NPO法人おきなわグリーンネットワーク(以下「グリーンネットワーク」という)は、沖縄県内の農地における赤土等流出防止対策および学生向けの環境学習を実施している団体である。ここでは、グリーンネットワークの事業概要と農地における具体的な対策を紹介する。
(1)法人の設立経緯
グリーンネットワークの理事長である西原隆氏は、平成23年時点では、沖縄県農林水産部水産課の事業「新しい公共による海の再生協働モデル事業」を受託した企業にて、この事業の契約チームリーダーとして、グリーンベルトの植栽活動を地域と協働で取り組む活動を行っていた。
しかし、このような環境保全活動を行政が中心となり継続するには、予算とボランティア活動人員の確保などに限界があり、NPO法人などの組織を核とした持続的な活動が必要であると考えたことから、25年8月、西原氏が中心となってNPO法人を設立した。
(2)グリーンネットワークの主な取り組み
グリーンネットワークの主な活動は、沖縄県の補助事業と委託事業を活用した、グリーンベルトの植栽活動と環境学習である。
ア グリーンベルトの植栽活動
パンフレットでは、農地における赤土等流出防止対策において効果が見込まれるものとして、(1)土層および土壌の改良(2)土壌面保護(3)表流水コントロールを挙げている。
[1]土層および土壌の改良
土層内に硬盤があると、ほ場の排水性が悪くなり、雨によって地表を水が流れることで、赤土等が流出しやすくなる。そのため、サブソイラーなどを使い心土破砕(農地に切り込みを入れて排水性と保水性に優れた土壌を作ること)することで、雨水の地下浸透を促す。
[2]土壌面保護
農地では土地を耕す時期や農作物の収穫後、更新時、
播種時など、畑が裸地状態のときに赤土等の流出が起こりやすい。そのため、農作物を植えない時期にほ場で草花を栽培して地表を覆うことで、雨による赤土等の流出を防ぐことができる。また、ヒマワリやクロタラリアなどの栽培は、緑肥としての役割があり雑草抑制や土づくりの面でもメリットがある。
[3]表流水コントロールの事例
裸地、農地の周辺、斜面の下側などに樹木や草木などの植物を帯状に植えることにより、水の流れを弱め、濁水中の土壌粒子を補足し、赤土等の流出を防ぐことができる。これはグリーンベルトと呼ばれている。
グリーンネットワークでは、このうちグリーンベルトの植栽活動による表流水コントロールの対策を主に行っている。平成25年度~令和2年度累計でのグリーンベルトの植栽活動の実績は、延べ参加人数3984人、ベチバー(写真3)などの植栽束数9万1191束、植栽した距離は延べ1万5041メートルである。
グリーンネットワークによると、グリーンベルトは、赤土等の流出を抑えるとともに農地の土が側溝に落ちるのを防ぎ、赤土等流出量の50~60%程度を軽減する効果があるとしている。
また、グリーンベルトに適した草種として、ベチバー、
月桃、ヤブラン、リュウノヒゲを挙げている。
基本計画に基づき、重点監視海域に指定された海域を有する10市町村では、行政が中心となって赤土等流出防止対策地域協議会(以下「地域協議会」という)を設置しており、農業者の流出対策を支援する現場指導員として農業環境コーディネーターを配置している(図6)。グリーンネットワークでは、植栽活動の計画策定に当たり、各地域の農業環境コーディネーターと相談しながら植栽活動を行う農地の選定を行っている。また、植栽活動は主に学生を対象に実施しているが(写真4)、参加する学校の選定や日程調整は、地域協議会と相談しながらグリーンネットワークで行っている。
植栽活動では、農地の外周にベチバーなどの植物を植えていくが、傾斜のある農地では、赤土等の流出が発生しやすい斜面の下側の端に重点的に植える。その際、直線上に植えるのが一般的だが、より効果を高めるため、千鳥状に植えたり、T字に植えるなどの植え方もある(図7)。しかし、その分グリーンベルトが農地に占める面積が増えるため、農家の同意を得る必要がある。
なお、ベチバーなどの植物は本部町にある福祉施設から購入している。
イ 環境学習
グリーンネットワークでは、赤土等流出問題に関する普及啓発を行うため、県の委託事業を通して小学生を対象に環境学習の出前講座を実施している。県の委託事業では対象が小学生に限られているが、県の補助事業や企業からの寄付金などを活用し、植栽活動の実施と併せて高校生にも環境学習を行っている。平成25年度~令和2年度累計では、環境学習(主に出前講座)を延べ98回実施している。
環境学習では、沖縄県における赤土等流出問題についてパワーポイントを使って説明し、その他映像教材の視聴や、模型を使って実際に赤土等流出の工程とグリーンベルトの効果を実験するなど、理解しやすいように工夫を凝らしている(写真5)。
