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【特 集】加工・業務用野菜生産拡大の取り組み 野菜情報 2021年3月号

園芸振興を本格化させる新潟県農業 ~園芸振興基本戦略が目指すものは~

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新潟食料農業大学 食料産業学部 食料産業学科 講師 青山 浩子

【要約】

 「コメの一本足打法」といわれ、他県に比べてコメへの依存度が高い新潟県が本格的に、園芸作物の生産拡大を通じた農業振興に乗り出した。2019年に策定した新潟県園芸振興基本戦略は、2024年までの6年間で、販売額が1億円以上ある産地を50カ所増やし、園芸の栽培面積を1000ヘクタール増やすという具体的な数値を掲げている。この目標を達成するため、県内に13ある地域振興局を司令塔として、市町村、JA、土地改良、農業者による組織がサポート役となり、生産から販売までの支援体制を構築した。
 初年の滑り出しは順調で、園芸の生産面積、農家数が増えるなど成果を挙げている。津南町では、JA津南町が法人を設立し、新たに加工用キャベツの大規模生産をスタートさせた。園芸産地としての認知度が低い同県であるが、県全体では400を超える園芸産地があるなど、潜在能力は十分に備えている。また、通年雇用をするために、園芸との複合経営に取り組む稲作農業法人も増えている。機械化・施設化により単収を引き上げ、販売実績を積み上げていくことで、園芸産地としての認知度を高める可能性を持っている。

1 コメ依存からの脱却を目指す

 同県が、園芸振興に乗り出した背景には、言うまでもなく主食米の需要減少がある。米価低迷の影響を受け、同県の農業産出額は減少傾向にある(図1)。それだけに、園芸振興を図り、農業産出額を伸ばしてきた近県の取り組みは、大きな発奮材料になっている。同県に先立って園芸に力を入れてきた青森県、秋田県、山形県、長野県は、農業産出額が近年、増加傾向にある。とりわけ、園芸メガ団地づくりを推進する秋田県では、えだまめの生産拡大に力をいれてきた。その結果、京浜地区の中央卸売市場のえだまめの出荷量(2019年)で、秋田県は全国トップに躍り出た。同じようにえだまめを特産品とする新潟県にとっては大いに刺激になっている。



 同県がこれまで園芸をまったく振興してこなかったわけではない。同県によると、以前から、何らかの園芸振興策をとってきたという。しかし、近県と肩を並べるほどの成果を挙げるには至らず、農業産出額の品目構成をみると、稲作は59%を占める一方、園芸(野菜、果実、花きの合計)の比率は20%にとどまる(図2)。基本戦略策定の過程で、これまで講じてきた園芸振興策の成果を同県自ら検証したところ、主に次のように整理されている。
1) 園芸導入の動きがみられたものの、個々の農家の取り組みが大半であり、産地化まで至っていない。
2) すいか、ユリ(切り花)、おけさ柿など大産地が形成されている地域がある一方で、機械・施設の整備が遅れ、まとまった需要に対応できない中小産地が多い。
3) えだまめや西洋なし(ル レクチエ)は首都圏で販売が拡大しているが、後続のブランドがない。
 こうした点を踏まえながら、花角英世新潟県知事や関係団体の長などで園芸振興を本格化させるための協議を重ね、2019年7月31日に公表したものが基本戦略である。最終年の2024年までに「販売額1億円以上の産地の数を倍増させる」「栽培面積1000ヘクタール増を目指す」「新たに園芸に取り組む農業者の拡大を図る」といった目標を掲げている。
 新潟県農林水産部農産園芸課園芸拡大推進室の横山登室長は「具体的な数値目標を掲げた上で、園芸を振興するのは今回が初めて」と語る。 

