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調査・報告 野菜情報 2024年10月号

山形伝統野菜の生産体制と食文化~伝統野菜が承継される背景~

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山形大学 農学部 教授 藤科 智海
岩手大学大学院 連合農学研究科 連 宇

【要約】

 山形県には、各地に、地域の食文化とともに伝統野菜が数多く残っている。本稿では、山形農業協同組合(以下「JAやまがた」という)の管内(山形市、上山市、中山町、山辺町)の伝統野菜として、山形青菜(せいさい)、蔵王サファイヤなす、食用菊、おかひじきに注目し、その生産体制と食文化を紹介する。いずれも生産者の高齢化が進み、生産量は減っているが、食文化として残っているため一定の販売先は確保されている。今後は、若い世代に対しても、食文化とそれを支える伝統野菜を伝えていくことが重要となってくる。

1 調査の目的

 山形県には、各地に伝統野菜が数多く残っており、これらは地域の食文化とともに残されてきた。JAやまがたの管内(山形市、上山市、中山町、山辺町)では、山形青菜、蔵王サファイヤなす、食用菊、おかひじき、(あく)()いも、小笹(おざさ)うるい、金谷(かなや)ごぼう、堀込(ほりごめ)せり、蔵王かぼちゃ、山形赤根ほうれんそうなどの伝統野菜が栽培されている(注)。その生産体制をみると、比較的生産者が多い品目と、数名の生産者によって細々と生産が継続されている品目に分かれていた。
 本稿では、比較的生産者が多い品目である山形青菜、蔵王サファイヤなす、食用菊、おかひじきに注目し、各生産者に加え、伝統野菜を取り扱っているJAやまがたの担当者、山形青菜の加工を行っている株式会社ジェイエイあぐりんやまがた(以下「あぐりんやまがた」という)の担当者に話を伺い、それぞれの生産体制および各品目が残されている理由である地域の食文化について報告する。

(注)伝統野菜には特に明確な定義はない。日本各地で古くから栽培されてきた地方野菜で、各都道府県で独自に
   基準を設けて認定している。山形県では、「食の至宝 雪国やまがた伝統野菜」として認定しており、JA
   やまがたの管内では、山形青菜、もってのほか(食用菊)、おかひじき、悪戸いも、小笹うるい、金谷ごぼう、
   堀込せり、蔵王かぼちゃ、山形赤根ほうれんそうがある。蔵王サファイヤなすは、同様の漬けなすの原料
   として、庄内地方の民田なすや置賜地方の薄皮丸なすが伝統野菜として認定されていることから、山形県に
   根付いた漬けなすの食文化の例として、本稿では取り上げる。

2 さまざまな伝統野菜

 JAやまがたの管内では、多くの伝統野菜が栽培されている。山形青菜は、高菜の一種であり、漬物にして冬場に食べる伝統野菜である。蔵王サファイヤなすは、(しん)(せん)(ちゅう)(なが)という品種の小なすで、漬物にして夏場に食べる伝統野菜である。山形で漬物は、食事の付け合わせとしてのほか、お茶請けとしてもよく食されている。食用菊とおかひじきは、もともと庭に植えて食べていた山形の食文化を、全国に流通させたものである。悪戸いも、小笹うるい、金谷ごぼう、堀込せり、蔵王かぼちゃ(蔵王堀田地区)は、地区の名前が入っている伝統野菜で、栽培地区が限られているため、生産者数や生産量は少なく、地元の直売所で販売されるなどして、あまり全国流通はしていない。悪戸いもは、山形の郷土食である芋煮で食されている。小笹うるいは、地理的表示保護制度(GI)にも登録されている伝統野菜である。

