ホーム > 野菜 > 野菜の情報 > かほくイタリア野菜研究会が取り組んだイタリア野菜の産地ブランド化
2011年より、山形県河北町でイタリア野菜を生産するプロジェクトが始まった。2013年4月には、12人の会員で企業組合かほくイタリア野菜研究会を設立し、本格的にイタリア野菜の販売を開始した。河北町商工会に事務局を置くなど、農業者と商工会が連携して取り組んでいる。販売戦略として、市場出荷よりも飲食店への販売を重視し、すでに飲食店から一定の評価を得ている。コロナ禍前の2019年のイタリア野菜販売額は1500万円を超えていた。栽培経験のないイタリア野菜の生産は農業者にとって大きなチャレンジであったが、栽培マニュアルを確立して、現在の生産者16人が同品質のイタリア野菜を作れるような生産体制を整え、研究会の出荷体制や営業活動によって、イタリア野菜の国内におけるブランド産地としての地位を確立している。
農産物の産地ブランド化に取り組む際に、近年は、マーケットインの視点と言われるように、売り先を考えた上での取り組みが求められている。山形県河北町における企業組合かほくイタリア野菜研究会(以下「かほくイタリア野菜研究会」という)の取り組みは、これまで市場流通していなかったイタリア野菜を売り先である飲食店の要望に合わせて栽培して販売するという、まさにマーケットインの視点で進められてきたものである。その取り組みの仕掛け人である河北町商工会の商工振興課長の芦埜貴之氏、生産者でありかほくイタリア野菜研究会理事長の牧野聡氏、研究会事務局長の佐藤淳也氏に、河北町におけるイタリア野菜の産地ブランド化のこれまでの取り組みについて話を伺った。
(注1)かほくイタリア野菜研究会で取り扱っているトレヴィーゾ・タルディーボは、イタリア野菜のラディッキオの中でもランクが高いトレヴィーゾの晩生種である。詳細は、図3「2021年の年間栽培計画表の1ページ目」のトレヴィーゾ・タルディーボを参照。
芦埜氏の行動は早く、2011年3月にかほくイタリア野菜プロジェクトを始動し、2011年6月から4人の農業者による試験栽培を開始している。2012年5月に会員を募集し、12人でかほくイタリア野菜研究会が設立された。2013年4月には、これまで任意組織であった会を企業組合かほくイタリア野菜研究会として設立して、本格的に販売を開始した。これまで栽培したことのなかったトレヴィーゾが、3年目からようやく販売できるようになったのである。あくまで農業者を主体とした組織にこだわり、企業組合かほくイタリア野菜研究会の理事長となったのは、芦埜氏の同級生で旧知の仲であった農業者、牧野聡氏(写真2)であった。
牧野氏によると、河北町の農業は、米と果樹の複合経営が多く、それぞれの生産活動があるので、生産を共同で行う組織というよりは、販売の部分を共同で行う組織ということで、企業組合を設立したそうである。この企業組合という発想は、農業関係者だけの集まりでは思いつき難い発想で、商工会が関わっていたことによる効果と思われる。
かほくイタリア野菜研究会では、2021年において生産者16人が96品目もの野菜を生産している。飲食店が欲しいと思うものを生産することを基本としているため、結果として多品目生産になっている。多様なイタリア野菜の品目を生産していることが産地の強みで、さまざまなイタリア野菜を少量ずつ利用したいという飲食店の需要に対応している。最初の頃は、栽培方法が分からないものも多く、ウェブ検索でイタリアの生産者が栽培している動画を探して、見よう見まねで栽培試験をして、栽培方法を確立させてきた。現在は、かほくイタリア野菜研究会独自の栽培および出荷マニュアルを品目ごとに作成しており、何かあれば毎年修正を重ね、これが研究会の貴重な財産となっている。特に、理事長の牧野氏は、飲食店から要望のあった新しい品目を露地栽培やハウス栽培、潅水や遮光ネット利用など、さまざまな方法で栽培試験をしながら作付けし、栽培および出荷マニュアルの作成に尽力してきた(写真3)。新規で栽培を開始したメンバーがいる場合は、この栽培および出荷マニュアルを見てもらうと共に、目揃え会の実施や生産者同士の圃場巡回で情報交換を行うなど研鑽し、研究会としての生産レベルを高め合っている。
栽培および出荷マニュアルは牧野氏が中心になって作成しているが、料理人でイタリア野菜の生産者である副理事長の生稲洋平氏の役割も欠かせない。東京都内のイタリア料理店に6年間勤務していた経歴を生かし、月1回の定例会議の際に、かほくイタリア野菜研究会のメンバーにイタリア野菜を使った料理を作って、食べさせてくれたそうである。牧野氏にとっては、これまで食経験がほとんどなく、生で食べると苦くて食べられないと思っていた野菜であったが、煮たり焼いたりすると美味しくなることを知った。自分が作った野菜がどのように調理されるのかということを知ることで、生産において注意すべき点や出荷形態などもよく理解できるようになったという。このように、これまでに出荷経験のない野菜なので、出荷規格は飲食店の料理人の要望を聞きながら決めていった。
