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調査・報告 野菜情報 2021年11月号

国内の植物工場における近年の動向と最新の技術開発について

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豊橋技術科学大学大学院工学研究科・愛媛大学大学院農学研究科 教授 高山 弘太郎 

1.はじめに

1.1 わが国で求められる植物工場:人工光植物工場と太陽光植物工場
 わが国の農業生産人口の減少はかつてないスピードで進行しており、基幹的農業従事者数は2010~2020年の10年間で205万人から136万人にまで急激に減少した(文献1)。一方、昨今の健康志向によりサラダの1人当たり購入金額は2009~2020年の11年間で約1.72倍となり、さらに、コロナ禍によって野菜の消費動向が変化し、家庭内調理で使う生鮮野菜、冷凍野菜、野菜惣菜などの購入額が大幅に増加している(文献2)。このような情勢の中、今後もニーズの拡大が想定される生鮮野菜を安定的に供給する農業生産システムの有力な候補として、植物工場がその栽培面積を拡大している(文献3)
 植物工場は、人間が環境を制御して農作物生産を行うシステムであり、人工光(型)植物工場と太陽光(型)植物工場に大別される。人工光植物工場は、LEDなどの人工光源を用いて光合成を行わせるため、光の強度やスペクトルを含めた高度な環境制御が可能な生産システムであり、コンビニエンスストアチェーンや外食産業への葉菜類の安定供給源として急速に普及しつつある。一方、太陽光植物工場は、太陽光エネルギーを最大限に活用して大規模(栽培面積が1ヘクタール以上)な農作物生産を行う施設であり、高度な環境制御技術により、地域における農作物生産の効率を最大化するシステムとして確立されつつある。実用化されている環境制御技術としては、セミクローズド温室に一定の到達点をみる(図1)。


 
 セミクローズド温室は、換気(温室内外の空気の入れ換え)と室内の空気循環をほぼ完全に制御することで栽培環境の安定化と最適化(高CO2濃度かつ適切湿度)を極めて高いレベルで実現し、わが国においても70キログラム毎平方メートル超のトマト生産(一般的な温室の4~5倍の生産性)を達成している。
 
1.2 太陽光植物工場の展望:スマート・メガスケールとストロング・ミニマム
 太陽光植物工場先進国のオランダでは、競争力強化を目的とした経営の超大規模化が進行しており、栽培面積が数十ヘクタールに達する生産者も出現している。わが国においても同様の流れがあり、たとえば、株式会社サラ(岡山県笠岡市)は、当初より10ヘクタール超のセミクローズド温室にて複数品目の生産に着手している。このような背景のなか、日本学術会議では、国際競争力を有する農作物生産システムとして従来の20~100倍の栽培面積(20~100ヘクタール)を有する“スマート・メガスケール”植物工場構想(文献4)が検討されており(図2-左)、社会実装のために必要となる技術的要素や基盤整備について、産学(スマート・メガスケール植物工場研究会、日本学術会議 農業生産環境工学分科会・農業情報システム学分科会)が連携した議論が始まっている。他方、比較的安価な環境調節装置を上手く活用し、セミクローズド温室と同等の栽培環境を実現する小・中規模(栽培面積が20~50アール程度)の生産者も相当数存在しており、これらは、国内の多様なニーズに応える持続可能な生産体である“ストロング・ミニマム(強い最小規模)”(図2-右)として、スマート・メガスケール植物工場と協働して5~10年後のわが国の施設園芸を支えるものと期待される(文献5)


