1.1 わが国で求められる植物工場:人工光植物工場と太陽光植物工場
わが国の農業生産人口の減少はかつてないスピードで進行しており、基幹的農業従事者数は2010~2020年の10年間で205万人から136万人にまで急激に減少した
(文献1)。一方、昨今の健康志向によりサラダの1人当たり購入金額は2009~2020年の11年間で約1.72倍となり、さらに、コロナ禍によって野菜の消費動向が変化し、家庭内調理で使う生鮮野菜、冷凍野菜、野菜惣菜などの購入額が大幅に増加している
(文献2)。このような情勢の中、今後もニーズの拡大が想定される生鮮野菜を安定的に供給する農業生産システムの有力な候補として、植物工場がその栽培面積を拡大している
(文献3)。
植物工場は、人間が環境を制御して農作物生産を行うシステムであり、人工光(型)植物工場と太陽光(型)植物工場に大別される。人工光植物工場は、LEDなどの人工光源を用いて光合成を行わせるため、光の強度やスペクトルを含めた高度な環境制御が可能な生産システムであり、コンビニエンスストアチェーンや外食産業への葉菜類の安定供給源として急速に普及しつつある。一方、太陽光植物工場は、太陽光エネルギーを最大限に活用して大規模(栽培面積が1ヘクタール以上)な農作物生産を行う施設であり、高度な環境制御技術により、地域における農作物生産の効率を最大化するシステムとして確立されつつある。実用化されている環境制御技術としては、セミクローズド温室に一定の到達点をみる(図1)。
セミクローズド温室は、換気(温室内外の空気の入れ換え)と室内の空気循環をほぼ完全に制御することで栽培環境の安定化と最適化(高CO2濃度かつ適切湿度)を極めて高いレベルで実現し、わが国においても70キログラム毎平方メートル超のトマト生産(一般的な温室の4~5倍の生産性)を達成している。
1.2 太陽光植物工場の展望:スマート・メガスケールとストロング・ミニマム
太陽光植物工場先進国のオランダでは、競争力強化を目的とした経営の超大規模化が進行しており、栽培面積が数十ヘクタールに達する生産者も出現している。わが国においても同様の流れがあり、たとえば、株式会社サラ(岡山県笠岡市)は、当初より10ヘクタール超のセミクローズド温室にて複数品目の生産に着手している。このような背景のなか、日本学術会議では、国際競争力を有する農作物生産システムとして従来の20~100倍の栽培面積(20~100ヘクタール)を有する“スマート・メガスケール”植物工場構想
(文献4)が検討されており(図2-左)、社会実装のために必要となる技術的要素や基盤整備について、産学(スマート・メガスケール植物工場研究会、日本学術会議 農業生産環境工学分科会・農業情報システム学分科会)が連携した議論が始まっている。他方、比較的安価な環境調節装置を上手く活用し、セミクローズド温室と同等の栽培環境を実現する小・中規模(栽培面積が20~50アール程度)の生産者も相当数存在しており、これらは、国内の多様なニーズに応える持続可能な生産体である“ストロング・ミニマム(強い最小規模)”(図2-右)として、スマート・メガスケール植物工場と協働して5~10年後のわが国の施設園芸を支えるものと期待される
(文献5)。
1.3 植物工場の環境制御に不可欠なスピーキング・プラント・アプローチ
最新の植物工場に導入される高度な環境制御技術の性能を十分に発揮させるためには、植物の生育状態に合わせて環境制御の設定値を適切に更新し続ける必要があり、「植物の生育状態の見極め」能力の高低が生産性の高低に直結することになる。近年のセンシングデバイスの低廉化とIoTの普及により、植物工場に実装可能な植物生体情報計測(フェノタイピング)技術が提案されつつあり、ビッグデータ解析技術やAI技術との連携を通じて「植物の生育状態の見極めの数値化」が現実味を帯びてきている。
スピーキング・プラント・アプローチ(SPA:Speaking Plant Approach)コンセプトは、さまざまなセンサを用いて植物生体情報を計測して生育状態を診断し、その診断結果に基づいて栽培環境を適切に制御するというもの
(文献6、7)であり、植物工場の生産性を最大化させるための切り札として世界的に注目されている
(文献8)。非破壊・非接触タイプの植物生体情報計測技術は、SPAにおける最重要技術に位置づけられており、今後3~5年間の「人間(栽培管理者)の判断をサポートするための植物生育状態の数値評価技術」として生産現場に実装されるフェーズを経て、5~10年後には、「人間の代わりに環境制御に関する判断を行う技術」として環境制御システムに組み込まれることが想定される。
本稿では、筆者が研究代表者をつとめる農林水産省人工知能未来農業創造プロジェクト「AIを活用した栽培・労務管理の最適化技術の開発」(2017~2021年度)の研究開発の成果物として商業的植物工場への実装が進みつつある光合成蒸散リアルタイムモニタリングシステムとクロロフィル(以降、Chl)蛍光画像計測ロボットについて概説し、今後の技術導入の方向性について展望する。