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調査報告 野菜情報 2022年10月号

熱水抽出性窒素に基づいたトマトの窒素減肥

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地方独立行政法人 北海道立総合研究機構 農業研究本部 十勝農業試験場 研究部
生産技術グループ 主査(園芸) 坂口 雅己

【要約】

 施設栽培における土壌診断では肥料由来の硝酸態窒素に基づいて窒素施肥対応を設定してきた。一方で、長年使用してきた施設では施用した堆肥などの有機物が累積し、地力窒素(土壌から徐々に供給される窒素)が高まっている。トマトなどの果菜類は窒素が過剰に供給されると茎葉の過繁茂を招く恐れがある。これを回避するために、従来の硝酸態窒素に加え、熱水抽出性窒素を診断項目とした窒素施肥対応を開発した。
 これらの技術の活用により、適切な生育管理と肥料コスト低減が図られる。

1 北海道における施設栽培トマトの状況

 北海道における野菜栽培用施設(ガラス室・ビニールハウス)の栽培延べ面積は、2020年では2826ヘクタールである。そのうち、トマトは658ヘクタールであり、メロン(698ヘクタール)に次いで施設栽培面積の多い品目である。北海道のトマト栽培では、ハウス夏秋どりなど夏期に収穫を行う作型が主力となっており、2020年の夏秋期(7~11月)における収穫量は5万5700トンと都道府県別で1位となっている。

2 施設栽培における従来の土壌窒素診断

 施設栽培では天井がフィルムなどで被覆されているほか、収穫期まで養分供給を要する品目が多いことから、肥料由来の無機態窒素(アンモニア態窒素、硝酸態窒素)が土壌に蓄積しやすい環境にある。無機態窒素は、化学肥料の窒素と同様の肥効があり、作物生育に大きな影響を与えるため、施設栽培では無機態窒素の大部分を占める硝酸態窒素を土壌窒素肥沃度の指標としている。北海道の施設栽培では品目ごとに、土壌の硝酸態窒素診断に基づく窒素施肥対応が設定されており、施設野菜の収量を確保しつつ、土壌への無機態窒素蓄積を低減してきた。

3 施設栽培でも地力窒素の評価は重要

 施設栽培では、露地と比べ地温が高いことから、地力の消耗を補うために堆肥などの有機物が多く施用され、長年使用してきたハウスでは地力窒素(土壌から徐々に供給される窒素)が高まっている。土壌診断により無機態窒素の蓄積が低減されたことに伴い、施設栽培では従来評価していなかった地力窒素も作物生育に大きな影響を与えることが確認されるようになった。トマトでは地力由来窒素の供給が過多になると茎葉の過繁茂を招く恐れがある。これを回避するために、 従来の硝酸態窒素に加え地力窒素を診断項目とした窒素施肥対応を開発した。
 地力窒素の評価方法として、30度・4週間培養、80度・16時間抽出など、さまざまな方法があるが、ここでは北海道の畑作物や露地野菜の土壌肥沃度指標として広く用いられている熱水抽出性窒素(105度・1時間抽出)を用いている。

4 トマト生育期間における地力由来窒素吸収量

 トマトにおける地力由来の窒素吸収量を明らかにするため、堆肥の施用量や連用年数により窒素肥沃度を地力「低」「中」「高」の3水準設けた農試ハウス(それぞれ熱水抽出性窒素4、10、15mg/100g)において、窒素を施肥しない条件でトマトを7段収穫で栽培した(写真1)。

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 図1は生育ステージ別の地力由来窒素吸収量を示している。生育初期に当たる定植~第1果房肥大期では、地力由来窒素の吸収量は少なく、窒素肥沃度による吸収量の差も小さい(図1の左側)。トマトの追肥時期に当たる第1果房肥大期~摘心時(収穫最上段の開花期)では、地力由来窒素の吸収量が多いことから、地力由来窒素の大部分はこの時期に吸収されている(図1の右側)。また、この時期の窒素吸収量は窒素肥沃度による差も大きいことから、後ほど示す窒素施肥対応では熱水抽出性窒素の水準に応じてトマトの追肥量を設定している。

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5 熱水抽出性窒素当たりの窒素減肥量

 熱水抽出性窒素1mg/100gの差が窒素施肥量として何kg/10aに相当するかを算出するため、先ほどの地力を3水準設けた農試ハウスにおいて、地力「低」の道施肥ガイド対応区(7段収穫で総窒素施肥量35kg/10a)を対照区とした窒素減肥試験を行った。
 図2は熱水抽出性窒素1mg/100g当たりの窒素減肥量が果実収量および窒素吸収量に与える影響を示している。熱水抽出性窒素1mg/100g当たりの窒素減肥量が2kg/10a程度までであれば果実収量(図2の上段)と窒素吸収量(図2の下段)のいずれも対照区と同程度確保できた。このことから、農試ハウスでは熱水抽出性窒素1mg/100gの差が窒素施肥量として2kg/10aに相当すると考えられた。

