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調査・報告 野菜情報 2025年7月号

マーケットインの観点から見る加工・業務用野菜の生産振興と商品開発

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全国農業協同組合連合会 チーフオフィサー (元株式会社イトーヨーカ堂 代表取締役社長)戸井 和久
 全国農業協同組合連合会(以下「全農」という)で農畜産物を実需者に直接販売する部署(営業開発部)を統括する立場から、マーケットインの視点による野菜の生産振興と商品開発について、以下3点を報告する。

1.環境の変化と消費の変化
2.食と農をとりまく課題の本質
3.課題への対応

1 環境の変化と消費の変化

 近年のコロナ禍やウクライナ情勢など社会の急激な変化は小売業全体に大きな影響を与えた。その前段として、緩やかに変化し続けている大きな世の中の構造変化があることを理解する必要がある。
 構造変化の中でも高齢化の進行は深刻で、日本における65歳以上の高齢者の割合は既に29%を超え、生産年齢人口(15歳~65歳の働き手)は2050年には約2600万人減少し、全産業で人手不足に陥ると想定されている(図1)。
 一方で、国内人口は増えていないが世帯数は増加し、全世帯の67%を単身世帯と2人世帯が占めている他、共働き世帯は増加し、女性の就業率が70%を超え、食生活にも大きな変化が起きている(図2)。メニュー提案型の惣菜品や外食産業は伸長し、野菜生産においても業務用ニーズが高まっている。
 また、Eコマース(電子商取引)の急拡大によって、家庭にいながらにして商品購入が可能になり、決済方法や宅配物流や販売促進方法(SNSの台頭など)にも大きな変化をもたらした。その他、SDGsの考え方が消費者の間で浸透し、食品ロスを削減する動きがサプライチェーン全体に広がっている。
 さらに、2020年からのコロナ禍により消費環境は激変し、外食や百貨店における購入金額は大きく減少した。一方で、外出規制などの行動制限の影響により家庭内で食事をする内食機会が多くなり、生協の宅配やフードデリバリーサービスの需要が増えた他、徒歩で行ける食品スーパーやドラッグストアの利用も増えた。
 
タイトル: p036
 
タイトル: p037a
 
 2023年にコロナ禍が収束すると、消費者の行動変化を敏感に捉えて、食品スーパー、コンビニエンスストア、ドラッグストアや外食チェーンは、コロナ禍以前と売場構成や商品政策(マーチャンダイジング)を大きく転換してきた。その他、Eコマースは食品物販の比率が毎年伸びた他、百貨店では円安によるインバウンド需要増加を背景に、高級ブランド品や嗜好品が好調に売れている(図3)。
 
タイトル: p037b
 
 小売業の歴史は主役転換の歴史でもある。1995年頃までの主役は大型量販店で、ワンストップショッピング(さまざまな種類の商品を1カ所で購入できる買物の方法)の時代であったが、既にコンビニエンスストアに主役の座は移りつつあった。2000年以降は食品専門店、ドラッグストアやディスカウントストアが台頭し、消費者のニーズ・志向が多様化して、消費者がお店を選ぶ時代になった。さらにコロナ禍以降は、消費者の行動変化を十分に把握しながら、細分化するニーズへの最適化を目指す戦略が必要な時代になってきた(図4)。
 
タイトル: p038a
 
 図5はコロナ禍以降に食品スーパーが店舗フォーマットを大きく見直した展開事例である。惣菜商品の伸びが大きくなったことにより、店舗区分を即食ゾーンと素材調理ゾーンに分ける店舗が増え、生鮮惣菜の進化拡大に合わせて売場の展開位置も変化している。また、冷凍技術や包装資材の進化による冷凍食品カテゴリの伸長は著しく、冷凍野菜調理品や冷凍果実を青果売場で展開する店舗も増えている(図6)。
 アフターコロナ後、売場での生鮮品の惣菜化がますます進んでいることが、図6の売場写真からも理解できる。1995年頃の食品スーパーにおける惣菜部門の売上金額構成比は食品全体のわずか5%前後であったのに対し、現在は15%前後まで伸長して粗利額も稼げる重点部門となっている(図7)。
 また、フードロス削減の観点から、正規品だけでなく規格外品も加工・業務用原料として使用したいという実需者からの要望も増えている。惣菜部門で使用される加工・業務用野菜類の要望も今後さらなる増加が想定され、生産現場での加工・業務用野菜の生産振興が望まれる。
 
