(1) JAやさとの概要
有機農業を推進するJAとして有名なのが、JAやさとである。筑波山の麓、いかにも長閑な農村風景の広がる地にあるJAやさとは、正組合員数3833人、准組合員数1135人、販売取扱実績28億円(畜産物12億円、野菜5億8000千万円、果実4億円)の小さな農協である。
JAやさとの有機農業への取り組みのきっかけは、1976年から始まった東都生協との卵の産直活動であった。1995年からは東都生協と野菜ボックスの取り扱いを開始した。当初多かった野菜ボックスの契約数が減る中でも買い支え続けてくれる消費者に、より価値の高い有機野菜を届けたいと、JAの職員が、以前から有機農業に取り組んでいた農業者を口説いて回り、1997年に生産者9人で有機栽培部会を立ち上げた(写真1、2)。
やさと管内で有機農業をやりたいという就農希望者の存在をきっかけに、JAは1999年に有機農業に特化した研修施設「ゆめファームやさと」を開設し、研修生を受け入れ続けている。研修生全員が就農し、これまでに3軒が家庭の事情などで離農・休業したが、それ以外は農業を継続している。2017年には、ゆめファームを立ち上げたJAの元職員が行政に移り、廃校を利用した有機農業の研修農場「朝日里山ファーム」を開設した。管内2つの研修農場から毎年2軒が有機栽培部会に加わることになった。現在有機栽培部会の加入者は31軒、その8割以上は他地域の非農家出身者、いわゆるIターン就農者である。部会員の平均年齢は44歳ととても若い。
生産者の増加とともに有機栽培部会の販売高は増えており、JAやさとの野菜の販売額の半分を占めるようになった。
有機栽培部会のメンバーは全員有機JAS認証を取得している。有機JAS認証を取得する意義を、「自らがきちんとやっていることの対外的な証明」と認識している。
(2) JAやさとによる有機農産物の販売
有機農業に取り組むIターン就農者が定着できている最大の理由は、JAが有機農産物を売っていることであり、新規就農者にとって就農当初から安定した販路が確保されていることである。有機農業をやりたい人は多いが、その人たちが行き詰まるのは販売である。しかしここでは作ることに専念できる。
有機野菜の販路は7割が生協、2割が量販店、1割が市場出荷向けであり、全体で30程度の販売先にJAはきめ細かく販売する。
販売先の生協は大手生協が5社と中小生協が5~10社程度、取引額が大きいのは東都生協、パルシステム、よつ葉生協だが、量や種類のニーズはそれぞれの生協で異なる。毎年全生産者の生産・出荷計画を取りまとめ、半年毎に生協に提示している。生協との取引は単価が1シーズンごとに統一されており、生産者にとって所得が予測できるメリットがある。
安定的に販路があっても毎月決まった数が売れるとは限らず、JAの販売担当者は、いくつもの取引先の中で全体として安定させ、販売が苦しい時は売り方を提案して買ってもらう努力を続けている。たとえば、生協の有機野菜の定期ボックスを通じて販売量を固定させるようにする。以前は野菜が足りなかったり余ったりと大変だったこともあったが、今では「この時期に余るだろう」というようなことは年の傾向として分かるので、他の販路に売り込みをかけるなどして対応している。
JAやさとがこのようなきめ細かな販売戦略をとれる要因として、この地域がどのような作物も作れる土地柄であること、規模の小さい未合併JAであること、そのためもともと産直を主体に少量の産品を販売先ごとに細かく売ることを通じて販売を伸ばし、販路を増やしてきたことがある。このやり方を有機栽培部会でも引き継いできたのである。
有機農産物の販売は基本的にはJAへの委託販売であり、有機栽培部会でプール精算する。毎年2人ずつ部会員が増えることもあり、有機農産物の販売額は対前年110%で増えており、今は販路が確保されていても、今後は販路をさらに増やし広げていかなくてはならない。JAはこれについて、生協での販売の着実な積み上げと、スーパーからの細かい受注の確保など、販路の多角化を目指している。
(3) 有機農業者の育成のための「ゆめファームやさと」
1999年度に開設されたJAやさとの研修農場「ゆめファームやさと」の
