(1)JA今金町の地域概況、農業概況
ア 地理
JA今金町は、北海道渡島半島北西部に位置する今金町(札幌市から約180キロメートル)を管内としている(図1)。同町は、日本屈指の清流、後志利別川に沿って、有珠山をはじめとする火山噴火で形成された水はけが良い肥沃な農地が広がっている。
イ 気候
冷涼な気候で春と秋の昼夜の寒暖差が大きい内陸性気候であり、初夏の6月から7月には「やませ」(偏東風)が吹くことが特徴的であるが、北海道の中では比較的温暖な気候である(図2)。
ウ 農業概況(令和3年2月時点)
・ 総農家戸数(組合員数):286戸、うち65歳以上の経営個数(体)51%
・ 総面積:1万1000ヘクタール
・ 耕地面積:4734ヘクタール うち1568ヘクタールが畑作・野菜うちばれいしょは約26% (小麦:約22%、豆類:同34%、てん菜:同10%)
・ 1戸当たりの平均耕地面積:16.5ヘクタール
・ 農畜産物の販売高(令和元年度):49億円
エ 北海道における今金町のばれいしょ生産の位置付け
北海道における今金町のばれいしょ生産の位置付けは表1の通り、作付面積、生産量、出荷量とも1%未満となっており、数量的にも希少と言える。
(2)生産動向
ア 栽培面積
直近10年間の栽培面積は50年以上前と比べると40%以上増加し、種子用、食用併せて350ヘクタール前後で推移している。令和2年の栽培面積は前年比1.1%減の約345ヘクタールとなった(図3)。
イ 生産量および食用出荷量
平成26年以降の生産量は50年以上前と比べると45%以上増加しており、8000トンから1万2000トンで推移している。また、食用出荷量についても、相乗的に推移している。令和2年の生産量は、前年比16.3%減の8820トン、出荷量は同22.8%減の6972トンとなった(図4)。
栽培面積や生産量はその年の天候要因に左右される。特に、生産量については、農協関係者によると天候により1000トン規模で増減してしまうとのことである。
また、今後の作付見込みについては、GI登録後の販売を受けた今後の価格動向によるとのことである。
(3)今金男しゃくの特徴
今金町は上記の土壌条件や気候により、ばれいしょの生育に適している。特に、昼夜の寒暖差が大きい内陸性気候が、ライマン価の高いばれいしょの生産を可能にしている。
一般的に、男爵品種は、粉質系のホクホクとした日本人好みの食感といった長所があり、中でも今金男しゃくは、ライマン価が13.5%以上と他の男爵品種の平均値より1割程度高い。このため、ホクホクとした食感が優れている。また、自然に溶ける舌触りが良く、外観についても皮が白く色目も美しい(写真1)。品質にばらつきも少なく、形状や外観が良いことから皮むきを行った際の歩留まりも高い。このような品質の高さから青果市場関係者からは、品質、食味ともトップクラスとの評価を受けており、市場では他産地の男爵品種に比べて2割以上高値で取り引きされている。
ちなみに、オンライン上では、令和3年4月19日現在の今金町の農協系スーパマーケットの今金男しゃくLサイズ(120グラム以上190グラム未満)10キログラム当たりの価格は、他の4地域の男爵品種の合計の平均価格2850円を2割以上上回る3500円であった。
一方、男爵品種は、農協関係者によると、他のばれいしょ品種に比べ「病気に弱い」「収量が少ない」「選別に時間がかかる」などの欠点もあり、生産者に負担がかかる品種でもある。
(4)生産者部会
令和2年6月時点で62戸が所属し、平均年齢は52歳、このうち20代から40代の担い手世代である生産者は20人である。部会では、「今金全体の品質向上のためには、情報を共有し技術の遅れた人を作らない」ことが重要であるとし、毎月1回の部会関係者を対象とした品質向上に係る会議や、年に1度の生産者を対象とした勉強会を開催している。また、毎年6月から7月に巡回により病気の株や育ちの悪い株の抜き取りを一つ一つ手作業で行っているほか、定期的にライマン価の測定などを行っている。「早出馬鈴薯振興会(8月から9月に出荷)」などのグループもあり個別に活動も行っている(写真2)。
(5)出荷時のルール
選別時に食用ばれいしょとの混入を防ぐため、他のばれいしょ栽培同様、今金男しゃくも種子用(種子用生産者と原種生産者)と食用を栽培する生産者に分ける「専門栽培」が行われている。
種子用生産者については、食用以上に徹底した栽培管理が求められ、ジャガイモウイルス病
(注3)(以下「ウイルス」という)株の確認など、毎年同じ生産者が「専門職」として技術の向上に努めている。
なお、JA今金町管内の種子用および食用の生産者数は、以下の通りである。
・ 種子用生産者:19戸
・ 原種生産者:2戸
・ 食用生産者:84戸(うち早出しばれいしょ生産者25戸)
注3:代表的なものは、ジャガイモYモザイク病が挙げられ、感染するとえそ症状やれん葉症状がみられる。原因となるウイルスは、アブラムシによって伝播することが知られている。
こうした中で、前述の特長を守るため、同農協では以下のルールを定めている。
ア ライマン価基準(13.5%以上)の設定
JA今金町は、平成6年から市場に出荷することができる今金男しゃくのライマン価の基準を13.5%以上とした。30年のライマン価の平均は15.8%(生産者の最高は18.6%、最低は13.5%)であった。農協関係者によると、20年前の生産者部会で今金男しゃくの食べ比べを行ったところ、ライマン価が「13.5%以上」のものが食感(ホクホク感)などを顕著に出すことができたとのことである。
