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調査報告 野菜情報 2023年1月号

ラクでエコな生分解性マルチの普及に向けて

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農業用生分解性資材普及会

はじめに

 農業用生分解性資材普及会(略称ABA:Association of Biodegradable-Plastics for Agriculture)は、圃場(ほじょう)で使用する生分解性マルチフィルム(以下「生分解性マルチ」という)を中心とした生分解性樹脂資材の開発や利用、普及を促進する組織で、会員企業13社と賛助会員5団体で活動している(http://www.aba-seibunkai.com)。
 生分解性マルチは、農作物の栽培が終わった後に圃場の中にすき込むことで、土壌中の微生物の働きにより、水と二酸化炭素に分解されてなくなるマルチである。農業で使われているマルチの多くはポリエチレンを原料とするポリマルチだが、生分解性マルチもポリマルチと同様に、雑草抑制や地温調節(温度上昇・抑制)、肥料成分の流亡抑制、水分の蒸散抑制、降雨による土の跳ね返りによる病害防止などの機能がある(写真1)。

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 ポリマルチとの大きな違いは、土壌の中で分解されてなくなるため、栽培途中や収穫後に行う剥ぎ取り作業や廃棄物処理が不要になることである。
 こうしたことから近年、農業就業者人口の減少による農業経営の大規模化や、雇用労働力を活用する経営の増加、また、地球温暖化が進む中、アジア各国の廃棄物輸入規制や海洋プラスチックごみ問題などに対応するため、2019年に政府が策定した「プラスチック資源循環戦略」の動きを背景に、持続可能な農業に資する資材として各地で関心が高まっている。
 生分解性マルチは、1995年に国内第1号の製品が誕生して以降20数年が経過し、各社から製品が販売されている。農業現場での使用は毎年増加しているものの、2020年(2020年6月から翌5月まで)の出荷量は、使用される樹脂量で3822トンと、ポリマルチに使用されていると推定される年間樹脂量約3万5000トンの約10%にとどまっている(図1)。
 本会では、生分解性マルチの特徴や導入の利点、使用上の注意点および使用する農業者の事例などの発信や普及に取り組んでおり、以下にその内容を紹介する。

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1 生分解性マルチの原料と分解過程

 生分解性マルチは、圃場の土壌の中にいる微生物によって分解される樹脂(プラスチック)を原料にしている。代表的な原料は、PBAT(ポリブチレンアジペート/テレフタレート)、PBS(ポリブチレンサクシネート)、PLA(ポリ乳酸)、でん粉ポリエステルで、いずれも日本バイオプラスチック協会(JBPA)が分解性・安全性を認定した生分解性プラ・ポジティブリストに登録されている樹脂である。それぞれの樹脂は、強度、柔軟性、伸縮性などの特性が異なるため、生分解性マルチメーカー各社は、複数の樹脂を混合し、その特性を生かした独自の配合で製品を製造している。
 生分解性マルチの分解は大きく2段階に分かれる。
 第1段階は、空気中や土壌中の水分による加水分解である。圃場で土に触れている部分は、土壌中の微生物から分泌される酵素の作用により分解される。この段階の生分解性マルチは亀裂が生じたり、強度や柔軟性、伸縮性が弱まる。指などで表面を強く押すとプチッと切れるような状態である。
 第2段階は、微生物による分解である。作物の収穫後にロータリーなどの耕耘(こううん)により圃場に小さくしてすき込んだ生分解性マルチを、土壌中の微生物が体内に取り込んで徐々に分解する。最終的には水と二酸化炭素に分解して自然界に循環する。
 生分解性マルチの分解は、このような過程をたどるため、使用する時期や気象条件、土壌の状態により差が生じる。
 また、土壌消毒剤、線虫駆除剤などの成分が土壌に残っている状態で生分解性マルチを使用すると、この第1段階の分解(亀裂の発生)を早めることがある。