3 山形青菜の生産体制と漬物文化

 山形青菜は、地区を限定しているわけではないが、本沢(もとさわ)地区で多く生産されている。本沢地区は、1997年にJAやまがたに広域合併する前は、本沢農業協同組合の事業地区であった。本沢農業協同組合の婦人部によって、1984年に青菜漬けの加工販売事業が始められた(1)。これまで各家庭で青菜漬けを作っていたが、漬物を作る家庭が少なくなってきたこともあり、青菜漬けの加工販売事業がスタートした。1987年には、(1)農産物の付加価値を高める(2)冬期間における婦人労働力の活用・確保(3)原料の契約栽培による生産者の所得の向上(4)米の生産調整に伴う水田転作作物の確保―を目的として、山形市の補助事業により整備を充実させ、農協直営として進められることとなった。1991年には、今後も事業を継続拡大しながら、安定した加工事業を営むことを目的に、農協事業から独立し、「有限会社エーコープもとさわ」を設立した。その後、ガソリンスタンド事業、LPガス販売事業、葬祭事業などと統合して、1999年に「株式会社ジェイエイあぐりんやまがた」となった。
 あぐりんやまがたのエーコープもとさわ事業部 横尾貴之部長(写真1)によると、青菜の品質の均一化を図るため、肥料・農薬・種子は農協のものを利用することとし、市内の農家約20戸と契約栽培している。また、生産工程管理表の提出および残留農薬検査を行うことで、農作物病害虫防除基準を順守した生産物であることを確認している。1株500グラムを基本とし、虫食い・病気のないもの、汚れ・折れのないものを、1束8~12株の束にして出荷している。 
 2023年度の契約価格は、1キログラム当たりA品で、出荷開始(10月上旬)~10月31日は90円、11月1~10日は80円、11月11~17日は90円、11月18日~12月上旬は100円であった。1株のサイズが大きいものは、A品の下の等級のⒶ品として、20円引きの取引価格となっている。青菜漬けは1株丸ごと漬けたものを販売するため、サイズが大きく、食感が硬くなるものは細かく刻んで「おみ漬け」(写真2)などに利用している。収穫後、すぐに束ねると葉が折れてしまうため、生産者は天気の良い日に収穫し、1~2日畑で干し、少ししんなりしたものを集荷場に持参する(写真3)。
 本沢地区内にある前明石地区の横尾文夫氏(70代、写真4)は、20アールの畑で青菜を栽培している。2023年度は、播種(はしゅ)時期の8月下旬~9月上旬が異常な高温となって播種を遅らせるしかなく、収穫量が2~3トンと前年度の7割ほどになってしまったという。青菜以外の栽培品目としては、きゅうりの指定野菜産地となっているため、春作と秋作できゅうりを20アール(100坪ハウス4棟)、それ以外に水稲を1ヘクタール栽培しており、主な収入源はきゅうり栽培となっている。青菜は8月下旬から9月上旬に播種し、収穫期が10~12月上旬であるため、昔からこの地域できゅうりの後作として栽培されてきた。昔は青菜以外にも、干しだいこんにして漬物にして食べる堀込大根を栽培している農家も多くいたが、だいこんの収穫や干す作業が重労働であることや、高齢化の影響もあり、生産者がほとんどいなくなってしまった。堀込大根の名前の由来となっている堀込地区は、前明石地区の隣で、両地区では、堀込せりという伝統野菜がまだ残っている(写真5)。
 あぐりんやまがたでは、青菜の生産者の高齢化や減少を受けて、自社でも農業参入し、自社農地50アールで青菜を17トン栽培している。2023年度の青菜全体の集荷量が130トンであり、したがって自社栽培割合は13%となっている。2023年度は夏の高温の影響により全体的に集荷量が少なく、エーコープもとさわ直売所(写真6)でも午前中ですぐに売り切れてしまう状況であった。
 青菜漬けは最初に2~3日塩漬けし、その後、水洗いして3~4日間しょうゆベースのたれに漬けて、1週間ほどで完成する(写真7)。加工所では、漬物シーズンになると約30人を雇い製造している。青菜漬けは、エーコープもとさわ直売所、JR山形駅での直売、JAやまがたの直売所、地元スーパーなどで販売するほか、注文を受けて地方発送なども行っている。2023年度は青菜の原料不足により、注文を断ったり、直売所に出荷する数量を限定したりなどして対応していたという。

