野菜 野菜分野の各種業務の情報、情報誌「野菜情報」の記事、統計資料など

ホーム > 野菜 > 野菜の情報 > 日本農業が直面する諸課題の解決に向けた種苗業界の取り組み

調査・報告 野菜情報 2024年6月号

日本農業が直面する諸課題の解決に向けた種苗業界の取り組み

印刷ページ
一般社団法人日本種苗協会 技術顧問 望月 龍也

1 はじめに

 地球規模の温暖化が農業生産環境に深刻な影響を及ぼす一方で、急速に進む少子高齢化などにより、将来にわたる食料安定供給に不可欠な国内生産体制について一層の脆弱化が懸念されており、その対応が喫緊の課題となっている。農林水産省が示した、食料・農業・農村基本法の改定に向けた「食料・農業・農村施策の新たな展開方向」では、食料安全保障の強化、スマート農業、農林水産物・食品の輸出促進、農林水産業のグリーン化の4本柱が掲げられているが、そのいずれについても着実な技術的基盤が不可欠であり、品種開発の役割は大きい。
 全農産物における国内生産額の20%以上を占め、生産額ベースの自給率が約80%と高い野菜類では、世界的に優れた技術力を有するわが国の種苗産業が、生産者が栽培する品種の多くを開発・供給してきた。本稿では、最近の育成品種を中心に具体的な事例を示し、わが国の農業が直面する諸課題に対する種苗業界の取り組みの一端を紹介する。

2 気候温暖化に対応した品種育成

 露地栽培を基本とする葉菜類や根菜類の多くは秋~春期が本来の収穫期であるが、1970年代以降の需要変化に伴い周年的な供給が求められるようになり、これを実現するため、高温期における生育や品質の安定、作物種固有の(ちゅう)(だい)(とう立ち)特性の制御など、育種面での改良が積み重ねられてきた。しかし、近年の極端な高温や気候変動、それらに誘発される病害虫の多発などにより、高温期を中心に生産が不安定化しており、これに対応した品種開発の取り組みが求められている。

(具体的な事例)
(1)ちんげんさい「ニイハオ・メイ」(渡辺農事株式会社):高温条件下で問題となるチップバーン(葉縁や株の芯部が茶色に変色し枯れる症状、カルシウム欠乏症)やカッピング(葉の湾曲やへこみ)、節間伸長の発生が少なく、夏期にも安定した栽培が可能であり、また抽苔が遅いため春()き栽培における栽培可能期間が長い。
(2)みずな「都むすめ」(タキイ種苗株式会社):高温条件下での生育停滞、(かん)(すい)量増加に伴う腐敗や店もち性低下(流通・販売過程での品質劣化)が少なく、また萎黄病(いおうびょう)(葉が黄化・萎凋(いちょう)して枯死に至るカビによる病害)に耐病性があり、生育旺盛で収穫・調製の作業性に優れる。
(3)キャベツ「NNS-C-91](株式会社日本農林社):極晩抽性(抽苔が極めて遅い性質)で10月下旬~11月上旬定植の4~5月収穫が可能であり、肥大性に優れ、大玉で球形の乱れが少ない。
(4)にんじん「紅みのり」(住化農業資材株式会社):極早生の晩抽性で、夏播き高温期栽培で問題となる空洞症が少なく、肩張り(根部の肩がよく肥大し根部全体が円筒型でなく逆三角形型となる)や尻詰まり(根先端部が細くなり過ぎず丸くおさまること)が優れる総太りタイプで、根形の乱れも少なく、トンネル栽培~露地栽培まで適期幅が広い(写真1)。

タイトル: p044

3 減農薬・減化学肥料環境に対応した品種育成

 病害虫抵抗性は、野菜産地の大型化や全国化に伴う安定生産のための最重要課題として、これまでも農研機構や公立試験研究機関、種苗業界が多様な連携により成果を挙げてきたが、作型の多様化などに伴う新たな病害虫の発生・拡大、病原菌のレース分化(作物の病害に対する抵抗性を無効化するような遺伝変異)による抵抗性品種の罹病化など、農業生産のグリーン化に向けた課題は多い。また、十分な収量と品質を得るために穀類などと比較して多量の窒素施肥を必要とする野菜類では、畑地条件下での窒素溶脱抑制が課題であり、減化学肥料栽培に対応した品種開発が求められているが、これまで成果は一部の品目に限られており、今後の育種努力に待つところが大きい。

