野菜振興部
にんじんの原産地は、中東から南アジアに位置するアフガニスタン周辺とされており、日本へは原産地から東西の二つのルートに分かれて2系統のにんじんが入ってきた。江戸時代に中国から入ってきた東ルートの東洋種と明治時代にヨーロッパから導入した西ルートの西洋種である。にんじんは、栽培期間が短く、収穫作業がしやすい短根であることから、現在は西洋種の栽培が多い。東洋種で現在一般的に流通しているのは、主に京都府などの関西地方で栽培されている「金時にんじん」である。
にんじんは、生育適温18~20度と比較的低温を好み、春夏にんじん(4月~7月)、秋にんじん(8月~10月)、冬にんじん(11月~翌3月)に区分される。春夏にんじんは、徳島県、千葉県などの比較的温暖な地域、秋にんじんは、暑さに弱いことから北海道、青森県などの冷涼地、冬にんじんは、千葉県、長崎県などの温暖な地域で生産され全国の産地がバトンをつないで周年供給体制を構築している(図1)。近年は九州地域での生産が増えているが、北海道、千葉県、徳島県の上位3県で全国の出荷量の約6割を占めている。
にんじんは、和食や洋食だけでなく、お菓子やジュースの食材としても適しており、家庭で欠くことのできない野菜である。また、中食・外食や加工用の需要が多いが、外食・加工用は太物で形が揃っているものが好まれるため輸入品の需要も多い。
今回は、にんじんの需給動向、野菜指定産地の動向、全国一の冬にんじんの指定産地である千葉県富里市農業協同組合(以下「JA富里市」という)の取り組みを紹介する。
(1) にんじんの作付面積・出荷量~作付面積の減少の中で出荷量を確保~
平成2年産から30年産にかけてのにんじんの需給動向をみると、作付面積は、2年産2万3500ヘクタール、12年産2万2300ヘクタール(2年産比95%)、22年産1万9000ヘクタール(同81%)、30年産1万7200ヘクタール(同73%)と、年により増減はあるものの減少傾向となっている。種別にみると、春夏にんじんは、2年産5650ヘクタール、12年産4720ヘクタール(同84%)、22年産4220ヘクタール(同75%)、30年産4190ヘクタール(同74%)、秋にんじんは、2年産8300ヘクタール、12年産8280ヘクタール(同100%)、22年産6550ヘクタール(同79%)、30年産5410ヘクタール(同65%)、冬にんじんは、2年産9590ヘクタール、12年産9330ヘクタール(同97%)、22年産8270ヘクタール(同86%)、30年産7630ヘクタール(同80%)となっており、平成7年産にかけて増加した後、減少傾向となっている。特に秋にんじんは、青森県が春夏にんじんにシフトしたことなどから大きく減少している(表1)。
出荷量は、2年産56万200トン、12年産59万3000トン(2年産比106%)、22年産52万6600トン(同94%)、30年産51万2500トン(同91%)と、7年産にかけて増加した後減少傾向となっている。種別にみると、春夏にんじんは、2年産15万4600トン、12年産15万4500トン(同100%)、22年産13万5300トン(同88%)、30年産14万2900トン(同92%)、秋にんじんは、2年産18万5700トン、12年産19万8600トン(同107%)、22年産16万6200トン(同89%)、30年産16万1400トン(同87%)、冬にんじんは、2年産22万トン、12年産23万9900トン(同109%)、22年産22万5100トン(同102%)、30年産20万8200トン(同95%)となっており、作付面積と同様に7年産にかけて増加した後減少傾向となっている。30年産の種別の出荷割合は、冬にんじん41%、秋にんじん31%、春夏にんじん28%となっている(表2)。出荷量の減少幅が作付面積に比べて小さいが、各産地が経営規模の拡大、機械化、栽培技術の向上、種苗会社との連携による耐病性・耐暑性・耐寒性・多収量など産地に適応した品種開発などにより反収の増加を図っているためと考えられる。
