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調査・報告 野菜情報 2024年11月号

環境保全型農業による野菜生産と販売の動向~JAとうや湖における「YES(イエス)!clean(クリーン)」の取り組み~

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国立大学法人 徳島大学大学院 社会産業理工学研究部 講師 橋本 直史

【要約】

 近年、政策的な後押しも相まって、有機農業を含む環境保全型農業への関心が高まり、将来的に同取り組みが拡大していくことが期待される。他方、産地における取り組みが拡大するか否かは、環境保全型農業に基づいて生産した野菜の販売次第である。そこで、約30年前より、「YES!clean」という環境保全型農業による野菜生産・販売を実践してきた北海道のJAとうや湖の取り組みについて紹介する。

1 はじめに

 近年、農業関係者の間で、化学肥料や農薬の低減などによる環境保全型農業への関心が高まっている。それは、2022年7月の「みどりの食料システム法」の施行が一つの契機であろう。同法では、50年までに目指す姿として化学農薬は50%の、化学肥料は30%の使用量の低減、また耕地面積に占める有機農業の取組面積の割合を25%まで拡大することなどが掲げられている。将来的な有機農業のみならず環境保全型農業の推進と普及の鍵を握るのは、社会的な認知と受容はもちろん、産地にとっては環境保全型農業に基づいて生産した野菜の販売拡大であることは間違いない。
 そこで、今回は従前より環境保全型農業による野菜生産に取り組んできた産地の一つである北海道のとうや湖農業協同組合(以下「JAとうや湖」という)における野菜生産および販売の動向を報告する。

2 JAとうや湖の概要

 JAとうや湖は、北海道の中央南部の()(ぶり)総合振興局管内の洞爺湖町、豊浦町、(そう)(べつ)町、伊達市大滝区を事業区域とし、1987年に近隣の5農協の合併により誕生した。農林水産省「2020年農林業センサス」によると、野菜の作付経営体数および総面積はそれぞれ、洞爺湖町が100経営体で419ヘクタール、豊浦町が43経営体で90ヘクタール、壮瞥町が77経営体で185ヘクタール、伊達市(旧大滝村)が19経営体で26ヘクタールとなっている。JAとうや湖管内では広範に野菜生産が取り組まれており、地域ごとに作付け品目が異なる。
 JAとうや湖の正組合員戸数は2000年の593戸から減少傾向にあり、23年には278戸となっている。総販売額は50億円程度の水準で推移してきたが、20年以降は畜産部門の大規模法人経営の加入を受けて増加し、68億円程度となっている。なお、23年産の分野別の販売額は、畜産が40.8億円、青果物が20.6億円、農産および雑穀(水稲、豆類、小麦、てん菜)が5.5億円となっている(図1)。

タイトル: p045

 このうち、青果物はおおよそ20億円で推移してきた。販売額が1億円を超える主要品目は、ばれいしょ(販売数量5411トン、販売額5.1憶円)、ながいも(同1392トン、同4.3憶円)、にんじん(同2012トン、同3.2億円)、トマト類(同499トン、同1.8億円)、スイートコーン(同669トン、同1.3億円)であり、ごぼう(同570トン、同0.9憶円)、だいこん(同2182トン、同0.8億円)が続く。そのほか、いちご、ブロッコリー、かぼちゃ、セルリー(セロリ)、ピーマン、レタス類、キャベツ、きなど多様な品目を生産している。
 なお、当産地の特徴として、09年にJAとして国内初となるGLOBALG.A.P.(以下「グローバルGAP」という)の団体認証を取得したことが挙げられる(参考1)

3 クリーン農業に基づく野菜生産の展開

 クリーン農業とは、北海道が独自で定めた堆肥などの有機物の施用などによる土づくりに努め、化学肥料や化学合成農薬の使用を必要最小限にとどめるとともに、農業の自然環境機能の維持・増進を図り、環境との調和に配慮した安全・安心で品質の高い農産物の安定生産を進める農業で、1991年から全国に先駆けて推進してきた。
 当時、JAとうや湖管内でも化学肥料や農薬を低減した栽培が始まっており、先駆的な農家によって減化学肥料・減農薬栽培に関する自主的な研究会活動を展開していた(参考2)。JAとうや湖では、「量」を重視した共同販売体制における野菜の品質低下の問題を抱えており、その対策として土づくりを重視した栽培を追求していたのである。
 90年代中頃に消費者の食の安全・安心への関心が高まり、それに伴って生協などから取引の要望が増加した。これを背景に、03年にJA主導でクリーン農業の推進が行われるようになった。
 クリーン農業の推進に向けて、北海道立農業試験場が核となって「クリーン農業技術」が開発・提唱され、さらに道および市町村、JAなどの関係機関により「クリーン農業推進協議会」を立ち上げ、現場への普及を進めた。なお、クリーン農業に対応する産品の販売・表示制度には、後述するYES!clean表示のほか、「エコファーマー」「特別栽培農産物」「有機JAS」も包含している(図2)。
 