かほくイタリア野菜研究会の生産者16人のうち、12人は河北町内で、他3人が山形市、1人が西川町でそれぞれ生産を行っている。市町村や農協とはまた別組織なので、河北町内のみに縛られることなく、生産者を確保している。それぞれの生産者が規模拡大を図りながら生産量を増やしてきたが、その規模拡大にも限界があることから、河北町商工会内のかほくイタリア野菜研究会の集出荷場に持ち込むことのできる距離であれば、集荷範囲を広げている。その結果、河北町よりも少し寒い西川町の生産者の存在によって、出荷日をずらすことができ、研究会としての出荷期間を延ばすことにもなっている。飲食店でのコースメニューなどは、1カ月単位で決めている場合が多い。少なくとも同じ野菜を研究会内で1カ月リレー出荷できれば、その飲食店のコースメニューの需要に応えることができる。
牧野氏の経営は、水稲と転作大豆23.5ヘクタール、おうとう(さくらんぼ)0.4ヘクタール、野菜1.1ヘクタールの合計25ヘクタールである。水稲とおうとうを基軸に、イタリア野菜を組み合わせた経営である。水稲の中でも、酒米生産に力を入れており、県知事賞などの受賞歴もある。イタリア野菜はおうとうの収穫後に播種をすればよいので、労働力のバランスとしてもよいという。コロナ禍前の2019年におけるかほくイタリア野菜研究会の月別販売額を見ると、冬場の販売額が高く、冬場の労働および収入確保につながっている(図1)。牧野氏のように、ほとんどの生産者がイタリア野菜のみではなく、水稲や果樹などを合わせて生産している場合が多い。イタリア野菜専作の生産者も1人はおり、イタリア野菜生産のみで年間400万円の販売額になっている。
ただし、飲食店としては、季節問わずに営業しているので、水稲や果樹の作業で忙しい春先においても安定供給が求められ、これはかほくイタリア野菜研究会としての今後の課題かもしれない。
かほくイタリア野菜研究会の事務局は、河北町商工会内にあり、正社員2人と出荷作業を中心に行うパート2人の体制で業務を行っている。正社員で事務局長の佐藤淳也氏は、2013年の研究会設立時から勤務している(写真4)。
飲食店との取引では、生産者からの出荷予定を事務局で取りまとめ、翌週の出荷予定リストを毎週金曜日に、取引のある飲食店に対して、ファクスや電子メールなどで配信して注文を取り、主に水曜日と金曜日の週2回発送している。出荷先の飲食店指定のグラム数に袋詰めして、段ボールに入れて出荷している。イタリア野菜の特徴として、形やサイズが揃わないなどの課題もあるが、飲食店はそのような特徴を理解して取引してくれている。県外卸会社を通した百貨店との取引も多く、百貨店へは1カ月先の出荷予定リストを送って注文を受ける。県内外卸会社への出荷作業は、飲食店への出荷を行う水曜日と金曜日以外に集中させて実施しているが、忙しい時期には、月曜日から金曜日までの週5回出荷している。
県外への配送は、配送料を出荷先負担で運送会社を利用して実施している。県内への配送は、県内の業務用食品卸の和光食材株式会社と提携しており、飲食店への配送および代金回収も含めて委託している。県内への配送料はかほくイタリア野菜研究会で負担している。和光食材株式会社に飲食店からの代金回収も委託することで、研究会事務局の業務負担はかなり削減されている。
基本的に生産者は河北町中心部の河北町商工会内の集出荷場に、研究会事務局から出荷依頼のあった生産物を持ってくればよく、その後の出荷作業や飲食店からの受注は全て研究会事務局が実施している。集出荷場には予冷庫も完備されている。生産者は販売額の30%を販売手数料として研究会から引かれるが、手数料の高さを問題にする生産者はいない。また、ブランド管理の徹底として、かほくイタリア野菜研究会の名前を付けての販売は、研究会を通した販売と地元農協の直売所のみに限定している(写真5)。
かほくイタリア野菜研究会のイタリア野菜販売額を見ると、コロナ禍前の2019年までは1500万円を超え、順調に伸びていた(図2)。首都圏を中心とした県外卸会社、県外飲食店への販売額が大きかったが、コロナ禍を受け、2020年、2021年は県外への販売が落ち込んでいる。その対策として、2020年から県内卸会社を通じた県内食品スーパーへの出荷も始めている。その数値が伸びているため、県内飲食店への販売額が減っても、県内への販売額は2021年で400万円を超えるなどコロナ禍前の水準以上となっている。また、コロナ禍でも個人販売は伸びている。これは、週1回、河北町内での移動販売を始めたことやイタリア料理をする家庭への販売が増えたことによる。移動販売は、正社員で事務局員の山崎昭子氏が実施しており、料理の仕方なども説明しながら販売しているので、食経験の少ないイタリア野菜でもよく売れているそうである。
かほくイタリア野菜研究会のホームページには、どの月にどのような野菜が出荷できるかが分かる96品目の2021年度栽培計画を載せている(図3)。それらを見て注文が入ることもある。首都圏には、毎年、河北町を訪問するかほくイタリア野菜研究会のファンクラブのようなグループもある。料理人や野菜ソムリエなどの応援団も多数いるため、飲食店への販売が落ち込んでも、そのような人々からの注文が増えているという。