(1)ジュース用トマトの生産と長野方式
前述のようにジュース用トマトの特性は生食用と大きく異なることから、製造業者と生産者との間で広く契約取引が行われるという特徴がある。特に長野県では、「長野方式」と呼ばれる方法によってジュース用トマトの契約取引が行われている。
長野方式とは、全農長野県本部と製造業者との間で取り交わされた原料用農産物の一括購入契約である。具体的には、生産者が加工原料農産物を作付けするに先立って、1)加工食品製造業者と全農長野県本部およびJAの3者間で、それぞれの役割分担を踏まえた契約を締結する2)契約面積や取引価格は、全農長野県本部と加工食品製造業者とで取り決める3)ジュース用トマトの栽培は、加工食品製造業者がJAと連携しながら生産者に技術指導を行う-というものである。これにより、ナガノトマトはJAと緊密な関係構築が可能となるだけでなく、後述するように技術指導が有効に機能していると考えられる。
ナガノトマトにおける長野方式の導入は、長野県経済連から独立した57年からとされており、その後、同方式による契約取引は、同社を含め長野県内に生産拠点を置く6社のトマト加工品製造業者において現在に至るまで採用されている。
(2)契約生産者の概要
24年現在、ナガノトマトのジュース用トマトの生産者数は91人であり、これらはJAあづみ、JA松本ハイランドおよびJA洗馬の管轄区域内に所在する
(4)。契約生産の条件は、生産者が特定のJAに所属することだけでなく、長野県内で栽培することも求められている。同社の契約面積は総計で1800アールであることから、1人当たりの平均作付面積は19.8アールとなるが、個別の生産規模で見ると最小は1アール、最大では328アールとなっており、規模はまちまちである。ナガノトマトが想定する適正規模は、夫婦2人で10アールとのことである
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これら生産者は、その管轄区域の広さの影響もあって、91人中74人がJA松本ハイランドの組合員である。それ以外ではJAあずみが14人、JA洗馬が3人である。生産者の経営形態は基本的に個人であるが、法人経営も4者含まれており、前述の最大規模の生産者も法人である。
このようにジュース用トマトの契約生産者の栽培規模は決して大きいとは言えないこともあり、生産者はトマトのみでなく、多くの場合、他品目と組み合わせた経営を行っている。具体的には、大規模生産者は地域の基幹作物であるりんごなどの果樹栽培とジュース用トマト、水稲とジュース用トマトを組み合わせるパターンが多く、中小規模生産者でもスイートコーンや野沢菜など複数の品目を組み合わせて栽培している。
契約生産者は、会社勤めを定年退職した人などが新規に参入してくるケースがあるものの、高齢化により廃業する人が毎年いるため、生産者数は毎年10%程度の減少で推移している。
(3)ジュース用トマトの契約内容
全農長野県本部との間で決められた契約面積に基づき、作付けに先立ってナガノトマトと契約生産者との間では、JAを介して面積契約が締結されている。その段階ですでに収穫時の納品価格が決定されており、価格は年に1回、全農長野県本部と県内6社のトマト加工品製造業者との間で取り決めた統一価格となっている
(6)。この価格は、契約生産者の生産コストや再生産価格などを踏まえながら決定している。
生産者に対する栽培指導は長野方式のとおり、JAの営農指導員とナガノトマトの担当者とが連携しながら行っている。中でも愛果に関しては、ナガノトマトのオリジナルブランドであることから、栽培指導の上で同社が果たす役割は大きい。契約生産者に対する栽培講習会は同社が開催しており、栽培スケジュールや各時期における栽培管理・作業内容について取りまとめたマニュアルを配布することにより、栽培技術の統一・向上が図られている。JAは主として農薬の管理や防除歴などに関する指導を担当するなど、役割が分担されている
(7)。これらのサポートにより、ジュース用トマトの栽培経験がない生産者でも比較的容易に参入が可能である。
(4)ジュース用トマトの生産・出荷方法
ジュース用トマトの種子はナガノトマトが管理しており、同社が保有する原種を交配することで得られたF1種子を契約生産者またはJAに提供している。育苗は生産者またはJAの育苗センターで行われており、後者の場合は育苗後に生産者に引き渡される。
主要品種であるNT604の生産者の作業スケジュールは、表4の通りで生食用と比較して大幅に粗放的とは言えないため、高齢な生産者などにとって規模拡大は難しい(写真6)。
収穫作業は、7月下旬から9月中旬にかけて、赤くなったトマトから順次行われる。収穫が長期間にわたるのは、生産者の作業の集中を避け、時期をずらしながら複数回にわたって行うためである。収穫後は生産者により選別され、ナガノトマトから貸与されたプラスチックコンテナに20キログラムずつ詰められている。トマト加工品製造業者によっては、ジュース用トマトの収穫作業を機械で行っているが、現在のところナガノトマトでは手収穫である。収穫機を用いると1日当たり15アールを処理できるが、収穫機は一台2000万円であることから、零細な契約生産者には導入が難しい。
選別の基準となるジュース用トマトの標準出荷規格は、表5の通りである。なお、表では示していないが、出荷規格にある熟度、色調、鮮度などの項目は詳細な基準が作成され、選別はそれに基づいて行われている。収穫後は生産者がコンテナで指定のJA集荷所に持ち込み、その後、ナガノトマトが委託工場に搬入し、加工される。
(5)ジュース用トマトの収益性と生産者の経営上の位置付け
ジュース用トマトの収益性は、JA松本ハイランドの試算によれば、10アール当たり6500キログラムを収穫した場合の売り上げ目標は37万円であり、
(8)10アール当たり17万円とされている生産経費を差し引くと、同粗利益は20万円程度とされている
(9)。同試算をナガノトマトの契約生産者の平均作付面積(19.8アール)に当てはめた場合、生産者の手取りはおおよそ40万円、最大規模の生産法人(328アール)でも700万円程度と考えられる。
以上から、契約生産者においてジュース用トマトの生産は経営の中核となるものではなく、それ以外の主要品目を補完するものとして位置付けられている可能性が高い。また、前述のように契約生産者の多くは果樹や水稲などの作物と組み合わせた経営を行っており、これらの作物の多くは収穫期が秋以降となるため、それまで現金収入が得られない。一方、ジュース用トマトは夏季期に収穫し、出荷後は比較的速やかに代金が支払われることから、生産者にとってトマト栽培はその間のつなぎ資金を得る手段になっている。このため、生産者の夏場の収入源として重要な位置付けとなっていると考えられる
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