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調査・報告 野菜情報 2023年5月号

愛媛県におけるさといも生産・販売体制の強化 ―広域選果場を核とした販売体制整備と栽培技術支援の両輪による産地活性化―

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千葉大学大学院園芸学研究院 教授 櫻井 清一

【要約】

 愛媛県東部・東予地域のさといも産地では、新品種の導入後、評価の高まったさといもを安定的に生産・供給するために広域選果場を整備し、卸売市場向けと加工・業務用向け双方の販売体制を整備した。さらに植え付け後の作業負担を軽減する新栽培技術体系を確立し、機械化と併せその普及に努めた。その結果、産地規模を維持し、品質面でも実需者から評価され、安定した販売を実現している。

1 はじめに

 愛媛県東部・東予地域に位置する四国中央市は、さといもの産地として知られている。東予地域は瀬戸内海に面しているが、「やまじ風」と呼ばれるフェーン現象を伴う強い風が吹くことで知られている。そのため、作物の倒伏、果実の落下、ビニールハウスの倒壊といった農業被害が発生しやすい。こうした厳しい環境下でも栽培しやすい作物として、四国中央市では江戸時代からさといもが栽培されてきた(写真1)。
 地域農業を支えてきたさといもであるが、夏場の暑い時期に作業を要するため栽培農家が減少し始めた。また長期間の栽培に伴い、品質の劣化も見られるようになった。そこで愛媛県では地域のJA、農家、農業支援機関が連携し、この20年の間、さといも産地の活性化に向け多様な取り組みを実践してきた。
 本報告では、その中から広域選果場の整備とその成果、栽培面での技術改良と普及、さらに担い手への支援の状況について紹介したい。

2 「伊予美人」導入の経過

 愛媛県で現在栽培されているブランドさといもは、「伊予美人」(商標名:全農)の名称で流通している。品種としての登録名称は「愛媛農試Ⅴ2号」である。それまでの主力品種は1940年代に鳥取県より導入された「(おんな)()()」であった。女早生は肉色が白く、粘り・食味とも良好な品種であるが、形状が長く、卸売市場では秀品率が下がるという難点があった。また長年の栽培により、品質のばらつきも目立つようになった。
 こうした状況を打開すべく、愛媛県農業試験場(現:農林水産研究所)が地域のJAと協力して育成したのが新品種・愛媛農試Ⅴ2号(2008年品種登録完了)である。同品種は女早生に比べ収量が約3割多いうえ、形状が丸みを帯びている。色合いや肉質も良好である。2006年より販売を開始したところ、市場での評価も良く、急速に普及した。同時に新品種のブランド名として「伊予美人」を使用するようになり、2007年には商標登録も済ませている。


 産地・市場双方のニーズに応えるべく、県最大の出荷量を誇るうま農業協同組合(以下「JAうま」という)では、原種および採種圃場(ほじょう)へプラグ苗(注)を植付け・増殖し、新品種の種芋を早期に農家に供給・更新する体制を整えた。その結果、2010年までにはさといもの全量を伊予美人に切り替えることができた。
 後述する栽培技術の改良も後押しして、新品種は東予地域の栽培農家に順調に普及し、出荷先市場でも高評価を得た。
 (注) プラグトレイと呼ばれるプラスチックの多穴の育苗用トレイに種をまいて、移植(定植)できるまで育苗した苗。

3 広域選果場の整備と販売体制の強化

 しかし産地の拡大とともに、東予地域のJA間による選別基準の微妙なばらつきも指摘されるようになった。市場からは、品質については評価を得たものの、ロットの拡大への要望も出されるようになった。しかし各JAの集出荷施設は老朽化が進み、こうしたニーズに十分応えることができなかった。
 そこで全農愛媛県本部では、さといもの主産地である東予地域各JA(当時は5組合)と協議し、県東部全域の伊予美人さといもを一体として集荷・選別することができ、さらに加工・業務用や各種包装、芋塊の分離といった従来の施設では対応が難しかった機能も備えた広域出荷施設を整備することとなった。国の補助事業(産地パワーアップ事業)も活用し、新施設「愛媛さといも広域選果場」が2019年3月より設立・稼働することとなった(写真2)。
 広域選果場は、
A)荷受けライン
B)選別・出荷ライン(袋詰め機も含む)
C)生産者支援のための根切・除泥・芋分離ライン
D)冷蔵庫
の4つの施設により構成されている。現時点での年間最大処理能力は3170トンである。



