山口大学大学院創成科学研究科農学系学域准教授 種市 豊
山口県では、山口市と萩市の市境を超えた県内最大のトマト産地を形成し、ブランド「山口あぶトマト」を出荷している。もともとは、別々の産地名であったため、二つのブランドを有していたが、生産量が減少する中で産地は、選果場の更新や生産量の確保、質の維持などさまざまな問題に直面し、統合に至った。隣り合う大規模なトマト産地において、このような統合は、一定の「量」を確保する点、「質」的な保証の点からみても、十分かつ有効な方法であるといえる。
山口県は、沿岸部から中山間地までの多様な自然条件に恵まれており、米、野菜、果物、花、養鶏などのさまざまな農産物が生産されている。古くから、米づくりが盛んで、水田が県全体の総耕地面積の約8割と大きな割合を占めている。図1は、山口県産農産物の旬を示したものである。山口県東部(岩国市、柳井市、光市)では、れんこん、たまねぎ、みかんが主であるが、西部・中部・北部は、多種多様な品目が栽培されている。以上の点から、山口県の野菜生産は、①多様な品目が栽培されていること②地域ごとに栽培されるものに違いを有していることーが明らかである。
本稿で対象とするトマトの生産を確認してみよう。中国四国農政局の「平成28~29年山口農林水産統計年報」(表1)をみると、平成23年と28年の山口県のトマト作付面積は、144ヘクタールから136ヘクタールへ減少している。出荷時期別では、冬春トマトは21ヘクタールから26ヘクタール、夏秋トマトは123ヘクタールから110ヘクタールへと減少している。次に、トマトの生産・出荷量をみると、28年は、10アール当たりの収量は、3690キログラムであり、全国の平均値である6140キログラムと比較しても少ない。しかし、年次ごとの変化をみると、23年が2610キログラムに対し、28年は、3690キログラムと上昇傾向にある。出荷時期別に確認しても、冬春・夏秋ともに同じ傾向にある。全国の平均には届かないものの、着実に成長している。以上のことから、トマトは山口県産の農産物では、将来有望な品目であるといえる。
近年、山口県が位置する中国地方の青果物の産地は、年々その生産量が縮小する傾向にある。このような中で、一部の野菜産地にとっては、近隣の産地とタッグを組むことにより、共同の出荷体制を構築し、「質」と「量」の両面が強い産地の体制を確立することが重要であるといえる。
山口県のトマト生産の概要を確認したい。県産のトマトの生産概要は、岩国・玖珂、周南、防府、山口、宇部、下関、美祢、長門、萩の九つの地域で構成される。本稿の対象とする「山口あぶトマト」の産地は、主に二つの地区に集中して形成されている。詳細にみてみると、県内第一位と第二位の旧農協地区であったJA山口中央とJAあぶらんど萩が、山口あぶトマトの産地である(なお、山口県では、県全域を区域とするJAとして平成31年4月に山口県農業協同組合(以下「JA山口県」という)が発足している)。同産地は、夏季であっても比較的冷涼な気候条件であることから、主として夏秋トマトを生産している。生産される主要品種は、「桃太郎」や「麗夏」である。
次に、山口あぶトマト以外の地区を確認したい。第三位の下関市近郊の都市圏で生産される「垢田トマト」である。垢田トマトは、高糖度で濃厚な味わいのトマトの生産を主としている。主な品種は、糖度と酸度のバランスが良く棚持ちの良い「マイロック」である。主な販売先は、近隣・近県の量販店などであり、生産者も試食販売などを積極的に行い、消費者への認知を広めている。
このように山口県では、産地ごとの気象条件や品種・栽培方法など、長い歴史の積み重ねの中で生産品に違いを有しているため、本稿では、複数市にまたがって出荷体制を構築している山口あぶトマトの産地での広域トマト生産の展開に焦点を当て、その実態調査を通じて、複数市にまたがった広域トマト産地の在り方と今後の継続性の課題を明らかにすることとする。
なお、山口あぶトマトの産地は、図2の通り、山口市と萩市で、隣接する地区に位置している。両産地とも山口県内では、比較的山あいののどかな地区である。
地域ごとの特徴を確認すると、阿東地区は、もともと阿東町として栄え、22年1月に山口市に編入した地域である。主な農産物は、りんご、梨、はちみつ、米、はなっこりー(注1)である。萩市むつみ地区は、山口県北部の山あいに位置する農林業が盛んな地区である。もともとは、日本で唯一存在したひらがな村であったむつみ村であったが、17年3月に萩市に合併した。主な生産品目は、大根、山口あぶトマト、メロン、やまぐち和牛などである。