(具体的な事例)
(1)キャベツ「YCRふゆいろ」(日本農林社・農研機構野菜花き研究部門):DNAマーカー選抜により複数の根こぶ病(根に多数のこぶを生じて枯死に至る、カビによる病害)抵抗性遺伝子を集積し、複数レースに高度抵抗性を有しており、肥大性に優れ、青果・加工用のいずれにも適する(写真2)。
(2)はくさい「祭典ネオ70」(株式会社渡辺採種場):神戸大学、宮城県との共同開発品種であり、DNAマーカーを利用して複数の抵抗性遺伝子を集積した高度根こぶ病抵抗性を有する。夏播き秋どり栽培に適する(写真3)。
(3)西洋かぼちゃ「グラッセ」(タキイ種苗株式会社):高度のうどんこ病(葉に粉を吹いたような白色斑点を生じて枯れ上がるカビによる病害)耐病性を有し、葉の枯れ上がりが遅いため、果実肥大が良好で日焼け果の発生が少なく、青果・加工用ともに適する黒皮品種である(写真4)。
(4)にんじん「YCC981」(住化農業資材株式会社):吸肥力に優れ、少肥条件下でも肥大低下が少ないため減肥栽培が可能であり、草姿が立性(株全体が上方に伸長している状態)で機械収穫にも適する。

タイトル: p045

4 省力化を可能とする品種育成

 多くの野菜類では、農業従事者の高齢化や少子化などによる後継者不足の進行により、安定供給に向けた生産規模の維持・拡大が求められている。このため、圃場(ほじょう)準備から育苗、播種(はしゅ)・定植、管理、収穫、調製、出荷までの全工程について、作業の効率化、機械化やスマート化が必要となっており、これに対応した品種開発が重要な課題となっている。

(具体的な事例)
(1)ほうれんそう「ドンドン」シリーズ(株式会社サカタのタネ):草姿が立性で葉数が多く、株が強健で葉軸が折れにくいため、収穫・調製の作業性に優れる。作期に合せて、「ドンキー」「ゴードン」「ハイドン」「ピンドン」の4品種が育成されている(写真5)。
(2)だいこん「秋のきらめき」(渡辺農事株式会社):コンパクトな草姿で機械利用などによる栽培管理が容易。根部は円筒形で揃いが良いため、箱詰め作業性にも優れる青首品種である(写真6)。
(3)にんじん「冬ちあき」(タキイ種苗株式会社):高温期を経過する作型において、肩部障害(根部の首や肩に凹凸を生じる生理障害)の発生が比較的少ない。根部の肥大性、根部形状の安定性や斉一性、低温期における葉部の耐寒性に優れ、根部の割れが少なく、機械収穫に高い適応性を示す。
(4)単為結果性ナス「PCシリーズ」(タキイ種苗株式会社):ハウス栽培などにおける着果ホルモン処理や交配用ハチを必要としない単為結果性品種であり、産地や消費者の嗜好に対応して、長卵形なすの「PCお竜」「PC鶴丸」、長なすの「PC筑陽」が育成されている(写真7)。
(5)西洋かぼちゃ「栗五郎」(カネコ種苗株式会社):直播・放任栽培を推奨する黒皮品種であり、着果性に優れ、生育初期の節間が短いため、放任栽培でも栽培密度を高めることで収量を確保できる。
(6)ミニトマト「TS28017-7s」(福井シード株式会社):花房が直枝型で枝分かれが少なく、圃場におけるへた離れが少ないため、作業効率の向上が可能で房どり栽培適性が高く、流通過程での裂果も少ない(写真8)。 
 
タイトル: p046
 
タイトル: p047a

5 輸送性や貯蔵性に優れる品種育成

 成熟度の進んだ生食に適する段階で収穫されることが多い野菜類では、収穫後の輸送過程や販売店頭での環境条件などによる傷みの発生制御が課題であり、これに対応した品種開発が求められている。特に、かつてよりも成熟程度の進行した商品が求められるトマトなどの果菜類では、輸送性や貯蔵性は必須の特性となっている。

(具体的な事例)
(1)トマト「(れい)(げつ)」(株式会社サカタのタネ):極硬玉で耐裂果性に優れ、流通過程での軟化に伴う品質低下が少ない。高温期を経過する夏秋栽培などでの着果性に優れ、秋口の放射状裂果が少ないため、商品果収量を確保できる(写真9)。
(2)ミニトマト「華カミカミ」(福井シード株式会社):ゼリー部が少ない一方で果肉部のうま味が強く、果皮・果肉とも硬く、貯蔵性や輸送性に優れており、海外への輸出の可能性も期待される。