30年産のにんじんの都道府県別作付面積と出荷量をみると、作付面積上位5県は、北海道4640ヘクタール(全国シェア27%)、千葉県3010ヘクタール(同18%)、青森県1160ヘクタール(同7%)、徳島県983ヘクタール(同6%)、茨城県844ヘクタール(同5%)の順となっている。全国的にみると、大半の県で作付面積が減少している中で、長崎県、熊本県、沖縄県は増加している。沖縄県は、伝統野菜である「島にんじん」の生産が増加している(表3)。
出荷量上位5県は、北海道15万2400トン(同30%)、千葉県10万1700トン(同20%)、徳島県4万4200トン(同9%)、青森県3万4800トン(同7%)、長崎県3万400トン(同6%)の順となっており、北海道と千葉県の上位2県で全体の5割を占め、長崎県が出荷量を伸ばしている。種別にみると、春夏にんじんは徳島県4万4100トン(同31%)、秋にんじんは北海道14万7200トン(同91%)、冬にんじんは千葉県7万9200トン(同38%)に生産が集中している(表4)。特に北海道の秋にんじんは、全国出荷量の9割を占めており、十勝地域、網走地域、上川地域および後志地域が主な産地である。28年8月に4つの台風が北海道に上陸し災害が発生したため、秋口の秋にんじんの供給量が減少し全国的に価格が高騰した。北海道の秋にんじんの生産・出荷の安定化によって需給・価格の安定が図られる一方で、北海道産の作柄によって相場が影響を受けやすくなっており、価格が高騰すると中国などからの輸入が増えるきっかけとなる。
東京都中央卸売市場と大阪中央卸売市場(大阪市中央卸売市場本場・東部および大阪府中央卸売市場。以下同じ)の30年のにんじんの月別入荷実績をみると、東京都中央卸売市場の入荷量第1位は、春にんじんは4月~5月が徳島県、6月が千葉県、7月が青森県、秋にんじんはすべての月が北海道、冬にんじんはすべての月が千葉県となっている。20年と比べると、入荷量上位10県では徳島県及び青森県が増加した(図2)。
次に大阪中央卸売市場の入荷量第1位をみると、春にんじんは4月~5月が徳島県、6月が長崎県、7月が青森県、秋にんじんはすべての月が北海道、冬にんじんは11月が北海道、12月が長崎県、1月~3月が鹿児島県となっている。20年と比べ入荷量上位10県では宮崎県、長崎県、千葉県、鹿児島県、和歌山県の入荷量が増加しており、特に宮崎県、長崎県、鹿児島県は2割以上の大幅増となっている(図3)。
青果物の市場への出荷は、通常、運送コストや鮮度保持、近年のドライバー不足問題などから、関東・東北・北海道の産地は東京市場までの出荷、逆に四国・九州の産地は大阪市場までの出荷が主体となることが多い。しかし、春夏にんじんの4月~5月は徳島県、秋にんじんの8月~10月は北海道が東京・大阪両市場の入荷量第1位となっており、秋にんじんの全国出荷量シェア9割の北海道は、トラックや鉄道などを利用して北海道から九州までの全国の主要市場に出荷している。
東京都中央卸売市場の25年~29年の5カ年平均の卸売価格をみると、月ごとの差は比較的小さいが、冬ものが入荷する11月以降価格が上昇し、春ものの入荷が始まる4月が最も高値となり、その後10月にかけて値を下げていく傾向にある。夏場に価格が安くなる理由は、にんじんは加熱して食べることが多く、夏休みで給食がなくなり需要が減少するためと考えられる。東京都中央卸売市場の30年の卸売価格は、台風などによる天候不順で北海道からの入荷が減少したため1キログラム当たり160円となり、20年以降では28年の168円に次ぐ高値となった。30年1月~4月は主産地の千葉県が29年10月の日照不足、長雨、徳島県が播種期の台風や低温から生育が遅延、7月は主産地の青森県および北海道が4月~5月の低温、6月下旬から7月上旬の豪雨、長雨で生育が停滞、9月~11月は主産地の北海道が7月中旬以降の高温、干ばつ、台風、千葉県も8月の高温、台風、9月の日照不足による生育が遅延し入荷量が減少して高値となった。
