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調査報告 野菜情報 2022年9月号 

種苗法改正とPVPマークなどの種苗業界の取り組みについて

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一般社団法人 日本種苗協会

1 はじめに

 種苗法は、1)「指定種苗制度」と呼ばれる種苗を流通させる際の表示について定めた制度 2)「品種登録制度」と呼ばれる植物新品種育成者の権利を知的財産権の一つとして保護する制度―の2本立てとなっています。今回の改正は、ほとんどが2)の品種登録制度についての改正でしたが、農業者の自家増殖を原則として許諾制にするなどの大きな改正点が含まれていたことから、これまで以上に広く各方面から注目された法律改正となりました(図1)。

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 私ども日本種苗協会(以下「当協会」という)は、野菜や花などの園芸作物を中心に新品種を開発している種苗メーカーと、それらの種苗の卸・小売を行っている種苗会社から組織されている団体として、種苗法の遵守と制度の普及定着に長年努めてきております。ここでは、そのような立場から、今回の改正への取り組みなどを紹介します。

2 種苗法の改正について

(1)改正の背景
 植物新品種はわが国の農業の発展を支える重要な要素の一つで、環境や消費者の嗜好に合った新品種の開発・普及により、生産性の向上や農産物の付加価値の向上が実現することで、農業者も消費者もその利益を享受することができます。
 種苗法の品種登録制度で登録される新品種は、既存の品種と比べて優れた特長を持っており、農業者が栽培地域の限定や徹底した品質管理を行い、収穫物を差別化して販売することで、所得を向上させることにも貢献できるものです。しかしながら、有名ブランドとなっている品種の収穫物は市場において高値で取引されることから、往々にして無断栽培、海外や他の国内産地への無断持ち出しが発生し、そのことにより本来の産地が得られたはずの利益を失ってしまう事態も起きております。このため、このような植物新品種の価値を維持するためには知的財産権としての厳格な保護が必要となっていました。
 特に、新品種の開発には、多くの場合10年以上の期間と多額の研究開発費を要しますが、近年、わが国の新品種の出願数は中国や韓国などの出願数を下回る状況となってきております。国際競争力の低下を招かないためにも、わが国の農業の強みの源泉となる新品種の開発を促進して、知的財産権の保護により新品種開発に向けられた投資が適切に回収されるような環境に改善していくことが不可欠です。

(2)改正内容
 上記のような背景を踏まえて、令和2年12月2日に国会で可決成立して12月9日に公布された改正種苗法では、新品種育成者による海外持ち出し制限や国内指定地域外の栽培制限を可能にするとともに、従来は育成者の権利が及んでいなかった農業者による自己の経営内での種苗の増殖利用(農業者の自家増殖)も含めて、種苗の増殖は全て許諾を受けて行うこととされる内容が盛り込まれました(図2)。

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 改正内容のうち、農業者の自家増殖についても全て許諾が必要とされた点については、国会審議中に農業者などから反対意見が表明されました。しかしながら、農業者の自家増殖は、種苗法が準拠している「植物新品種の保護に関する国際条約」(UPOV条約)においては、各締約国が合理的な範囲内で、かつ育成者の正当な利益を保護することを条件とした上で、例外的に認めているに過ぎません。このことは、農業者の自家増殖を無制限に認めれば、わが国の優良品種が海外に流出しているという実例があるように、登録品種の育成者がその種苗の増殖について把握できなくなることを示唆しています。このように、国際的には農業者の自家増殖は原則として制限することとされており、この原則に則した形に種苗法が改正され、結果的に優良品種を正しく利用している農業者をより強く守れるようになったと言えます。
 なお、UPOV条約においては、締約国が必ず定める必要がある新品種の育成者の権利(育成者権)が及ぶ対象の例外として、私的にかつ非営利目的で行われる行為のほか、試験目的で行われる行為や他品種を育成する目的で行われる行為が定められており、これらは種苗法においても同様に育成者権の対象外とされています。
 ただし、家庭菜園のような個人の趣味による栽培や自家消費用の利用であっても増殖した種苗やその種苗から生産した収穫物を、他者に譲渡する(近所へのお裾分けなど)と、許諾を受けていなければ、厳密には育成者権の侵害になります。また、インターネットのフリーマーケット・サイトを通じて譲渡したり、直売所で販売したりする場合も、許諾を受けていなければ、当然権利侵害になりますので、十分注意する必要があります。
 一方、農業者が自ら栽培する登録品種をさらに改良するために種子を採種したり、選抜したりする行為について、育成者権が及ぶ範囲から除外されていることは、UPOV条約や種苗法が、農業利用される植物の特性を踏まえた内容となっていることを示す特徴でもあり、特許とは異なる知的財産権として今後も尊重されるべき重要な点であると考えています。

(3)公式標章としてのPVPマーク
 今回の改正により新たに義務表示となった登録品種であることを表す標章として、PVPマークが公式なものとして農林水産省令により位置付けられました(図3)。

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 PVPマークは、2006年に当協会のほか、日本果樹種苗協会、日本草地畜産種子協会および農林水産・食品産業技術振興協会の種苗関係4団体が、植物新品種保護の英語(Plant Variety Protection)の略称を図案化したマークを商標登録し、わが国の植物品種登録制度や植物品種育成者権に関する正しい理解と普及啓発を進めるために関係者に広く使用を呼び掛けてきたものです。
 昨年、改正種苗法による登録品種表示の義務化が施行される前に、上記4団体が共同保有していた商標権を国(農林水産省)に無償譲渡することにより、どなたでも使用可能な公的商標として位置付けられました。
 なお、業界団体による自主的表示の間は、品種登録出願中の品種にも表示できることとしていましたが、種苗法に基づく義務表示に対応した公式標章となったことから、品種登録が完了した品種のみに表示できることとなり、出願中の品種への表示はできなくなりました。

