野菜 野菜分野の各種業務の情報、情報誌「野菜情報」の記事、統計資料など

ホーム > 野菜 > 野菜の情報 > 農業ベンチャーと農協の協働による 新たな営農指導の取り組み

調査・報告 野菜情報 2023年4月号

農業ベンチャーと農協の協働による 新たな営農指導の取り組み

印刷ページ
国立大学法人 名古屋大学大学院 生命農学研究科 教授 徳田 博美

【要約】

 スマート農業の普及では、新たな技術・製品を開発・提供する農業ベンチャーが重要な役割を果たす。株式会社AGRI SMILE(以下「アグリスマイル」という)は、そのような農業ベンチャーの一つである。その特長は、さまざまな業務経験やノウハウを持った若い者が集まった会社であること、産地総体の発展に貢献することを目指し、農協などと連携して事業を行っていることである。アグリスマイルが提供しているDXプラットフォームによる営農情報の動画配信サービス「AGRIs by JA」と、農家の栽培管理情報を収集・管理し、営農改善のための分析、情報提供する「KOYOMIRU(コヨミル)」は、農協などの営農指導、技術向上の取り組みに新たな可能性をもたらしている。とぴあ浜松農業協同組合(以下「JAとぴあ浜松」という)は、AGRIs by JAを新規就農者やファーマーズマーケット出荷者などを対象とした営農指導事業に取り入れ、営農指導の新たな取り組みを進めている。

1 はじめに

 スマート農業は、農業者の減少、荒廃農地の拡大など日本農業が直面する厳しい状況を打開する切り札として期待されている。しかし、一口にスマート農業と言っても、先端技術の農業への応用全般を指しており、その内容は多岐にわたる。具体的技術としては、主に自動操舵トラクターや収穫ロボットのようなメカニックな技術と各種センシング技術とAIなどの情報処理技術によって構成されている。その効果についても、省力化とともに単収の向上、環境負荷の軽減や技能の見える化など幅広い効果が期待されている。
 スマート農業技術として、機械、施設などのハード面の整備とともに、情報の収集・管理・分析や高額機械の有効利用のためのシェアリングのようなソフト面のシステム構築も重要な課題となっている。また先端技術の開発・普及では、一般的にスタートアップ企業やベンチャー企業によるイノベーションが重要となる。この点は農業においても同様である。スマート農業が普及し、農業のイノベーションを実現していく上では、新たな農業システムやビジネスモデルの構築が重要であり、それらを生み出すベンチャー企業(以下、農業ベンチャー)も不可欠であろう。
 本報告で取り上げるアグリスマイルは、まさにそのような農業ベンチャーの一つである。同社は、2017年に京都大学大学院農学研究科を修了した中道貴也氏が2018年に創業した企業である。同社のミッションとして「各産地のビジョンを産地と共に実現していくことです。技術を集積・継承していくツールとしてのソフトウェア、集積されたデータを基に新技術を生み出すScience、両者の相互作用によって農業界の発展を支援します。」と掲げている。産地の中核的な組織である農協などを主な顧客として、野菜や果樹などの園芸部門で産地と連携し、情報技術などを利用した産地、農業支援を事業としている。 
 本報告では、アグリスマイルおよび同社と連携した事業に取り組むJAとぴあ浜松を事例として、農業ベンチャーと農協などの産地組織が連携した野菜産地づくりの取り組みを紹介する。
 近年、農業ベンチャーが散見されるようになったが、その中でアグリスマイルを取り上げる理由は以下の2点である。
 第一に、社長の中道氏をはじめとして20、30代の若者が中心となって経営されている企業という点である。農業での高齢化はきわめて深刻であり、若者をいかに呼び込むかは大きな課題である。その場合、就農が最大の目標となるだろうが、必ずしも就農だけにこだわらなくてもいい。若者の農業との関わりには多様な形態があり、さまざまな農業との関わりの中から新たな就農者が生まれてくることもある。アグリスマイルに結集する若者は、新たな農業との関わり方の可能性を示すものとして注目できる。
 第二には、アグリスマイルのビジネスのスタイルとして、農業の現場との連携を重視している点である。近年、農業にAIなどを利用した情報技術のサービスを提供する企業は増えているが、その多くは完成されたシステムやそれを利用した解決策を提供している。そのようなサービスの形態においては、地域の自然的および社会的条件の違いが影響する農業では、それらの違いが考慮されにくい。また完成されたシステムなどの提供では、農業者や産地がその条件や目標に応じてシステムなどを調整するような創意工夫を発揮しにくく、情報技術を生かす能力向上にもつながりにくい。その点で、アグリスマイルは顧客である農協などと連携・協働しながら、システムなどを作り上げている。すなわち、農業の現場に寄り添い、連携してシステムなどを作り上げるようなビジネススタイルであり、これからのスマート農業の展開に向けたビジネスの連携として注目すべきスタイルと考える。

