(1)熊本県における野菜生産・流通
熊本県が国内指折りの農業県であることは多言を要しまい。平野部である熊本・玉名・菊池地域や冷涼な中山間に所在する鹿本・阿蘇・
上益城地域、島しょ部の天草地域では耕種から酪農・畜産まで多様な農業を展開してきた(図1)。
2020年の農業産出額は全国第5位の3407億円であり、そのうち野菜はトップの1221億円(35.8%)を占め、熊本県農業を牽引する作目となっている。
野菜生産は多様な品目が取り組まれており、収穫量ベースでみれば、指定野菜では全国首位のトマト、同第2位のなすをはじめ、トップ10圏内のピーマン、キャベツ、レタス、さといも、にんじんが挙げられ、果実的野菜であるすいか・メロン・いちごも全国屈指の生産量を誇る。
そして当然ながら野菜販売に重要なのは流通過程であり、大消費地圏である関東・関西圏から見れば、熊本県は遠隔産地に位置付けられる。しかしながら、かつて筆者が2016年に実施した関西圏の中央卸売市場の卸売業者へのヒアリング調査において、全国的に野菜産地の衰退が進んだことによって川下への安定供給の課題が顕在化していく中、熊本県の取る安定供給体制への高い評価が複数の業者から聞かれたことが印象に残っている。その核となっているのがJA熊本経済連であり、県内JAの一体的な集出荷体制を構築・実現してきたのである。
(2)JA熊本経済連を核とした安定供給体制
ア JA熊本経済連の概要
県の農業協同組合連合会であるJA熊本経済連は、専門農協、連合会を含む18組織で構成されている(参考文献)。幾多の都府県の連合会においてJA全農県本部への統合・再編が進められた一方、現在まで県単位の連合会として存続・運 営してきたことから、野菜販売においても比較的独自の対応が取られてきたことは間違いない。
熊本県の2021年度の農畜産物の総取扱高(販売総額1028億円)の内訳は、農産物(米・麦・大豆・茶など)が90億円、畜産物が119億円、園芸作物(果実・野菜・花き・直販)が819億円と、園芸作物が8割以上に達している。
ただし、野菜の品目別構成はここ30年で大きく変貌を遂げてきた。過去最高の取扱高955億円を記録した1991年はメロン・すいかの2品目で取扱高の半分以上を占めたのに対し、2021年度はトマト・ミニトマトが取扱高の半分近くを占めるに至った。このことは、バブル崩壊後の贈答用需要の減少や、消費者の簡便志向・低価格志向などの諸変化が関係している。そして見逃せない点は、2000年代半ばから、流通過程において“安定供給”を実現するための集出荷体制の構築を目指したことである。その下で、看過できない潮流となった食の外部化に伴う加工・業務用需要の増加への対応も模索してきたのである。
イ 青果物コントロールセンターの取り組み
JA熊本経済連が中心となり、青果物の価格交渉や販売の一本化に向けた協力体制である「青果物コントロールセンター」を設置したのは2008年である。その目的は県内のJAが協働して青果物の安定供給体制を構築することであり、同年は県内計14JAのうち2JAが参加した。翌年には5JA、2010年には8JAと順調に増え、2011年には加盟組織数が現在と同じ11JAに至った。そして、通常ならば単協の部会レベルで取り組まれる「査定会」「
目揃え会」「研究会」などを加盟農協全体で実施している(写真1)。出荷に際する品質・出荷規格の統一化や各地域における生産状況・見通しを取引先に周知するための情報の集約と発信を実施し、情報共有を図ることで、県内レベルでの安定供給体制を整備してきた。特に、出荷権を持つ各JAの担当者が熊本市内のJA熊本経済連のオフィスに常駐することで、綿密かつ迅速な連携体制を取っていることは特筆に値する。コントロールセンターの設置により、生産から販売までの安定供給体制を確立した結果、取引先からの信頼を獲得し、安定販売につなげてきたといえる。
取引先への情報発信にも積極的に取り組んでおり、2020年からのコロナ禍においては、You Tubeを利用した情報発信や、小売店の店頭におけるデジタル機器を利用した販売促進・プロモーションを精力的に実施してきた。加えて、熊本県内の各JAの農産物直売所の品揃えの充実にも貢献している。こうした中で、加工・業務向けの野菜販売も取り組まれているのである。