野菜振興部
全国に887地区ある野菜指定産地は、毎年、指定野菜の種別・出荷期間ごとに国の需給ガイドライン、販売実績などをもとに「供給計画」を策定し、消費地への計画生産・計画出荷に取り組んでいるが、こうした取り組みをしても天候などによって作柄が変動し価格が大幅に低落又は高騰することが避けられない。このため、消費量が多く露地で栽培されるため天候による作柄変動を受けやすい主要野菜(キャベツ、はくさい、レタス、だいこん、たまねぎ、にんじん)について、国、生産出荷団体、機構などが連携し、価格高騰時には早取りによる出荷の前倒し、価格低落時には出荷の後送り、加工用販売、フードバンクなどへの提供、冷蔵施設への一時保管、土壌還元などの緊急需給調整事業を実施し、生活必需品である野菜の価格と農家経営の安定を図っている。本稿では、緊急需給調整事業の沿革、仕組み、実施状況、取り組み事例などを紹介する。
野菜の価格変動が社会問題化する中で、昭和47年度に天候の影響を受けやすい主要露地野菜4品目6種別(冬キャベツ、春キャベツ、夏秋キャベツ、秋冬だいこん、秋冬はくさい、たまねぎ)を対象に当時の野菜出荷安定資金協会が運営主体となって価格低落時の市場隔離による需給調整事業(貯蔵、加工、飼料化、社会福祉施設などへの無償提供、産地処理など)が開始された。
50年代に入り秋冬野菜の価格が供給過剰により低迷したことから、55年に社団法人全国野菜需給調整機構が設立され、主要野菜4品目6種別を対象とする重要野菜特別調整事業(産地調整、分荷調整、貯蔵、産地廃棄など)が創設され事業の骨格がつくられた。
平成に入り、「特殊法人等整理合理化計画」(平成13年12月閣議決定)に基づき、平成14年度に価格高騰対策としてたまねぎの買入れ・保管、キャベツの契約生産を行う野菜売買保管事業とキャベツ、はくさい、レタスの野菜予備苗供給事業を順次取りやめ廃止された。16~17年度には、対象品目の拡充(春夏にんじん、秋にんじん、冬にんじん、春レタス及び冬レタス、春だいこん、夏だいこん、春はくさい、夏はくさいの追加)が行われ、18年度には、産地廃棄に対する国民の「もったいない」という声の高まりを受け、緊急需給調整手法として有効利用、価格回復後の出荷などが追加された。令和元~2年度には、迅速な事業実施に向けて、緊急需給調整手法としてフードバンクなどの社会福祉施設への提供および冷蔵施設への一時保管が追加されるとともに、価格下落対策の発動水準の見直しが行われた。
(1)指定野菜の計画生産・出荷の推進
指定野菜を消費地に安定供給するため、①国が5年ごとに過去10年間のデータの回帰分析などをもとに「指定野菜の需要及び供給の見通し(種別ごと)」を策定②国が需給見通しや生産出荷動向などをもとに毎年6月と12月に供給の目安となる「指定野菜の需給ガイドライン(種別ごと)」を策定③登録生産出荷団体などが指定野菜の需給ガイドラインや必要入荷量の見通し(国が各対象市場群ごとの供給割合を算出する基礎として策定)ーなどをもとに「指定野菜の供給計画(種別ごと)」を作成し、需要に応じた計画生産・計画出荷を推進している(図1)。
指定野菜の供給計画は、生産出荷団体などが需要に見合った供給をしていくための指標であり、指定野菜の種別ごとに作付面積、10アール当たり収量、収穫量、出荷量が記載され、出荷量は月別・対象市場群別(価格安定事業の対象市場)に記載される。播種・定植前に「当初計画」を、出荷時期の直前に作柄や需要動向などをもとに月別出荷量などを修正した「確定計画」を作成する。
指定野菜価格安定対策事業では、計画生産・出荷の推進のため、供給計画の出荷量と実際の出荷量の乖離度に応じて生産者交付金が減額される。例えば、供給計画数量と出荷実績の乖離度が20%未満であれば交付金の減額はないが、乖離度が20~30%では20%、乖離度30~40%では30%交付金が減額される。
