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調査・報告 野菜情報 2024年10月号

病院給食における地産地消の推進~野菜の場合~

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千葉大学大学院 園芸学研究院 教授 櫻井 清一

【要約】

 病院給食は学校給食を上回る市場規模を有するが、予算や運用方法をめぐる制約が多く、地産地消の取り組みはなかなか進展していない。しかし岡山県の笠岡中央病院では、段階的に地元産の食材利用を進めるとともに、月1回の「地産地消御膳」にて集中的に地元食材を活用した献立を用意し、同時に詳細な情報提供を行うことで、患者の食および地域への関心を高めている。

1 はじめに

 地産地消を実現する場として、以前から学校給食への関心は高い。マスコミでもさまざまな事例が紹介されている。また、食育基本法に基づき政府が定期的に策定する食育推進基本計画(現在は第4期)においても、学校給食における地場産物の活用が目標として明文化されており、その達成状況についても数値指標で把握されている。一方、今回取り上げる病院給食を含む施設型給食については、食育推進基本計画でも特に言及はなされていない。
 しかし、食の外部化が進展する現在、家庭外での食事機会における地産地消の具体化は重要な課題といえる。とりわけ超高齢化社会を迎え、健康に関するさまざまなリスクが高まる中、私たちが病院に入院して食事を取る可能性は高まっている。病院給食はほかの給食形態と異なり、三食とも取ることを基本とする。そのため患者にとっては入院生活上重要な関心事であり、患者のQOL(Quality of life:生活の質)に直結する。その市場規模も無視できない。一方、後述するように病院給食は予算その他の制約が大きく、調理の外部委託も進んでいる。多くの病院で、患者に接する医療スタッフ(栄養士を含む)の食事への想いが簡単に実現できないというジレンマを抱えている。
 こうした制約条件のもと、今回紹介する岡山県の笠岡中央病院では、早くから地産地消の理念を病院給食に取り入れるため、さまざまな努力を重ねている。本稿では、笠岡中央病院の取り組みを紹介しながら、病院給食において地産地消を推進するためのポイントや、病院給食向けに野菜を供給する上での留意点を見出すことを目指す。

2 病院給食の市場規模と特徴

 表1は一般社団法人日本フードサービス協会が公表している外食産業市場規模データを整理したものである。外食産業全体の市場規模は停滞傾向にあり、コロナ禍では相当な落ち込みを経験している。集団給食も外食産業の構成要素となっており、その市場規模は外食産業全体の15%程度を占めている。このうち、今回取り上げる病院給食の市場規模は全体の4%程度で推移している。ここで病院給食と学校給食の市場規模を比較すると、調査年により変化はあるものの、病院給食の規模は学校給食の1.5~2倍程度である。集団給食における地産地消を推進する上で、病院給食はもっと注目されてよいだろう。
 しかしながら、学校給食と比較すると病院給食には以下の三つの特徴があり、地産地消の取り組みを実践する上で配慮することが必要である。第一に、入院患者を想定した病院給食は、原則として1年365日間、朝昼夜の三食を継続して供給することが求められる。第二に、同じ病院の患者でも喫食者の特性が多様であり、一定の配慮が必要である。症状により食事内容に制限がある患者は多い。また、そしゃく力の落ちた患者に対しては、より小さくカットしたりペースト状にしたりなどの配慮が求められる。高齢患者や要介護の患者に対しては、喫食時の介助も必要である。第三に、多くの病院で給食事業の外部委託が進んでいる。委託のきっかけは、予算や調理施設の制約によるためであることが多い。また、委託先の給食事業者も、限られた予算と施設にて業務を遂行するために、人員の削減や管理しやすい食材の利用を進めている。そのため、委託元の病院の給食に対する意向を実際の食事に十分に反映できないこともある。