タイトル: p047b

6 加工・業務用に対応した品種育成

 1970年代以降には野菜類の加工・業務用需要が急速に増大し、現在では青果用を上回る品目もみられており、中食需要も含めて、この傾向はさらに拡大するものと考えられている。加工・業務用では、収量性、加工歩留まりや、加工後の品質が重要であり、収穫物の形状や斉一性などについて、青果物の場合とは異なる基準が求められることも多く、これに対応した品種開発が進められている。

(具体的な事例)
(1)キャベツ「こうな」(カネコ種苗株式会社):結球肥大性や結球後の在圃性(品質などに問題なく収穫し続けられること)に優れ、作期の柔軟性が高いため、加工・業務用需要に適している夏播き晩秋どり品種である(写真10)。
(2)だいこん「相撲」シリーズ(株式会社サカタのタネ):加工・業務用向けの大きなサイズでも、根形の乱れ、す入りの発生、収穫・運搬・洗浄での衝撃による割れが少なく、肉質が緻密でツマやサラダなどの加工適性に優れる。播種時期により「夏相撲」「秋相撲」が育成されている。
(3)かんしょ「栗かぐや®」(カネコ種苗株式会社、PVP(※)登録品種(品種名HL1)、海外持出禁止(公示(農林水産省HP)参照)):粉質系の肉質で、いもの表面の条溝や加熱後の肉質の緑変が少ないなど、最近の加工・業務用需要に適する(写真11)。

※植物品種保護(Plant Variety Protection)の略称

タイトル: p048

7 種子繁殖型F1いちご品種

 2017年にわが国最初の種子繁殖型F1実用品種「よつぼし」(三重県、香川県、千葉県、農研機構共同育成)が品種登録され、大幅な生産効率化とランナー(クラウン(株の基部)から発生するツル性の茎。先端に子株を形成)を通じた病害連鎖の遮断が可能となった。種子繁殖型F1品種を核としたいちご生産システムの革新が期待されており、多くの機関が「よつぼし」に続く品種育成に取り組んでいる。
 「ベリーポップ」シリーズ(ミヨシグループ)は、民間企業による最初の種子繁殖型F1品種であり、減農薬、省エネルギー栽培が可能である。草勢が強く、栽培が容易で果実が硬い「ベリーポップ・はるひ」、施設栽培品種としては日本で初の複合抵抗性(萎黄病・炭疽(たんそ)病〈葉、葉柄、ランナーなどに黒色病斑を生じ、クラウンが侵されると枯死に至るカビによる病害〉)を有する「ベリーポップ・すず」(ミヨシグループ、三重県共同育成、写真12)が育成されている。

タイトル: p049a

8 おわりに

 ここで紹介した品種は、いずれも現在の生産現場が必要とする幅広い特性について可能な限りの改良がなされているが、たとえ特定形質に優れていたとしても、生産現場が必要とする多様な形質が統合された結果として、生産者が納得できる利益を生み出せなければ受け入れられることはない。そのような意味では品種育成に終着点はなく、いずれもより優れた品種を目指して一層の育種努力が続けられている。
 日本種苗協会では、このような育種努力の客観的評価の場として、品目や作型などを特定して各種苗会社の育成品種を一堂に会する「全日本野菜品種審査会」を50年以上の長きにわたり開催している。農研機構や公立試験研究機関などの協力を得て、毎年10品目あまりについて優良品種の選定を行ってきた本審査会の活動の積み重ねにより、わが国全体としての育種水準の向上と育成品種に対する生産現場の理解促進が図られてきた。
 ところで、本稿で紹介した品種のほとんどはF1品種であり、これまでは両親系統を入手しない限り当該品種を再現することは困難と考えられてきたが、DNA解析技術の進歩により、将来的には優良F1品種の再現もあり得なくはないとされる。採種業務の多くが海外で行われる現在、育種に携わる種苗会社では、種子生産を行う品目や品種固有の特性に基づく生産管理に加えて、種苗の生産や販売・流通に関わる国や地域における知的財産保護制度とその運用状況など、親系統やその遺伝情報を含めた流出管理などにもこれまで以上に細心の注意が必要となっている。


 
タイトル: p049b
 
望月 龍也(もちづき たつや)
一般社団法人日本種苗協会 技術顧問
【略歴】
1952年生、農学博士
1975年 東京大学農学部卒
農林省野菜試験場、農研機構九州沖縄農業研究センターなどで野菜(トマト、いちごなど)の育種研究などに従事
2008~2012年 農研機構野菜茶業研究所長
2012~2020年 東京都農林総合研究センター所長
2012年より現職