令和2年8月交付予約申込みから、重要・調整野菜6品目とそれ以外の一般指定野菜8品目の乖離度の認定区分が統合され乖離度20%以上の減額措置が強化されるとともに(例えば乖離度20~30%の交付率10分の9→10分の8に変更)、これまでの業務区分(種別・出荷期間・対象市場群別の区分)ごとの乖離度の比較については、出荷時の各対象市場群における需給状況に応じて産地が柔軟に出荷量を調整できるよう、種別・出荷期間ごとに対象市場群向けの出荷量を合算しての比較・判定に見直された(図2)。
また、乖離度が小さい場合は産地区分に応じて一般補給交付金の9分の1から7分の1相当の特別補給金が加算されるが、その判定基準が乖離度6%から10%に緩和された。平成30年度の乖離度ごとの交付金対象団体数および交付実績(重要野菜・調整野菜)をみると、乖離度20%未満(A認定)が交付金対象団体数で全体の48%、交付実績で86%を占める一方で、乖離度20~30%(B認定)がそれぞれ15%、9%、乖離度30~40%(C認定)が12%、3%、乖離度40~50%(D認定)が8%、2%となっており、生産出荷団体などがより精度の高い供給計画(当初計画と確定計画)の作成と計画出荷に取り組むことが重要になっている。
(2)緊急需給調整事業
野菜指定産地は、毎年、指定野菜の種別・出荷期間ごとに「供給計画」を策定し計画生産・出荷に取り組んでいるが、それでも天候などによって作柄が変動し価格が大幅に低下又は高騰することが避けられない。野菜価格の大幅な低下は、農家経営を悪化させ、次期作の資金不足や農家の作付け意欲の低下を招き、作付けの不安定化や価格高騰につながる(図3)。
このため、消費量が多く露地で栽培されるため天候などによる作柄変動を受けやすい主要野菜(キャベツ、はくさい、レタス、だいこん、たまねぎ、にんじん)の価格と供給の安定を図るため、国、生産出荷団体、機構などが連携し、生産者と国が造成した資金(負担割合は各2分の1)をもとに、緊急需給調整事業を実施している。価格高騰時には、早取りによる出荷の前倒し、国による出荷促進や安定供給の要請、価格低落時には、出荷の後送り、加工用販売、フードバンクなど社会福祉施設への提供、冷蔵施設への一時保管、土壌還元などを実施する(図4)。
<価格高騰時の対策>
①出荷の前倒し
対象野菜の出荷を促進するため、早取りなどにより出荷の前倒しを実施。生産者に対し、早取りによる損失相当分を助成。
②国による出荷促進や安定供給の要請(対生産出荷団体、食品流通団体など)
<価格低落時の対策>
①出荷の後送り
対象野菜の出荷を抑制するため、出荷の後送りを実施。生産者に対し、後送りによる品質低下相当分を助成。
②加工用販売
対象野菜の出荷を抑制するため、当初市場向けであったもののうち、供給過剰分を新たな加工用途に出荷。生産者に対し、種子・肥料・農薬などに要した物財費相当分の一部、加工用販売に要した経費の一部を助成。
③市場隔離
対象野菜の出荷を抑制するため、加工、飼料化、フードバンクへの提供などの有効利用に努め、なお過剰野菜が残る場合には土壌還元や市場隔離として一時保管を実施。生産者に対し、種子・肥料・農薬などに要した物財費相当分の一部、市場隔離に要した経費(運搬費、段ボール等の資材費、出荷作業費、予冷経費、一時保管経費など)の一部を助成。
○対象野菜:
重要野菜〔キャベツ(周年)、たまねぎ(周年)、秋冬だいこん、秋冬はくさい〕
調整野菜〔春だいこん、夏だいこん、にんじん(周年)、春はくさい、夏はくさい、レタス(周年)〕
緊急需給調整の方法として、産地や品目の状況に応じて有効利用用途への仕向けや迅速な事業実施が可能となるよう、令和元年度にフードバンクなどの社会福祉施設への提供と冷蔵施設への一時保管が追加された。これらの方法の実行には、フードバンク、冷蔵施設などの物資受入先の確保、受入先との実施手順の調整などの事前準備が必要となる。このため、令和元年8月、フードバンクを運営しているセカンドハーベスト・ジャパン(認定NPO法人)(以下「セカンドハーベスト・ジャパン」という)と全国農業協同組合連合会(以下「全農」という)は、提供される食品などの受領、管理、譲渡、責任の所在などに関する協定(「食品等の提供・譲渡に関する合意書」)を締結した。2年度には、加工用販売と市場隔離の発動基準が過去平均価格の70%以下から80%以下に変更され、価格下落対策の発動水準が過去平均価格の80%以下に統一された。