2 アグリスマイルの概要

 アグリスマイルを創業した中道氏は、兵庫県東部の中山間地域である丹波市の生まれで、京都大学では非生物的ストレスを制御するバイオスティミュラント資材の研究を行っていた。バイオスティミュラント資材とは、干害、高温障害、塩害、物理的障害((ひょう)や風の害)などの非生物的ストレスに対する抵抗性を高め、増収や品質改善の効果をもたらすものであり、今後の市場拡大が期待されている農業資材である。
 中高生の頃から農業に貢献したいという思いが芽生え、大学院修了後に一般企業に就職し、ビジネスの経験を積んだ上で1年4カ月後に起業し、アグリスマイルを創業した。
 アグリスマイルの事業は、農業DXプラットフォームの提供、AGRI Suite(情報技術を利用した農業現場に寄り添ったシステム)の提供、ACADEMIC Suite(学術団体の運営などのサポート)の提供、持続可能な農業に資する研究開発および上記に準ずるコンサルティング業務である。大きく分けると、学術団体に関する運営サポートと農業の現場に寄り添った先端技術の開発・利用の2つに分かれる。
 農業に関する事業の特長として、前述の通り、情報技術などの先端技術を活用した農業の現場に寄り添ったサポートが挙げられる(図1)。現在、農業現場が抱える課題の中には、情報技術を活用することで解決あるいは改善できるものは多い。しかし、農業者はもちろんのこと、現場を支える農協職員や農業普及のスタッフも情報技術を習熟する余裕は乏しい。一方で、情報技術の専門家は必ずしも農業の現場を理解できているわけではなく、現場の課題に適切に応えた解決方法を提案できているとは限らない。また情報システムの基礎となる現場のデータ収集は、情報技術の専門家のみでできるものではない。アグリスマイルは、先端技術の専門家として農業の現場に出向き、農業者や農協職員、さらには行政やメーカーの担当者と協働しながら、現場の課題に応えた解決方法を創ることを目指している。
 
041a

 上記にも関わるが、第二の特長として、農業ベンチャーの多くは大規模な農業法人などの個別の農業者を顧客とし、必ずしも地域農業総体の発展までは考慮していないのに対し、アグリスマイルは産地総体の発展につながるサービスの提供を目指している点である。そのため、アグリスマイルの顧客は農協が主体となっている。本報告で取り上げるJAとぴあ浜松以外でも、取引する農協は増えており、全国の野菜産地や果樹産地などを中心として数十農協に達している。
 アグリスマイルは、今年で創業5年目であるが、これまで順調に事業を発展させている。現在のスタッフは正社員で20人余り、パート・アルバイト、業務委託している者を含めると70人程度にまで増加している。アグリスマイルの正社員のほとんどは20、30代の若手である(写真1)。大学あるいは大学院を卒業後、大手企業やIT企業での勤務経験があり、転職してアグリスマイルに入社した者が多い。中道氏は農学部であるが、スタッフは工学部や経済学部などさまざまな学部の出身者で構成されている。転職前の職務経験でも、DX(デジタルトランスフォーメーション)、金融関係、ウェブマーケティング、有機食品の宅配事業など、多彩な経験とノウハウを身に付けた者が集まっている。また農業との関わりでも、アグリスマイル入社前から関わりがあった者もいるが、全く関わりのなかった者もおり、さまざまである。