(2) にんじんの輸入動向 ~中国からの加工・業務用の輸入量が増加~
生鮮にんじんの輸入量は、平成20年の4万3005トンから30年の11万579トンへ2.6倍に増加している(図4)。20年は1月に中国産冷凍ギョーザ農薬混入事件が発生し輸入量が大幅に減少したが、23年以降は増加に転じ、毎年8~10万トン程度が外食・中食、カット野菜などの加工・業務用として主に中国から輸入されている。30年に輸入量が増加したのは、前述したとおり台風や低温による主産地の生育遅延などにより出荷量が減少し国内価格が高値で推移したためである。過去の輸入実績をみると、5年以降は輸入量が急激に増加し周年で5万トン以上が輸入されており、5年頃を境に国内価格が高い時期のスポット輸入から外食などの加工・業務用としての周年輸入が定着したと考えられる。主な輸入先は、7年までは台湾が第1位であったが、8年以降は中国が第1位となり、輸入量の大半を占めている。
国別輸入量をみると、輸入量が2.6倍に増加する中で中国産のシェアが20年の61%から30年の87%に大幅に拡大し、かつ周年で輸入されている。次いで台湾、ベトナム、豪州と続いており、ベトナム産が増加している(図5)。
生鮮にんじんの月別輸入量(平成25~29年の5年間平均)をみると、国内価格が上昇し始める年明けから徐々に増加し、4月以降は6100~8100トンの間で推移している。年間を通じて輸入品に対する加工・業務用需要があることに加え、国内価格によって輸入量が増減する。(図6)。また、消費者が購入するにんじんのサイズが使い切りサイズのため、主産地がMサイズを中心に生産・出荷しているため、加工・業務用のLサイズ以上が少なくなっていることも輸入の増加要因となっている。
平成30年の生鮮にんじんの輸入価格(CIF価格)は、1キログラム当たり55円で、国内価格(東京都中央卸売市場卸売価格1キログラム当たり161円)の3割程度となっている。20年以降も国内価格の3~4割の間で推移している。
(3) にんじんの消費動向 ~家庭で欠かせない基本食材として消費は安定~
生鮮野菜全体の購入数量が減少する中で、にんじんの1人当たり年間購入数量は、平成2年2627グラム、12年2721グラム(平成2年比104%)、22年2742グラム(同104%)、30年2697グラム(同103%)と、2600~3000グラム程度で推移している。1人当たり年間購入金額も2年860円、12年732円(同85%)、22年765円(同89%)、30年877円(同102%)と、730~940円程度で推移している(表5、6)。にんじんは、価格が高いときは購入量が若干減少するが、多様な料理方法があり、家庭で欠くことのできない基本食材として購入量の変動は比較的小さい。
にんじんには、緑黄色野菜の中でもα-カロテン、β-カロテンが多く含まれている。特にβ-カロテンが豊富で、体内でのビタミンA転換が最も効率的に進み、にんじんがオレンジ色をしているのは、β-カロテンがオレンジ色をしているためである。また、β-カロテンは抗酸化性も強くて体内で活性酸素を消去するため、活性酸素の増加に由来する病気の予防が期待されている。そのほか、カリウムや食物繊維も含まれており、カリウムは体内のナトリウムを排出し、高血圧を予防する効果があり、食物繊維は便秘や痔の解消効果に加え血糖値の上昇をゆるやかにする作用がある。また、にんじんは、炒め物や煮物など和洋中の幅広い料理に使われるほか、その鮮やかな色からお菓子やジュースの原料としても人気があり、長期貯蔵も可能であることから消費は安定している(注1)。
