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調査・報告 野菜情報 2022年6月号

稲作単作地帯における園芸振興への挑戦 ~秋田県の園芸メガ団地育成事業による大規模園芸生産拠点の創出を事例として~

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秋田県立大学 生物資源科学部 アグリビジネス学科 准教授 上田 賢悦

【要約】

 稲作単作地帯が多くを占める秋田県では、コメ依存からの脱却と収益性の高い農業生産構造への転換が長年の課題となっていた。そこで、県の園芸振興施策として大規模生産者・組織中心の産地を編成(新設)する産地育成手法へ転換を図る「園芸メガ団地育成事業」を実施している。当該事業はその手厚いハード面での支援が注目を浴びているが、注視すべきは総合的なソフト面での支援である。

1 はじめに

 秋田県農業は、生産費の低さと単収の高さという優位性と「あきたこまち」という誰もが知るメジャー品種を有する水稲作を中心に、その発展を遂げてきた。しかし、農業産出額の6割から7割を米が占めるという偏った生産構造であったため、米の需要減退や流通自由化によって進む米価下落は、農業粗生産額や生産農業所得の大幅な減少をもたらすことになった。秋田県における生産農業所得をみると、1990年には1496億円(東北6県で第3位)であったのが2000年には816億円(同第6位)へと、約10年で半分近くまで激減することになった。そのため、コメ依存からの脱却と収益性の高い農業生産構造への転換が大きな課題となっていた。
 そこで、秋田県では収益性の高い戦略作目の導入・拡大による農業生産構造の転換を目指し、農業経営の複合化に必要となる農業機械や施設などの導入費用を県と市町村が助成する「“あなたと地域の農業夢プラン”応援事業」を2000年から実施している。当該事業は、手厚い助成内容であるために多くのニーズがあり、事業の名称や要件などを一部変更しながら、これまで継続実施されてきた。
 また、野菜生産振興については、ねぎ、アスパラガス、ほうれんそうを全県的な生産振興品目である「メジャー品目」、トマト、きゅうり、メロン、すいか、キャベツ、えだまめを地域的な生産振興品目である「ブランド品目」としてそれぞれ位置付けて重点化し、JAグループと連携しながら県を挙げて生産振興を進めてきた。
 その生産振興とは、補助事業の活用や栽培技術指導などを通じて個別経営体を中心に個々の農家の園芸作導入の取り組みを積み上げていく中で、産地形成・産地規模拡大を図るものであった。しかし、米価低迷による収益性の悪化から園芸品目の導入や拡大に対する農家の投資意欲が減退している中では、園芸作導入の量的な展開は弱く、2005年に販売のあった5万7817農業経営体のうち、稲作単一経営が約81%を占める一方で、野菜や果樹・花きなどの園芸品目の単一経営は約3%、園芸品目を導入した複合経営を合わせても11%程度にとどまっていた。そのため、コメを取り巻く環境変化に対応しながら農業産出額を速やかに向上させるための起爆剤となる新たな園芸振興が求められていた。
 以下では、小規模な個別経営体における園芸部門の導入・拡大への取り組みを積み上げた産地形成という従来型の園芸振興ではなく、政策資源を大規模経営体に対して集中的に展開することで「スピード」と「規模」を重視した園芸振興を図ろうとする秋田県農業施策(図1)とそれを活用して大規模長ねぎ栽培に取り組む農業法人を事例に、その取り組みの詳細を明らかにする。

図1 本稿で取り上げる秋田県の園芸振興施策

2 組織経営体を対象とした園芸部門導入支援による大規模園芸作経営体の創出

 まず、大規模園芸作に取り組む組織経営体の育成を目的に実施された「1集落1戦略団地推進事業」を取り上げる。秋田県では、2007年に「品目横断的経営安定対策」が開始された段階で400を超える集落営農組織が設立され、協業経営を開始した。そこで、これら組織が水稲作や大豆などの畑作の効率的な生産体制を基盤にしながら、余剰労働力を活用した野菜や花きなどの戦略作目の導入を図り、収益性の高い複合経営として発展していくことを支援するために、「1集落1戦略団地推進事業」が2007年度より開始された。
 当該事業はソフト事業であり、2007年度は83組織、2008年度は継続および新規を合わせて155組織、2009年度は継続および新規を合わせて156組織を対象として「もうかる経営実践()」という園芸作などの導入を試行する実証圃に取り組んでもらい、地元JAとも連携しながら栽培技術指導が行われた。事業を通じて導入が試みられたのは、野菜ではえだまめ、ねぎ、キャベツ、ほうれんそう、アスパラガスなどであり、花きではりんどう、トルコギキョウ、小ぎくなどであった。2007年度から3年間で、実数にして203組織を集中的に支援するという経験を通じて、県やJAには組織経営体を対象にした園芸作導入支援に関する手法・スキルが蓄積されていった。
 そして、2010年度からは後継事業の「のばせ1集落1戦略団地推進事業」が3年間実施された。当該事業では、組織経営全体での収益力の最大化を図るために、栽培技術指導を中心とした複合作目の導入支援にとどまらず、経営改善支援も行うことで組織全体の課題解決を図るものであった。そのため、県やJAには栽培管理技術に加えて経営管理技術の指導・支援に関する手法・スキルも蓄積されていった。
 事業対象組織に対する支援活動は、作物担当普及指導員、園芸担当普及指導員、経営担当普及指導員などで構成されたチームによって行われ、そのチームがJAなどとも連携するものであった。これは、後程述べる「園芸メガ団地育成事業」において設置される、県地域振興局、市町村、JAなどが連携したプロジェクトチームの原型であったと言える。