2 生分解性マルチを使うメリットと栽培に使われている作物

 生分解性マルチは前述の通り、ポリマルチで行っている作物の栽培途中や収穫後の剥ぎ取り作業や廃棄物処理が不要である。土に埋もれたフィルムを引き剥がし、土や泥を落としてつづら折りにし、収集場所へ運ぶ作業がなくなる。これらは暑い夏の時期の作業が多く、生産者にとって大変な重労働となっている。また、アジア各国が廃棄物の輸入を規制してからは国内での対応が必要となり、廃棄物の運搬処理費用が高騰している。さらに生分解性マルチの利用は、これらの廃棄物の不法投棄の抑制にもつながる。
 代表的な作物別に生分解性マルチを利用するメリットを挙げると以下の通りである。
○スイートコーン=ポリマルチは根に絡んでしまうため外す手間が大変だが、生分解性マルチは収穫した後の残茎と一緒にロータリーなどで圃場にすき込める。
○キャベツ・はくさい=収穫時に残った外葉の処理がなく、そのまますき込める(ポリマルチを剥がす際は外葉が邪魔になるためその除去が必要)。
○ばれいしょ・ごぼう・さといも=茎葉処理後すぐに機械収穫が可能。
○かんしょ=収穫時期には分解が進んでいるため、従来つる切りと一緒に行っていたポリマルチを剥がす作業が不要。
○落花生=栽培途中に、株からマルチを抜き取れるタイミングを見て行っていたポリマルチの剥ぎ取り作業が不要。

 この他にも、圃場の中の収穫場所近くまでトラックを乗り入れることができるという利点がある。生分解性マルチは後で剥がす必要がないため、上から強く踏みつけても問題はなく、搬出作業が容易になるためである。

3 生分解性マルチを使用する生産者の事例

 (1)埼玉県の生産者のA氏は、生分解性マルチを20年前からさといもに、15年前からスイートコーンに使用しており、3ヘクタールの圃場に年間30品目の野菜を作付けし、地元スーパーの店内店舗向けを中心に、家族3人とパート15人で従事している。
 さといもは、6~7月の暑い時期に土寄せをするためポリマルチを剥がしていたが、「高温多湿の時期で扱いにくく、この労力を省けたら楽になる」と考え、生分解性マルチの使用を始めたところ、ポリマルチと差がなく栽培できることが分かり、以降継続して使用している。栽培期間は3月末から9月中旬までと長期であるが、生分解性マルチは土寄せで埋めてしまうまでマルチフィルムとして機能すれば十分であるため、収穫後、芋茎の乾燥後に一緒にロータリーですき込む。後作のほうれんそう栽培にも影響はないという。
 スイートコーンは、「マルチを剥がす前に残茎を1本1本抜き取る作業が非常に負担になっていた」が、直売仲間と残茎を粉砕するハンマーナイフモア(大型草刈り機)を共同購入した時に「生分解性マルチを組合せたら便利になるのでは」と考えて試した結果、残渣処理とマルチのすき込みが上手くいき、それ以来、生分解性マルチを使用している。残茎処理が省力化した分、作付け本数を、ポリマルチ時代の2000本から今年(2022年)は3万本まで増やすことができた。収穫したその日に残茎を機械で粉砕し、2~3日後に1度耕耘し、1週間後に2回目の耕耘をしてポリマルチを敷き、次作のえだまめを定植している。
 A氏は生分解性マルチとポリマルチの使い分けについて、資材費と、パート賃金+廃棄物処理費との比較で考えている。剥ぎ取って廃棄物回収に出せるようにするまでに3~4日掛かる作物なら生分解性マルチを使うメリットがあり、簡単に剥ぎ取り作業ができる作物ならばポリマルチを選んでいるという。
 「現在ポリマルチを使用しているブロッコリーは、収穫後に残る大きな株を1つずつ引き抜いているが、このやり方と、生分解性マルチを使って機械で片付ける方法にほとんどコスト差がないため、生分解性マルチのコストがもう少し安くなれば切り替えたい」とA氏は話す。また「現状は資材費が高騰しても販売価格に転嫁できていないが、生分解性マルチの導入を検討している作物の販売価格が上がる見通しがあれば、生分解性マルチに切り替えて省力化する分、作付面積を増やしたい」と考えている(写真2~4)。

