なすにアセチルコリンが含まれていることはわかったが、食品機能性については不明であった。そこで、2017年度より3年間にわたり農研機構生研支援センター革新的技術開発・緊急展開事業(うち経営体強化プロジェクト)「新規機能性成分によるナス高付加価値化のための機能性表示食品開発」(以下「ナス高機能化プロジェクト」という)で、なすの食品機能性と実用化の研究を行った。このプロジェクトでは、なす生産者・企業・大学・研究機関がナス高機能化コンソーシアムを組織、研究成果の普及となす製品開発販売のための企業などが協力機関として参加し、機能性表示食品としての社会実装を視野に入れたナス・イノベーションに取り組んだ(図1)。機能性表示食品とは、事業者の責任において、科学的根拠に基づき、特定の保健の目的が期待できるという機能性を表示した食品である。2015年4月1日に施行された改正食品表示法に基づく食品表示基準により新たに規定された制度で、発足から5年で市場規模が2843億円にも達したと推定されている
(文献4)。なすを機能性表示食品として実用化するためには、新規の機能性関与成分であるナス由来コリンエステル(アセチルコリン)の作用機序を推定すると共に、有効用量と効果を臨床試験で実証して査読(研究者仲間や同分野の専門家による評価や検証)付き論文に掲載することが必須となる。
そこで、まず、ヒト本態性高血圧のモデル動物である高血圧自然発症ラットになす粉末を4週間経口投与して降圧作用の効果とメカニズムを調べた。その結果、極めて少ない摂取量(1日当たりアセチルコリン10-8 mol/kg相当のなす凍結乾燥物)で血圧を低下させることが明らかとなった。血圧低下に伴い、交感神経活動によって分泌される昇圧物質・カテコールアミンが低下していたことから、なすの主要なコリンエステルであるアセチルコリンが消化管上のM3型ムスカリン性アセチルコリン受容体に作用し副交感神経(迷走神経)活動を亢進、交感神経活動を抑制して昇圧性のカテコールアミン放出を抑制し、血圧が低下したものと推定した(図2)
(文献5)。
次に、ヒトでの有効性を実証するために、ストレスを感じている正常高値血圧者(収縮期血圧 130~139mmHgかつ/または拡張期血圧 85~89mmHg)およびⅠ度高血圧者(収縮期血圧 140~159mmHgかつ/または拡張期血圧 90~99mmHg)それぞれ50名の被験者に、ナス由来コリンエステル(アセチルコリン)を2.3mg含有するなす粉末カプセルを12週間継続摂取してもらうプラセボ対照ランダム化二重盲検並行群間比較試験を行った。ナス由来コリンエステル(アセチルコリン)2.3mgという用量は、この試験に使用した原料なす22グラムに相当する。また、プラセボ対照ランダム化二重盲検並行群間比較試験とは、機能性表示食品の科学的根拠として求められるヒト臨床試験の中でも最も科学的根拠の質が高い方法で、効き目があると思い込むことで出る効果(プラセボ効果)を排除し、なすの真の効果を正確に評価できる試験である。試験期間中には、来所時血圧(収縮期血圧/拡張期血圧)、家庭血圧(起床時/就寝時の収縮期血圧/拡張期血圧)を測定して血圧を評価し、VAS(視覚アナログ尺度)とPOMS 2(気分プロフィール検査)アンケートで心理状態を評価した。その結果、被験者の血圧(収縮期、拡張期)および心理状態が有意に改善した。この結果は、ヒトにおけるなすの食品機能性を世界で初めて明らかにしたもので、査読付きのオープンアクセス国際誌に論文発表している
(文献6)。12週間の摂取期間中、副作用や問題となる有害事象は認められず、なすの安全性も確認された。臨床試験結果のうち、機能性表示食品の科学的根拠となるのは「健常者」への効果のみである。これは、機能性表示食品が健常者を対象としているためである。そこで、血圧が高めの健常者である正常高値血圧者におけるなすの効果を解析し、摂取8週間の来所時血圧(拡張期)の改善が正常高値血圧者で顕著であること(図3)、摂取12週間に正常高値血圧者のTMD得点(Total Mood Disturbance、ネガティブな気分の総合指標)が有意に改善したことが明らかとなった(図4)。
こうしてナス高機能化プロジェクトの研究で、なすを原料とする食品を機能性表示食品として届け出る要件を満たすことが出来た。ナス由来コリンエステル(アセチルコリン)の有効用量2.3mgは、農産物としては非常に少なく、最も効果が高いものの一つと言える。