全国生産出荷団体(全農)又は系統外登録出荷団体等(以下「全国生産出荷団体等」という)は、対象ブロック市場の対象野菜の卸売価格が大幅に低落または高騰し発動基準を超えると見込まれる場合は、県生産出荷団体、産地農協と協議の上で「緊急需給調整実施計画」を作成し、農林水産省生産局長および機構に報告する(生産局長は地方農政局長、都道府県知事に通知)。全国生産出荷団体などは、対象野菜の価格が発動基準を超える場合、もしくは当面その状況が続くと見込まれる場合は、緊急需給調整事業の実施者である県生産出荷団体、産地農協に具体的な実施内容を通知し事業が実行される。
全国生産出荷団体は、全国指定野菜需給調整協議会を設置し、重要・調整野菜の主産県協議会や情報交換会を定期的に開催し、各種別ごとの供給計画、生育状況、販売見通しなどの情報交換を行っている。
当機構においても、産地における需給動向や事業発動の検討に資するため、都道府県野菜価格安定法人や生産出荷団体などの協力を得て、指定野菜主産地の生育・出荷動向を調査し、機構ホームページ(「ベジ探」)で公表している。本年6月からは、主要6品目と野菜全体の卸売・小売価格、主産地の生育・出荷、消費、輸入などの最新情報をまとめた「やさいレポート」を毎月公表するとともに、おすすめやさいレシピなどもホームページやFacebookで発信している(注1)。また、生産者、消費者、流通業者などの代表で構成する「野菜需給協議会」を設置し、定期的に野菜の需給・価格動向、緊急需給調整事業の実施状況を報告するなど、関係者の理解と協力を得ながら事業を推進している。
注1:農畜産業振興機構「ベジ探」 https://vegetan.alic.go.jp/
昭和55年度以降の緊急需給調整事業の実施状況をみると、55年度から令和2年度までの38年間のうち31年間で実施されている(図5、図6)。昭和50年代後半から平成にかけての野菜需給は、国内生産が単収増や水田からの転作などにより増加し緩和基調で推移したため、キャベツ、はくさい、たまねぎ、だいこんなどの露地野菜が供給過剰となり、価格下落時対策として土壌還元などの市場隔離、出荷の後送りなどが多く実施された。昭和59年度には千葉県、茨城県、愛知県などの春キャベツ、夏秋キャベツ、冬キャベツ、秋冬だいこん、秋冬はくさい、たまねぎで5万6000トン(交付額10億3000万円)、60年度には北海道、群馬県、兵庫県などの夏秋キャベツ、冬キャベツ、秋冬だいこん、秋冬はくさい、たまねぎで6万トン(交付額17億4000万円)、61年度には群馬県、愛知県、兵庫県などの春キャベツ、夏秋キャベツ、冬キャベツ、秋冬だいこん、秋冬はくさいで3万9400トン(交付額9億2000万円)、平成13年度には群馬県、福岡県、鹿児島県などの春キャベツ、夏秋キャベツ、冬キャベツ、秋冬だいこん、秋冬はくさい、たまねぎで4万1200トン(交付額8億8000万円)、14年度には北海道、佐賀県、福岡県などの春キャベツ、たまねぎ、夏秋レタスで5万4300トン(交付額16億1000万円)、17年度には千葉県、群馬県、長野県などの春キャベツ、夏秋キャベツ、秋冬だいこん、夏はくさい、夏レタスで3万1200トン(交付額9億1000万円)の事業が実施された。
このうち出荷の前倒しなどの価格高騰時対策は、昭和55年度以降の38年間のうち11年間で実施されており、58年度には北海道、神奈川県、兵庫県などの冬キャベツ、秋冬だいこん、秋冬はくさい、たまねぎで1万1300トン(交付額2億3000万円)、60年度には北海道、群馬県、愛知県、長崎県などの夏秋キャベツ、冬キャベツ、秋冬だいこん、秋冬はくさい6200トン(交付額1億1000万円)、63年度には千葉県、茨城県、兵庫県などの冬キャベツ、秋冬だいこん、秋冬はくさい、たまねぎで6200トン(交付額9000万円)、平成3年度には千葉県、愛知県、兵庫県などの冬キャベツ、秋冬だいこんで3000トン(交付額5000万円)、16年度には北海道、千葉県、愛知県などの冬キャベツ、秋冬だいこん、秋冬はくさいで2000トン(交付額4000万円)の事業が実施された。