西原氏は、「赤土等流出問題を学んだ学生がいずれ大人になって農家または消費者になった際、赤土等流出問題を意識した農業生産または消費活動につなげるためにも、将来への投資という意味で環境学習は重要だ」と話す。また、西原氏が高校で環境学習を行った際に、一人の生徒から「以前、小学生の時に出前講座を受けたことがある。出前講座を受けるまでは、雨の後に川が赤く濁るのは当たり前だと思っていた。しかし、出前講座を受けて、それが当たり前ではないこと、環境を守るために自分たちにも出来ることがあることを知った。出前講座は今後も続けてほしい」と言われ、出前講座の重要性を改めて感じたと話している。
(3)野菜生産農地における対策
グリーンネットワークが野菜生産農地における赤土等流出防止対策として実施しているものとして、[1]グリーンベルト植栽活動[2]緑肥栽培[3]廃ガラスリサイクル素材を活用した浸透性向上対策の三つがある。
[1]グリーンベルト植栽活動
グリーンベルト植栽活動は、前述の通り、ベチバーなどの植物を農地の端に植えることで、赤土等の流出を抑制する。赤土等流出防止対策は、単に河川や海への流出を防止するだけでなく、野菜生産の基盤となる土壌の栄養を農地に維持する側面もあり、農家にとってもメリットがある。
また、かぼちゃ生産などのように生産過程で敷き草が必要になる場合は外部から購入していることも多いが、ベチバーは敷き草にも活用出来ることから、その需要もある(写真6)。
[2]緑肥栽培
グリーンネットワークでは、野菜生産農地において、梅雨時期の裸地からの赤土等流出を防止するため、沖縄県農業協同組合(以下「JAおきなわ」という)と連携し、ソルゴー、クロタラリアなどの種を農家に配布し、休耕中の裸地を減らす取り組みを行っている(写真7)。緑肥は、もともと雑草対策や肥料として土づくりにつながることで知られているが、裸地の期間を短くすることにより赤土等流出防止効果がある。
[3]廃ガラスリサイクル素材を活用した浸透性向上対策
グリーンネットワークでは、新素材を活用した赤土等流出防止対策の普及にも力を入れており、沖縄県で開発された廃ガラスリサイクル素材「スーパーソル」を農地に設置することで、農地の浸透性向上による土壌保全対策を行っている(写真8)。スーパーソルは、廃ガラスを粉砕、焼成発泡させて作る人工の多孔質軽量発泡資材(軽石)で、自然由来の廃ガラスを原料とするため、地球に優しい土壌還元型資材とされる(写真9)。透水性、保水性に優れていることから、水はけの悪い農地にスーパーソルを利用することで、排水性が良くなり、表土が流れにくくなるため赤土等の流出を防ぐことが出来る。また、排水性の向上により、根の酸素供給による作物への好影響や農作業の効率化など、生産性の向上にもつながるとしている。令和元年に県の事業を活用して1件、3年に企業からの助成金を活用して1件の農地でスーパーソルの設置を行った。
(4)課題および今後の展望
西原氏によると、グリーンネットワークの赤土等流出防止対策における課題や今後の展望は次の通り。
ア 持続的な活動を行うための資金確保
グリーンネットワークの収入の大部分を県の補助金と委託費が占めているが、県の補助事業は人件費が補助の対象とならないため、人件費の捻出が難しいという。そのため、今後、継続的に組織を維持していくためには、人件費を捻出できる新たな収入源の確保が必要になる。西原氏は、現時点では、野菜やサトウキビの生産に乗り出せるよう検討している。野菜やサトウキビの生産を自ら行うことで、植栽活動に収穫体験を組み合わせるなど、現在の活動の幅が広がるというメリットもあると考えている。
イ 企業との連携
収入源が限られているグリーンネットワークにとって、企業からの寄付金などは活動の重要な原資となっている。これまでに、株式会社ゆうちょ銀行からは毎年50万円の寄付があり、株式会社かんぽ生命保険、NPO法人東村観光推進協議会、イオン琉球株式会社などからも寄付金があった。そのほか、トヨタ自動車株式会社が実施している「トヨタ環境活動助成プログラム」に応募し、令和3、4年の2年間で226万円の助成を受けることができた。
株式会社沖縄タイムス社が主催しているクラウドファンディングでは、40万5300円の寄付が集まるなど、新しい資金源の確保にも取り組んでいる。
また、寄付金だけでなく、グリーンネットワークは企業と連携しての植栽活動も行っているが、想定よりも多くの参加者があったことから、農業と関連がない企業においても赤土等流出問題に対する関心は高いと西原氏は感じたという。