注1:詳しくは、農畜産業振興機構「野菜ブックhttps://www.alic.go.jp/y-suishin/yajukyu01_000313.html」を参照
(1) 指定産地は全国作付面積の7割、出荷量の8割を担うにんじんの中核供給基地
にんじんの指定産地の数は、平成2年産88地区、12年産86地区(平成2年産比98%)、22年産64地区(同73%)、30年産64地区(同73%)と減少傾向にある。12年産以降農協合併などによる指定産地同士の統合などで減少したが、22年産以降は64~65産地を維持している。
にんじんの指定産地の作付面積は、2年産1万2514ヘクタール、12年産1万2873ヘクタール(平成2年産比103%)、22年産1万2600ヘクタール(同101%)、30年産1万1500ヘクタール(同92%)と、全国の作付面積が27%減少する中で、指定産地は8%の減少にとどまっている。出荷量は、2年産37万9523トン、12年産41万5264トン(平成2年産比109%)、22年産38万9100トン(同103%)、30年産40万500トン(同106%)と、全国出荷量が減少する中で6%増加している。この間、指定産地の収穫農家1戸当たりの作付面積は、2年産0.43ヘクタール、12年産0.89ヘクタール(2年産比208%)、22年産1.34ヘクタール(同312%)30年産1.72ヘクタール(403%)と、約4倍に拡大し、指定産地外(30年産0.13ヘクタール)の約13倍になっており、各指定産地が経営規模の拡大や機械化などにより効率的な経営を展開し、全国出荷量が減少する中で出荷量増を実現していることがうかがえる(表7)。
にんじんの指定産地の種別の作付面積上位5県の推移をみると、春夏にんじんは、2年産は、徳島県1016ヘクタール(全国シェア31%)、青森県646ヘクタール(同20%)、千葉県612ヘクタール(同19%)、埼玉県386ヘクタール(同12%)、岐阜県130ヘクタール(同4%)、30年産は、徳島県952ヘクタール(同33%)、青森県570ヘクタール(同20%)、千葉県490ヘクタール(同17%)、長崎県273ヘクタール(10%)、北海道147ヘクタール(同5%)となっており、全国的な作付面積の減少の中長崎県と北海道のシェアが拡大している。
秋にんじんは、2年産は、北海道4223ヘクタール(全国シェア87%)、青森県466ヘクタール(同10%)、岩手県50ヘクタール(同1%)、長野県48ヘクタール(同1%)、新潟県38ヘクタール(同0.8%)、30年産は、北海道4104ヘクタール(同97.5%)、青森県106ヘクタール(同2.5%)となっており、北海道と青森県に指定産地が集約され、北海道が98%と圧倒的なシェアを占めている。
冬にんじんは、2年産は、千葉県1710ヘクタール(全国シェア39%)、埼玉県547ヘクタール(同12%)、愛知県504ヘクタール(同11%)、長崎県476ヘクタール(同11%)、茨城県312ヘクタール(同7%)、30年産は、千葉県2182ヘクタール(同49%)、長崎県517ヘクタール(同12%)、茨城県368ヘクタール(同8%)、鹿児島県310ヘクタール(同7%)、埼玉県293ヘクタール(同7%)となっており、富里地区を擁する千葉県が全国作付面積の約5割を占め、長崎県、茨城県、鹿児島県で作付面積が増加している。
にんじんの指定産地の作付面積上位5県の合計をみると、春夏にんじんは、2年産2790ヘクタール(全国シェア85%)、30年産2432ヘクタール(同86%)、秋にんじんは、2年産4825ヘクタール(同100%)、30年産4210ヘクタール(同100%)、冬にんじんは、2年産3549ヘクタール(同81%)、30年産3670ヘクタール(同83%)となっており、冬にんじんは上位5県のシェアが拡大する一方、春夏にんじんと秋にんじんは減少している。