イ 種子ばれいしょの全量毎年更新
原々種を農水省の種畜管理センターから仕入れ、原種を上記の原種生産者で育成し、種子用生産者が生産した無病(ウイルスフリー)の種子ばれいしょを用いることにより、毎年全量を更新する。
ウ 厳格な選別
まず、選果場出荷前に生産者が自ら形や大きさなどの選別を行う。生食用の場合、この段階で4割近くが除外される。農協関係者によると、生産者段階でこのような厳しい選別を行う事例は、全国でJA今金町しかないのではないかとのことである。
次に、選果場での選別では、数十人の熟練のパート職員が3段階で少しでも形が悪いものや傷が入っているものを選果ライン(ベルトコンベヤー)から手作業で除外する。また、ライン上で精密カメラが形や大きさを区別し、赤外線センサーがばれいしょの芯に空洞がないかを確認して選別する(写真3)。
エ 全作付け圃場検査
生産者は次年度ばれいしょを作付けする圃場の土を調べ、ジャガイモシストセンチュウ(以下「センチュウ」という)が発生していないか検査を行う。また、収穫前にも生産者部会全体で各作付け圃場の巡回を行う。
さらに、種子ばれいしょについてはウイルス株の確認を毎日行うほか、年3回の防疫検査に合格したばれいしょのみを種子ばれいしょとして使用している。
オ 徹底した風乾貯蔵
出荷する前に生産者は必ず1週間程度の風乾貯蔵(冷暗所での貯蔵)を行い、JA今金町に出荷された後にも5日間以上の風乾貯蔵を行うことで皮むけや傷を防止し、収穫後の品質保持に努めている。
なお、出荷後も頻繁に市場やスーパーに足を運び今金男しゃくの品質を直接確認しているほか、出荷基準を満たした証明シールを箱に入れるなど産地証明にも力を入れている。
(6)ライマン価基準達成のための取り組み
ア 土壌作り
今金町は前述の通り、もともと肥沃な土地であるが畜産や稲作なども盛んであることから、各生産者が耕畜連携により、より肥沃な土壌作りに取り組んでいる。ばれいしょの収穫前に土壌検査を実施しており、施肥する前の状況を把握し、その土に合った肥料構成を考え散布している。また、収穫後(10月頃)に、土壌の侵食・流亡の防止を兼ね緑肥を播いたり、堆肥をすき込むことによって土壌作りを行っている。
また、生産者は必ず麦、大豆、てん菜などの4年輪作が義務付けられており、センチュウの増殖や侵入を防ぐなど、ばれいしょに適応した環境を維持している。
イ 収穫までの待機
生産者はライマン価が13.5%以上になるまで収穫適期からプラス1週間程度収穫を待つ。農協関係者によると、生産者はばれいしょのみではなく、稲作、ばれいしょ以外の畑作、畜産など幅広く営農しており、各種農作物の出荷繁忙期にあって作業を効率的に進める必要がある中で、「待つ」という作業は、他の農作物の作業にも影響することから、大変に辛い作業とのことである。
(7)GI登録(令和元年9月)までの取り組み
ア 歴史
今金男しゃくのこれまでの主な歴史は、以下の通りである。
・ 明治24年:今金町でばれいしょの作付けを開始
・ 昭和28年:「男爵」が北海道における優秀品種に選定された事を契機に作付けするばれいしょを「男爵」のみに統一
・ 30年:均一な品質のものが出荷可能となった事から「今金男しゃく」の名前で出荷を開始
・ 42年:種子用生産者と食用生産者を区別
・ 平成17年:特許庁の「商標(マーク)」に登録
・ 27年:国内大手ポテトチップス製造業者から「今金男しゃく ポテトチップス」を販売
・ 30年3月:特許庁の「地域団体商標」
(注4)に登録
・ 同年5月:GI保護制度の申請書提出
・
令和元年9月:農水省のGI保護制度に登録(登録番号第86号)
注4:どちらも産品の名称を保護するものであるが、地域団体商標制度とGI制度の違いについては、注1のHPを参照
イ 登録を目指した理由
農協関係者によると、アの歴史の通り、今金男しゃくは先人の生産者が築き上げたこれまでの歴史の上に成り立ち、現在もその思いが若い生産者達に受け継がれている。こうした中、登録を目指した理由は、今金男しゃく生産者が出荷に当たって取り組んでいること(当たり前に行っていること)がいかに優れたことなのかをGI登録を通じて消費者に伝えたかったためとのことである。
ウ 登録までに苦労した点
今金男しゃくの出荷基準などを裏付ける資料やそれに係る栽培の歴史資料などの収集とそれらの整理に時間を要した。前述のように、なぜライマン価の基準を「13.5%以上」としたのかを裏付けるため、20年前の生産者部会の資料までさかのぼって確認する必要などがあった。
エ GI登録の利点
他の男爵品種と差別化されるなどの利点と併せて、組合としての最大の利点は生産者による今金男しゃくの保存や選別方法など、地元では当たり前の作業が国(農水省)から評価されたことにある。これにより、生産者に同品種の価値を再認識してもらい、生産意欲の向上につながった。
オ 今金町の対応
今金町にはGI登録後、町の庁舎にGI登録ののぼり(写真4)を掲げてもらったりするなど、今金男しゃくの周知活動のほか、各地での販売促進活動において、多大な協力を受けている。
また、「ジャガイモシストセンチュウ対策協議会」の設置なども行ってもらっている。
(8)GI登録後の効果について
農協関係者によると、GI登録後、10社以上の新聞やテレビに取り上げられたことにより認知度が増し、地元農協系のスーパーに注文が殺到したとのことである。