圃場面積は約2ヘクタール。元はJAが管理していた桑畑であり、研修施設(倉庫、会議室など)は蚕の飼育所を改装したものだ。圃場は有機JAS認証を取得している。
「ゆめファームやさと」は、毎年研修生1家族を受け入れる。研修期間は2年であり、1年間ずれながら常時2家族が研修している。研修生1家族ごとに圃場90アールとハウス1棟、農機具などが貸与される(写真3)。
研修生の受け入れ条件として「夫婦」であることを基本としている。夫婦で研修に来る人は生活がかかっており、真剣だからとの理由だ。研修生はさまざまなルートで応募してくる。研修希望者の動機は初めから「有機志望」というよりは、「農業をやりたい」が多い。
ゆめファームには研修生に栽培技術を教える専属の講師はいない。研修生には先輩有機農家が世話役として割り当てられる。世話役農家は技術指導のほか農地探しなどの相談を受ける。こうした世話役農家に対しては約10年前から年間9万円の助成を行うようにしている。世話役農家が常時付きっきりで研修生を指導するわけではなく、研修生は必要に応じて世話役以外の先輩農家にも教えを乞いつつ、試行錯誤する。また、研修圃場には1年目と2年目の研修生がいるので、1年目の研修生は2年目の研修生から教わりながら研修を行う。
研修生は、研修を開始した年から生産した農産物を有機栽培部会を通じて販売する。先輩農家と相談しつつ生産・販売計画を立てる。こうして部会の販売ベースに乗って生産することを身につける。
JAは、ゆめファームの研修生に対して販路として系統利用を強制することはないが、新規就農者のほぼ全員が100%JAに出荷する。その分生産に専念できて、結果として経営も安定することになる。
研修生は研修2年目になる前には独立後の農地の目途をつける。早く農地を確保しないと、就農時点で有機JAS認証を取得することが間に合わなくなるためである。世話役農家などさまざまなルートから農地についての情報を得て目星を付ける。したがって研修2年目は、研修農場で生産しつつ、確保した自分の農地の管理も行うことになる。就農時の経営規模は50アールから1ヘクタール規模である。家族経営で5~6年目になれば2ヘクタール程度を耕作していることが多い。ほとんどが家族経営であり、雇用を入れている卒業生は2~3軒である。
研修生にとって農地の確保以上に難しいのが、住居の確保である。研修生の間はアパートや空き家に入居することもある。就農後の住居については、空き家は特に空いていた期間が長いと修繕費の兼ね合いなどもあって貸すことを嫌がる所有者が多い。住居を探すのはJAや研修生本人である。最近は就農後に圃場に近い土地に家を建てる研修修了生も多いそうだ。
(4) 次の1歩に向けて
JAやさとでは、慣行栽培であっても、芽生え(農薬・化学肥料30%減)、若葉(同50%減)といった区分を行い、基本は農薬・化学肥料50%減での栽培だ。こうなったのは生協からの取引条件がきっかけであり、地域全体として生協向けの生産に取り組む中で、農薬や化学肥料も使用を制限するようになった。その先にある有機農業も地域で受け入れられていた。この地域農業全体にとって、東都生協との出会いは大きかった。
JAやさとの有機農業は、露地栽培が基本で施設栽培はあまりない。夫婦で2ヘクタール、全て有機農地として管理するのが一般的であり、慣行栽培と有機栽培の両方を行う人や慣行栽培から有機栽培へと転換する人はほとんどいない。「有機農業に取り組むなら最初から有機でやらないと」と有機農業に特化した研修施設が提案された当時は反対も強かったが、それがあるからこそ今やJAやさとの有機農業者に後継者不足の問題は無い。
異色のJAとも言えるJAやさとだが、「みどりの食料システム戦略」の公表もあり、問い合わせや視察要望が増えた。地元の市町村が学校給食を見直し、有機農産物を取り入れたいと言うようになってきた。学校給食については値段がハードルになってまだ軌道には乗り切らないが、JAからの提案品目を増やしているところだ。小さなJAとして地道な積み重ねを行ってきたJAやさとは、今や有機農業においてフロントランナーとなっている。