 
1.3 植物工場の環境制御に不可欠なスピーキング・プラント・アプローチ
 最新の植物工場に導入される高度な環境制御技術の性能を十分に発揮させるためには、植物の生育状態に合わせて環境制御の設定値を適切に更新し続ける必要があり、「植物の生育状態の見極め」能力の高低が生産性の高低に直結することになる。近年のセンシングデバイスの低廉化とIoTの普及により、植物工場に実装可能な植物生体情報計測(フェノタイピング)技術が提案されつつあり、ビッグデータ解析技術やAI技術との連携を通じて「植物の生育状態の見極めの数値化」が現実味を帯びてきている。
 スピーキング・プラント・アプローチ(SPA:Speaking Plant Approach)コンセプトは、さまざまなセンサを用いて植物生体情報を計測して生育状態を診断し、その診断結果に基づいて栽培環境を適切に制御するというもの(文献6、7)であり、植物工場の生産性を最大化させるための切り札として世界的に注目されている(文献8)。非破壊・非接触タイプの植物生体情報計測技術は、SPAにおける最重要技術に位置づけられており、今後3~5年間の「人間(栽培管理者)の判断をサポートするための植物生育状態の数値評価技術」として生産現場に実装されるフェーズを経て、5~10年後には、「人間の代わりに環境制御に関する判断を行う技術」として環境制御システムに組み込まれることが想定される。
 本稿では、筆者が研究代表者をつとめる農林水産省人工知能未来農業創造プロジェクト「AIを活用した栽培・労務管理の最適化技術の開発」(2017~2021年度)の研究開発の成果物として商業的植物工場への実装が進みつつある光合成蒸散リアルタイムモニタリングシステムとクロロフィル(以降、Chl)蛍光画像計測ロボットについて概説し、今後の技術導入の方向性について展望する。

2.生産現場に実装されつつある植物生体情報計測技術

2.1 光合成蒸散リアルタイムモニタリングシステム
 図3は、筆者らが開発したトマト個体群を対象とした光合成蒸散リアルタイムモニタリングシステムの模式図と写真である(文献9)


 
 本システムは、下部が開放されているチャンバ(透明なプラスティックバッグ)に、栽培されている状態のトマト2個体を内包する。上部のファンによりチャンバ内空気を継続的に排気し、チャンバ下部の開口部からチャンバ内に流入する空気(Inflow air)とチャンバから排出される空気(Outflow air)のCO2濃度差およびH2O濃度差を計測することにより(開放型同化箱法)、光合成速度と蒸散速度のリアルタイムモニタリングを可能にする。なお、本システムは、安価なCO2濃度センサ、H2O濃度センサを用いているにも関わらず高精度な光合成蒸散計測を可能にした画期的なシステムであり、大学発ベンチャーのPLANT DATA株式会社(以下「PLANT DATA」という)と協和株式会社が共同で2019年9月に市販化を発表した。
 図4は、PLANT DATAが開発した光合成蒸散リアルタイムモニタリングシステム用ウェブアプリのUI例である。


 
 約5分間隔で光合成速度・蒸散速度・総コンダクタンスの変化をモニタリングでき、全データをCSV形式でダウンロードすることも可能である。環境データも同時に取得しているので、ウェブアプリ内で簡単な環境応答解析(当該日の光-光合成曲線の作成など)も可能である。
 
2.2 クロロフィル蛍光画像計測ロボットによる光合成機能診断
 図5は、筆者らが基盤技術を開発し、井関農機株式会社より市販されたChl蛍光画像計測ロボット(PD6C)である。

 
 本装置は太陽光植物工場内の1レーンを夜間に自動走行し、トマト個体群のChl蛍光画像を計測する。Chl蛍光は、Chlが吸収した光エネルギーのうちで光合成に使われずに余ったエネルギーの一部が赤色光として捨てられたものである。青色LEDを用いて植物葉に青色光を照射(励起光)すると、植物葉は照射光の反射光と光照射により励起されたChl蛍光を発する。CCDカメラの前部にロングパスフィルタなどを配置して青色の反射光成分を除去することで、Chl蛍光画像の撮像が可能となる(文献10)。暗条件におかれた植物葉に一定の強さの励起光照射を開始すると、Chl蛍光強度が経時的に変化する現象が確認されるが、この現象はインダクション現象とよばれ、大政謙次東大名誉教授により1987年に世界で初めて画像計測された(文献11)。なお、インダクション現象中の蛍光強度変化を表す曲線をインダクションカーブとよび、その形状は葉の光合成能力の高低や種々のストレスの影響を受けて変化するため、カーブの形状指標を用いることで光合成機能診断が可能となる(文献12)。図6は、Chl蛍光画像計測ロボットを用いて計測した研究用太陽光植物工場(愛媛大学植物工場研究センター)の1区画(20m×11m)の光合成機能マップである。