3 秋田県の園芸メガ団地育成事業の概要

 これまでの小規模な個別経営体における園芸作の導入とその積み上げによる産地形成・拡大だけでは限界があることから、秋田県では農業法人などの組織経営体を主な対象とし、大規模園芸作経営体の育成による産地形成・拡大に注力していく。そして、その展開の「スピード」と「規模」を重視した園芸振興に踏み出し、2013年から秋田県独自の「園芸メガ団地育成事業」を展開し、翌2014年から大規模園芸団地の整備を進めている。
園芸メガ団地育成事業の特徴は以下の4点である。

(1)1団地当たり販売目標額1億円
 原則として1カ所で団地化し、1団地当たり販売額1億円を目標とする。対象品目は主要17品目(えだまめ、ねぎ、アスパラガス、トマト、きゅうり、すいか、キク類、トルコギキョウ、ユリ類、りんどう、ダリア、りんご、なし、ぶどう、おうとう、もも、菌床しいたけ)の中からさらに絞り込み、出荷ロットを確保することで有利販売を実現させる。
(2)ハード面での手厚い支援
 大規模園芸団地に必要となる機械・施設整備などのハード面での手厚い支援を設けている。園芸メガ団地育成事業では、機械・施設整備に必要となる事業費に対して県がその2分の1を助成し、市町村が4分の1を助成し、残り4分の1をJAが事業実施主体として負担して施設・機械などを整備する。そして、JAは営農主体となる農業者や農業法人に対して施設・機械などをリースする。これにより、営農主体が園芸品目に取り組むに当たっての初期投資を大幅に軽減できる。
 なお、営農主体である農業者や農業法人が事業実施主体となり、県と市町村の補助残を自ら負担し、施設・機械を直接整備する場合もある。
(3)ソフト面での総合的な支援
 ソフト面においては、県・市町村やJAなどによる総合的な支援がある。当該事業では、県の出先機関である地域振興局、市町村、JAなどの関係機関・団体で構成されたプロジェクトチームにより事業推進を図っており、事業計画の策定から進行管理まで、栽培技術指導や経営管理指導から販売先の確保支援まで、手厚いフォローアップを行っている。ここでは、前述の「1集落1戦略団地推進事業」「のばせ1集落1戦略団地推進事業」を通じて県やJAに蓄積された組織経営体に対する指導・支援に関する手法・スキルが役立っている。
(4)複数の事業タイプ
 単一団地で販売額1億円を目指す「園芸メガ団地育成事業」に加えて、2016年度には、主要品目を原則共通とする複数の中規模団地(団地単位では販売額3千万円以上を目標)が生産・販売面で連携することにより全体で販売額1億円達成を目指す「ネットワーク型団地」、核となる「メガ団地」と主要品目や生産・販売で連携して販売額3千万円以上を目指す「サテライト型団地」という2タイプの大規模園芸拠点を創出する「ネットワーク型園芸拠点育成事業」を新設している。
 その後、2018年度にネットワーク型園芸拠点育成事業は園芸メガ団地育成事業と統合され、「メガ団地」「ネットワーク型団地」「サテライト型団地」の3つのタイプの団地メニュー(図2)で構成される「メガ団地等大規模園芸拠点育成事業」となっている。