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3 笠岡中央病院の概況

 笠岡市は岡山県の西端部に位置する。南は瀬戸内海に面し、島しょ部も抱える一方、北部には中山間地帯が広がり、地理的な多様性に富む。医療法人緑十字会が運営する笠岡中央病院は、1981年に開院した病床数60ほどの病院である。ほぼすべての診療科をカバーしている。また、病床のかなりの部分を地域包括ケア病床(急性期の治療を終了し病状が安定した患者が在宅復帰に向けて医療管理、リハビリ、退院支援などを行うこと)が占めているほか、デイサービスや訪問看護ステーションも運営するなど、地域の老人福祉や介護に積極的に取り組んでいる病院である。
 笠岡中央病院で日常的に提供される給食は、患者食・昼食ベースで一日当たり50食ほどである。これに併設のデイサービスセンター向けの給食が20食ほど加わる。給食業務自体は、医療施設向け給食事業を手掛ける日清医療食品株式会社(以下「日清医療食品」という)に委託している。

4 病院給食の改善と地産地消の導入

 かつての同病院の給食では、予算、施設、人員の制約もあって、食材の選択基準が存在しなかった。そのため、在庫管理がしやすく安価でもある輸入のカット野菜や缶詰、加工食品が多用されていたという。
 患者の食生活を改善するため、笠岡中央病院では栄養士・医療スタッフと委託先である日清医療食品との間で協議を進め、段階的に食材や調理方法の見直しを進めた。まず取り組んだのが食材の選択・調達基準づくりである。国産品を優先的に扱うとともに、基礎的な食品である米と卵については地元の笠岡市産を常用すること、みそについても岡山県産を使うことにした。食材調達だけでなく、調理・味付けにおいても、だしを見直して市販の顆粒(かりゅう)だしの使用をやめたほか、ドレッシングも自家製のものを使用するようになった。2012年には岡山県が介護保険法の県独自運用基準として「食事に関する地産地消」を明文化したことも、地産地消の推進を後押しすることになった。そして2013年頃から、不定期ながら地元産食材を活用した料理を提供するようになった。こうして徐々に病院給食での地産地消が意識的に取り組まれるようになった。
 しかし、地産地消を継続的に進めるには、地域の生産者・食品製造業者から安定的に食材を調達することが不可欠である。取り扱う食材は多岐にわたり、供給側の事業規模も異なるため、食材調達に関する一定のルール化が、需要者である病院側、供給者である生産者側の双方から求められた。そのため笠岡中央病院は、まちむら交流きこう(一般財団法人都市農山漁村交流活性化機構)の実施する地産地消研修事業も活用し、中国四国農政局や笠岡市役所の農政担当者の協力も得て生産者と協議を行い、食材調達に関するルール化を進めた。現在では22の生産者・食品製造業者から経常的に地元食材を調達しており、品目数は100に達している。契約書は交わしていないが、生産者および品目ごとに、これまでの取引実績をもとに取扱期間(月単位)と目安価格(過去の取引実績価格を参考とする場合が多い)を整理した表が整備されている(表2)。この表に記載された情報を参考にしながら毎年交渉が行われ、取引数量と価格を合意の上で決定している。また、取引を始めるに当たり、必ず栄養士が圃場(ほじょう)や工場を訪問し、生産状況を確認している。その時得た情報は、後述する地産地消御膳に関する情報提供でも活かされている。産品の商流および物流については、納入先は病院厨房(ちゅうぼう)に一括し(写真1)、検品後はその場で現金にて支払うこと、また、輸送は供給側に一任することで合意されている。
 なお、同病院における地産地消の「地」の範囲、すなわち地元・地場とみなされる地理的範囲は、笠岡市とその周辺に位置する岡山県内の市町村(井原市、里庄町(さとしょうちょう)、倉敷市など)である。

