しなければならない。今回の法改正はこのような諸条件の変化を考慮に入れたものである、とみなすことができる。

3.卸売市場におけるマーケティング導入の必要性

 卸売市場が社会的に効果を発揮した一つの要因は、既に述べたようにマーケットの状況が売り手市場だったからである。そのため、卸売市場に搬入された商品は直ちに売れる、ということを前提としたシステムが構築されてきた。そこでは、需要量と供給量に応じて価格が設定されれば直ちに売れる、という想定のもとで取引行為が行なわれていた。セリ取引は、まさに、こうしたパラダイムのもとでその合理性を発揮してきた。こうした需給マッチングは、単に需要量と供給量とを一致させるという、伝統的な経済学の量的需給マッチングであった。しかしながら、相対的な過剰供給である買い手市場において必要とされるのは、好まれる商品が好む人に正しく到達するという質的な需給マッチングである。そのためには売り手は各々の顧客の顔が見える流通活動を展開しなければならない。これがマーケティングである。

 伝統的なシステムに依拠する卸売市場は、マーケティングを効果的に展開できる仕組を整えていなかったといえる。例えば、卸売業者はセリによって仲卸売業者・買参人に販売すれば一定の手数料を得るという仕組は、マーケティングを展開しなくても企業が存続できるというシステムそのものである。そこでは、最終需要家のニーズを考慮する必要がなく、量的マッチングさえ実現すれば相応の収入を得ることができるのである。また、仲卸売業者は、卸売業者から仕入れたものを小売業者・需要家に売るだけであって、彼らが本当に欲するモノを独自に探し出して品揃えする、という思想に欠けるものである。

 言い換えれば、卸売市場の構成員は与えられたものを販売する、という販売代行に埋没しており、消費者や需要家のニーズを把握・開拓し、それに応じた仕入れを行なうという、仕入れ代行機能をほとんど果たしえないというシステムのもとで、その行為を展開してきたのである。

 売り手市場から買い手市場に変化した今日、卸売市場の構成員は、需要家・消費者のニーズを把握するマーケティングを展開しつつ、それに基づき仕入れ代行から販売代行へ転化していかなければいけない。このことに着目するならば、これからは卸売業者も仲卸売業者もマーケティングを展開できる仕入れ代行機関にならなければ生存できなくなるであろう。この意味で卸売業者も仲卸売業者も大きな違いがなくなるであろう。今回の法改正において両者の垣根が崩れることが意図されているのは、こうした流れを考慮してのことであろうと推察される。

4.多品目化に向けての変革

 流通の動向をみると、食品とか日雑を含む探索時間の短い商品領域では流通における多品目化が進んでいる。魚屋や八百屋などの業種別専業店が急速に減少し、スーパーやコンビニエンス・ストアなどが拡大していることをみてもこの傾向は明らかである。さらに、ドラッグストアやホームセンターなどが食品を取り扱う傾向、有力な鮮魚店や青果店などが惣菜や飲料などを取り扱い、専門店化している傾向、レストランが食品の販売をする傾向なども強まってきている。

 以上のことは、流通が、モノ別縦割り型の業種別流通から、ニーズ別横割り型の業態型流通へと変化していることを意味する。このような動きから卸売過程にも多品目化が要請されている。言い換えれば、モノを売る流通業者からニーズに適応する流通業者への変化が望まれているのである。

 伝統的な卸売市場の構成員は、上述の動きに対応しきっていない。例えば、水産物の卸売業者と青果の卸売業者とは別になっており、仲卸売業者においても種類別に特化している。一方、一般の食品卸売業界においては多品目化が進み、例えばスーパーやコンビニエンス・ストアの品揃えのかなりの部分を提供できる卸売業者が成長している。こうした卸売業者の一部は、水産物や青果の取り扱いも考慮に入れた業態変革を志向してきている。このような動きを踏まえるならば、卸売市場の構成員の競争力は、今のままでいくならば、急速に低下することが予想される。

 卸売市場の構成員においては小売業者や需要家の動きに対応した多品目化が強く要請されてくるであろう。これは、一方において、鮮度維持技術や情報化の進歩により、生鮮流通がその特殊性を喪失し、一般的な食品流通の中に組み込まれざるを得なくなることを意味する。言い換えれば、卸売市場における卸売業者や仲卸売業者は、業態化してきている一般の食品卸売業者との競争に対抗できる体質に転化しなければならない。そのためには、卸売業者や仲卸売業者が、業界内だけではなく業界外も視野に入れた連携を考慮しつつ、多品目化を図る必要がある。すなわち、これからの卸売市場の構成員には品揃えの拡大を意図した業態の変革が求められているのである。