  各施設の概況は以下の通りである。

  A)荷受けラインでは、農家・JAから持ち込まれたさといもの入ったコンテナを自動で計量し、目視も含め評価の後、荷受けボックスに預かる(写真3)。
 
 B)選別・出荷ラインでは、目視と形状選別機を併用して選別を行い、卸売市場向けは自動秤量・箱詰め機を用いて段ボール詰めする(写真4)。業務用向けさといもはコンテナ詰めラインを使用する。さらには小袋対応のための袋詰め機も用意されている。

 C)根切り・除泥ラインは、個別生産者が出荷前調製のために利用する施設である。さといもは収穫後に株から芋を分離する作業、根切り作業、泥落としといった前処理を行う必要があり、その労力は大きな負担となっている。本ラインを活用することで、手作業に依存していた前処理作業を大幅に軽減できる(写真5)。

 D)冷蔵庫は出荷調整用のもので、収容能力はいも重量に換算して25トンである。







 東予地域のJAのうち、広域選果場のあるJAうま・土居町地区のさといも農家は個別に直接出荷している。他のさといも農家は直近のJA集荷場に出荷し、JAがまとめて広域選果場に出荷している。ここ数年間は、おおむね2800トン前後のさといもを選果場で受け入れている。うち地域最大の産地であるJAうま管内からは、2022年度(9月~翌3月)に2000トンのさといもが出荷される予定である。

 広域選果場に集められたさといもは、全量が全農愛媛県本部を通じて販売されている。広域選果場の稼働後、愛媛県産さといもの出荷ロットがまとまり、これまでの主たる出荷先であった愛媛県内および京阪神の卸売市場では、これまで以上に評価が高まり、取引価格も安定している。さらに伊予美人ブランドの認知度を高めるため、市場内の仲卸業者や実需者などを対象とした芋炊きの実施など、積極的な販売促進活動を行った結果、取引先での伊予美人ブランド認知も向上し、川下のスーパーマーケットを意識した定量販売も可能になっているという。出荷先卸売市場数も増え、近年では東京・大田市場など関東圏の卸売市場に向けた出荷も増加している。

 また広域選果場に加工・業務用ラインを設けたことにより、カット野菜業者、真空パック業者などに向けた契約取引による業務用の出荷量も増えており、選果場取扱量の3分の1ほどを占めている。契約取引の拡大は、取引価格の安定および商品率の上昇に貢献している。

4 栽培技術の改良と普及

 かつての東予地域のさといも露地栽培では、おおむね3月に耕起・畝立て、植付けを行った後、9月の収穫開始までに3回程度の追肥と培土を行う必要があった。暑い夏の追肥・培土は重労働であり、産地拡大の障害となっていた。
 そこで水稲からの規模拡大農家とJAの営農指導員が、2004年から施肥・畝立・マルチ被覆を施し、追肥や培土などの中間作業を省力化する「全期間マルチ栽培」技術体系の普及に取り組んだ(写真6)。
 施肥についても、全期間マルチ栽培に適した3種類の窒素肥効パターンを発現する独自肥料を実証し、県内の肥料会社と開発して販売している。この栽培体系を導入後、年間作業時間は慣行栽培体系に比べ59%まで短縮できた。機械も含めた新技術体系の導入は、市内さといも栽培面積の88%(145ヘクタール)で普及・定着している。
 その他、移植機やいもの掘取りと分割を同時に行える収穫機の導入も推進し、いも類栽培の作業時間の短縮と軽労化を進めている。

5 担い手への支援および育成

 担い手の高齢化と減少はどの野菜産地にも共通する課題である。特にさといもの場合、いも自体に重量があることや、かつての栽培体系では暑い夏に肥培管理作業をする必要があったため、労働負荷はかなり重い。