2 県全体で取り組むための支援体制構築

 これらの目的を達成するにあたり、既存産地の面積を拡大するとともに稲作農家に園芸作物を導入してもらうという両方を想定している。同県の園芸産出額の40%は新潟市に集中している。この新潟市に、新発田市や村上市などを加えた下越地方で見ると、シェアは60%を超える。下越地方で園芸生産に取り組んできた農家に、「さらに規模拡大を」と言っても、1000ヘクタールへの到達は難しい。そこで、これまで園芸の取り組みが少なかった上越、中越地方を含め、県全体で取り組むムードを作り、数値目標を達成していきたいというのが同県の狙いだ。
 このため、秋田県のえだまめのように品目を絞りこむ形ではなく、産地ごとに特性に合わせて品目を選択できるよう、アプローチしやすい手法をとっている。表1にあるように、同県には414の園芸産地があるが、1億円以上の産地は12%にとどまり、大半は小規模産地である。逆にいえば、大産地へと育つ潜在可能性を持つ産地が多数あるということでもある。
 小さな産地が点在しているという特徴を踏まえ、園芸振興を支援する体制が構築されている。今般の基本戦略を推進していく司令塔は、県内に13カ所ある地域振興局内におかれた「地域推進チーム」だ。チームの構成員は、県担当者(振興局)、市町村、JA、土地改良区、農家代表、流通関係者(実需者)となっている。このメンバーで、品目の選定から販路開拓までトータルでコーディネートする。この下には、産地ごとに実働部隊となる「産地支援チーム」がおかれ、産地や農家に伴走する形となっている(図3)。



3 大規模産地育成のための支援

 同県では、園芸に取り組む経営体らを対象に、「園芸アタック応援事業」「農林水産業総合振興事業」という名称で、機械や施設の整備を支援してきた。こちらを継続しながら、新たな事業「大規模園芸産地創出事業」を創設した。
 この事業では、ほ場整備地区で園芸に取り組む産地(農地所有適格法人、農家組織、JAなど)が園芸の生産および流通体制を構築する際に、必要となる機械や施設について助成を行う。面積要件は、おおむね30ヘクタール以上(露地園芸の場合。施設園芸は2ヘクタール以上)で、国の事業の50%補助に加え、県は最大で10%、市町村は最大25%の上乗せ補助をする(補助率は市町村や事業内容によって異なる)。
 大規模園芸産地創出事業にはまた、おおむね10ヘクタール以上(露地園芸の場合、施設園芸は0.5ヘクタール以上)を面積要件に、50%以内で同県が助成する事業もある。さらに、面積要件を問わず、1億円産地を目指すという産地が担い手確保や技術導入、販路開拓などの課題を解決する際のソフト的な取り組みへの支援も含まれる。同県では、大規模園芸産地創出事業を含む園芸振興全体で、約4億円の予算を計上した。
 なお、同県とは別に、JA組織も独自で園芸振興策を打ち出した。新潟県農業協同組合中央会の「にいがた農業応援ファンド」がこれにあたる。具体的には、売上高1億円を目指す産地で、新たに園芸に取り組むか、規模拡大する農業者の取り組みを支援するというものである。また、1億円を目指す準備段階として、新たな園芸品目を振興していく産地への支援、販路拡大に取り組む農業者の支援もおこなっている。

