アグリスマイルの事業は、学術団体の運営サポートと農業の現場に寄り添った先端技術の開発・利用の2つで構成されているが、農業関連事業の内容を次に紹介する。
(1)AGRIs by JA
まずは農業の現場でのDXの導入支援である。個々の顧客、産地の要望に応じて多様な分野でのDX導入に対応しているが、アグリスマイルとして開発し、産地に持ち込んでいるDXプラットフォームは2つある。その一つが次節でJAとぴあ浜松を事例として産地での導入実態を紹介するAGRIs by JAである。これは農作業などの解説・指導の動画の作成・配信サービスである。
AGRIs by JAのサービスには2つの形態がある。一つ目は、個々の農協などごとに構成員を対象とした動画の作成・配信をサポートするサービスである。農協などは、動画使用の目的に沿った動画を撮影し、アグリスマイルはその編集と配信に関わるサービスを提供する。このサービスは営農指導での活用を念頭に置いたものであるが、新規就農者への技術指導、産地の篤農家の技術の伝承など、その利用目的・形態はさまざまである。これまでに次節で紹介するJAとぴあ浜松をはじめとして10以上の農協や自治体の動画作成をサポートしている。
二つ目も農作業の解説などの営農情報・指導に関する動画の配信サービスであるが、上記のサービスとは違い、個々の農協などに限定した動画の作成・配信のサービスではない。受信対象者を限定せず、全国で受信契約した者に動画を配信する公開型のサービスである。このサービスでの動画の配信自体はアグリスマイルが行っているが、配信する動画はアグリスマイルが農協と協働して作成している。アグリスマイルは、JAとぴあ浜松、愛媛県のJAおちいまばり、JA晴の国岡山およびJAふくおか八女の4農協で動画配信の運営に関する協議会を設立している。
協議会での話し合いで作成する動画の内容(対象とする作物や農作業、技術など)を決め、いずれかの農協が基本的な動画を作成する。現在、配信されている動画は約750本に達しており、トマト、ほうれんそう、だいこんなど主要野菜が網羅されている。また動画の内容は品目ごとの栽培技術だけでなく、農薬の使い方やトラクターの操作など品目に関わらない共通した基本技術や販売面でのポップづくりなど、営農上知っておくべき基本的な事項を広く扱っている(写真2)。また適用作物や用途別に農薬を絞り込むことができる農薬データベースも備えており、初心者でも手軽に利用可能なアプリとなっている。
動画受信の契約は個人契約と団体契約に分かれる。個人契約は個々の農家などが個別に契約するものであり、団体契約は主に農協などの組織が契約し、その構成員が受信できる契約である。現在は団体契約が主体となっている。協議会を構成している4農協は無論団体契約しているが、それ以外の農協にも団体契約は広がっている。また団体契約では、その傘下の利用者のみに連絡事項や独自の営農情報を配信できる掲示板の機能が利用できる。
AGRIs by JAは、農協の営農指導事業の一部を代替する役割を果たしている。農協にとって営農指導事業は主要な事業部門の一つであるが、直接的に収益を生み出す部門でないこともあり、農協の経営環境が厳しくなる中で、営農指導担当職員が削減されるなど、苦しい事業運営を強いられている。そのような限られた農協の経営資源の中で、AGRIs by JAは組合員に対する営農指導に関する情報提供サービスの一端を担っている。
また、AGRIs by JAは農協の営農指導のあり方に新たな変化をもたらすものでもある。農協の営農指導事業は、都道府県の農業普及組織とは連携しているが、基本的には個々の農協ごとに実施している。農協間での連携があるとしても、農協県連組織を通じた県内での連携であろう。公開型のAGRIs by JAでは、都道府県を超えた農協間で営農情報の共有が行われている。配信している動画は、基本的な部分は協議会に参加しているいずれかの農協が作成しているが、AGRIs by JAを契約している農協の組合員や個人で契約している者は、すべての動画の視聴が可能である。AGRIs by JAは農協間での営農情報を共有化するものであり、厳しい事業環境下での農協の営農指導事業の新たな可能性を示すものとなっている。公開型のAGRIs by JAの動画作成に携わっている農協にとっては、自らの営農情報を他の農協などに公開することになるが、動画コンテンツの権利は協議会に帰属しており、収益の10%は協議会を通じて各農協に配分される。現在、AGRIs by JAの利用は農業生産の現場にとどまらず、静岡県立農林環境専門職大学でも導入され、教育の場にも利用が広がっている。
(2)KOYOMIRU
アグリスマイルが提供しているもう一つのDXプラットフォームは、KOYOMIRUである。KOYOMIRUは、産地での生産者ごとの作業記録や農業資材の使用履歴、
圃場情報などの栽培に関する情報をクラウド上で一元管理するシステムである(図2)。KOYOMIRUを使用することで、産地としてトレーサビリティーなどの栽培履歴作成が省力化できるとともに、農薬の適用・混用・使用回数の自動判定も可能である。
KOYOMIRUのメリットとして、産地での栽培情報管理の省力化・効率化が挙げられるが、もう一つは収集したビッグデータの分析による栽培技術の向上である。KOYOMIRUは産地内の多数の生産者の栽培に関するさまざまなデータを蓄積している。そのデータを分析することで、生産性向上につながる栽培管理の改善策を見つけ出すことが期待できる。現在、さまざまな分野でビッグデータの利用が広がっている。農業においても、各種センサーによる自然環境や作物生育などに関する情報が収集できるようになり、それらのビッグデータを利用した栽培管理の改善が期待されている。栽培管理の最善策を検討する上では、農作業の記録や施肥量など生産者の栽培管理に関する情報も重要となってくる。しかも、より多くの生産者の情報が収集されている方が分析の精度は高まる。しかし、生産者の栽培管理に関する情報をセンサーで収集することは困難であり、どのように収集するのかが課題となっている。
アグリスマイルは、KOYOMIRUによって収集した生産者の栽培管理に関する情報を栽培管理の改善につなげていくこと、すなわちKOYOMIRUというアプリの提供にとどまらず、それを産地の発展につなげる利用方法の開発を目指している。現在、アグリスマイルは岡山県の農協と連携し、1000アカウントでKOYOMIRUを導入し、そこで収集したデータを利用した栽培管理の改善に向けた分析を試行している。
(3)農業資材の研究開発
アグリスマイルは農業資材の研究開発にも取り組んでいる。現在、開発を進めているのは、中道氏が学生時代から携わってきたバイオスティミュラント資材である。
アグリスマイルでは、多様な資材の中から生産現場のニーズに合った資材選択をサポートする独自の資材の評価指標を作成し、同指標を用いた独自のスクリーニング方法論により開発期間を大幅に短縮することで、農業資材として有効性の高いバイオスティミュラント原体を集めた「AGRI SMILE ライブラリー」を構築した。さらにフードサプライチェーンで廃棄されていた赤パプリカから画期的なバイオスティミュラント素材の開発に成功した。これらの研究開発では、大手農業資材メーカーと共同研究を行うと同時に、全国約130地域の農協と連携し、現地実証試験にも取り組むなど、これまで養ってきた生産現場との連携が生かされている(図3)。