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4 蔵王サファイヤなすの生産体制と漬物文化

 山形県では、夏に小なすを浅漬けにして、丸ごと食べる食文化がある。朝漬けて当日の夜に食べる、あるいは、夜漬けて翌朝食べる浅漬けである。夏は、なすやきゅうりを塩で浅漬けにして食べ、秋から冬は、青菜漬けやおみ漬けを食べている。JAやまがたの中央ハウスなす部会の丹野菊男部会長によると(写真8)、庄内地域では(みん)(でん)なす、(おき)(たま)地域では薄皮丸なすを漬けなすにすることが多いが、JAやまがた管内の村山地域では(しん)(せん)(ちゅう)(なが)という品種を栽培して漬けなすに利用している。JAやまがたでは、45年前に露地栽培からハウス栽培に転換し、蔵王サファイヤというブランドで販売している。手のひらに乗り、丸ごと1口で食べることができるくらいの小さいサイズ2S(一果重31~40グラム)と3S(同21~30グラム)を中心に、1キログラム箱と2キログラム箱に詰めて出荷されている(写真9)。販売先は、漬けなすの食文化がある山形県内に5~6割、宮城県に2割、秋田県に2割と、東北地域が中心となっている。  
2023年度の平均取引単価は1キログラム当たり680円と、東京都中央卸売市場における同年度のなすの平均取引単価が389円であることを踏まえると、比較的高値で取引されていることがわかる。
 蔵王サファイヤは、3月上旬頃から定植を始め、4月中旬から収穫が始まり、5月中旬~7月上旬に1回目の収穫のピークを迎える。その後、7月下旬に枝切りを行うことで、8月下旬から10月に2回目の収穫ができる。比較的長い期間出荷することができるため、大郷(おおさと)地区では、水稲+蔵王サファイヤという栽培体系で収入を得ている生産者が多い。しかし、高齢化が進んでいることもあり、25年前に18人だった生産者は、現在8人(40歳代1人、50歳代2人、60歳代3人、70歳代2人)となっている。2012年度からの部会の販売数量と販売額をみても、2012年度に159トン、9119万円であったのが、2023年度には84トン、5694万円と減少している(図1)。栽培を辞める生産者もいるなか、50歳代の丹野菊男部会長は水稲20ヘクタール、蔵王サファイヤ33アール、花きのストックときゅうりを栽培している。蔵王サファイヤの収入で1000万円を超えており、水稲と蔵王サファイヤが収入の柱となっている。
 なお、作期の合間が夏となる九州地方などの西南暖地と異なり、作期の合間が冬の当地は太陽光による土壌消毒ができないことから、栽培における問題点として連作障害(病気の発生)がある。その対策として台木を変えるなどの対応をとっている。

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5 食用菊の生産体制と食文化

 山形市の農家では、庭先に植えられた菊を食べる食文化がもともとあったが、食用菊として出荷するようになったのは戦後である。食べ方は、花びらを散らして軽く湯がき、しょうゆや酢をかけ、おひたしや()え物にする。食用菊の品種は多く、春の促成栽培、夏の普通栽培、秋の抑制栽培と、周年出荷できるのも利点の一つである。図2に旬別販売数量と販売単価を示した。4月中旬から翌2月中旬まで出荷することができる。販売数量としては、電灯照明を利用した抑制栽培を行っている12月が最も多い。販売単価としては、加温して4月に出荷する促成栽培が最も高い。JAやまがたとしても、栽培時期をずらしながら年間を通した出荷を目指しており、そのため黄色系と紫色系のさまざまな品種を作付けしている(表、写真10、11)。
 JAやまがたの広域食用ぎく部会員は74人であり、60歳代の生産者が大部分を占めている。栽培体系としては、水稲と指定野菜となっているきゅうりやトマトを栽培し、プラスアルファとして、食用菊を組み合わせて栽培している生産者が多い。さくらんぼなどの果樹と組み合わせている生産者もいる。それぞれの栽培体系の中に組み込んでいるため、どの時期に食用菊を入れるかは生産者ごとに異なる。
 食用菊は親株を育て、そこから出てきた芽をハウス内に定植するため、広域食用ぎく部会は親株を守り、維持してきた。部会では、親株の生育不良を起こした部会員や新たな品種の栽培に取り組もうとする部会員に、部会内の別の生産者の親株を譲ることもある。
 図3に示すように、販売数量は2006年度の295トンから、2022年度には55トンと約5分の1に減少している。販売額も2006年度の2億5854万円から、2022年度には8701万円と約3分の1に減少している。生産者の高齢化に加え、最近の若者があまり食用菊を食べなくなっていることも影響している。生産現場では、マイナー作物のため、登録農薬が少なく、春の時期は病害虫対策で苦労しているという。近年は秋田県や沖縄県などの産地でも生産されているため、販売単価が下がってきていることも課題に挙げていた。