 
そこで主産地であるJAうまでは、さといも産地の維持拡大・所得向上対策として、子会社である株式会社JAファームうま(以下、「JAファームうま」という)を2016年に設立した。水稲の栽培受託を基本としているが、特産さといもの施肥・畝立・マルチ被覆などの作業も請け負っている。
 特に、前述の全期間マルチ栽培技術体系による整形マルチ作業は、委託を希望する農家が多く、2022年には19.2ヘクタールの受託実績を上げている。JAファームうま自体も農地を取得し、組織自らさといもの栽培に取り組んでいる。2022年度の栽培面積は1.5ヘクタールである。
 新しい取り組みとして、近年注目されている農福連携による作業支援も行っている。JAうま管内にあるB型作業所2法人が、さといもの調製作業に従事している。収穫期に3~4人でチームを作り、圃場に出向いて1日当たり5時間、いもの分離、根取り、泥落としなどの作業を行っている。

 JAうま・特産部会に所属し、さといもを出荷する農家は2022年4月現在、363戸あり、所属メンバーによるJA出荷向けの同年産さといも作付面積は85ヘクタールである。構成農家の栽培規模に着目すると、10~20アール程度を栽培する農家が最も多いが、1ヘクタール以上を栽培する農家も一定数存在する。こうした農家の多くは全期間マルチ栽培体系を導入している。 

 近年の価格安定を受け、新たにさといも栽培に参入する農家も一定数存在する。
 四国中央市は製紙業の盛んな町であるが、製紙工場をリタイアした従業員が実家の農業を継承してさといもに取り組むケースや、地元の若者が新規就農する際にさといもを選ぶケースなどが年間数件ではあるがコンスタントにみられる。こうしたさといも新規参入者を技術的に支援するため、JAうま営農指導販売課、青年農業者団体、全期間マルチ研究会などが定期的に技術研修を実施している。また、愛媛県の四国中央農業指導班(普及機関)、四国中央市の農業振興課などもサポートを行っている。四国中央市にあるJAうまの総合経済センターと同じ敷地内に「四国中央市農業振興センター」が置かれている。前述の県農業指導班、市の農業関係部署、農業委員会などが同じフロアに並んでおり、地域の農業に関する「ワンストップ・サービス」を提供できる体制が整っている。こうした体制づくりは近年全国各地に徐々に広がりつつあるが、四国中央市の事例はその中でも先駆的なものである。

6 データにみる成果

 表1は全国および愛媛県におけるさといもの作付面積と収穫量の推移を比較したものである。全国レベルではさといもの作付面積は減少傾向が続いている。また1ヘクタール当たりの単収もほぼ12トン強で推移している。
 しかし愛媛県では、伊予美人の導入と普及に伴い、作付面積は回復基調に転じ、収穫量も増加している。注目すべきは単収の高さである。以前より愛媛県におけるさといもの単収は高かったが、伊予美人の普及が進んだ2010年以降はその伸びが著しく、現在は1ヘクタール当たり20トンを超えている。これは全国でもトップクラスの水準である。



 表2は販売実績について、伊予美人の重要な出荷先市場である大阪府中央卸売市場(茨木市)におけるさといもの取引実績を2012年、17年、22年の3年次にわたり比較したものである。愛媛県産さといもの出荷最盛期である10月から12月までを対象とした。どの年月でも愛媛県産の市場シェアは3割から5割に達しており、ほぼすべての年月で入荷量においてトップの産地となっている。入荷量の多さだけでなく、価格も高水準にあり、どの年月でも市場全体の平均価格を上回っている。そして近年ではキロ当たり単価250~300円前後で推移している。

7 おわりに

 本報告では、愛媛県東予地域におけるさといも産地の活性化方策について紹介した。試験研究・普及機関と産地(JA)が一体となって新品種を育成し、早期に普及させたことが、出荷先の高評価につながった。そのことがさらなる出荷・販売体制の必要性を自覚させ、東予地域の各JAと県本部が一体となって広域選果場を整備し、卸売市場向け高規格品と、多様な実需にフィットした加工・業務用向け品それぞれの安定出荷を実現した。生産の現場でも、新たな栽培技術体系の普及と担い手の支援に努めたことが、高品質さといもの安定した生産・供給につながった。さといもをはじめとする土物類・重量野菜の産地では、担い手の脆弱化とともに産地規模を縮小させる事例が多い中、東予地域の実践は、大いに参考になると思われる。

 東予地域では今後の課題として、6次産業化の振興により産地自ら加工・流通部門を取り込んで高付加価値化を図ること、また機械化や全期間マルチ栽培技術のさらなる普及による省力化・軽労化を挙げており、農家の作付規模拡大に取り組んでいる。