タイトル: p038b

2 食と農をとりまく課題の本質

 これまでの環境の変化を踏まえ、昨今の食料・原料調達における課題の背景として以下3点が挙げられる。
 1)世界の人口増加による食料需要の増加
 2)世界的な気候変動および異常気象の発生による国内農産物被害の拡大
 3)日本の人口減少による生産基盤の弱体化
 これらに加え、急激な世の中の変化(四つの要因=新型コロナ・円安・ウクライナ情勢・原料高騰)により、食料・原料調達におけるリスクは顕在化した(図8)。今、この課題の本質に向き合わなければ、根本的な解決策は見つけ出せない。
 また、2006(平成18)年から24(令和6年)年1月能登半島地震までの自然災害の発生状況(図9)からも分かるように、自然災害による農業被害は毎年継続して発生している。被災後の復興対策の実施は当然のことながら、被災予防の視点からも農業へのリスク最小化を考えていく必要がある。
 
タイトル: p039
 
 21世紀末には、全国の平均気温は20世紀末に比べ4.5度上昇するといわれている(図10)。21世紀末時点には各地で栽培できる作物は大きく変わることが容易に想像でき、既存の作物は将来における最適産地が北上し、現在の銘柄産地における生産は危機的な状況に陥る可能性もある。ミカン、リンゴやブドウの産地で温暖化の影響が出始めている他、夏季の高温によって関東以北のトマト栽培地においても多大な被害が発生している。国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)や種苗会社と連携した温暖化に対応した高温耐性品種の開発は急務となっている。
 
タイトル: p040
 
 図11は、浮き彫りになった「食と農」の課題をまとめた図である。急激な環境の変化によって、食と農のリスクが顕在化し、課題の本質が見えてきた。
 わが国は国内資源が乏しく、食料・資材の海外依存比率が高いことから、時間はかかるが、リスクを踏まえた安定供給と持続可能な国内生産への転換が必要である。
 高齢化や後継者不足などによる農家数の減少により、生産基盤の弱体化と農業の担い手不足は深刻である。労働力の海外依存は全産業共通であるが、現実には海外労働力も減少している。生産基盤の強化と生産振興は、全農を含めJAグループ全体で対策を考えていく必要がある。
 海外からの物流網は、円安による価格上昇リスクが大きいことに加え、サプライチェーンが長く、流通の乱れによる物流コスト増の影響が出ている。
 今こそ、それぞれのリスクを踏まえた安定供給、生産基盤の強化と生産振興、国産農畜産物の消費拡大と適切な流通網の構築を進めていく必要がある。
 
タイトル: p041a

3 課題への対応

 課題の本質が見えてきたことで、それぞれの課題への対応が重要になってくる。
 全農の園芸事業は、2024年物流問題への対応について、ドライバー不足による運べないリスクが顕在化する中、持続可能な輸送体制の確立を目指している。園芸物流の効率化のために、JA・県域・民間域を超えた共同輸送体制(モーダルミックス)や産地と消費地での中継共同物流拠点整備事業(PFC事業=プラットフォームセンター)を進めている(図12)。
 
タイトル: p041b
 
 海外から輸入される野菜類の多くは、惣菜や外食などの加工・業務用野菜として使用されるが、その30%は輸入品である。日本の野菜の国内消費は全体の60%が加工・業務用として使われ、家庭用として使われる野菜はわずか40%に過ぎない。しかし、日本の農家で栽培されている大部分の野菜類は今でも家庭用として市場流通しており、その卸売価格は用途別の需給によって決まるため、作柄の状況により、野菜の価格は乱高下する。
 また、生産サイドでは、国産の加工・業務用野菜は輸入野菜と比較され価格設定が低い、という過去の事例を踏まえた認識がある一方で、加工・業務用野菜を取り扱う業者サイドでは、近年の輸入野菜の品質、数量の不安定さや円安の影響もあり、国産野菜への切り替えニーズが高まっていることから、国内産の価値を消費者にしっかり伝えながら、生産サイドに計画的な生産振興をお願いしたいという要望が増えている(図13)。
 