近年では、平成22年度に低温・日照不足による生育不良で千葉県、兵庫県、大阪府、佐賀県などの春キャベツ、たまねぎの早取りによる出荷前倒し(132トン、交付額340万円)、24年度に好天・猛暑による生育良好と消費低迷で群馬県、長野県などの夏秋キャベツ、夏はくさいの市場隔離(1万100トン、交付額3億6000万円)、29年度に好天による生育良好で北海道の秋にんじんの加工用販売(1500トン、交付額4600万円)が実施されたが、異常気象の頻発などにより野菜価格の大幅な変動が頻繁に生じる中で、全体として発動までに時間を要するなどの事情により事業の活用が低調であった。このため、令和元~2年度に緊急需給調整事業の迅速かつ効率的な実施に向けて、①緊急需給調整の方法としてフードバンクなどの社会福祉施設への提供および冷蔵施設への一時保管の追加②価格下落対策の発動水準を過去平均価格の80%以下に統一③野菜需給協議会の運営方法の見直し―などが行われた。こうした中で、令和2年3月に暖冬の影響で価格が低迷した千葉県の春キャベツのフードバンクへの提供(約5トン、交付額28万円)が実施された(表1)。
(1)千葉県銚子産キャベツのフードバンクへの提供
令和2年2月、冬キャベツの主産地である愛知県や千葉県では、天候が良くキャベツの生育が良好で出荷量が平年に比べ増加し、東京中央卸売市場の卸売価格が最安値で1キログラム当たり50円と過去の平均販売価格の半値以下に低迷した。このため、産地のちばみどり農業協同組合(以下「JAちばみどり」という)、全農、セカンドハーベスト・ジャパンが連携し、2年3月4日、JAちばみどりの冬キャベツ5000キログラム(約500ケース・4000玉)をセカンドハーベスト・ジャパンに提供した。早朝、千葉県銚子市の畑で収穫・箱詰めされたキャベツが、埼玉県八潮市のセカンドハーベスト・ジャパンの埼玉拠点にトラックで運び込まれ、「産直キャベツデーin八潮」として福祉施設や生活困窮家庭などの支援のために有効活用された(写真1、2)。これは、緊急需給調整を活用したフードバンクへの提供第1号となった。この取り組みは、元年8月にセカンドハーベスト・ジャパンと全農が「食品等の提供・譲渡に関する合意書」を締結し事前の準備を進めていたため、迅速な対応が可能となった。
(2)群馬県嬬恋村におけるキャベツの需給調整
ア キャベツの需給調整の実施状況
群馬県嬬恋村は、全国の夏秋キャベツの出荷量の約5割を担う日本一のキャベツ産地である。昭和41年に夏秋キャベツの指定産地に指定され、2期に渡る国営農地開発事業、予冷庫・集出荷場の整備、品種改良、生産効率化などを積極的に進め日本一のキャベツ産地を作り上げた(注2)。
嬬恋村は、市場の価格形成力と豊富な経験を有する大産地であるが、47年から令和元年の37年間のうち13年間で土壌還元などの需給調整を実施している。おおむね3年に1度実施しており、データ・経験などにより綿密な作付・出荷計画を立てても天候などによる作柄の変動は避けられず、価格の暴落に歯止めをかけ農家収益を確保するために需給調整を実施せざるを得なかったことがうかがえる。
需給調整の実施数量は、出荷量全体の2~11%(平均5.4%)、数量換算で4000~2万2000トン(平均1万1000トン)であるが、平成8年は出荷量の11%、12年と17年は出荷量の9%の需給調整を実施している。25年以降は実施されていない。嬬恋村では、国の緊急需給調整事業のほか、村独自の嬬恋村野菜生産安定基金を設置し農家が資金を積み立て、需給調整による農家の収入減の補填を行っている(表2)。
注2:詳細は、「野菜情報」2020年8月号を参照 https://www.alic.go.jp/chosa-y/joho-02.000263html.