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6 道内のトマト産地に対応した窒素減肥量の設定

 北海道内のトマト栽培ハウスにおいて、どの程度の窒素減肥が可能かを設定するため、農試ハウスと道内のトマト産地における地力窒素の供給量の違いを、土壌の熱水抽出性窒素と窒素供給量(無機化量)の関係から検討した。図3は農試ハウスと各トマト産地における土壌の熱水抽出性窒素と土壌窒素無機化量の関係を示している。

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 図中のA地域(渡島管内)は道内市町村別トマト収穫量4位の産地を含む地域であり、試験を実施した道南農業試験場も位置している。B地域(胆振・日高管内)は道内市町村別トマト収穫量1位と5位の産地を含む地域である。
 図全体では熱水抽出性窒素と土壌窒素無機化量の関係に正の相関があるが、両者の関係は地域や土壌の種類などによって幅がある。その幅は農試ハウスと比べると53~126%の範囲にあった。農試ハウスと比べ熱水抽出性窒素に対する土壌窒素無機化量が半分程度の地点も存在することから、さまざまな土壌で施肥対応する際の安全を考慮し、熱水抽出性窒素1mg/100g当たりの窒素減肥可能量を1kg/10aと設定した。

7 熱水抽出性窒素に基づく窒素施肥対応

 トマトに対する従来の窒素施肥対応(図4上段)では、作付け前土壌における肥料由来の硝酸態窒素に基づき窒素の基肥量を決定し、追肥は各果房の肥大期で1回当たり窒素4kg/10aとしていた。
 熱水抽出性窒素を評価した新しい対応(図4下段)では、基肥窒素量は従来と同様に作付け前の土壌硝酸態窒素に基づいて決定し、追肥窒素量を熱水抽出性窒素(mg/100g)に基づき、5未満、5~10、10以上の3区分に設定し、それぞれにおける1回当たりの窒素追肥量を4、3、2kg/10aとした。
 図4下段の施肥対応を7段収穫(追肥5回)で行った場合、熱水抽出性窒素5~10mg/100gおよび10mg/100g以上では、従来と比べ1作当たり5kg/10aおよび10kg/10aの窒素減肥となる。また、図3においてA、B地域で調査したハウス土壌の熱水抽出性窒素は、全て5mg/100g以上であったことから、本技術の活用により北海道のトマト栽培ハウスの大部分が窒素減肥対象になると考えられる。

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 土壌診断の時期について、作付けの前後で変動の大きい硝酸態窒素については作付け前に診断する必要があるが、熱水抽出性窒素ではその変動が小さいことから作付け毎に診断する必要はない。熱水抽出性窒素の望ましい診断時期は堆肥施用前で、その分析値は3~5年間利用可能である。

8 既存の減肥技術との併用について

 北海道におけるトマトなどの施設果菜類に対する既存の減肥技術について、下層土の硝酸態窒素診断技術(以下「下層土診断」という)がある。下層土診断では深さ20~60センチにある硝酸態窒素の量を追肥窒素と見なして減肥する。本技術と下層土診断は併用可能であるため、硝酸態窒素が下層にも蓄積している圃場では、下層土診断の活用でより大幅な窒素減肥が可能である。
 堆肥の施用に伴う施肥対応では、堆肥現物1トン当たりの窒素減肥可能量を単年~連用4年までは2キログラム、連用5年以上では3キログラムとしている。一方、堆肥を長年連用している圃場では、これまで施用した堆肥由来窒素の一部が土壌の熱水抽出性窒素として蓄積していることから、堆肥の施用にあたっては連用効果の重複評価を避けるため、連用年数にかかわらず単年の減肥可能量(現物1トン当たり2キログラム)を用いることとする。
 図5はトマトにおける窒素施肥設計の手順を示している。それぞれの施肥対応技術を併用する際は、(1)作土の土壌硝酸態窒素と熱水抽出性窒素に基づく診断(2)下層土の硝酸態窒素診断(3)堆肥の施用に伴う施肥対応―の順に活用し、窒素施肥量を決定する。これらの技術の活用により、適切な生育管理と肥料コスト低減が図られる。

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坂口 雅己(さかぐち まさみ)
【略歴】
地方独立行政法人 北海道立総合研究機構 農業研究本部 十勝農業試験場 研究部 生産技術グループ 主査(園芸)。
1995年帯広畜産大学卒業。北海道立農業試験場、北海道原子力環境センター、北海道立総合研究機構で主に野菜の栄養診断や施肥法などの研究に従事し、2014年に博士(農学)を取得。2021年から現職。