近年、スマート農業の取り組みが各方面で進展している。農林水産省では基本政策としてスマート農業を「ロボット技術やICTを活用して超省力・高品質生産を実現する新たな農業を実現」としている
(7)。令和元年度から始まったスマート農業実証プロジェクトでは、施設園芸分野の課題が8課題採択(令和元年度分)され、表3に示す野菜の施設栽培を中心とした課題が各地で取り組まれてきた。いずれも研究機関、指導機関、生産現場などが一体で取り組む、ロボット技術やICTを活用した先端的な実証プロジェクトである。ここでのICTとは、センシングやモニタリング、自動制御といった「計測制御分野」、通信網やデータベース、AIといった「情報通信分野」などを包含した広範なものと考えられる。
一方で、施設園芸分野では表4に示すような加温設備、高度環境制御装置、炭酸ガス発生装置、カーテン装置などの導入による、いわゆる「環境制御技術」により、ハウス内を植物生育に適した環境に制御することで生産性や品質の向上が図られている。「環境制御技術」は前述の「計測制御分野」に属するものである。これらの設備や装置類は、スマート農業の取り組み以前より導入が行われてきた。近年普及が進んでいるものとして、高度環境制御装置(設置実面積に対する割合は、平成21年が1.7%、令和2年が2.9%に上昇)、炭酸ガス発生装置(同、平成21年が2.9%、令和2年が4.8%に上昇)、2層以上のカーテン装置(同、平成21年が10.2%、令和2年が14.4%に上昇)が挙げられる。
こうした装置類は、設置し稼働させるだけでは効果を得ることは難しく、環境条件や植物の生育状態などに応じた最適な使用方法が求められる。具体的には、環境制御装置における温度条件などの設定、炭酸ガス発生装置におけるCO2濃度条件の設定などがある。これらの設定や意思決定において、前述の「情報通信分野」の技術の活用が重要となる。温湿度やCO2濃度、日射量といった環境要素のセンシングを行った結果、日々大量のデータが発生し、それらをデータベース化してモニタリングを行い、一定の「管理基準」などとの比較検討をした上で適正に調整する行為がなされている。そこでは4Gや5Gといった通信網、クラウド上で管理されるデータベース、スマートフォンなどのサービスが安価に利用できる環境が近年整備され、施設園芸生産者による利用も進んでいる。すなわち、いつでもどこでも栽培環境のデータを、リアルタイムでも、過去にさかのぼっても確認することが可能になっている。こうした機能は民間の商用サービスとして各社から提供が進む一方で、産地や地域でのネットワーク化された情報提供も行われている。表5は、高知県で取り組まれている農業データ連携基盤「IoP(Internet of Plants)クラウド(通称「
SAWACHI」で提供される各種データである。SAWACHIでは、連携しているメーカー各社の計測機器などから環境データを取り込み、また燃油タンクの燃料使用量、選果場の出荷データ、市況データなど、広範な情報が希望する県内生産者に提供されている。例えば燃料使用量をリアルタイムで把握することで、無駄の無いハウスの暖房や、市況データを合わせてタイミングを見計らったエネルギー投入など、さまざまな利活用も期待される。
こうしたネットワークやサービスが進展する中で、具体的な「管理基準」については、個々の作物や地域、栽培方法などに合わせ構築し、実際に運用する必要がある。そのためには、環境要素のデータ化と同様に、作物の生育状態のデータ化が求められ、近年は栽培中の作物の「生育調査」が行われるようになった。これは1週間単位などで調査株の伸長量や茎径、果実数などを測定するものである(表6)。
ここでは各項目における管理基準と比較し、適正範囲から外れた場合に温度条件や潅水条件、あるいは作業条件などを調節する方法が採られている。生育調査→管理基準との比較→環境条件の設定→環境制御や潅水制御などの調節→作物の生育状態の適正化といった栽培管理の流れが果菜類を中心に取り入れられ、作物の生育を健全な状態とすることで収量や品質の向上に寄与している。また生育調査を簡易に行う手法
(8)なども開発され、生産者が生育調査を短時間で行うための工夫もされている。このような新たなデータ活用による栽培管理に加え、近年では作物の生育モデルなどに基づく生育・収量予測
(9)、光合成速度などの推定などの新技術も開発されている。生育・収量予測では、環境要素、品種や栽培条件などのデータを入力し、生育や収量を演算により予測することで、適正な環境制御に反映することを目的の一つとしている。また現在の作物の生理的な機能の状態(純光合成速度、蒸散速度など)を環境要素のセンシングとクラウド上での演算により提供するサービスも実用化されている(図2)。作物の収量や品質の向上の基本となる光合成の最大化のため、これらの演算結果を基に適正な環境制御への反映を目的として利用されている。
以上のように、施設園芸におけるスマート農業とデータ活用の取り組みについて紹介したが、これらは生産性や経営の向上のための手段であり、それ自体が目的ではないことは言うまでもない。また新技術の導入には新たなコスト負担も発生するため、与えられた機能を適切に使いこなし費用対効果を高めることが求められよう。