042a

3 アグリスマイルの農業関連事業

 アグリスマイルの事業は、学術団体の運営サポートと農業の現場に寄り添った先端技術の開発・利用の2つで構成されているが、農業関連事業の内容を次に紹介する。
(1)AGRIs by JA
 まずは農業の現場でのDXの導入支援である。個々の顧客、産地の要望に応じて多様な分野でのDX導入に対応しているが、アグリスマイルとして開発し、産地に持ち込んでいるDXプラットフォームは2つある。その一つが次節でJAとぴあ浜松を事例として産地での導入実態を紹介するAGRIs by JAである。これは農作業などの解説・指導の動画の作成・配信サービスである。
 AGRIs by JAのサービスには2つの形態がある。一つ目は、個々の農協などごとに構成員を対象とした動画の作成・配信をサポートするサービスである。農協などは、動画使用の目的に沿った動画を撮影し、アグリスマイルはその編集と配信に関わるサービスを提供する。このサービスは営農指導での活用を念頭に置いたものであるが、新規就農者への技術指導、産地の篤農家の技術の伝承など、その利用目的・形態はさまざまである。これまでに次節で紹介するJAとぴあ浜松をはじめとして10以上の農協や自治体の動画作成をサポートしている。
 二つ目も農作業の解説などの営農情報・指導に関する動画の配信サービスであるが、上記のサービスとは違い、個々の農協などに限定した動画の作成・配信のサービスではない。受信対象者を限定せず、全国で受信契約した者に動画を配信する公開型のサービスである。このサービスでの動画の配信自体はアグリスマイルが行っているが、配信する動画はアグリスマイルが農協と協働して作成している。アグリスマイルは、JAとぴあ浜松、愛媛県のJAおちいまばり、JA晴の国岡山およびJAふくおか八女の4農協で動画配信の運営に関する協議会を設立している。
 協議会での話し合いで作成する動画の内容(対象とする作物や農作業、技術など)を決め、いずれかの農協が基本的な動画を作成する。現在、配信されている動画は約750本に達しており、トマト、ほうれんそう、だいこんなど主要野菜が網羅されている。また動画の内容は品目ごとの栽培技術だけでなく、農薬の使い方やトラクターの操作など品目に関わらない共通した基本技術や販売面でのポップづくりなど、営農上知っておくべき基本的な事項を広く扱っている(写真2)。また適用作物や用途別に農薬を絞り込むことができる農薬データベースも備えており、初心者でも手軽に利用可能なアプリとなっている。

043a

 動画受信の契約は個人契約と団体契約に分かれる。個人契約は個々の農家などが個別に契約するものであり、団体契約は主に農協などの組織が契約し、その構成員が受信できる契約である。現在は団体契約が主体となっている。協議会を構成している4農協は無論団体契約しているが、それ以外の農協にも団体契約は広がっている。また団体契約では、その傘下の利用者のみに連絡事項や独自の営農情報を配信できる掲示板の機能が利用できる。
 AGRIs by JAは、農協の営農指導事業の一部を代替する役割を果たしている。農協にとって営農指導事業は主要な事業部門の一つであるが、直接的に収益を生み出す部門でないこともあり、農協の経営環境が厳しくなる中で、営農指導担当職員が削減されるなど、苦しい事業運営を強いられている。そのような限られた農協の経営資源の中で、AGRIs by JAは組合員に対する営農指導に関する情報提供サービスの一端を担っている。
 また、AGRIs by JAは農協の営農指導のあり方に新たな変化をもたらすものでもある。農協の営農指導事業は、都道府県の農業普及組織とは連携しているが、基本的には個々の農協ごとに実施している。農協間での連携があるとしても、農協県連組織を通じた県内での連携であろう。公開型のAGRIs by JAでは、都道府県を超えた農協間で営農情報の共有が行われている。配信している動画は、基本的な部分は協議会に参加しているいずれかの農協が作成しているが、AGRIs by JAを契約している農協の組合員や個人で契約している者は、すべての動画の視聴が可能である。AGRIs by JAは農協間での営農情報を共有化するものであり、厳しい事業環境下での農協の営農指導事業の新たな可能性を示すものとなっている。公開型のAGRIs by JAの動画作成に携わっている農協にとっては、自らの営農情報を他の農協などに公開することになるが、動画コンテンツの権利は協議会に帰属しており、収益の10%は協議会を通じて各農協に配分される。現在、AGRIs by JAの利用は農業生産の現場にとどまらず、静岡県立農林環境専門職大学でも導入され、教育の場にも利用が広がっている。

(2)KOYOMIRU
 アグリスマイルが提供しているもう一つのDXプラットフォームは、KOYOMIRUである。KOYOMIRUは、産地での生産者ごとの作業記録や農業資材の使用履歴、圃場(ほじょう)情報などの栽培に関する情報をクラウド上で一元管理するシステムである(図2)。KOYOMIRUを使用することで、産地としてトレーサビリティーなどの栽培履歴作成が省力化できるとともに、農薬の適用・混用・使用回数の自動判定も可能である。