にんじんの全国作付面積が2年産から30年産に27%減少する中で、指定産地上位5県は8%の減少にとどまっている。30年産の上位2県と上位5県の全国作付面積シェアは、春夏にんじん54%・86%、秋にんじん100%・100%、冬にんじん61%・83%と主産県に生産が集中しており、大規模な指定産地が効率的な経営を展開し消費地への安定供給の役割を担っている(表8)。
にんじんの指定産地の全国シェアは、作付面積では、2年産53%、12年産58%、22年産66%、30年産67%、出荷量では、2年産68%、12年産70%、22年産74%、30年産78%となっており、指定産地は作付面積の約7割、出荷量の約8割を担うにんじんの中核供給産地となっている(表9)。
(2) にんじんの全国出荷量の約5割が野菜価格安定制度を活用
にんじんの野菜価格安定制度の交付予約数量(制度加入数量)は、平成2年度14万8133トン、12年度18万6544トン(平成2年度比126%)、22年度22万2679トン(同150%)、30年度23万3725トン(同158%)と、約6割増加している。種別にみると、春夏にんじんが2年度5万2951トン、30年度7万8574トン(同148%)、秋にんじんが2年度1万2492トン、30年度6万5721トン(同526%)、冬にんじんが2年度8万2690トン、30年度8万9430トン(同108%)となっており、全ての種別で増えており、秋にんじんは5倍以上に増加している。
にんじんの全国出荷量に対する交付予約数量の割合(制度加入率)は、2年度26%、12年度32%、22年度42%、30年度46%と、年々増加し約5割となっている。種別にみると、春夏にんじんが2年度34%、30年度55%、秋にんじんが2年度7%、30年度41%、冬にんじんが2年度38%、30年度43%となっており、春夏にんじんの加入率が高くなっている。
にんじんの全国出荷量の約5割で野菜価格安定制度が活用されており、全国で64地区の指定産地が露地で栽培されるにんじんの天候などによる価格変動リスクに対応しながら安定生産・安定出荷に取り組んでいることがうかがえる(表10)。
(3) にんじんの入荷量・価格の変動は縮小・安定化
にんじんの価格動向を、東京都中央卸売市場月別販売単価を使って、昭和41年度~43年度の「制度創設期」、平成3年度~5年度の「中間期」、28年度~30年度の「最近年」で比較する。春夏にんじんの平均価格(1キログラム当たり)は、制度創設期38円(100%)、中間期160円(425%)、最近年147円(390%)、秋にんじんは、制度創設期36円(100%)、中間期146円(404%)、最近年157円(433%)、冬にんじんは、制度創設期31円(100%)、中間期112円(363%)、最近年147円(480%)となっており、いずれの種別も4倍以上上昇しており、秋にんじんは価格上昇率・販売単価ともに高くなっている(表11)。
次に、にんじんの3つの期間の入荷量の変化を東京都中央卸売市場月別入荷量の変動でみる。「変動係数」とは、「標準偏差÷平均」で求められ、バラツキや振れの大きさを示して値が小さいほど入荷量の変動が小さいことを示している。春夏にんじんの月別入荷量の変動係数は、制度創設期0.16、中間期0.10、最近年0.17、秋にんじんは、制度創設期0.16、中間期0.11、最近年0.13、冬にんじんは、制度創設期0.15、中間期0.12、最近年0.13円となっており、にんじんの入荷量の変動は他の野菜に比べると小さい。
にんじんの3つの期間の価格変動を東京都中央卸売市場月別販売価格の変動係数でみると、春夏にんじんは、制度創設期0.39、中間期0.44、最近年0.20、秋にんじんは、制度創設期0.14、中間期0.34、最近年0.44、冬にんじんは、制度創設期0.36、中間期0.23、最近年0.22となっており、春夏にんじんと冬にんじんは価格変動が縮小しているが、秋にんじんは若干拡大している。28年と30年の9月から11月にかけて台風、長雨などで全国出荷量の大半を占める北海道が不作となり、価格が高騰したことが要因と考えられる。