グリーンネットワークが直接的に関わってはいないが、沖縄を代表するビールメーカーであるオリオンビール株式会社は、3年5月、沖縄県の実施している赤土流出防止プロジェクトに賛同し、「赤土流出防止デザイン缶」の発泡酒を発売した
(注)(写真10)。同社は、このデザイン缶の売り上げの一部で対策資材を購入し、赤土流出防止プロジェクトに寄付するなど、企業からの赤土流出防止に関する支援の輪が広がっている。
(注) 数量限定販売。
ウ 赤土等流出防止対策と農家のメリットの両立
農地における赤土等流出防止対策を進めるためには、農家自身が対策を実施することが一番の近道であるが、それには農家の負担が大きいことが課題となっている。作業に要する身体的な負担だけでなく、グリーンベルトのために植物を購入する経費の増加や、農地の外周にグリーンベルトを設置することで作付け可能な面積が減少することなども、農家自身が取り組みにくい問題点となっている。
このため、対策の実施によりメリットがあることを農家に理解してもらう必要があり、(1)前述のようにかぼちゃなどの生産過程で敷き草を必要とする野菜を栽培する農家は、ベチバーを植え、刈り取ったものを敷き草として利用することで敷き草を自給できる(2)敷き草は、雑草の侵入抑制や土壌水分の蒸発抑制などの効果がある(3)ベチバーは高さが1.5メートルほどに成長することから、風から野菜を守る効果がある、などがグリーンベルトのメリットとして挙げられるという。
その他にも、休耕地に緑肥を行うことで、地力を向上させ、収量の増加にもつながることが考えられる。
土壌は農産物を生産する基盤であることから、赤土等が農地から流出することは耕土流出と同じであり、赤土等流出防止対策を行うことが農家にとってもメリットとなることを理解してもらい、普及させていきたいとしている(写真11)。
エ JAおきなわとの連携
農地における対策を実施するためには農家への赤土等流出防止対策の普及が欠かせないが、グリーンネットワークの活動の多くは学生を対象としたものが多いことに加え、農地の選定などは地域の環境コーディネーターを通じて行っているため、農家との接点が少ないという課題がある。そこで、西原氏は、植栽活動を実施する農地の選定をJAおきなわ糸満支店に依頼し、地域の生産部会などで希望者を募っている。これにより、植栽活動に関わる農家だけでなく、それ以外の農家にも赤土等流出防止対策に関する話題提供の機会となり、間接的に農家への赤土等流出防止対策の普及啓発にもつながることから、西原氏は、この取り組みを糸満市以外にも広げていきたいと考えている。
オ 新たな視点によるモデル的な事業の検討
西原氏は、既存の活動だけでなく、国や民間が公募している事業などを活用し、グリーンベルトに使う植物の新たな活用方法や、赤土等流出防止対策が生産性の向上などにもつながることを実証していきたいと考えている。
すでに取り組んでいるものとして、公益社団法人沖縄県地域振興協会の地域づくりイノベーション事業を活用し、沖縄県南部の農家、コンサルタント企業および地域の小売店と連携し、赤土等流出防止対策支援商品を開発した。これは、野菜のパッケージに「赤土等流出防止対策支援商品」と書かれたシールを貼り、売り上げの一部が赤土等流出防止対策の財源としてグリーンネットワークに寄付される仕組みとなっている(写真12、13)。農家の野菜をブランド化して販路を確保するとともに、環境問題に意識の高い消費者などの購買を促し、新たな財源の確保にもつながっている。
また、赤土等を流出させない生産方法として、同協会の補助金を活用し、ベジィベッドの設置を行った(写真14)。ベジィベッドとは、コンクリートや木材などで囲んだ枠の中に土をいれて花壇のような農地を作ることであり、こうすることで水はけが良くなり、赤土等の流出を抑えられる。農家にとっても農地が高くなることで作業が行いやすいことや、通気性が良くなるため生産性が高くなるなどのメリットがある。
その他にも、グリーンネットワークのオリジナル商品として、琉球大学と連携し、グリーンベルトで使用するベチバー、レモングラス、ローズゼラニウム、ミントなどからオイルを抽出し、アロマ製品の開発を行い、商品化および販売に向けて研究を行っている。
さらに、今後の取り組みとして、令和元年に沖縄県が作成した赤土等マスコットキャラクター「もっちん」とソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)を活用した普及活動を検討している。高校生と連携し、「もっちん」をSNSのスタンプにして、スタンプの販売で得られる収益を赤土等流出防止対策に充てるなど、若者の柔軟な発想を取り入れながら赤土等流問題の情報発信や、新たな収益モデルの構築などを検討している(図8)。