(1)改正の背景
植物新品種はわが国の農業の発展を支える重要な要素の一つで、環境や消費者の嗜好に合った新品種の開発・普及により、生産性の向上や農産物の付加価値の向上が実現することで、農業者も消費者もその利益を享受することができます。
種苗法の品種登録制度で登録される新品種は、既存の品種と比べて優れた特長を持っており、農業者が栽培地域の限定や徹底した品質管理を行い、収穫物を差別化して販売することで、所得を向上させることにも貢献できるものです。しかしながら、有名ブランドとなっている品種の収穫物は市場において高値で取引されることから、往々にして無断栽培、海外や他の国内産地への無断持ち出しが発生し、そのことにより本来の産地が得られたはずの利益を失ってしまう事態も起きております。このため、このような植物新品種の価値を維持するためには知的財産権としての厳格な保護が必要となっていました。
特に、新品種の開発には、多くの場合10年以上の期間と多額の研究開発費を要しますが、近年、わが国の新品種の出願数は中国や韓国などの出願数を下回る状況となってきております。国際競争力の低下を招かないためにも、わが国の農業の強みの源泉となる新品種の開発を促進して、知的財産権の保護により新品種開発に向けられた投資が適切に回収されるような環境に改善していくことが不可欠です。
(2)改正内容
上記のような背景を踏まえて、令和2年12月2日に国会で可決成立して12月9日に公布された改正種苗法では、新品種育成者による海外持ち出し制限や国内指定地域外の栽培制限を可能にするとともに、従来は育成者の権利が及んでいなかった農業者による自己の経営内での種苗の増殖利用(農業者の自家増殖)も含めて、種苗の増殖は全て許諾を受けて行うこととされる内容が盛り込まれました(図2)。
改正内容のうち、農業者の自家増殖についても全て許諾が必要とされた点については、国会審議中に農業者などから反対意見が表明されました。しかしながら、農業者の自家増殖は、種苗法が準拠している「植物新品種の保護に関する国際条約」(UPOV条約)においては、各締約国が合理的な範囲内で、かつ育成者の正当な利益を保護することを条件とした上で、例外的に認めているに過ぎません。このことは、農業者の自家増殖を無制限に認めれば、わが国の優良品種が海外に流出しているという実例があるように、登録品種の育成者がその種苗の増殖について把握できなくなることを示唆しています。このように、国際的には農業者の自家増殖は原則として制限することとされており、この原則に則した形に種苗法が改正され、結果的に優良品種を正しく利用している農業者をより強く守れるようになったと言えます。
なお、UPOV条約においては、締約国が必ず定める必要がある新品種の育成者の権利(育成者権)が及ぶ対象の例外として、私的にかつ非営利目的で行われる行為のほか、試験目的で行われる行為や他品種を育成する目的で行われる行為が定められており、これらは種苗法においても同様に育成者権の対象外とされています。
ただし、家庭菜園のような個人の趣味による栽培や自家消費用の利用であっても増殖した種苗やその種苗から生産した収穫物を、他者に譲渡する(近所へのお裾分けなど)と、許諾を受けていなければ、厳密には育成者権の侵害になります。また、インターネットのフリーマーケット・サイトを通じて譲渡したり、直売所で販売したりする場合も、許諾を受けていなければ、当然権利侵害になりますので、十分注意する必要があります。
一方、農業者が自ら栽培する登録品種をさらに改良するために種子を採種したり、選抜したりする行為について、育成者権が及ぶ範囲から除外されていることは、UPOV条約や種苗法が、農業利用される植物の特性を踏まえた内容となっていることを示す特徴でもあり、特許とは異なる知的財産権として今後も尊重されるべき重要な点であると考えています。
(3)公式標章としてのPVPマーク
今回の改正により新たに義務表示となった登録品種であることを表す標章として、PVPマークが公式なものとして農林水産省令により位置付けられました(図3)。
PVPマークは、2006年に当協会のほか、日本果樹種苗協会、日本草地畜産種子協会および農林水産・食品産業技術振興協会の種苗関係4団体が、植物新品種保護の英語(Plant Variety Protection)の略称を図案化したマークを商標登録し、わが国の植物品種登録制度や植物品種育成者権に関する正しい理解と普及啓発を進めるために関係者に広く使用を呼び掛けてきたものです。
昨年、改正種苗法による登録品種表示の義務化が施行される前に、上記4団体が共同保有していた商標権を国(農林水産省)に無償譲渡することにより、どなたでも使用可能な公的商標として位置付けられました。
なお、業界団体による自主的表示の間は、品種登録出願中の品種にも表示できることとしていましたが、種苗法に基づく義務表示に対応した公式標章となったことから、品種登録が完了した品種のみに表示できることとなり、出願中の品種への表示はできなくなりました。