「野菜をテーマに、ドイツで見聞きした見聞録のようなものを書くんだ」と、職場のドイツ人に言ったところ、彼は、「そんなものは簡単だ、『POTATO』、以上だ!」と身振りを交えて力強く言い放った。日本でもよく知られていることであるが、歴史的にドイツではばれいしょが主食であり、現在でもパンと双璧をなす存在である。
ばれいしょは、でん粉を多く含むが、脂質はほぼゼロで、食物繊維やビタミンCも豊富に含まれているため、精白米や白パンに比べると主食としては非常にヘルシーである。ただし、それは食材としてであり、ゆでたばれいしょをそのまま食べる場合はそうかもしれないが、実際は、揚げたり、炒めたり、オリーブオイルをかけてオーブンで焼いたり、つぶしてバター、牛乳、生クリームを加えて食べたりすることが多いので、それなりに油脂を含んだ高カロリーな料理になって提供されている。
スーパーでは、2.5kg単位で網袋に入れられたものを中心に、1~5kg単位で売られていることが多い(写真4)。ばれいしょ専門店では、品種別に量り売りで買うこともできる。標準的な価格は、1kg当たり1~2€(187~374円)であるが、地域ブランドや特別な品種、有機栽培など付加価値があるものは当然高くなり、ディスカウントストアや特売では同0.4~0.8€(75~150円)の価格帯も珍しくはない。一度だけ10kgで2€(374円、37.4円/kg)という超大特価も目にしたことがあるが、この水準の価格帯となると、傷ものや、腐りかけ、芽が出かかったものが混ざっていることもあり、見切り品の在庫処分であることは否めない。単価が安いからと飛びついて購入してみたものの、品質も悪く大容量となると、消費しきれずに無駄にしてしまうこともあり、結局は2.5kg程度のものを都度買うのがちょうどよいということを知るのであった。
物価が日本よりずっと高いドイツにあっても、食料品は軽減税率が適用されており、例外的に安く、パン、パスタ、米の最安値の価格帯はいずれも1kg当たり1~2€(187~374円)程度である。米も、「令和の米騒動」で騒がれた日本なんかよりもずっと安い。ばれいしょもこの価格帯であることから、わが家では、パン、パスタ、米、ばれいしょの四つを主食としていた。「日本ではばれいしょはここまで安くないから驚きだ」と言うと、「安いけど、そもそもスーパーでは買わない」というドイツ人も少なからずいた。というのも、ドイツではばれいしょが完全に飽和していて、知り合いの生産者からタダでもらったり、定期購入している野菜の詰め合わせに常におまけで入っていたり、ということであった。また、「昨シーズンは不作で価格が高騰したため、今シーズンは作付けが増えて価格が暴落している、その反動で次のシーズンは作付けが減って価格が上がる…という隔年現象が起こりがちだ」という話も耳にした。こんなにも安くて、さらに価格も乱高下しやすいとなると、生産者の収入が心配になるが、補助金がかなり投入されているからさほど悲観することはない、という話も聞いた。
ドイツでは、ばれいしょは「固さ」によって三つに分類されており、それぞれ緑、赤、青と色分けされたパッケージで陳列されている。緑が最も固いもの(粘質でしっとり、日本でいうメークイン系)、青が最も柔らかいもの(粉質でホクホク、日本でいう
男爵薯系)、その中間が赤ということである。それぞれのパッケージには適した料理も例示してあり、緑は「ポテトサラダ」、「ジャーマンポテト」、「ゆでばれいしょ」のように滑らかな舌触りを楽しんだり原型を保つもの、赤は「ハッシュドポテト」、「フライドポテト」、「ゆでばれいしょ」、青は「ばれいしょ団子」、「マッシュポテト」、「ばれいしょスープ」のように主につぶして使用するものであった。日本人も使用目的に応じて品種を選ぶが、しっとり系かホクホク系かで大きく二分している日本人の感覚に比べ、3段階に分けられたドイツの方が解像度が高いと言えるだろう。比較のために3種類同時に購入したことがあるが、形状はいずれもメークインのように滑らかな楕円形で、洗うにしても皮をむくにしても凹凸の多い男爵薯よりずっと調理しやすかった。シンプルな塩ゆでと、マッシュポテトの状態とで食べ比べたところ、確かに緑はしっとりした食感であった。赤と青はどちらもホクホクしてつぶすのも極めて楽だったが、筆者の舌には両者に大きな違いは感じられなかった。