044a

 KOYOMIRUのメリットとして、産地での栽培情報管理の省力化・効率化が挙げられるが、もう一つは収集したビッグデータの分析による栽培技術の向上である。KOYOMIRUは産地内の多数の生産者の栽培に関するさまざまなデータを蓄積している。そのデータを分析することで、生産性向上につながる栽培管理の改善策を見つけ出すことが期待できる。現在、さまざまな分野でビッグデータの利用が広がっている。農業においても、各種センサーによる自然環境や作物生育などに関する情報が収集できるようになり、それらのビッグデータを利用した栽培管理の改善が期待されている。栽培管理の最善策を検討する上では、農作業の記録や施肥量など生産者の栽培管理に関する情報も重要となってくる。しかも、より多くの生産者の情報が収集されている方が分析の精度は高まる。しかし、生産者の栽培管理に関する情報をセンサーで収集することは困難であり、どのように収集するのかが課題となっている。
 アグリスマイルは、KOYOMIRUによって収集した生産者の栽培管理に関する情報を栽培管理の改善につなげていくこと、すなわちKOYOMIRUというアプリの提供にとどまらず、それを産地の発展につなげる利用方法の開発を目指している。現在、アグリスマイルは岡山県の農協と連携し、1000アカウントでKOYOMIRUを導入し、そこで収集したデータを利用した栽培管理の改善に向けた分析を試行している。

(3)農業資材の研究開発
 アグリスマイルは農業資材の研究開発にも取り組んでいる。現在、開発を進めているのは、中道氏が学生時代から携わってきたバイオスティミュラント資材である。
 アグリスマイルでは、多様な資材の中から生産現場のニーズに合った資材選択をサポートする独自の資材の評価指標を作成し、同指標を用いた独自のスクリーニング方法論により開発期間を大幅に短縮することで、農業資材として有効性の高いバイオスティミュラント原体を集めた「AGRI SMILE ライブラリー」を構築した。さらにフードサプライチェーンで廃棄されていた赤パプリカから画期的なバイオスティミュラント素材の開発に成功した。これらの研究開発では、大手農業資材メーカーと共同研究を行うと同時に、全国約130地域の農協と連携し、現地実証試験にも取り組むなど、これまで養ってきた生産現場との連携が生かされている(図3)。

045a

4 JAとぴあ浜松でのAGRIsの活用

 JAとぴあ浜松は、静岡県の西部にあり、浜松市の一部(旧浜松市、旧浜北市、旧浜名郡雄踏町・舞阪町、旧引佐郡引佐町・細江町)と湖西市を管内とする大型農協である。
 組合員数は、正組合員2万1000人、准組合員5万8000人、合計7万9000人である。農産物販売金額は令和2年度実績で212億円に達しており、その半分の109億円が野菜である。主な野菜品目はねぎ(23億円)、ちんげんさい(13億円)、たまねぎ(11億円)、ばれいしょ(9億円)、セルリー(8億円)などで、多品目の野菜が栽培されている。JAとぴあ浜松は、野菜を中心とした農産物販売規模の大きい生産農協であるが、その一方で政令指定都市の浜松市の中核地域を管内とする都市農協でもある。そのため、小規模な都市農家や都市住民へのサービスの提供も農協の課題となっている。
 JAとぴあ浜松では、新たに農業を始めようとする者を対象として、プロ農家を育成する「新規就農者養成塾(現農ライフセミナー)」のほか、土地持ち非農家で家庭菜園から始めて、将来的にはファーマーズマーケットへの出荷も念頭に置いた「とぴあ園芸教室」を2007年から始めていた。「とぴあ園芸教室」は野菜コースと果樹コースに分かれており、野菜コースでは、さらに農業の基礎を学ぶ「入門編」とファーマーズマーケットへの出荷を目指す「応用編」に分かれている。「入門編」は圃場での実習を中心とした内容で、農機具の使い方や畝の立て方など基本的な農作業を学ぶ(写真3)。「応用編」ではファーマーズマーケットへの出荷を目指し、より高度な栽培技術とともに、袋詰めや出荷方法なども学ぶ。野菜コースの受講生はこれまでの15年間で700人を超えており、その中には全くの初心者で「入門編」から入り、「応用編」に進んで、ファーマーズマーケットの出荷者となった者も多い。

