(1)自社直営農場への転換の経緯
前述のように、イシハラフーズは生産者と直接結びつくことで加工原料野菜の安定調達を図ってきたが、農業の盛んな都城市周辺においても生産者の高齢化に伴い、経年的に契約生産者のリタイアが相次ぐことになった。このような状況の変化により、同社の原料野菜の調達方法も契約栽培から自社生産へとシフトせざるを得なくなったことが直営農場設置の理由である。しかし、このような変化は急速に生じたのではなく、当初は高齢生産者の農作業を同社職員が手伝うところから始まっており、圃場における管理作業の代行へと業務内容が変化し、最終的に同社が土地を借り受けて自社生産へと移行したという経緯がある。
同社が最初に農地を借用したのは2003年5月である。その後、2009年には100ヘクタール、2015年には200ヘクタールと直営農場の面積は急速に増大し、訪問時の2022年時点では宮崎県内の210ヘクタール(620圃場)および鹿児島県内の50ヘクタール(102圃場)にまで拡大している。なお、品目別の作付面積と生産量については、ほうれんそうが面積で52.7%、数量では58.6%を占めている(表3)。また、これら圃場の所在地は収穫した野菜を速やかに工場へと搬入する必要があることから、そのほとんどが工場から20キロメートル圏内に立地している。このため、宮崎県では都城市周辺、鹿児島県であっても曽於市など宮崎県に近い地域にある。
上記のような経緯を経て、現在では使用する原料野菜(写真3~6)のほぼ全量が自社生産品
(注7)となっているように、圃場での原料生産から製品である冷凍野菜の製造・販売に至るまでの全工程を一貫して自社で行うスタイルを確立している。食品製造業者が原料生産を行うことのメリットは、契約栽培と比較して生産にかかる技術水準や選別規格を均一化できる点や、工場における稼働率の平準化を前提として計画的な原料野菜の生産が行える点(詳しくは後述)が挙げられる。また、イシハラフーズの事例を6次産業化という観点から見ると、一般的な6次化は農業生産者が2次産業などに進出するのに対して、同社の場合は地域に存在していた2次産業が1次産業である農業へと進出した事例ということができよう。
(注7) 現在、契約栽培の対象者はごぼうを生産する1人のみであり、外部からの購入についてもミックス野菜に使用するたけのこを鹿児島県内の業者から購入するケースに限定されている。
(2)原料野菜生産の概要
ア スタッフと農業機械の現状
ここからはイシハラフーズによる野菜生産について見ていきたい。同社の野菜生産に係るスタッフ(写真7)である18人は、比較的高齢者が多いものの若い人も含まれている。例えば室田兼一郎氏は30歳であり、同氏はかつて広島県内の工場で働いていたが、就農希望に加えて出身地である宮崎県に帰りたいという理由から2年半前に同社へ転職した。また、スタッフの中には国内で農業を勉強した後に渡米し、帰国後に香川県内の農業生産法人に就職した後、同社へ転職した女性もいる。
同社が所有する主要な農業機械についてまとめたものが表4である。ただし、表4以外にも、例えばトラクターには多種類にわたるアタッチメント類が付属するなど機材は多い。また写真8、9で示すように、同社が使用するトラクターなどはキャビン付きの大型機だけでなく、圃場内の耕耘や播種などの作業を自動で行う自動走行トラクターも含まれている。このように、同社の直営農場で使用される農業機械は大型かつ高度な技術が用いられたものが多いという特徴がある。
収穫機(写真10~12)に関しては、葉菜用、根菜用、えだまめ用、ごぼう用に大別される。このうち、ごぼうは既存の収穫機を使用しているが、それ以外は農機メーカーに依頼して製造してもらったものである。
イ 圃場における作業と記録作成
イシハラフーズの直営農場では同社の作成した計画に従って原料野菜の生産が行われているが、同計画は本社工場における冷凍野菜の製造予定から遡って作成されている。つまり先に工場における製造計画があり、それに対応する形で必要となる原料野菜の生産計画が組まれている。このように計画的な生産・製造が可能となる理由としては、同社の中心的な販売先が生協の共同購入や宅配事業であることから、製品の販売量が比較的安定しており、一年を通じて生産・製造の見通しが立てられる点が挙げられる。