にんじんは、露地で栽培されるために天候の影響を受けやすいが、この間に指定産地が全国作付面積の約7割、出荷量の約8割を占めるようになり、野菜価格安定制度の加入率も全国出荷量の約5割に達しており、しっかりとした指定産地が育成されて安定生産・安定出荷が行われるようになったことが、入荷量と価格の安定に寄与しているものと考えられる。他方で、北海道の秋にんじんのように特定産地に生産が集中するとその産地の作柄によって相場が影響を受けやすくなることも示している(表12)。
(4) 野菜価格安定制度の効果(制度加入農家と非加入農家の比較(試算))
野菜価格安定制度による価格低落時の経済効果について、天候の影響を受けやすい露地で栽培される冬にんじんの出荷量全国1位の千葉県の指定産地である富里地区の平均的な規模の農家(平均作付面積1.5ヘクタール)を想定し、制度に加入していた場合と加入していない場合の収益を試算して比較する。
にんじん農家の平均収益(粗収入-農業経営費)を、作付面積1.5ヘクタール、出荷量(11月~翌3月)55トン、関東市場向け冬にんじんの1キログラム当たり平均販売価格109.04円として試算すると201万円の黒字、つまり売上げから諸経費を差し引いた201万円が農家の手元に残ることになる。
同じ条件で生育期の好天から豊作となり平均販売価格が3割下落し、1キログラム当たり76.33円(109.04円×0.7)となった場合、野菜価格安定制度に加入していれば、保証基準額と平均販売価格の差額の9割である107万円が生産者補給金として交付されるため、農家収益は128万円となる。一方、野菜価格安定制度に加入していなかった場合の農家収益は21万円に縮小する(表13)。
富里地区のにんじんの生産は、7月下旬から8月中旬にかけて播種を行い、10月下旬から3月まで収穫・出荷する(出荷最盛期は11月下旬から12月下旬)。にんじんは、露地で栽培されるため天候により作柄が大きく左右され、実際に平成28年は秋の生育期の好天から生育が順調で太物が多くなり出荷量が増加して年明けから卸売価格が平年比で3割程度下落した。単純な試算であるが、平均販売価格が平年に比べて3割低下すると、冬にんじんの農家収益は20万円程度に縮小し、経営への打撃のみならず次期作の生産意欲にも影響を与えることになる。これに対し、制度に加入していた場合は、平年と比べれば4割程度となるが、130万円程度の資金が手元に残って農家経営の安定と次期作の確保が可能となる。
(1) 千葉県富里地区は冬にんじん出荷量の12%を占める全国一の指定産地
千葉県富里地区は、昭和55年に冬にんじんの指定産地に指定され、作付面積680ヘクタールを擁する全国一の冬にんじんの指定産地である。富里地区の冬にんじんの作付面積は、全国の作付面積が2割減少する中で、2年産394ヘクタール、12産年500ヘクタール(平成2年産比127%)、22年産670ヘクタール(同170%)、30年産680ヘクタール(同173%)と、7割以上増加している。出荷量も、2年産1万5100トン、12年産1万8500トン(平成2年産比123%)、22年産1万8500トン(同123%)、30年産2万4700トン(同164%)と、6割以上増加し、富里地区は全国の冬にんじん出荷量の12%を占める全国一の指定産地となっている(表14)。
富里地区の冬にんじんの収穫農家数は、17年産622戸、27年産468戸(17年産比75%)、30年産453戸(同73%)と全国の減少率(36%)よりも少ないものの27%減少している。収穫農家1戸当たりの作付面積は、17年産0.99ヘクタール、27年産1.45ヘクタール(同146%)、30年産1.50ヘクタール(同152%)と、1.5倍に拡大し、全国の平均作付面積の4.8倍となるなど、農家数が減少する中で経営規模の拡大、機械化、栽培技術の向上などを積極的に進め、出荷量を増加させてきたことがうかがえる(表15)。