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5 月1回の「地産地消御膳」

 不定期の地元食材献立は2013年から提供されていた。しかし、より多様な地元食材を使った料理を、喫食者にも意識して食べてもらうには、供給日を限定してでも定期的にかつ集中して地場産にこだわる献立を提供するのが望ましいのではないかとの考えから、笠岡中央病院では、月1回「地産地消御膳」の日を設けている。この日の昼食には徹底して地元産食材を活用した献立が用意される。また、食材や料理の特徴について、喫食者に詳細な情報提供をし、地元の食材を使った食事の魅力を理解して食べてもらえるよう努めている。
 地産地消御膳のあらましは、まず年間計画にて決められる。その後、実際に提供する2カ月前に、必要な食材の品目、発注量、価格を生産者、食品製造業者と相談し確定する。さらに1カ月前に最終確認を行い、微調整の上で正式に発注する。
 また、地産地消御膳を提供する際には、詳細な「お品書き」が配られる(図1)。当日の献立の特徴に加え、御膳に用いられた地元食材の特徴や生産者の情報、地域食・伝統食が供される場合はその由来なども説明されている。お品書きの体裁にも試行錯誤があったが、近年はA4サイズにカラーで両面刷りし、一面に献立と全体の情報、もう一面に食材と生産者に関する情報を印刷し、三つ折にして配るスタイルが定着している。また、食事の際に介添えが必要な患者に対しては、介添者がお品書き記載の情報を口頭で説明しながら食事を供するよう指導している。

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 なお、入院患者の約半数は、栄養成分や食事の物理的形状(大きさ、固さなど)に配慮すべき治療食として提供されているため、そのための対応も行う。
 地産地消御膳に使用する食材のうち地元産品の割合は、当初は10%台だったが、現在は90%台に達し、時にはすべての食材を地元産品で賄えることもある。また、笠岡中央病院では、2016年度から18年度にかけ、毎回の御膳の地元産品利用率と残菜率を記録し、両者の関係性を分析している。図2は複数回提供された祭り寿司(岡山県の郷土料理)に限定して比較した場合の結果であるが、地元食材の導入がまだ本格化していなかった15年(平成27年)当時は地元産品率はわずか5%であったが、18年(平成30年)には94%まで拡大している。同じく、残菜率は12%から6%に低下している。献立を特定せず地産地消御膳全体を対象とした場合、16年度から18年度までの間に、地元食材率は10%台から90%台に上昇した。一方、2年間の残菜率は平均して8%であり、通常時の給食に比べ低かった。

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 地産地消御膳にて地元食材を集中的に利用し、説明することにより、食欲不振者や高齢患者が食事に関心を示すようになり、残菜率も低下した。また、お品書きを作成し詳しい情報提供を行うとともに、介助が必要な患者に対しては介添者が口頭で丁寧な説明をしたことにより、患者の喫食率の改善や食事全体に対する満足度の向上もみられた。
 これら笠岡中央病院の地産地消をめぐる一連の取り組みは、マスコミなどを通じて院外にも知られるようになり、16年度および18年度に中国四国農政局より表彰を受けている。病院も自身の取り組みの公開に努めており、近隣の施設への献立紹介や、栄養士による学会発表が実施されている。また、本取り組みに携わった管理栄養士である粟村三枝氏は現在、まちむら交流きこうの地産地消コーディネーターとなり、全国に情報発信しているほか、22年度には長崎県の施設にて給食改善のサポートに取り組んでいる。