注1:サイシンとブロッコリーを掛け合わせて作られ、山口県で開発された新種の野菜。
(1) 産地の概要と主な出荷先
本稿の対象とする山口あぶトマトは、山口県の萩市むつみ地域および山口市阿東地域で生産されている中国地方有数の夏秋トマトの産地である。大きな特徴として、JA山口県の萩統括本部(主に萩市周辺、旧農協名JAあぶらんど萩)と山口統括本部(主に山口市、旧農協名JA山口中央)の2地区で生産・出荷が行われている。主な生産概要は、栽培面積10.4ヘクタール(高俣支部:5.2ヘクタール、阿東支部:5.2ヘクタール)、生産者数75人(高俣支部:37人、阿東支部:38人)、令和元年産目標出荷量1000トン、販売金額約3億円である(注2)。主な出荷先は、山口県内(岩国市、周南市、下関市、宇部市、山口市、防府市、萩市の市場)を中心としている。他県は、福岡県福岡市などにも出荷している。主な出荷期間は、6月下旬~11月末にかけてである。(注3)
部会員全員が県認定のエコファーマー(注4、5)であり、減農薬・減化学肥料栽培に取り組んでいる。なお、写真1は、毎年7月頃にJA山口県萩統括本部と山口統括本部、山口あぶトマト部会合同で実施される初荷のトラック出発式である。ここから、2地区は、強固な関係で結ばれており、合同で実施する意義が明らかである。
注2:参考資料1
注3:参考資料2
注4:参考資料3
注5:参考資料4
(2) 産地の歴史と部会合併に至った経緯
二つの地区における、生産の歴史と合同出荷に至るまでの経緯を確認すると、次の通りである。
萩市むつみの高俣地区は、昭和51年に水稲の育苗ハウスを活用したことにはじまる。59年に農業改良資金を活用し、ハウスを設置し、面積1.8ヘクタールに拡大。平成5年に朝日農業賞を受賞し、同時期に選果場を整備し、共同出荷体制を強化している。当時のブランド名は、「高俣トマト」であった。
山口市の阿東地区は、昭和50年代前半に水田転作により、露地でのトマト栽培を開始した。60年にトマトを阿東町の戦略作物として位置付け、生産拡大を図り、平成2年に「阿東夢トマト」とネーミングし、ブランド化を進めた。このように高俣地区と阿東地区は、互いに別の産地として歩んでいた。しかしながら、選果場の老朽化や出荷量の減少などさまざまな問題が起因し、1産地での継続が次第に難しい状況となった。そのため、産地の合併協議を開始した。その後、17年に両地区は、行政区域や農協の枠を越え産地を統合し、山口あぶトマトに産地名を改名した。現在の部会名は、「山口あぶトマト部会」である。
なお、両地区とも生産開始当時は、女性(婦人部会)が中心となって栽培していたものの、現在は、両地区ともに地域の基幹作物として成長を遂げており、婦人部会のみならず、多数の生産者が生産しており、本稿の対象地区におけるトップクラスの農産物まで成長を遂げている。
(3) 部会と支部会の特色と機能
図3の通り、山口あぶトマトの部会は、二つの支部の合同部会によって構成されている。2支部ごとの構成は、大きく異なっている。
詳細に確認すると、阿東支部は、地域ごとに班(図3で示している「徳佐班」など)を有している。また、役員構成は、支部役員・支部長・副支部長の構成となっている。また、阿東支部の行政管轄は、山口市および山口農林水産事務所である。
次に、高俣支部の役員構成は、支部役員・支部長・副支部長で構成され、行政の管轄は、萩市・阿武町および萩農林水産事務所となっている。
支部役員の中から、合同役員会(各地区より8人ずつ、計16人)、技術部(各地区より若干名)、監事(各地区より1人)を選出する。特定の地区に偏りのない構成となっており、公平かつ平等な部会運営を行っている。
(4) 阿東支部におけるトマト生産者の特徴
山口市阿東地域は、山口県の北東部、中国山地の西端に位置しており、比較的冷涼な地区である。阿東地区の生産者の特徴は、次の通りである。①年齢層は、30~80歳代で、60歳代がボリュームゾーンである。そのため、現状では30歳代が最も少なく、後継者問題を有している。②収穫量は、10アール当たり平均8~9トンと、比較的高い。③他の生産作物は、生産者によって異なりを有している。インタビューを実施した生産者は、メロンやわさびなど多種多様な品目を栽培していた。④生産方法は、ビニールハウスによる栽培(写真2、3)である。⑤栽培品種(桃太郎または麗夏)は、生産者が自由に選択できるため、指定はない。しかしながら、近年は、麗夏が増加傾向である。⑥栽培方法は「連続摘心」(注6)である。そのため、10アール当たりの収穫量が多い。⑦出荷条件を満たさないいわゆる規格外品トマトは袋詰し、市場・直売所などへ出荷する。