(2) JA富里市のにんじん戦略
~安心安全で持続可能な全国一の冬にんじん産地づくり、出荷量の9割で野菜価格安定制度が活用~
ア 産地の概要
富里市は、千葉県の北東部に位置する北総台地のほぼ中央にあり、耕地の起伏が少なく標高約40~50メートルの台地、市の中央から利根川に注ぐ根木名川と印旛沼に注ぐ高崎川の分水嶺となっており、千葉県下有数の農業地帯で、川沿いを除く耕地の大部分が腐植質の黒ボク土であるため、耕地利用の多くが畑作という野菜産地である。総面積は約54平方キロメートルで、東京都心より50~60キロメートル圏にあり、市の北部を東関東自動車道がとおり東京都市部や大田市場などに1時間以内で搬送が可能となっている。全国的に有名なにんじん、すいかをはじめ、だいこん、トマトなど多種多様な野菜が生産されている。
JA富里市は、昭和23年4月に発足し、60年4月に町政施行に伴い富里町農業協同組合に、平成14年4月に市政施行により現在の富里市農業協同組合の名称となった。発足以降合併はしておらず組合員数は2426戸である。
にんじんは、かつては長にんじん(東洋種)が主体で年一作であったが、短にんじん(西洋種)は春播きと夏播きと播種時期が幅広く畑作経営に取り入れやすい品目となり、すいかと夏播きにんじんの栽培が可能となった。昭和50年代に入るとにんじんの需要が高まり、だいこんやはくさいに代わって生産が増えていった。現在は、富里・八街地区を中心に1000ヘクタールを超える作付けがあり、全国有数のにんじんの産地を形成している。にんじんとすいか、トマト、落花生、スイートコーン、さといもを組み合わせて生産している農家が多い。
JA富里市では、人参部会が組織されており、令和元年の所属する部会員は345名、作付面積は450ヘクタールとなっている(表16)。家族経営が多く平均経営規模は約1.3ヘクタールであるが、大規模生産者では平均3~4ヘクタールである。JA富里市の冬にんじん出荷量の9割で野菜価格安定制度を活用されている(写真1、2)。
イ 機械化・省力化・品質向上の取り組み
にんじん生産は、機械化が進んでおり、播種機、掘り取り機、選別機、洗浄機などを多くの生産者が所有しており、収穫後に自宅で選果・選別して箱詰めを行い農協の集荷場に搬入し、農協が分荷して出荷する共販方式の販売を行っている。
栽培品種は、愛紅(あいこう)、ベーター441、れいめいなどであるが、毎年5品種程度の栽培試験を実施し、10年程度かけて耐病性、耐寒性、機械収穫などに適合する品種を決定している。
播種は、7月上旬から8月中旬に行うが、コート種子を用いて生産者が保有する播種機で行われ、播種後から発芽まではかん水に十分気を付けている。生産者はかん水設備を有しており、干ばつでも対応できるため発芽率は9割以上を確保している。肥料等は、有機配合肥料などを施肥計画により投入しており、農薬の使用は、播種後に除草剤を散布し、発芽から使用基準に沿って数回(2~3回)行っている。
出荷は、10月下旬から3月末まで行われるが、毎年11月初旬ににんじんの形状などの品質・規格の統一を図るための査定会を開催し、多くの生産者が参加し、にんじんの選果・荷造方法などを確認し、富里にんじんのブランドの維持に取り組んでいる。11月中旬、12月中下旬の2回収穫のピークがあり、日量4万ケースを出荷する(写真3、4、5、図7)。
ウ 「もっと安心農産物」の取り組み