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6 おかひじきの生産体制と食文化

 山形市の農家では、海藻のひじきに見た目が似ているということから名づけられた「おかひじき」を庭先で栽培し、その新芽を食べるという食文化があった。山形県の庄内海岸に自生するアカザ科の一年草で、江戸時代初期に最上川の舟運を介して、内陸に伝えられたとされている。食用菊と同様に、庭先に植えておき、必要な時に摘んで食べる地域性があったといえる。ゆでて辛子しょうゆをかけて食べるとシャキシャキとした食感で、天ぷらにもされる。
 おかひじきの栽培は、3月にハウスに播種し、1カ月半後から収穫が可能で、8月上旬頃まで収穫することができる(写真12、13)。夏に播種すれば1カ月程度で収穫できるため、秋に出荷する生産者もいる。播種から収穫までの日数が短い比較的生産しやすい品目であり、周年栽培も可能である。図4に示すように、春と秋に出荷のピークはあるが、周年出荷している。食用菊と同様に、水稲、きゅうり、トマトと組み合わせて栽培している生産者が多い。食用菊とおかひじきの両方を生産している生産者もいるため、食用菊とおかひじきの部会は一緒に会議をすることもある(写真14)。現在のJAやまがたの広域おかひじき部会員は22人である。2014年11月号の「JA広報やまがた」では、部会員約40人と書かれているため、10年で生産者数は半減している(2)

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7 伝統野菜の今後の展望

 伝統野菜は、その食文化がある地域では売れるが、ない地域に販売して浸透させるのは難しい。家庭であまり漬物を作らなくなったこともあり、山形青菜などは漬物に加工し販売先を確保している。一方、蔵王サファイヤなすは、浅漬けの原料として生鮮で出荷しているが、漬け時間が短く生に近い良さがある浅漬けであるため、漬物としての加工販売までは考えていない(なす漬けの素は販売している)。
 いずれの野菜の生産体制も、高齢化が進み、生産者が少なくなってきている。また、伝統野菜ということで、マイナー作物であるため使用できる農薬が少ないという問題もある。収入面では、伝統野菜を主要な収入源とは考えられておらず、水稲や指定野菜産地となっているきゅうりやトマトと組み合わせて栽培し、そういった基幹作物で収入を確保していることも生産を継続できる理由の一つでもある。蔵王サファイヤなす、食用菊、おかひじきについては、しっかりとした生産部会があるため、生産者の減少に直面しながらも、当面は生産し続けられると思われる。
 山形青菜は、漬物加工体制があり、販売先が確保されているが、契約生産者からのみでは需要に見合った数量の確保が難しくなっており、漬物加工会社による自社栽培も進められている。
 他の品目については、細々とした生産ではあってもその食文化で暮らす根強い支持者などに向けた販売が可能であるため、当面は継続されると思われる。しかしながら、生産者の高齢化という厳しい現状もある。大量生産体制には向かないが、食文化のある特定の地域に届けるという形で、生産・販売を継続していくことが生き残りの一つの道であると考える。ファンや支持者に向けた販売先を増やしていくためには、今後は、若い世代に対しても、食文化と同時にそれを支える伝統野菜の生産技術を伝えていくことが重要である。
 
 最後に、お忙しい折に、本調査にご協力いただいた株式会社ジェイエイあぐりんやまがた エーコープもとさわ事業部の担当部長 横尾貴之氏、山形青菜生産者の横尾文夫氏、JAやまがた営農経済部園芸販売課の係長 花輪健也氏、中央営農センター生産販売課の沼澤拓哉氏、中央ハウスなす部会の部会長 丹野菊男氏、広域食用ぎく部会および広域おかひじき部会の生産者の皆さんほか、関係者の皆さま方に感謝申し上げます。
 
 
参考文献
(1) 本沢農業協同組合『本沢農協誌-合併までのあゆみ』2005年
(2) JAやまがた『JA広報やまがた』2014年11月号