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 (2)京都市の生産者のB氏は、1.2ヘクタールの圃場で夏はなす、トマト、きゅうり、冬はほうれんそう、ブロッコリーを栽培している。露地栽培のなす(4月下旬定植、6~12月上旬収穫)を作付けする2.5アールの圃場に、昨年から生分解性マルチを導入した。
 当地のなす栽培には、除草管理や水持ち、施肥効果を維持させるため、マルチが必要不可欠であるが、ポリマルチを剥がす際に非常に労力が要る。約1500本作付けているなすの枝をネットから外して、樹を圃場から持ち出し、マルチを剥がすまでに1週間掛かり切りとなる。生分解性マルチの場合は、支柱アーチだけ外せば樹を残したままトラクターですき込めるため、作業時間はポリマルチの10分の1程度で済む。12月中に片付けが終わり、1月初めに次作のほうれんそうを()けるまでになった。
 B氏は「なすは6カ月間収穫するため、後処理の手間賃と時間、廃棄料、冬の早い時期に次作のほうれんそうが1作できることを考えると、ポリマルチとの価格差が5倍程度ならば、生分解性マルチを使う価値とメリットはある。ただし単収が高い作物でないとメリットはない」と話す(写真5~8)。

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4 生分解性マルチのコストメリット

 マルチフィルム単体の価格だけを比較すると、ポリマルチと3~4倍程度の差があるが、生分解性マルチを使用する利点は、事例で紹介したように、収穫後の作業労力や時間、廃棄物処理の削減である。したがって、作物の残渣処理、剥ぎ取り、運搬にかかる時間や労働費、処理費用を含めたトータルコストで考えると、生分解性マルチのコストはポリマルチと比べて必ずしも高くない。これらの要素は地域、作物や作型、栽培方法で異なるため、生産者自身の経営規模や栽培作物、作業時間、労働費、処理費用を当てはめて試算していただきたい。

5 生分解性マルチを使用する際の注意点

 生分解性マルチの分解は、正確にはフィルム製造後から加水分解により始まる。長期間保管した後に使用すると強度や機能が低下している恐れがある。保管ができないため、受注生産を基本にしている。購入する際は余裕をもって、使用する2~3カ月前の注文をお願いしたい。なお、本会会員各社は、納品後1年以内の使用を推奨している。
 生分解は土壌の中にすき込んでから行われるため、栽培途中に風などによって圃場の外に飛ばされた場合は、分解しないことがあるほか、河川など水中では分解が進まない。従って、栽培中の飛散防止策としてマルチの上に土を乗せたり、使用後も周辺に飛散することがないように圃場に放置せず、速やかに最低2回以上しっかりすき込むなど、飛散・流出防止に努める必要がある。
 また、購入の際は、生分解性と安全性が確認された原料で作られた生分解性マルチであることを確認してほしい。認証を受けた製品は、ラベルやカタログに、生分解性プラマークと合わせて個別の登録番号を表記している(図2、写真9)。生分解をしないマルチは産業廃棄物として適正な回収と処理が必要である。

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6 生分解性マルチの普及拡大に向けて

 「はじめに」の項で述べたように、生分解性マルチの出荷量はこれまで増加を続けている。これは一度使った生産者は次回からも継続して使用し、毎年、新たに使い始める生産者の分だけ増加していることによるものと推測している。つまり、一度生分解性マルチを使用すれば、農作業の省力化や廃棄物処理の削減の利点を納得していただけていると考える。
 しかし、出荷量がまだまだ少ないことから原料樹脂の価格はポリエチレンと比較して大きな差があり、さらに輸入品のため最近では円安により価格が高騰し、製品価格にも影響が現れている。また、使用する時期の大半を春作が占めており、在庫保管ができないことと併せて、製造時期に偏りが生じている。
 このため、本会は生分解性マルチを使用する地域、作物、作型の拡大による出荷量の増大および製造効率の向上を図るための取り組みを進めている。具体的には、農林水産省の事業を活用して全国の利用状況を調査し、多くの事例を紹介して導入のきっかけにすることや、JAや資材店から流通販売に関する課題を聞き取り、本会会員メーカーとの間で解決策を検討し、実施可能なものから取り組んでいる。
 これからの日本の農業は、生産者の高齢化や人口減少に伴い、働き手となる若者の比率が小さくなると考えられる。生分解性マルチの普及により、収穫後の作業負担を削減し、今後迎えるこうした社会・農業構造の変化の中で、貴重な労働力が生産活動に集中できるよう貢献したいと考えている。