図2 メガ団地の事業タイプ概要

 秋田県農林水産部園芸振興課によれば、2020年度までに整備した46団地のうち、ねぎが16団地で117ヘクタール、えだまめが6団地で203ヘクタール、キク類が6団地で20ヘクタールとなっており、秋田県全体での園芸品目の生産力を底上げしている。また、ネットワーク型団地は、これまで県内で13団地が形成されている。後述する2経営体によるネットワーク型団地は、注目を浴びる園芸メガ団地育成事業において新たに始められた「ネットワーク型団地」の中のトピック的な存在となっている。
 2013年度以降、秋田県では新規就農者数を8年連続で200人以上確保しているが、園芸メガ団地へ参画した新規就農者数(営農主体である農業法人などへの雇用就農者を含む)は団地数の増加とともに増加傾向にあり、2020年度は県内の新規就農者の約2割が園芸メガ団地育成事業に関連している。

4 男鹿市五里合ネットワーク団地

 秋田県男鹿(おが)市北東部沿岸に位置する五里合(いりあい)地区は、丘陵に囲まれた盆地であり、古くからの水稲作地帯であった。五里合地区は、関係農家258戸の約7割が兼業農家で、その多くが1ヘクタール未満の経営面積であり、近年、急激に進む地区の人口減少と高齢化により、このままでは地域農業の維持が困難になることが懸念されていた。
 そこで、地域農業の持続的発展に向けた営農環境の整備を図るため、五里合地区では「基盤整備事業による面的整備」「農地中間管理事業による農地集積」「園芸メガ団地育成事業による高収益作物の産地づくり」を三位一体で推進し、コメ依存から脱却した収益性の高い複合型農業経営を実現させる「あきた型圃場整備」(図3)に取り組むこととなった。

図3 秋田型圃場整備スキーム

 しかし、五里合地区には地域の担い手の中核になる組織経営体はなく、基盤整備事業の計画を契機に地域農業者が協議を重ね、2015年7月に構成戸数246戸、経営面積179.8ヘクタールの農事組合法人いりあいファーム滝の頭(以下「いりあいファーム」という)が設立された(注1)(写真1)。

写真1 農事組合法人いりあいファーム滝の頭 代表理事 伊藤世智男 氏

 そして、地区の約5割の水田が1ヘクタールの大区画に整備されるとともに、暗渠(あんきょ)排水の施工と地下かんがいシステムの導入により水田の汎用化が図られた。基盤整備事業と並行し、汎用化された水田の高度利用を図るために、園芸メガ団地事業による大規模長ねぎ栽培の導入が計画された。長ねぎの選定理由は、大区画圃場のスケールメリットを活かした大規模栽培が可能である土地利用型作物であるため秋田県の重点推進品目となっており、また他地区の園芸メガ団地での導入事例(注2)もあったからである。
 一方で、男鹿市に隣接する大潟村において露地野菜を中心とした経営を行っている有限会社正八では、圃場が広域に分散していたり、収穫後の調整作業を行う作業舎と圃場が遠く離れていたりという生産基盤の非効率性を解消するために、五里合地区において計画されたメガ団地育成事業によって整備される大規模長ねぎ生産団地に参入することとした。そのため、自社の長ねぎ生産部門を独立させて、長ねぎ生産に特化した株式会社おがフロンティアファーム(以下「おがフロンティアファーム」という)を設立した(写真2)。

写真2 株式会社おがフロンティアファーム代表取締役 宮川正和 氏

 大規模ねぎ生産団地の整備に際し、秋田県、男鹿市、地元JAであるJA秋田なまはげに、2法人を加えた大規模園芸生産拠点推進協議会(以下「協議会」という)が設立され、事業推進における課題共有や対応策の検討を行った。そして協議を重ねた結果、営農主体である2法人が事業実施主体となり、園芸メガ団地育成事業に国庫補助事業の産地パワーアップ事業を併せて活用し、育苗パイプハウス15棟、作業舎2棟、格納庫2棟、全自動移植機4台、全自動収穫機4台などを整備し、2017年からねぎ生産を本格的に開始している。
 2021年度の経営面積は、いりあいファームでは水稲が170ヘクタール、大豆が3.8ヘクタール、発酵粗飼料用稲0.4ヘクタール、長ねぎ6ヘクタールなどとなっている。おがフロンティアファームでは長ねぎのみで14ヘクタールとなっている。2法人とも7月下旬から収穫を開始する夏どりねぎと10月から12月いっぱいまで収穫を行う秋冬どりねぎの作型を組み合わせた長期出荷体系となっている(写真3)。