 
 中央南側の植物体の光合成電子伝達活性が高いことが分かる。
 さらに、筆者らの最近の研究開発では、従来型の小・中規模のビニルハウスにも導入可能な安価かつ小型の「つり下げ型の多元的植物生体画像情報計測ロボット」を提案している(図7-左)(文献13、14)
 

 
 本ロボットは、Chl蛍光画像計測に加えてカラー画像・NDVI画像の計測が可能であり、自動充電・自動計測機能、さらには、自動昇降機能により、植物体上部の葉・茎頂領域だけでなく、植物体下部の果実領域を対象とした画像計測を可能とした。
 
2.3 革新的センサ技術のSPA応用の可能性
 筆者が所属する豊橋技術科学大学のエレクトロニクス先端融合研究所は、2010年10月に設立された世界のエレクトロニクス基盤技術と先端的応用分野の異分野融合領域研究拠点であり、2019年4月の大幅拡充により先端農業工学分野(筆者が分野リーダー)を創設した。ここでは、植物工場における高度な栽培・労務管理を実現するための植物診断技術(Chl蛍光画像計測、匂い成分計測、光合成蒸散計測)の開発を行うが、特に、当研究所で開発されるセンサ・MEMSデバイスを活用した先端的農業生産技術を開発することを目的としている。たとえば、澤田和明教授らが開発した「かおりカメラ」(CMOSイメージセンサを用いた安価な匂いセンサ)の技術を活用した“匂い成分計測に基づいた植物診断技術”の研究開発にも着手している。もちろん、計測システムの低コスト化や環境制御システムとの連携など多数の課題はあるものの、近い将来、匂い成分計測技術が農業生産現場における作物の生育診断に用いられることが期待される。

3.アグリテック系大学発ベンチャー企業による農業生産への円滑な実装

 近年のスマート農業を支える先端技術への期待は大きく、アグリテック(AGRIculture+TECHnology)に関連するさまざまなベンチャー企業やビジネスが創出されている。大学などの研究機関の農業工学分野には、スマート農業が脚光を浴びる前の時代に開発されたものの当時の農業に対する社会的認識との乖離のためにビジネス化されてこなかった多くのレガシー・シーズ技術が存在しており、これらをAI・ロボット・センサ・IoTなどの先端技術でブラッシュアップしたリニューアル・シーズ技術に基づいたアグリテック系の大学発ベンチャー企業が続々と創出されつつある。筆者らが設立した愛媛大学・豊橋技術科学大学発ベンチャーのPLANT DATAでは、先端的な植物環境工学(愛媛大学植物工場研究センター)と先端エレクトロニクス(豊橋技術科学大学機械工学・エレクトロニクス先端融合研究所)を融合することで、植物の生育状態の見極めを自動化するための植物生体情報活用プラットフォームを提案している。このような大学発ベンチャーを窓口として、多様化する農業生産のステークホルダーに直接アプローチすることで、植物生体情報を基盤としたスマート農業技術の円滑な社会実装が促されるものと期待される。特に、2021年4月に施行された日本版SBIR(Small Business Innovation Research)制度を活用したスタートアップ総合支援事業(農林水産省版SBIRプログラム:筆者がPMを務める)がうまく機能すれば、農業・食品産業分野における破壊的なイノベーションの創出がなされるものと期待する。