4 初年から面積、農家数は増加

 滑り出しは順調なようだ。2020年7月下旬時点の集計によると、1億円産地を目指すと名乗りをあげた産地が54カ所生まれた。同県では、これらの産地に、何を生産し、いかに販売につなげていくかというプランを立ててもらっており、出荷先により区分すると、「市場出荷タイプ」が42産地、「加工・業務タイプ」が5産地、「直売タイプ」が7産地となっている。
 この54産地を含む全体の産地で栽培面積が117ヘクタール増加し、新たに園芸に取り組んだ農業者が173人いる。すでに1億円増を達成した産地が2産地あり、いずれも品目は梨である。横山室長は「目標達成した2産地は、梨産地としての下地があったところであり、ゼロからのスタートではない。この基本戦略を機に、ゼロから新規作物に取り組む産地もある。6年間で1億円を達成するために、伴走型で支援する必要がある」と話す。
 同県に限らず、農業振興に関する戦略や計画を策定する際、3年を実施期間とすることが多い。しかし今回の基本戦略の実施期間は6年とした。横山室長は「選択した作物がその地域に定着するには3年ほどかかる。これらの作物の生産を拡大する期間を含めて6年間にした」と話す。54のプランを見ると、これまでに生産してきた作物の面積を広げる産地が多いが、新規作物に取り組む産地もみられるという。また、有利販売につなげるため、近隣の産地と同一の作物を生産し、ロットをまとめて販売していく計画を立てている産地もある。
 今回の戦略の特徴として、若手農家の育成という視点が盛り込まれている点が挙げられる。その一つは、ベテラン農家から若手農家への技術伝承だ。新潟みらい農業協同組合(本店新潟市)は今般、すいかのハウス団地を整備し、ベテラン農家と新規で取り組む農家の両方に貸与している。新たにすいかに取り組む農業者がいることを考慮し、近隣のベテラン農家をアドバイザーとして配置し、助言を受けられるような体制を整えた。
 一方、親の世代は稲作専業だが、後継者世代は園芸にも着手するケースが少なくない。そこで、ねぎの生産拡大を目指す県十日町地域振興局と十日町農業協同組合(本店十日町市)は、後継者世代を対象とした「園芸参入塾」を開催するというプログラムを組み込んでいる。栽培指導は普及指導員やベテラン農家が担う。後継者が育ち、生産量が拡大すれば、JAが選果場を整備する予定だという。支援体制に農業関係機関や地元の農家が参画しているからこそなせる技であろう。

5 加工用キャベツに着手した津南町

 園芸振興基本戦略にのっとり、野菜の大規模生産に取り組む代表的な産地が津南町である。新潟県の南端で、長野県と境を接しており、日本有数の豪雪地帯でもある。同町では、総額で約577億円を投じた国営苗場山麓総合農地開発事業(1973年~2003年)により、650ヘクタールの畑地造成を行った。これによって、かんがい用排水が全面的に整備され、1~3ヘクタール区画の畑地で、効率的でダイナミックな農業が展開されている。代表的な園芸品目はアスパラガス、にんじん、各種花き、スイートコーンなどである。なかでも、畑で越冬させ、除雪してから収穫するにんじんは「津南の雪下にんじん」としてブランド化され、2019年に地理的表示(GI)保護制度の登録もされた。
 同町は、1450ヘクタールにおよぶ水田もあり、魚沼産コシヒカリの産地でもある。しかし近年の米価下落により、コメの産出額は減少の一途をたどっている。稲作部門の落ち込みをカバーするためにも、園芸部門の位置づけは高まりつつある。
 こうした環境下で、2020年より、同町内の6経営体が加工用キャベツの生産を開始した。なかでも、中心的役割を担っている法人が、同年2月に設立された株式会社津南アグリ(以下「津南アグリ」という)だ。津南町農業協同組合(以下「JA津南町」という)が中心となって出資した法人で、石橋雅博代表取締役はJA津南町の専務理事でもある(写真1)。津南アグリは、高齢化などにより耕作が難しくなった農地などを借り受けて、自ら担い手となって農業振興に乗り出した。



 実は、JA津南町は加工用野菜の生産では長年の実績を有している。1970年代からトマト加工メーカーと契約し、加工用トマトの生産に取り組み、他にも県内外の漬物業者と契約し、だいこんや野沢菜の生産を行ってきた。こうした実績があることを知る懇意の仲卸から「加工用キャベツを生産しないか」と持ち掛けられた。折しも、津南アグリ設立に向けて準備をしている最中であり、「津南アグリの看板商品にできるのでは」という思いから、加工用キャベツをメインの作物に据えることにした。
 同町は国のスマート農業技術の開発・実証プロジェクト(プロジェクト名は「豪雪地域の露地野菜産地におけるスマート農業導入による省力化・生産性向上の実証」)にも採択され、加工用キャベツはこのプロジェクトで取り組む品目になっている。耕うんに使う自動運転トラクターやラジコン除草機、乗用収穫機などを活用し、どこまで省力化し、生産性を向上できるかを検証する絶好のタイミングとなった。