JA富里市では、平成8年に環境にやさしい集落に指定されるなど、生産者が土づくりにこだわりをもって安心安全な農産物の生産に取り組んでいる。9年から減農薬栽培に取り組み、14年からは「ちばエコ農産物」として認証を受けて生産・販売を行っている。ちばエコ農産物は、作付前と収穫前の2回の審査を経た生産者を認証するものであり、認証を受けた生産者は「ちばエコ農産物マーク」(写真6、7)を使用して出荷することができる。人参部会の会員の約80名の生産者が認証を受けている。
減農薬栽培の特徴は、前作時に堆肥を投入して土づくりを行うことであり、有機質配合肥料を主体とした施肥計画を組み、環境に配慮した生産を行っている。施肥前に土壌診断を実施して必要量の施肥を行うとともに、慣行栽培の半分以下の農薬使用回数で栽培している。
生産者は、栽培履歴を農協に提出し、使用農薬や使用時期などを確認しているが、残留農薬は出荷前と出荷中の2回確認している。また、農協が千葉県版GAP(Good Agricultural Practice:農業生産工程管理)に準じてチェックリストを作成して生産者に配布し環境にやさしい農業生産に取り組むなど、消費者が求める安心安全な農産物づくりと環境への負荷を減らした持続可能な農業に向けた「もっと安心農産物」の取り組みを推進している。
また、JA富里市では、食と農の理解促進のため、毎年、地元小学校の総合学習として学校内の畑での冬にんじんの種まきから収穫までの授業の支援を行っている。
エ 直販や契約取引などによる販路の拡大
JA富里市では、卸売市場取引を主体としつつ、量販店、商社、ジュースなどの原料企業、業務用野菜取扱企業、県内主要スーパーのインショップなどとの契約取引によるにんじんの販路の拡大に取り組んでいる。出荷先の割合は、卸売市場7割、直販などが3割であるが、販売専任担当などによる営業活動により直販などの取引が増加している。市場出荷は、京浜市場が中心であるが、青森県から大阪府までの主要市場へ出荷している。直販は、2店舗の直売所、量販店との直接取引(量販店の集配センターへの配送)、県内の主要スーパーでのインショップ、商社などを通じてのスーパーの地場産品コーナーへの出荷・販売を行っている。また、C級品などはジュースなどの加工用として食品製造企業に直販している(写真8、9)。
オ 農業人材確保の取り組み
JA富里市管内でも生産者の高齢化が進んでいるが、農協のホームページでの新規作付者の募集などを行い、毎年新規就農者が5~6名参入しており、若い生産者が休耕地を借り受けて生産を拡大していることから、にんじんの作付面積は増加している。また、大規模生産者を中心にベトナムなどの外国人実習生(農協が仲介したベトナム人実習生8名など)を受け入れているが、本年は、新型コロナウイルス感染症の影響で新規に外国人実習生を確保できず、作付面積を減らして対応した生産者もいたが、JA富里市では求人サイトの立ち上げなど労働力の確保に取り組んでいる。
(3) まとめ
にんじんは、ビタミン、ミネラル、食物繊維などが豊富で多彩な調理・加工方法があるため消費は堅調に推移しているが、全国の作付面積が減少する中で、全国の64地区の指定産地が経営規模の拡大、機械化などにより経営の効率化を進め、全国のにんじん出荷量の8割を担う中核供給基地となっている。にんじんは、露地で栽培されるため天候の影響を受けやすく、価格低落は農家経営に甚大な影響を与えるため、JA富里市では、冬にんじん出荷量の9割で野菜価格安定制度が活用されており、昭和55年の指定産地の指定以来40年以上にわたり、野菜価格安定制度で価格変動リスクに対応しながら、機械化・省力化、品種開発、減農薬栽培、直販など販路拡大、農業人材確保などに積極的に取り組み、全国一の冬にんじん産地をつくり上げた。更にちばエコ農産物認証制度など、消費者が求める安心安全な農産物づくりと環境への負荷を減らした持続可能な農業に向けた「もっと安心農産物」に取り組み、将来にわたり消費者ニーズに応える信頼と競争力のある産地づくりを推進している。
本稿の作成にあたり、ご協力をいただいたJA富里市、全農千葉県本部の皆様に深く感謝を申し上げる。