タイトル: p046a
 

4 「YES!clean」マーク表示制度

(1)YES!cleanマークの概要
 YES!cleanマーク(北のクリーン農産物表示制度、図3)は、2000年に北海道が独自に定めた環境保全型農業に基づいて生産された農産物を対象とした表示制度である(参考3)。YES!cleanマークの主要目的は販売面、消費者への訴求にある。
 
タイトル: p046b

 2000年代中頃以降、小売側は各々で設定したGAP基準に基づく産地点検を実施するようになり、その後、主要取引先の量販店A社が、プライベート・ブランド(以下「PB」という)商品の調達要件として、将来的なグローバルGAP取得を掲げたことにJAとうや湖は前述のとおり対応した。当時、価格低迷が続いていた卸売市場ではYES!clean産品の有利販売は困難であったため、同JAは大手量販店の販路維持を志向したのである。クリーン農業の取り組み拡大・定着には、生協や大手量販店向けのPB商品としてのYES!clean産品の販売の伸長があった。
 
(2)YES!cleanマークの要件
 YES!cleanマークの表示は、「農産物」と「登録生産集団」の二つの側面から要件が設けられている。「農産物」については、(1)北海道内での生産(2)全道一律で設けられた化学肥料の使用量と農薬の使用回数に関する登録基準の遵守(3)生産集団の定める栽培基準に基づく生産(4)他の農産物と混合しないための分別収穫・保管・出荷―が求められる。「登録生産集団」については、(1)表示する農産物を対象とした生産集団の管理体制の整備(2)生産集団の構成員が依拠すべき栽培基準の作成(3)生産集団の構成員間での栽培協定の締結(4)生産集団の構成員による栽培履歴の記帳(5)生産集団全員による対象農産物の登録基準に適合した前年の生産実績(6)市町村クリーン農業推進協議会による指導体制の整備-が要件となる。なお、化学肥料や化学合成農薬に関する基準は地域や土質、作物と作型ごとに細かく規定されており、総窒素投入量に上限が設けられているという特長がある。

(3)登録集団について
 2024年7月時点のYES!clean登録集団278件のうち、野菜(畑作物に分類されているばれいしょも含める)の生産登録集団数は計203集団である。そのうち10年以前に登録された集団数は181であり、14年間で22件増加している。この集団数には同一の登録集団が複数含まれており(例:A部会のだいこんの「露地・春まき」と「露地・夏まき」で2集団とカウント)、実際の集団数は少なくなる。また、地域的な偏在・集中が見られることも特徴である。旭川青果物生産出荷協議会が32集団、JAとうや湖が19集団、南幌町()(さい)園芸組合が14集団、七飯町野菜生産出荷組合が13集団、ニセコビュープラザ直売会クリーン農業研究会が11集団、とままえ特定蔬菜生産部会が10集団、伊達市農協野菜生産部会協議会が9集団となっており、これら7組織で計108集団と、登録集団の半数以上を占める。品目別では、多い順に、トマトが20集団、ブロッコリーが17集団、ばれいしょとたまねぎが各16集団、かぼちゃが13集団、ほうれんそうが各11集団と、特定の品目に集中している。
 

 JAとうや湖における品目別のYES!clean表示の登録者数と面積の推移を示した表からは、多くの品目で若干の規模の縮小がみられ、これは全体の農家戸数の減少が関係していると思われる。レタスとキャベツは、16年産において全量が慣行品と同様の卸売市場向け出荷となっていたことから、YES!clean表示による商品訴求、有利販売実現が困難となり取り組みの中止に至った。その一方で、近年にはスイートコーンとブロッコリーの新規登録がみられる。ちなみに、23年産における水稲を含む耕種農家のみのクリーン農業取り組み進捗率(戸数)は44%となっている。
 2010年に筆者が実施した調査の際は、栽培面の課題として収量の向上(ピーマン、トマト)、食味の向上(かぼちゃ、トマト、セルリー)、正品率の向上(ばれいしょ、にんじん、レタス)が挙げられていた。YES!clean表示基準に基づく栽培の取り組みの結果、にんじん部会の平均収量が近年では3トン以下から4トン台へ、正品率が45%から60%へと向上した。
 クリーン農業をけん引してきたばれいしょ農家(写真)によれば、無農薬・無化学肥料の栽培を実施した場合、病気の発生が高まり、なおかつ小粒化と食味に問題が生じる可能性が高く、現行のYES!clean制度による栽培基準であればかろうじて許容できるとのことだった。そして、JA担当者は、近年の異常気象への対応として薬剤散布回数を増やさざるを得ないため、農薬使用基準の緩和を望んでいた。しかし、いずれも生産面ではYES!clean表示の基準に沿った栽培技術の確立を長年にわたり追求してきたこともあり、有機農産物などの栽培基準への変更は想定していない様子であった。なお、90年代より管内のクリーン農業をけん引してきた農家は、世代交代の時期に差し掛かっているが、現段階でYES!clean制度に取り組んでいる農家のほとんどが、今後も同制度に取り組んでいく意向を有している。