6 来期は作付面積を拡大

 初年度である2020年の加工用キャベツの作付面積は10ヘクタール。同社の3人の職員と、4~5人のパート従業員で作業をこなした。標高差を生かし、播種(はしゅ)および定植は4月から8月まで、収穫は7月から11月上旬まで行った(写真2、3)。株間は生食用よりも広く、60センチメートルを確保し、1キログラム以上に育ったキャベツを乗用収穫機で収穫した。





 新型コロナウイルス感染症の拡大で、外食向けの注文が減少したものの、取引先である仲卸自身が調整しており、同社からの出荷には影響があまりなかったという。
 初年度の作業を終えて、課題も見えてきた。収穫は機械でおこなったものの、キャベツの外葉を除去するスタッフが必要なため、オペレーター以外に数名のスタッフが同乗するなど手間がかかった。初年度ということもあり、適期に除草作業ができないほ場もあり、収量に影響したという。計画していた単収(5トン)にほぼ近い収量をあげたほ場があったが、収益をあげるためには全体平均で6トンを目指したいという。同JA営農課の滝沢一樹課長は「初年度の結果を踏まえて、防除や施肥量を見直したい。雑草対策にもしっかり取り組み、単収を向上させていく」と話す。一方、石橋社長は「生食用に比べると単価は安いが、加工用は取引数量や価格が安定しているため経営の下支えになる」と話す。加工用キャベツ以外にアスパラガス、ユリ球根、にんじんを生産し、初年度の売上は、4000万円を超えた。2年目はキャベツの作付面積を増やし、さらなる収益の確保につとめ、最終的には1億円の売上を目指すという。

7 潜在能力の顕在化が園芸振興につながる

 6年に及ぶ基本戦略の実施に関し、横山室長は「まずは、栽培技術を確立して、生産量を確保していくことがカギになる。次にマーケットでの評価を高め、ブランドを確立するというプロセスを踏めるかどうか」と話す。
 今般の基本戦略は、園芸産地としての新潟県の潜在能力を発揮させる意味で、大いに役立つと思われる。新潟県は、えだまめや夏秋なすなど、作付面積が全国1位という園芸品目を持っている。しかし、露地栽培が主体ということもあり、10アールあたりの収穫量では、作付面積が2~5位の都道府県の後塵を拝している。基本戦略に伴う各種助成事業により、機械や施設を導入し、単収を高め、調製作業の効率を高めることができれば、産地の収益性が向上するだろう。
 前述したように、県内には小規模ながら特色ある品目を生産する産地が400以上ある。今回の基本戦略がエンジンとなり、農家数や生産数量が拡大すれば、県内外での認知度向上につながる。筆者も2020年4月より同県を活動拠点にしているが、思っていた以上に園芸産地が多いと実感している。本稿で取り上げた津南町はその代表で、畑地が広がる様子は、まるで群馬県や長野県の高原野菜産地と見紛うほどである。津南町のような規模感はないものの、新潟市に隣接する聖籠町は、各種果物が生産される。新発田市のアスパラガスも県民には広く認知されている。新潟市内においても、南区は、チューリップやユリ、花木などの生産を振興しており、北区では、トマト生産に取り組む農業法人が複数ある。
 また、稲作経営体のなかには、経営規模の拡大に伴い、従業員数を増やしており、年間安定雇用するために園芸品目を導入するケースがみられる。基本戦略には、若手農家を育成する目的が含まれているが、稲作経営体の従業員にも園芸の生産技術を学ぶ機会を広く与えることで、新規に園芸を導入する稲作経営体が増えていくだろう。
 産地ごとに強みを生かした園芸品目の生産振興と、新規参入者の育成、さらに生産量に呼応した販路が確保されるようになれば、今回の基本戦略は確実な成果を挙げることだろう。