近隣国の事情も面白い。ベルギーにはフライドポテト博物館(Frietmuseum)なるものもあり、アンデスでのばれいしょの起源から現在の調理方法に至るまで、フライドポテトの壮大な歴史を学ぶことができる。ベルギーでは温度の異なる2段階(150℃前後→180℃前後)で揚げることで、中はホクホク、外はサクサクの食感が強調される。油として牛脂が使われることがあり、植物油にはないコクと香ばしさが醸される。収穫されたばれいしょのうち、最も大きく高品質のものが優先的にフライドポテト用に卸されるそうで、フライドポテトに対するこだわりは周辺国を圧倒しているように感じた。
フライドポテトのソースについては、ドイツではケチャップ、マヨネーズ、カレーソース辺りが定番であるが、オランダではガーリックソース、ピーナッツソース、ブラジルソース(パイナップルやマンゴーなどのフルーツが入って甘酸っぱい)、サムライソース(マヨネーズと唐辛子で辛い)、Oorlog(オールログ;戦争)ソース(マヨネーズ+ピーナッツ+生たまねぎ)など、名前からは味の想像がつかないものまで、20~30種類ほどもある。そうとは知らず注文に行くと、「ソースは?」と聞かれたときにフリーズしてしまうので注意が必要だ。ドイツ、ベルギー、オランダなどには、このようなフライドポテトの専門店がたくさんあり、観光客か地元民かはわからないが、フライドポテト片手に街歩きをしている人も多い。
英国といえばFish and Chips(フィッシュ・アンド・チップス)が有名であるが、白身魚のフライに添えられた極太のフライドポテトに、タルタルソースかビネガー、レモンを絞ってかじりつく。英国ではフライドポテトのことを「チップス」と表現する。日本人は、「チップス」と聞くと薄いパリパリのものを想像しがちなので、ほとんど角切りに近い極太ばれいしょを「チップス」と呼ぶのは、頭では分かっていても、どうしても違和感がある。なお、フライドポテトのことを、ドイツでは「Pommes(ポメス)」、ベルギー(フランス語圏)では「Frites(フリット)」、オランダでは「Patat(パタット)もしくはFriet(フリート)」と呼ぶ。日本語の「フライドポテト」という表現は「揚げばれいしょ」となって、われわれが想像する細長いそれとしては通じない。日本では、英語表現として「Franch Fries(フレンチ・フライズ)」と習うが、それはアメリカ英語のようで、フランスの国名が入っているため欧州で使用すると厄介なことになる。ドイツで、「ベルギーで食べたFranch Friesは…」と言うと、意味は十分通じたが、「ベルギーなんだからFrenchじゃないだろ?」と皮肉交じりに笑われた。
話は変わるが、サイレージ(牧草の発酵保存技術)が普及する19世紀後半まで、ドイツでは冬に干し草が不足し、牧草を主食とする家畜(牛・ヤギ・羊)は越冬できる頭数が限られていた。一方、ばれいしょは冬の間も保存が可能で、ばれいしょを食べるブタは越冬の際にも頭数が維持されたため、ドイツでは豚肉・ソーセージ文化が発展したということだ。このように、ばれいしょは家畜飼料としてもドイツの食文化の立役者となっていた。そうすると、「『POTATO』、以上だ!」の一言は、ドイツの食文化を語る上で、あながち、極端な表現ではなかったのかもしれない。