タイトル: p042a
 
 全農は、今まで農業団体として本当にJAのお役に立っていたのだろうか。生産と消費をつなぐ役割であると言っているが、今まで、一次卸の役割のみが強く、JAから預かった大切な野菜類がどこで販売されているのかも知らなかったのではないか。このままでは、全農としての存在意義が問われる。変化の大きな時代だからこそ、もっと実需に近づき、ニーズをつかんで、これを生産現場につなぎ、作っていただく、これこそ全農のあるべき姿ではないだろうか(図14)。
 
タイトル: p042b
 
 全農の販売事業が世の中の変化に対応するためには、新たなバリュー(価値)を生み出す農業ビジネスの仕組みが必要である。
 そこで全農では、2017年9月に営業開発部という新しい部署を作り、付加価値を高めるビジネスにチャレンジを始めた。生産と流通と販売が一緒になってチームで情報を共有し、新たな付加価値を生み出していく、チームマーチャンダイジング(チームMD)を実践して、消費側のマーケットを作り上げて、生産サイドの生産振興につないでいる(図15)。
 これらの実践成果の事例を以下の通り報告する。
 
タイトル: p043a
 
(1)業務用ブロッコリーの生産振興(図16)
 バリューチェーンに合わせた素材提案は、セブンイレブンの売れ筋商品「カップデリ」への提案事例で、花蕾(からい)の大きなブロッコリーの品種を選定し、11県14JAの協力の下、生産振興を行い、産地リレーによる販売を行った。国産生鮮原料による食味向上を実現し、生産者の選別・収穫作業の簡素化が図られ、メーカー(惣菜ベンダー)は原料歩留まりの向上につながった。
 
タイトル: p043b
 
(2)MVM商事株式会社との「ほめられかぼちゃ」の事例(図17)
 神戸市の輸入かぼちゃを取り扱う輸入商社であるMVM商事㈱は、輸入品の品質のばらつきと円安によるコスト高を課題と捉えていたことから、同社から国産原料の調達要望があり、「ほめられかぼちゃ」のブランド産地化に協力して生産振興を実施した。味の基準作りについては、水分含有量・糖度などを光センサーによって数値管理し、数値をクリアした生産者にはインセンティブを与え、13県36JAの協力の下、リレー供給して青果用と惣菜用の生産振興と商品作りを実施した。
 
タイトル: p044a
 
(3)外食実需者のGAP要望と産地振興の事例
 外食各社は、安全・安心の担保として、加工原料のGAP認証取得への取り組み要望が強い(図18)。
 そこで全農は、一般社団法人日本フードサービス協会と連携して福島県で産地交流会を開き、外食チェーンの仕入れ担当者と生産者との接点作りを実施した(図19)。東日本大震災被害のあった福島県は、特にGAP認証を取得している生産者が多く、価格・品質・数量の安定ニーズが強い外食チェーンに対して、周年供給体制とGAP認証取得による品質を産地の強みとしてPRした(図20、21)。GAP取得生産者は信頼できる産地の目印であると生産者と実需者に伝えて、生産振興のストーリー作りに組み入れた。
 
タイトル: p044b
 
タイトル: p045

タイトル: p046a
 

おわりに

 ここまで、時代の変化を踏まえた加工・業務用実需者への生産振興事例などを報告してきたが、コロナ禍によって農産物の流通のみならず、地域と都市の関係も見直される機会となった。地域の活性化が日本の生産基盤を育て、結果として都市の消費者のより豊かな生活を支えることになる(図22)。
 今後も全農として実需者のニーズを捉えながら、農畜産物の生産振興に継続して力を入れていきたい。
 
タイトル: p046b
 
戸井 和久(とい かずひさ)
全国農業協同組合連合会 チーフオフィサー(元株式会社イトーヨーカ堂 代表取締役社長)
 
タイトル: p046c
 
【略歴】
昭和53年 3月 イトーヨーカ堂入社
平成21年 1月 イトーヨーカ堂 執行役員販売事業部長
平成21年 5月 イトーヨーカ堂 取締役執行役員販売本部長
平成23年 3月 イトーヨーカ堂 取締役常務執行役員販売本部長
平成26年 1月 イトーヨーカ堂 取締役常務執行役員衣料事業部長
平成26年 5月 イトーヨーカ堂 代表取締役社長&COO
平成28年 1月 イトーヨーカ堂 代表取締役社長&COO退任
平成29年 4月 から現職