(1)小笠原農園の経営概況
ア 就農および有機農業に取り組んだ経緯
小笠原農園の経営主である小笠原
保氏は、地元の高校を卒業後、幕別町役場での勤務を経て、妻の美奈子氏と共に平成24年に就農した(写真1)。保氏の実家は代々続く農家であり、その3代目として両親から経営を継承した。
就農当初は、レタスを中心とした慣行栽培を行っていたが、「化学肥料・化学農薬を極力使いたくない」という思いが保氏にあり、就農後にまず大豆と小麦の有機栽培に取り組み始めた。保氏は、「野菜本来の味を追い求め、化学肥料・化学農薬の量を減らしていった結果、有機栽培に少しずつ近づいて行った」と話す。その後の変遷については、表6を参照されたい。
イ 現在の経営概況
現在、小笠原農園では、大豆や小麦、ばれいしょ、レタス、リンゴなど、多彩な品目の有機栽培に取り組んでいる(表7)。農作業においては保氏が中心となり、カフェの運営においては妻の美奈子氏が中心となっている。将来は、より多くの人に有機野菜を食べてもらうため、また、生産現場の様子を知ってもらうために、加工品の販売や農村体験ツアーに取り組んでみたいと保氏は考えている。
(2)有機農業について
ア 生産と経営
小笠原農園における有機農業の取り組みなどについて、生産と経営の観点からそれぞれ苦労した点などを含めてお話を伺った。その結果を表8に示す。
イ 有機JAS認証の取得とその効果
小笠原農園では、現在、すべての圃場において有機JAS認証を取得している。取得に当たっては、講習会への参加や書類作成などが求められるため、生産者にとっては時間や労力の部分で負担を強いられる。しかしながら、保氏は、「言葉で無肥料・無農薬と伝えるだけでは、市場の信頼や評価を得るのは難しい」と言い、誰が見ても分かる統一的な認証があることが重要であり、「取得前と比較して価格や販売先の確保において優位性が生まれた」と一定の効果を認めている。
農林水産省では、令和3年10月から事業者の負担軽減を目的に有機JAS認証の運用改善の実施など、取得に向けた支援を強化している。こうした取り組みの活用により、有機JAS認証の取得に対する生産者の敷居を下げることができれば、取得の増加につながる可能性がある。
ウ 小笠原農園における土づくりと有機農産物の出荷
土づくりでは、えん麦やソルガムなどを混ぜた緑肥を入れ、極力有機物を土に還元し、有機物の分解などを助ける微生物が多様化する環境を整えている。それと同時に混植やカバークロップなどを利用し、常に何か作物が植えられている状態を維持することで、微生物の定着も図っている。
また、小笠原農園では、取引先の協力の下、規格外品が出ないよう無選別の出荷を行っている。無選別にこだわる理由について保氏は、「直売所のお客様の反応を見ると、流通が求める規格と消費者が求める規格の差があると感じる。この差を埋めることができれば、相当数の食品ロスを減らせる」と話す。有機農業という環境負荷が少ない生産方法であるからこそ、生産の段階だけではなく、流通や消費段階も含めた総合的な環境への配慮が必要だと言える。
(3)地域での取り組み
ア やさい屋カフェ「灯里(ひより)」について
平成25年に農産物直売所として農家のお店「ひより」始めた。その後、「野菜の直売だけではなく、その場で野菜を味わって欲しい」と考え、令和2年にやさい屋カフェ「菜びより」として再オープンし、今年、店名を「灯里」に変更した(写真3)。農園で収穫した有機野菜を豊富に使ったメニュー(写真4)は、野菜だけで満足感を得られるとのことで好評を博し、連日多くの人で賑わっている。カフェで提供する食材は、農園の有機野菜を中心とし、お米など一部自前で用意できない食材は、できる限り有機栽培のものを厳選して仕入れている。保氏は、「カフェを開店したことで、自分達が生産したものに対する消費者の反応をじかに見ることができ、野菜作りの指標にもなっている。カフェのつながりで取引先も増えた」と話しており、カフェが野菜の生産や経営の面でプラスに働いている(写真5)。
また、現在は、道の駅のイベントへの出店や地域のイベント会場としての利用も積極的に行っており、「地域を巻き込み、町全体を盛り上げていきたい」という保氏の思いのもと、その名の通り「里を灯す」存在になっている。
イ とかちオーガニック振興会について
令和3年12月に行政が中心となり、有機農業者の相互の情報共有に加え、相談窓口や関係機関などとの連携を担う組織として、とかちオーガニック振興会が設立された(表10)。保氏は「これまで個々の農家が取り組んできたことを共有し、課題や情報を集約できる」として、企画検討員として参画し、現地研修会での見学者の受け入れなどを行っている。
また、同振興会では、有機農業を広める手段の一つとして、有機食材100%の「オーガニックカレー」を学校給食に取り入れる活動を行っている(写真6)。保氏は「子どもは有機を知るきっかけになり、農家は販売先の一つとして選択肢が増える。双方にとって有益な活動である」と話し、有機食材の消費拡大のため、次世代に向けた宣伝に力を入れている。