写真3 ねぎ栽培圃場と育苗ハウス

 おがフロンティアファームは、大規模ねぎ生産団地に参入する時点で有限会社正八のねぎ部門として長ねぎ栽培の経験がすでに5年間あり、栽培から収穫調整までの基本的なスキルを有していた。一方で、いりあいファームはねぎ栽培未経験の新規作付者であった。そのため、まずは早期にいりあいファームの技術習得を進めた上で、両法人の栽培技術の高位平準化を進めることとした。
 そこで協議会では、各関係機関の実務担当者で構成される作業部会を下部組織として設置し、県普及指導員が中心となり両法人に対する支援を行っている。具体的には、作付け前の土壌診断と診断結果に基づいた土づくりの指導、収穫期ピークを平準化させる播種(はしゅ)計画の作成支援である。
 これに加えて、両法人の技術交流の場づくりを積極的に行っている。園芸メガ団地では、園芸栽培経験の浅い農業者が団地内の技術力の高い熟練農業者からさまざまな助言を受けたり、その栽培方法を観察したりすることで知識・技術を習得し、団地全体のレベルアップにつながっている事例がみられている。本事例ではねぎ栽培圃場や作業舎が隣り合わせになっていることから両法人の技術交流の場づくりを容易にしており、その効果として、おがフロンティアファームが加工・業務用出荷規格に対応した選別・調整ラインの組み方を助言し、経験の浅いいりあいファームはその手法を真似しながら実践できるようになっている(写真4)。

写真4 加工・業務用出荷に特化した選別・調整ライン(いりあいファーム)

 また、作業部会では栽培技術指導に加えて、経営指導や労働力確保に関する支援を行うとともに、必要に応じて生産技術コンサルタントや農機メーカーなどの専門家の派遣を行っている。

(注1) さらに同年には、水稲と大豆の生産が中心の農業法人が同地区内にもう一つ設立されている。
(注2) 清野誠喜(2020)「園芸メガ団地で「白神ねぎ」ブランドの強化~あきた白神農業協同組合~」『野菜情報』193:53-60.

5 ネットワーク型団地における法人間の協働とその効果

 2法人では、それぞれが複数持つ販売チャネルのうち、加工・業務用ねぎのユーザーである実需企業を共通の販売チャネルとし、実需企業との契約出荷の中で求められる出荷規格と定時・定量出荷に対応するために、生産・販売に係る関係機関(JA全農あきた、JA秋田なまはげ)をはじめ、販売先となる実需企業などとも連携しながら生産・販売計画(日出荷量、出荷期間)の策定に取り組んでいる。さらに、2法人間での出荷資材(折込コンテナ)の共通化、出荷取扱量の調整・確保などの連携を図ることで、販売面でのリスク分散を図っている(図4)。

図4 男鹿市五里合ネットワーク型団地における連携内容

 以上に加えて、販売面での連携を確実に実践できるように、作付け開始前、出荷期間中、作付け終了時に生産面での協働を図っている(図4)。まず、作付け開始前に2法人に協議会作業部会を交えて、現有労働力による収穫調整能力を前提とした日出荷量と出荷作業可能日数を考慮した栽培方法(栽培面積、播種日、定植日、収穫期間)に関する協議を行っている。出荷期間中には、どちらかの法人において生育状況や収穫作業の遅れもしくは前倒しなどにより日出荷量の確保が難しくなった場合は、もう一方の法人が収穫量を増やすなどによって日出荷量を確保し、メガ団地全体として定時・定量出荷に対応できる体制を整えている。また、作付け終了時には、出荷実績の確認と技術的な改善点や次年度の生産・販売計画の協議を行っている。
 以上の通り、2法人による協働の効果を発揮しながら、販売先(加工・業務用)のニーズを起点とした長ねぎ生産を行っており、2法人の協働によるマーケットイン型園芸団地経営であると言える。

6 まとめ

 稲作に偏重した農業生産構造からの脱却を目指して大規模生産者・組織中心の産地を編成(新設)する産地育成手法への転換を図り、政策資源を大規模経営体に対して集中的に展開する「園芸メガ団地育成事業」は、そのハード面での手厚い支援が注目されており、他県においても類似の事業がみられている。しかし、注目すべきは「1集落1戦略団地推進事業」から続くソフト面での総合的な支援であるといえる。
 大規模園芸作経営体の育成においては、農用地の確保や機械・施設整備への初期投資、作目の選定や機械化体系等の生産技術の導入などの生産技術面、組織体制の整備や作業計画の立案とその管理、そして労働力の確保や販路の確保などの経営面に至るまで、個別経営体とは異なる課題対応が不可欠となる。そのため、ハード面とソフト面それぞれのメニューを事業の両輪とし、栽培と経営・マーケティングの両者の視点から関係機関が一体となって支援を行う必要がある。稲作単作地帯において「スピード」と「規模」を重視した園芸振興を図ろうとする秋田県農業施策は、そのひとつのモデルとして改めて注目されるものである。