次に、同社の野菜生産で特徴的なのは、職員が作業を行うに当たり、職場から支給されたスマートフォンで圃場に設置された表示版(写真13)
(注8)のQRコードを読み込んで情報システムにアクセスし、現場で当日実施した作業内容を入力・記録している点が挙げられる。機動性の高い情報端末を利用することで職員は会社に立ち寄る必要がなくなり、自宅から現場に直行し作業後も直接自宅へ帰るという勤務形態が可能になり、就業時間の短縮化も実現している。また、同システムにより圃場単位で経年的な栽培管理記録が蓄積されることから、長期的な視点に立った圃場管理も可能となっている。
(注8)イシハラフーズの直営農場には表示板が設置されており、そこには圃場番号、面積、圃場名、所在地、栽培責任者、情報システムにアクセスするためのQRコードが記載されている。
なお、消費者が手にする冷凍野菜の個包装には11桁の数字が記載されており、同社のホームページ(写真14)から同数字を入力することで、当該製品の生産履歴を確認することが可能になっている。この場合の生産履歴とは、圃場情報(圃場番号、所在地、栽培面積など)や生産記録(品種、播種日、作業記録、使用肥料および農薬など)などである。
(3)自社直営農場の課題
イシハラフーズは、かつての契約栽培から自社直営農場における野菜生産へとシフトすることで計画的な原料調達を実現してきたが、その一方で課題も存在している。最大の課題としては、直営農場の圃場が零細であることに加えて多数かつ分散して所在している点が挙げられる
(注9)。
前述のように同社の直営農場は宮崎県と鹿児島県に合計260ヘクタール存在しているが、圃場数では722区画に分散されている。1圃場の平均面積は36.0アールであり、最大の圃場でも2ヘクタールに過ぎず、最小では10アールに満たないものまで存在する。また、圃場の形状が不規則なものが多いのが実態である。このため、圃場内における作業効率が問題となっている。具体的には、同社が所有する農業機械は小回りの利かない大型機が多く、狭小な圃場における効率的な稼働が困難であるとともに、圃場の形状によっては機械が入れず作業できない場所が残ってしまうなどの問題がある。圃場は広範囲に分散して存在することから圃場間における農業機械などの移動に時間がかかり、作業効率を低下させる一因となっている。
また、都城市およびその周辺地域は野菜生産が盛んであることから、同社以外にも農地を借入しながら大規模農業を展開する農業生産法人が存在している。このため同社とこれら生産法人との間で圃場をめぐる競争が生じており、中でも条件の良い圃場ではより激しい競争となる傾向にある。その一方で、これら農業生産法人の圃場もイシハラフーズと同様に零細・分散性の問題があることから、今後は同社と農業生産法人との間で協議し、それぞれが管理する農地の交換・調整などを通じた圃場の集積・集約化が検討されているところである。
(注9) この他にも、所有者不明の圃場の存在が挙げられており、圃場の集積・集約化の障害となっている。
(4)その他の取り組み
以下においては、同社による直営農場における原料野菜生産以外の取り組みについて紹介したい。
同社は、2007年に内部組織として残留農薬検査センター(写真15、16)を設置している。当時、国内で流通する野菜および同加工品に農薬の残留事故が多発したことを踏まえて、販売先や消費者に安全・安心を提供するため、加工原料野菜の農薬残留について検査することを目的に設立した。同センターでは圃場の土壌分析も行っており、肥料の適正使用に役立っている。
また、消費者の安全志向に応えるとともに、製品に付加価値を付けるため2020年にJGAP認証を取得
(注10)し、2022年には加工食品と農産物
(注11)の有機JAS認証を取得するなどの取り組みも行っている。
(注10) イシハラフーズによれば、JGAP認証に準じた取り組みは認証取得前の2012年から実施していたとのことである。
(注11) イシハラフーズにおける2022年の有機栽培によるほうれんそうの作付面積は5ヘクタールである。