イ 需給調整の効果
平成17年の東京都卸売市場のキャベツの価格は、5月までは平年を上回っていたが、6月から群馬県産、岩手県産、茨城県産の出荷量が増加したため低迷し、8月には東北・北海道産の出荷量が増加したことにより平年を大きく下回り9月以降も価格低迷が見込まれた。このため、嬬恋村では、8月、約139万ケース(1ケース10キログラム換算で1万3900トン)、総出荷量の約9%の土壌還元による需給調整を実施した。この結果、出荷最盛期の9月は平年並み近くまで価格が浮揚したが、10月は群馬県産が潤沢であったところに千葉県産、茨城県産など平地ものの出荷が増加したため価格が下落し出荷期間を終了した(図7)。8月の群馬県産キャベツの東京都中央卸売市場の入荷量シェアは約8割を占め、そのほとんどが嬬恋村産であり、需給調整が効果を発揮し価格が回復したが、10月になるとシェアが約6割に低下し、千葉県産、茨城県産、岩手県産など他産地の出荷が増加したため価格が低下した。効果的な需給調整のためには出荷時期が連続・重複する複数産地の連携・協調が重要であることがうかがえる(図8)。
ウ 価格安定事業と需給調整事業の農家収益に与える影響
次に、価格低落と価格安定事業および緊急需給調整事業による補給金が農家収益に与える影響について、群馬県吾妻西部・昭和地区の指定産地の平均的な規模の農家(作付面積7ヘクタール)を想定し試算する。
このキャベツの農家の平年の収益(農業粗収入―農業経営費)は、関東市場向けの群馬県産夏秋キャベツの平均販売価格1キログラム当たり77.9円などから試算すると、「824万円の黒字」となり、平年の価格であればシーズンが終わって売上げから諸経費を差し引いた824万円が農家の手元に残る。
キャベツの価格が平年比で3割低下し1キログラム当たり54.5円となった場合、「290万円の赤字」となるが、野菜価格安定制度に加入していれば価格差補給金664万円が交付されるため農家収益は「374万円の黒字」となる。
キャベツの価格が平年比で4割低下し1キログラム当たり46.7円となった場合、「661万円の赤字」となるが、価格差補給金998万円が交付されるため農家収益は「337万円の黒字」となる。価格が平年比で5割低下し1キログラム当たり39.0円になると、価格差補給金998万円が交付されても農家収益は「30万円の赤字」に転落する。価格差補給金は販売価格が過去平均価格の6割の最低基準価額を下回るとその分は原則補填されないため、価格が平年比で4割以上下がってしまうと農家収益は悪化する。
キャベツの価格が平年比で5割低下することが見込まれ農家収益の悪化を回避するため、出荷量の10%相当(47.6トン)の需給調整を実施した場合、価格が回復せず5割安のままだと、出荷量を減らした分販売収入と価格差補給金が減少するため、緊急需給調整事業の補給金(過去平均価格の4割相当)の交付があっても、農家収益は「163万円の赤字」となる。しかし、需給調整により価格が平年比2割安まで回復すれば、農家収益は「234万円の黒字」となり経営悪化を避け次期作の確保が可能となる(表3)。
群馬県のキャベツ農家(作付面積5.6ヘクタール)の農業粗収益に対する経営費の割合は約5割で、経営の外部に支払わない家族労働費を加えた生産費の割合は約8割を占めるため、野菜価格の大幅な低下は農家収益を悪化させ、次期作の資金不足や作付け意欲の低下を招き、作付けの不安定化や価格高騰につながる。このため、平年比4割を超えるような価格の大幅な低下が見込まれる場合には、主産地が連携し特に出回り時期に迅速かつ一定のまとまった量の出荷量調整を行うことにより価格下落に歯止めをかけて価格の回復を図り農家収益を確保することが必要となる。また、現状では価格が回復しないと補給金があっても農家収益が悪化し、実際にどの程度価格が回復するかは実施してみないとわからないことから、迅速な緊急需給調整の合意形成と実行のためには実施者への経済的メリットの充実強化が課題であることがわかる。
緊急需給調整事業は、昭和47年度の創設以来、その時々の野菜価格の高騰や大幅な低落に対し、野菜指定産地による計画生産・出荷、価格安定事業を補完し、出荷量調整により価格の大幅な低下や高騰に歯止めをかけ野菜価格と農家経営の安定を確保するための手段として実施されてきた。野菜作経営は農業粗収益に対する生産費の割合が高いため、野菜価格の大幅な低下は農家収益を悪化させ、次期作の資金不足や作付け意欲の低下を招き、作付けの不安定化や価格高騰を招く。近年、異常気象などの頻発により野菜価格が大幅に低落または高騰する機会が増加しているため、供給計画による計画生産・出荷および価格安定事業とともに、適時適切な需給調整の実施により、価格の大幅な低落や高騰を回避し、野菜価格と農家経営の安定を図ることが重要となっている。また、食の外部化・簡便化などを背景に加工・業務用野菜の需要が増大しているが、その調達は契約取引と卸売市場の双方で行われているため、不作で契約数量を確保できないときは卸売市場から調達し、不足がないよう余裕をもって作付けし豊作になった場合は余剰分が卸売市場に出荷され、価格変動が増幅する。適時適切な緊急需給調整の実施に向けて、加工・業務用野菜需要の増大など市場外流通の増加への対応、フードバンク、加工用販売等の有効利用用途の活用促進、出荷時期が連続・重複する複数産地による広域での需給調整の連携強化、需給調整参加者へのメリット強化、価格高騰時対策の強化などが課題となっている。
機構としても緊急需給調整事業の運営主体として指定野菜主産地の作柄情報の充実、野菜需給情報の発信、野菜需給協議会への情報提供、関係者との連絡調整など適時適切な事業実施に取り組んでまいりたい。