 今回の法改正による商物一致原則の緩和、取引形態の多様化の推進、卸売市場活動の広域化は、上述のような卸売市場流通の特殊性の崩壊を考慮しているものと推察される。

5.手数料問題と取引慣行について

 実施が延期されるものの手数料の自由化が決められている。これについて言及しておく。

 マーケティングは、もともと、マーケットメカニズムの圧力をできる限り回避し、企業の自律性を確保するために行なわれるものである。ここでは、需要家や消費者のニーズを把握し、必要なサービスを付加しつつ独自の価格を設定することが求められる。というよりも、マーケット価格がたとえ低下していても、独自の戦略により自律的な価格を設定して相応の利益を得ることがマーケティングの目的となる。この目的を遂行するために、企業は需要家・消費者の顔が見える流通活動を展開し、そのニーズを把握しようとするのである。

 卸売市場の構成員が上記のようなマーケティングを展開し、かつ、他業界との連携を視野に入れるとしたら、商品やサービスの多様化に応じて委託手数料の多様化も図らざるを得なくなるであろう。そればかりか取引形態の多様化や市場の広域化などは必然的にセリの比率を極小化し、委託手数料そのものの比率を顕著に縮小していくであろう。すなわち、委託手数料の自由化という範囲を超えて、卸売市場の構成員は価格設定そのものの多様化を考慮せざるを得なくなるのである。今回の法改正における委託手数料の自由化は、こうした文脈からみれば、当然の流れともいえる。

 ところで、上記のような委託手数料の自由化は、実は、卸売市場における固有の取引慣行ともいうべき出荷奨励金や完納奨励金の変革とも結びつくところもある。以下ではこれについて述べてみたい。

 出荷奨励金は、卸売業者が産地の出荷を促すために出荷量に応じてインセンティブを与えるもので、これは個々の卸売業者の判断に任されているのではなく、制度化された取引慣行となっている。おそらく、出荷奨励金が機能するのは、需要量に比べ生産量が少ないときであり、出荷者の投機的行為を防ぐ効果も有していたといえる。しかしながら、相対的な過剰生産のもとでは、出荷奨励金の効果は大きく減じられているのではないか。

 さらに、グローバルな取引慣行からみても出荷奨励金は必ずしも合理的であるとはいえない。買い手市場の様相を帯びている現代においては、生産者が流通業者にリベートを渡すのが一般的である。すなわち、生産者は流通業者の販売努力に対してリベートを渡すことになる。流通業者が自社製品を多く売ってくれればくれるほど、生産者は利を得たことになり、その見返りとしてリベートを払うのである。出荷奨励金は、流通業者が生産者に払うものであり、一般のリベートとは大きく異なる。現在において、出荷奨励金をなぜ支払わなければならないのか、その根拠を明らかにしなければ、グロバール化に適応していくことは難しい。

 完納奨励金は、期日までに支払い代金を納めた対価として売り手から買い手に支払われるものである。これも卸売市場の構成員が独自に決定できるものではなく、制度化されたものとなっている。この完納奨励金についてもいくつかの問題が指摘できる。

 まず、完納奨励金は卸売市場の構成員とその伝統的な取引先(例えば業種別専業店など)との間で制度化されたものであり、たとえばスーパーと卸売市場構成員との間には適用されていないことが多く、そのため、スーパー等はそのパワーを背景として支払い期日を厳密に守らないものが多い。すなわち、中小専業店等に対しては完納奨励金はその支払い期日の厳守を促進しているが、スーパー等についてはそれは全く機能していないことになる。そればかりではない、一方に完納奨励金を与え、他方にそれを与えないということは公正な取引からみても問題である。グローバルな観点からいえば、全ての販売先に対して、期日より前に入金すればメリットを与え、期日より遅れて入金すればペナルティを課す、という方式を採用すべきであろう。

6.最後に

 卸売市場を経由しない、一般の食品流通は大きく変わりつつある。食品流通だけではなくそれと関連する日雑流通や食材流通も顕著に変化し、それらは新しい方向に融合しつつある。こうした変化が卸売市場流通を巻き込み、その特殊性を崩壊させつつある。こういう視座から卸売市場流通を眺めたとき、それは法改正に端を発しなくても大きく変わっていくものであり、既にそれは進んできているともいえる。むしろ、今回の法改正はこの方向を後追いしたものであるといっても過言ではない。重要なことは、マーケットが売り手市場から買い手市場に変わり、競争はマーケティングの展開力そのものによって決まる、ということを正しく認識することである。顧客を維持し、創り出したものが競争に勝つことを忘れてはならない。



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