4.まとめと展望

 本稿では、最新のアグリテック分野の研究成果である植物生体情報計測技術の太陽光植物工場への実装の状況をご紹介した。Society 5.0型農業生産の具現化と農業生産におけるSDGsを同時に達成すべきという潮流のなか、スマート農業技術を活用した若者が魅力を感じる農業生産技術の地域実装が急務となっている。植物生体情報計測技術を活用して作物の生育状態をリアルタイムかつ高精度に把握すれば、生産性(光合成や生育バランスが適切であること)が維持されていることを確認しつつ、肥料・水・熱の投入量(投入資源コスト)を最小化することも可能となる。これは、企業的農業生産において重要視される利益の底上げとSDGsの達成に同時に貢献するものであり、さらに、「みどりの食料システム戦略~食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現~」(農林水産省、2021.5)に明記された“2050年までに園芸施設の化石燃料ゼロ化を達成”に向けた基盤技術を提供するものと考えている。
 
引用文献
1) 農林水産省HP. 2021.
2) 農林水産省. 加工・業務用野菜をめぐる状況. 2021.
3) 農林水産省. 施設園芸をめぐる情勢. 2021.
4) 日本学術会議. 提言 第24期学術の大型研究計画に関するマスタープラン (マスタープラン2020). 2020.
5) 高山弘太郎: On-site 植物生体情報計測が加速するSPA,植物環境工学 33(2),51-53,2021.
6) 橋本 康: 太陽光植物工場における俯瞰的科学技術の流れ-植物生体情報(SPA:植物学)と栽培プロセスのシステム制御(工学)-,植物環境工学,25,57-64,2013.
7) 高山弘太郎:第 2 世代の SPA とその実装,植物環境工学 25(4),165-174,2013.
8) van Straten G, van Willigenburg G, van Henten E, van Ooteghem R. Optimal control of greenhouse cultivation. CRC Press, Boca Raton. 1-305. 2010.
9) Shimomoto K., Takayama K., Takahashi N., Nishina H., Inaba K., Isoyama Y., Oh S. Real-time monitoring of photosynthesis and transpiration of a fully-growntomato plant in greenhouse. Environ. Control Biol. 58(3): 65-70. 2020.
10) 高山弘太郎, 仁科弘重. 施設園芸における植物診断のためのクロロフィル蛍光画像計測. 植物環境工学. 20: 143-151. 2008.
11) Omasa K, Shimazaki K, Aiga I, Larcher W, Onoe M. Image analysis of Chlorophyll fluorescence transients for diagnosing the photosynthetic system of attached leaves. Plant Physiol. 84: 748-752. 1987.
12) Takayama K, Miguchi Y, Manabe Y, Takahashi N, Nishina H. Analysis of ΦPSII and NPQ during the slow phase of the Chlorophyll fluorescence induction phenomenon in tomato leaves. Environ. Control Biol. 50: 181-187. 2012.
13) 加納多佳留, 戸田清太郎, 高橋憲子, 仁科弘重, 高山弘太郎. つり下げ型Chl蛍光画像計測システムの開発. 農業環境工学関連学会2018年合同大会 講演要旨集. GS22-5. 9/10-14. 2018.
14) 加納多佳留, 高山弘太郎, 海野博也, 戸田清太郎, 高橋憲子, 仁科弘重. つり下げ型植物生体画像情報計測ロボットの開発. 日本生物環境工学会2019年千葉大会 講演要旨集. 9/17-20: 132-133. 2019.

 

高山 弘太郎(たかやま こうたろう)
【略歴】
1999年3月 東京大学農学部卒業
2004年3月 東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程修了 博士(農学)
2004年5月 愛媛大学農学部助手に採用、助教、講師、准教授を経て2017年11月より現職 愛媛大学大学院農学研究科 教授
(2020年より愛媛大学植物工場研究センター副センター長)
2018年8月 豊橋技術科学大学 先端農業・バイオリサーチセンター 特任教授(愛媛大学とのクロスアポイントメント)
2018年4月 豊橋技術科学大学 エレクトロニクス先端融合研究所 教授
2021年4月より現職 豊橋技術科学大学大学院工学研究科機械工学専攻 教授
(エレクトロニクス先端融合研究所先端農業工学グループリーダー、農業・バイオリサーチセンター副センター長)
(愛媛大学とのクロスアポイントメント)