6 野菜生産者の取り組み状況:井原市 佐藤氏の場合

 笠岡中央病院に食材を供給する多様な生産者、食品製造業者の中から、野菜生産者の一例として、井原市の佐藤精文氏の営農および出荷状況を紹介する。
 笠岡市の北に位置する井原市芳井(よしい)地区に住む佐藤氏は、12年前に勤務先を退職後、実家の農業を継承した。経営耕地面積は畑60アールと水田15アールである。水田は自給用米と営農に必要な稲わらの調達に利用されており、主な作目は野菜である。労働力は佐藤氏と妻の2人で、佐藤氏はほぼ毎日、妻は週2~3日農業に従事している。佐藤氏が耕作する畑は標高約350メートルに立地し、笠岡市沿岸部に比べると4度近く冷涼であるという(写真2)。この高低差と無加温ハウス3棟を駆使し、佐藤氏は出荷時期を調整しながら多品目の野菜を栽培し、周年供給体制を構築している。さらに、野菜については無農薬栽培を貫いている。野菜の栽培品目数はおおむね30品目に達する。畑は粘土質であるため、根菜の栽培に向くという。実際、佐藤氏の住む校区・明治地区は、岡山県ではごぼうの名産地として知られている。また、井原市から近い広島県福山市ほかの畜産業者から、牛ふん・鶏ふんを調達し、自宅の稲わらや周辺の山地から得られる(しば)などを混ぜて堆肥をつくり利用している。
 佐藤氏は地元農協の部会メンバーでもあるが、現在の主な出荷先は、岡山県西部および広島県東部にある食品スーパーマーケットのインショップ(地元出荷者の生産物を陳列・販売するコーナー)である。加えて自宅周辺の農産物直売所にも出荷している。
 笠岡中央病院への出荷は、2017年より始めた。佐藤氏が利用している農機メーカーの社員が、笠岡中央病院の栄養士と同級生だった縁で紹介を受けた。実際に栄養士らが訪問した際、野菜の多品目栽培をしていることや、無農薬栽培に取り組んでいる点を評価され、出荷を要請されたという。出荷に関するルールは前述の通りで、月1回、佐藤氏自らトラックを運転し納品している。病院向けの産品について、インショップや直売所に出荷する産品と異なる栽培方法や価格設定は行っていない。1回の出荷額は1~2万円程度で、佐藤氏の出荷額全体に占める割合は決して大きくないが、今後も出荷を続ける意向である。
 一方、笠岡中央病院において佐藤氏の野菜出荷品目数は他の野菜出荷者に比べても多く、同病院にとって野菜調達における主たる担い手となっている。

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7 まとめ

 本稿では、病院給食において地産地消を進めるには、どのような課題があるのかを検討した。
 まず、病院給食の市場規模は学校給食のそれを上回っており、今後地産地消の取り組みを進める余地は十分にあることを確認した。しかし、学校給食以上に予算面や施設をめぐっての制約が多いこと、また業務委託が進む中、栄養士をはじめ病院スタッフが希望するような食事の提供は決して容易ではなく、その中に地産地消の取り組みを組み込むことも相応の労力と関係者の協力を要することがわかった。
 続いて笠岡中央病院での事例を紹介した。同病院ではかなり早くから、しかも段階的に地産地消の取り組みを進めている。まずは基礎的食材の国産および地元産品優先調達から始まり、徐々に献立にも地産地消メニューを加えていった。その際、高頻度で地産地消の特性を備えた食事を供するのが理想ではあるが、あえて月1回の地産地消御膳という機会に絞り、この機会に集中して地産地消メニューを開発・提供した点が注目される。機会を絞り込むことにより、零細な担い手である場合が多い地域の食材生産者・食品製造業者とも安定的な調達システムを構築することができ、かつ御膳提供日には地産地消率100%に近い食事を提供することができている。また、単に地元の食材を提供するだけでなく、食材や生産者の特徴、食材や料理の背景まで踏み込んだ情報を喫食時に提供することで、患者の食および地域への関心を高め、最終的に病院での食事の満足感向上につながっている。
 また、給食を通じた地産地消を継続するためには、学校給食と同様、地元の生産者からの継続的な供給体制を整備する必要がある。笠岡中央病院の場合、1回当たりの給食数は70食であるため、施設型給食としてはそれほど大規模とはいえないが、それでもかなりの種類の食材を多数の生産者・食品製造業者から調達する必要がある。特に野菜は、品目数が多岐にわたる上、年間通しての供給が求められる品目と、季節性のある品目が混在するため、調達のルール化には労力を要する。幸い、佐藤氏のような多品目を周年的に供給できる生産者が存在したことが、安定供給につながったと考えられる。また、これまでの取引実績を元に作成された品目別・月別目安表は、既存の生産者との取引を続ける上でも、また新たな品目や出荷時期を担える生産者を探索し、新たに交渉を始める上でも、大いに参考になるだろう。