近年の問題点は、資材の値上げであった。ビニールハウスは、かつての価格に比べ大幅な値上がりをしている。その背景として、その資材となるビニールや鉄骨などの値上げや人件費の上昇に伴い、建築費が高騰していることにある。
注6:「連続摘心」とは、第1花房直下の腋芽を使って次々と主枝更新をしていく方法。2花房ごとに摘心して捻枝し、第1花房直下の腋芽を主枝に仕立て、栄養が実にいきやすく上段でも大きくなりやすい。
(5) 高俣支部におけるトマト生産者の特徴
JA山口県萩統括本部高俣地区は、旧むつみ村といわれる地区にある。気候は内陸部特有の気候であり、冬季は積雪などもある。
高俣地区の生産者の特徴は、次の通りである。①年齢構成は、阿東地区と同様の傾向である。平均年齢は、68歳程度である。また、近年は他地区から若手生産者を受け入れている。この点について、当該統括本部では、若手生産者の技術研修を目的に、月1回程度、県の農林水産事務所と連携しながら阿中営農幹事会が中心となり「トマトスクール」という技術研修を実施している。トマトスクールの特徴は、トマト部会員が講師となり、地域の栽培技術を体験できる研修であり、平成29年度では若手15人が受講している。主な内容は、トマトの定植から収穫までの技術研修を行うものである(注7、8)。②栽培方法は、阿東地区と異なり、「斜め誘引法」(注9)を用いている。③周辺の生産者は、畜産農家と水稲生産者が多い。そのため、畜産農家から出る家畜糞尿、水稲生産者から出る稲わらを堆肥として利活用することで、生産コストを抑えている。④他の生産作物は、だいこんやほうれんそうが多い。⑤規格外品トマトは、袋詰めし、市場・直売所などへ出荷する。
近年の問題点は、阿東地区で指摘された資材の高騰以外に、生産のみならず選果場人員の高齢化による人手不足、輸送手段が少ない地区であることから計画的な輸送の困難さであった。この点は、選果場を有する地区の重要な課題であるといえる(写真4、5)。
注7:参考資料5
注8:参考資料6
注9:「斜め誘引法」とは、トマトの主枝を伸ばして長期間栽培することによる多段どり栽培技術。第1花房と第2花房の中間から約30度の勾配で誘引する。
山口あぶトマトを含む園芸品目の今後の振興について、山口県農林水産部農業振興課は、①個別経営体や法人などの確保・育成といった担い手確保および一体となった産地育成②集落営農法人(連合体含)の育成と園芸品目(収益向上や周年雇用など)の推進③遊休ハウスの利活用による初期投資抑制など―の三点を目標としている。また、産地を維持発展させるために必要な今後の課題は、①JA県域合併を活かした県域産地間連携強化によるロットの集約・確保と出荷調整などによる販売強化や担い手確保・育成(研修など)②機械化体系やスマート農業などによる少ない労力で可能な営農体系や新規就農者などの早期技術確立の推進―を挙げていた。
本稿では、2地区の産地における出荷の現状と課題を明らかにした。近年、地方におけるトマト産地は、取引価格の低下などにより、厳しい実情にある。また、トマトは、一定のサイズを満たしていないと出荷に適合しない、糖度が一定の規格以上でなければ出荷ができないなど果実同様に厳格な基準を有している。2地区の産地は、選果場の機械の更新(光センサーなど)を着実に行っていることから、年々選果の精度が高まっており、消費者の求めるニーズには十分対応できる状況にある。しかし、精度が上がるに従い、選果場の機械への投資が大きくなり、厳しい消費者ニーズに的確に対応するため、2地区合同の出荷が重要なものとなっている。また、単に統合とはいっても、二つの産地の単純な合併ではない。近隣に有した二つの地区が、その地の利を活かし、①選果場の共同利用と更新②合同の出荷式の開催③統一名称を使用ー以上の3点の継続が成功したことにより、地区ごとの特徴を最大限生かせる、いわゆる発展的統合の結果となっている。その結果から、消費者へ山口あぶトマトの商品価値を広く知らしめることとなり、現在へつながっている。
しかしながら、本調査から確認された結果では、二つの産地が統合したことよる品種の統合や生産方法などでの大きな変化は確認されなかった。生産者は、一人一人、長年の経験と緩みない努力の蓄積の結果、現在の高品質化を実現している。