046a

 JAとぴあ浜松でのAGRIs by JAの利用は、「とぴあ園芸教室」の野菜コースから始まった。そのきっかけは、コロナ禍で圃場での実習ができなくなったことである。2020年度の講座が始まる4月から緊急事態宣言が出され、対面での講座が開催できなくなった。4~6月は栽培に関する実習の多い時期であり、急場をしのぐために実習内容の動画配信を始めた。これ以前も実習内容をまとめたパワーポイントファイルを提供していたが、受講生からの動画に対する評価は高かった。実際の作業が分かりやすい点やいつでも見返して復習できる点が評価されたという。そのため対面実習が開催できるようになって以降も、動画配信は続けている(写真4)。

047a

 さらにプロ農家の育成を目的とした「農ライフセミナー」でも、2022年から動画配信を始めた。「農ライフセミナー」は、品目ごとのコースを開講しており、2022年はパセリ、エシャレット、えんどうの3品目のコースが開講された。「農ライフセミナー」で配信している動画は、当該品目の生産部会員で希望する者は視聴が可能である。
 JAとぴあ浜松は、公開型のAGRIs by JAの協議会の中心的なメンバーであり、配信動画の多くは、JAとぴあ浜松が撮影している。動画を作成する一方で、利用者でもある。組合員のうちAGRIs by JAの利用者は90人ほどであり、ファーマーズマーケットの出荷者である。同出荷者は全約600人であり、その15%程度がAGRIs by JAを利用している。利用者は50、60代が主体だが、若い者もおり、AGRIs by JAの利用者からの評価はおおむね良好である。
 JAとぴあ浜松での公開型のAGRIs by JA の利用は、ファーマーズマーケット出荷者への営農指導および情報の発信である。ファーマーズマーケットへの出荷は、農協の共販事業のような統一的な販売戦略があるわけではないため、当該農協に限定した営農指導情報は少なく、一般的で多くの農協や生産者に共有できる内容が多い。一方で、ファーマーズマーケットではより多くの農産物の出荷が望まれるため、その出荷者に対して多くの農産物や栽培方法に関する営農情報の提供が期待される。その点では、自ら撮影した動画のみでなく、他の農協が撮影した動画を共有するメリットは大きい。ただし、ファーマーズマーケット出荷者に対しても、農協限定の情報はある。JAとぴあ浜松では、AGRIs by JAの掲示板機能を利用してファーマーズマーケットの出荷・販売情報などの農協限定の情報を発信している。

 JAとぴあ浜松は、現時点でAGRIs by JAの利用が最も進んでいる農協であろう。JAとぴあ浜松の中でもAGRIs by JAの利用は、野菜部門が中心であるが、都市近郊産地という性格もあり、多品目の野菜が栽培されており、しかも企業的生産者からホビー農家といえるような小規模な生産者まで多彩な生産者がいる。このような中で、農協の営農指導事業は、限られた人材で多様な要望に応えることが求められている。AGRIs by JAによる動画配信は、このような課題に応える営農指導の有効なツールとなっている。JAとぴあ浜松でのAGRIs by JAの導入は、コロナ禍という特別な事情がきっかけではあるが、ポストコロナに向けて、新たな営農指導の変化を促すものとなっている。

5 おわりに

 スマート農業には、新たな農業技術の変革を通じた日本農業の立て直しが期待されている。そこで期待されているのは、スマート農業技術そのものによる生産性の向上、環境負荷の軽減などだけではないであろう。新たな技術が効果を発揮するためには、その技術に適応した営農体系、ビジネスモデル、さらには社会システムの構築が必要であり、新技術導入はそのような変革を促すものとなる。スマート農業においても、どのような営農体系、ビジネスモデルなどが生み出されてくるのかが注目される。
 アグリスマイルは、スマート農業、特にデータ駆動型農業に適応した新たなビジネスモデルとみることができる。その特長は、農協を中心とした産地と協働した地域営農システムづくりにある。KOYOMIRUやAGRIs by JAは、農協が保有する情報や情報収集能力とアグリスマイルの情報技術を結び付けることで、新たな地域営農システムづくりを促すものである。そのようなビジネスモデルを支えているのは、農業内外のさまざまな業種の経験やノウハウを身に着けたアグリスマイルの若いスタッフである。それは、若い者の農業との新たな関わりの形態として注目できる。
 アグリスマイルは、操業してまだ5年余りであり、そのビジネスモデルは完成には至っていないであろう。実際、産地でのKOYOMIRUやAGRIs by JAの利用はまだ研究段階であり、さらに新たな利用形態が生まれてくることが期待される。