 タイトル: p048

5 YES!clean制度に基づく野菜販売の動向

 YES!clean表示に適合する産品の生産拡大に伴い、販売量も増加した。主要な取引先である量販店の要望に応える形で、09年にグローバルGAPの団体認証を全国に先駆けて取得したこともあり、10年代には販売額は10億円台に到達した。なお、23年産のYES!clean産品の販売額は合計7.7億円であり、JAとうや湖における慣行品を含む全ての青果物(20.6億円)の約4割を占める。品目別では、販売金額順にばれいしょが2.4億円、にんじんが1.9億円、トマトが1.2億円となっている(図4)。

タイトル: p049

 JAとうや湖におけるYES!clean産品の販売ルートは、(1)慣行品と同様の卸売市場向け出荷(2)仲買業者を介した大手量販店との契約的な取引-の2パターンがある。JA担当者によると、YES!clean産品のうち、販売金額ベースで6~7割が大手量販店および生協などの特定販売先への販売となっており、取引量・販売額面での従前からの大幅な変化はない模様である。また、近年の天候不順による欠品リスクを回避するため、事前に契約を行う際は抑制気味で対応しているとのことであった。品目毎の事情は異なるものの、近年、卸売市場への出荷が中心である慣行品の取引価格が好転しつつあるのとは対照的に、YES!clean産品は取引価格の上昇がみられず、また、産品の多くが特定販売先のPBとして販売されることから、消費者へのYES!clean表示による訴求は容易ではなく、また、新規需要の開拓や取引先の拡大は厳しい状況にある。
 しかしながら、グローバルGAPの認証取得と継続も相まって、特定販売先との取引は維持できている。

6 おわりに

 近年、環境保全型農業への関心が高まりつつある中で、その拡大の鍵を握るのは、環境保全型農業による産品の販売拡大であることを「はじめに」で述べた。すなわち、日本国内において欧州のようにオーガニックや環境に配慮した産品に関する市場が形成され、拡大していくかどうかである。
 一方、国内の野菜産地の多くは、減農薬や有機栽培などによる商品差別化と販売活動へ一歩を踏み出すことに(ちゅう)(ちょ)があるのは間違いない。それは販売競争と産地基盤の(ぜい)(じゃく)化が年々進行していく中で、慣行農法の枠内での栽培の効率化・コスト低減を追求せざるを得ないためである。さらに販売面では販路拡大や差別化が困難であるからだろう。
 こうした中でも、JAとうや湖は約30年にわたり、地域的・集団的に環境保全型農業とYES!cleanによる野菜生産・販売を展開する先駆的な取り組みを行ってきた。
 YES!cleanの取り組みを拡大していくためにも、北海道クリーン農業推進協議会は、これまで訴求してきた「安全・安心」に加え、消費者に向けて、クリーン農業の有する「環境親和性」ならびに「持続可能性」といった新たな価値を提案していく意向を有している。また、野菜生産者・産地における取り組み拡大には、慣行品価格が上昇基調にある中での明確な差別化、および顕在化する労働力不足の解消が先決・不可欠である。
 直近の販売動向からは、YES!cleanの販売規模は横ばいであるものの、既存の取引先との取引は維持されている。一方で新規取引の打診がほとんど見られず、この背景には、近年の異常気象による不作や資材費高騰に伴う物価上昇があり、環境保全型農業に基づく野菜生産と販売の本格的な展開には、このような状況下でも産地側が有利販売を創出していくことが不可欠と言える。
 最後に、幾多の困難を乗り越え、産地が一丸となってYES!cleanに基づく野菜生産と販売に取り組んできた当産地の今後の発展を祈念したい。
 
謝辞:快く調査にご協力頂いたJAとうや湖の佐藤憲一氏、齋藤貴裕氏、遠藤靖彦氏に厚く御礼申し上げます。
 
 
参考
(1)橋本直史(2012)「国内青果物産地における量販店GAP導入・進展の影響に関する考察-北海道とうや湖農協を事例として-」、『農業市場研究』、第21巻第2号、pp.9-19。
(2)中村正士(2019)「地域の新技術導入における先進的農家による「自主的研究会」活動の役割-北海道とうや湖農協のクリーン農業とGLOBAL.G.A.P.の取組-」『協同組合研究』第39巻第2号,pp.72-86.
(3)小峯厚(2019)「JAとうや湖におけるクリーン農業推進の取り組み~環境にやさしい安全・安心な農産物を消費者へ~」『野菜の情報』2019年3月号.
(https://vegetable.alic.go.jp/yasaijoho/senmon/1903_chosa02.html)