当該2地区で共通する問題点は、次の3点に集約される。1点目は、若手生産者(後継者)不足である。現状、前述の通り生産者育成教室などを実施しているが、農協の担当者によれば、後継者が予想以上に少ない状況にある。2点目は、資材費の高騰である。2地区ともビニールハウスを活用した施設園芸である。そのため、資材の価格変動次第では、産地の継続が難しくなる可能性もある。3点目に、労働力不足である。選果場は、統合し円滑に運営しているものの、場内で働く職員が不足している。また、選果場を有する萩市は、幹線道路や高速道路から離れている。以上のことから考えても、一回に大ロットで輸送しない限り、コスト高になりやすいことから、輸送と選果場の人手不足は、密接に結びついているといえる。
近年、トマトの需要は、国民一人当たり年間4000グラム程度となっており、比較的安定した品目であるといえる。また、全国各地で多種多様な品種が育種され、消費も多様化していることから、今後の消費者需要をみても、発展を遂げる品目である。このことから、今後は、消費の多様化に伴い、更なる発展と展開が期待される品目である。
そのため、産地に対して、安定的な出荷が求められる。そのなかで、山口あぶトマトの振興にあたって、筆者から次の課題を述べる。第一に、品質に伴う新たなマーケティング戦略と販路の開拓である。山口県産の農産物全般にいえることであるが、一つ一つが丁寧に作られていることから、質の点において非常に優れている。消費者は、全国各地からさまざまなトマトの購入を望んでいる。
しかしながら、現状において山口県産のトマトは、関東の大都市圏などでは、見かけることが非常に難しい状況にある。たとえば、山口県産を広く知ってもらうために、アンテナショップや百貨店などで短期的な出品であっても、「この時期にこの店にいけば買える」という要素が必要である。第二に、産地がもっとみえることである。筆者も取材するまで、山口あぶトマト産地について不勉強であった。実際調査をしてみると、高品質のトマトを出荷するために、本稿で紹介した通りの産地合併をし、合同で選果を実施するなど、他の産地に負けない努力をしている。この点を消費者にPRすることも重要であろう。今後の山口あぶトマトの振興を願うばかりである。
謝辞:
調査にご協力していただいた山口あぶトマト副部会長(兼、阿東支部長)西村様、JA山口県営農指導員田村様、山口県農林水産部山口農林水産事務所主査河部操子様、山口あぶトマト部会長(兼、高俣支部長)倉増様、JA山口県萩統括本部指導販売課長小野様、指導員永安様、山口県農林水産部萩農水事務所技師山下様には、この場を借りて厚くお礼申し上げる。
参考資料
1.山口県庁ホームページ「「山口あぶトマト」の出発式を開催します~おいしさがぎゅっと詰まった夏トマト、本格的な出荷がはじまります~令和元年 (2019年) 6月 26日」URL: https://www.pref.yamaguchi.lg.jp/press/201906/043818.html(令和2年1月25日アクセス)
2.やまぐちの農林水産物需要拡大協議会 事務局「ぶちうまやまぐち.net」
URL: http://www.buchiuma-y.net/nousuitiku/nousan/07_abutomato.html
(令和2年1月25日アクセス)
3.山口県庁ホームページ「エコファーマーの認定・育成について」
URL: https://www.pref.yamaguchi.lg.jp/cms/a17300/junkan/junkannogyo.html(令和2年1月25日アクセス)
4.モスバーガー社ホームページ
URL: https://www.mos.jp/quality/vegetables/report/201210/(令和2年1月25日アクセス)
5.JA山口県ホームページ「あぶトマト/切磋琢磨できる環境がブランド力向上に貢献」
URL: https://www.ja-ymg.or.jp/agriculture/farmer/farmer_2018_08_01/
(令和2年1月25日アクセス)
6.JAあぶらんど萩広報誌(2017年7月号)「山口あぶトマト出発式」
URL: http://www.abrand.jp/present/pdf/VOL136.pdf(令和2年1月25日アクセス)