3 改正種苗法に対応した取り組み

(1)表示の適正化などに対する取り組み
 昨年4月から施行された登録品種の義務表示などに対応して、当協会では小売店の会員向けに改正種苗法に対応した表示のガイドラインを作成し、具体的な表示例を図解するなどしながら(図4)、オンラインでの全国説明会や各都道府県支部単位での説明会などを開催して、周知徹底に努めてきました。

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 その結果、特に昨年は、準備期間が短かったこともあって現場での表示の変更に相当の労力を要したものの、改正後の表示ルールに従った適正な表示による種苗の販売を徹底することができました。
 また、本年4月から実施されている農業者の自家増殖も含めた種苗の増殖についての原則許諾制についても、小売店会員の店頭にポスター(冒頭の図1参照)を掲示して、改正内容の周知に努めたところです。

(2)流通品種データベース
 種苗法の改正に伴い、農業者の自家増殖も含めて、登録品種の種苗の増殖は原則として権利者の許諾を必要とすることになりましたが、農業者からは、自分が使用している品種が登録品種なのか、そうではない一般品種なのかが分からない、どこで確認したら良いのかという問い合わせが多くなりました。また、これまで、種苗法に基づく登録品種については、農林水産省の「品種登録データ検索」のサイトで調べることができましたが、「あまおう」のように流通している名称では検索できない、一般の方には使いにくいという指摘や、登録品種以外は検索できるサイトが無いという問題がありました。このため、流通している品種の名称が、種苗法での登録品種名称以外の流通名(商標、商品名など)で通用されている品種もあることも考慮し、登録品種であるかどうかを登録品種名称以外からも検索して確認できるようにすることを目的に、当協会も参画している「植物品種等海外流出防止対策コンソーシアム」(事務局:農林水産・食品産業技術振興協会)において、関係各団体の会員企業などから品種情報についての提供を受ける形で、本年3月から「流通品種データベース」が運用を開始しました(図5、6)。

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 運用開始時点での掲載品種は、おおむね過去5年以内に販売されているもので、種苗会社のほか、都道府県、独立行政法人、個人育種家などから情報提供された約4万5000品種となっており、毎年1~2回定期的に更新を行うほか、育成者などから要望があれば随時更新される予定となっています。

(3)権利侵害の防止に対する取り組み
 いちご品種やぶどうのシャインマスカットの海外持ち出しによる育成者の権利侵害が大きく取り上げられて話題になりましたが、種苗会社では、例えば、三重県、香川県、千葉県および独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構九州沖縄農業研究センターが共同で開発した種子繁殖性いちご品種「よつぼし」のように、育成者からの依頼を受けて海外への品種登録出願や権利行使の実施について協力しています。また、権利行使が困難な個人の育種家が開発した品種について、その権利を買い取ったり、委託を受けたりして、その品種の種苗の生産・販売を行う例もあります。
 権利侵害の防止のためには、まず、国内外で品種登録を確実に行って権利を確保することが重要ですので、今後もこのような形で、種苗会社以外の新品種育成者の方々とも協力して新品種の権利保護に努めていきます。
 一方、広く流通して各地で生産される種子の特性から、種苗段階でいくら厳格な規制を行ったとしても、登録品種の植物体を組織培養などの方法で違法にコピーして利用することも技術的には可能であるため、権利侵害を完全に防ぐことは困難です。この点は、種苗会社の規模の大小や作物の種類に関係無く問題となる点ですので、以前から世界的に権利侵害を監視するとともに、実際に権利侵害が確認された際には、侵害行為に対する法的措置などについて育成者の支援を行う民間組織が設立され、活動してきています。
 例えば、全世界の野菜種苗を対象にしたAIB(Anti Infringement Bureau)においては、日本を含む世界の種苗会社が参加する形で、権利侵害事例の通報呼びかけから、現地確認、対応措置の実施に至るまで、権利侵害対策の支援が実施されています。さらに、アジア・太平洋地域を対象とした同様の組織としてSIPI(Seed Innovation and Protection Initiative)が、日本の種苗会社も多数会員となっているアジア太平洋種子協会(APSA)と連携する形で、本年から活動を開始する予定となっています(図7)。

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Anti-Infringement Bureau(AIB) の使命(仮訳)
AIBの使命は、市場が求める種子製品の提供を可能にするイノベーションの推進エンジンを保護することです。
野菜の種子に関する育種家の権利を保護するために、AIBは権利侵害を防止し、権利侵害事案を追及することを支援します。
これを行うことで、AIBは、保護された種子を使用して育種家の権利、商標や著作権を尊重する何万人もの農業生産者にとっても公平な形で、植物育種家の知的財産保護プロセスを保全し、維持する役割を果たします。生産者の大多数は、公平な競争の場を望んでおり、他人の権利侵害行為による不公正な競争に反対しています。その使命を遂行する上で、AIBは国際的または国内の執行機関と緊密な関係を維持しています。

資料:AIBホームページ(原文 https://aib-seeds.com/en/mission)(2022/7/19アクセス)