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調査・報告 (野菜情報 2020年6月号)


国産加工・業務用野菜の安定した生産・供給体制の構築を目指して
~あおぞら農業協同組合の加工・業務用キャベツの産地化を事例として~

鹿児島事務所 北原 俊樹

【要約】

 鹿児島県のあおぞら農業協同組合(以下「JAあおぞら」という)は、生産者の所得の安定などに対応するため、需要の増加が見込まれる加工・業務用キャベツの産地の形成に取り組んできた。また、安定して供給する体制を強化するため、長期の保存ができる新しい貯蔵施設を整備するなどの取り組みを進めている。
 しかしながら、異常気象などにより、極端に作柄が不安定になることなどもあるため、上記の取り組みを進めても、一つの産地だけで安定した供給を続けることは難しい。
 こうしたことから、国は地縁的なまとまりを超えた複数の産地、広域な産地からなる「新たな生産事業体」をモデル的に育成するなどの支援を進めていくこととしている。

はじめに

が国では、人口減少など社会構造の変化が進んでおり、少子・高齢化、単身化によって一人で食事をする「個食」が増えていることや、共働き世帯の増加によって料理をする時間の確保が難しくなっていることもあり、利便性、簡便性を求めて中食・外食へと「食の外部化」が進んでいる。

野菜についても同様に「食の外部化」が進み、家庭消費用に代わって加工・業務用の需要の割合が増加傾向で推移しており、近年では需要全体の約6割を占めている(図1)。

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この加工・業務用野菜の取引は、「定時・定量・定品質・定価格」の4定が重要といわれているものの、これを供給する国内の産地では、①増え続ける需要に対し、それを賄う生産量が確保できていない ②生産者の高齢化などにより、逆に生産量が低下しているケースもある ③近年の異常気象などによって供給が不安定となることもあるといった事情で、国産の加工・業務用野菜は、安全・安心な面からも需要があるものの、中食・外食・小売店などからのニーズに十分に応えきれておらず、輸入野菜に一定のシェアを奪われている状況にある(図2)。

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このため、国内産地の育成を図りつつ、安定供給の体制を構築することで4定を実現し、輸入野菜からシェアを奪還していくことが求められている。

本稿では、国産の加工・業務用野菜の需要が高まる中、供給者である鹿児島県のJAあおぞらが、自らの課題に対応するため、加工・業務用キャベツの産地を形成してきた経緯などについて生産者の事例も交えて報告し、そこから見えてきた安定供給に向けた更なる課題とそれに対応する国の施策について紹介する。

1 加工・業務用キャベツの産地化に向けたこれまでの取り組みと今後の課題 ~JAあおぞらを事例として~

(1) JAあおぞらについて

JAあおぞらは、鹿児島県の東部、大隅半島の付け根の部分にある有明町を区域としている(図3)。この地域の多くは、火山灰に覆われたシラス台地という特徴があり、古くは、そば、あわなどしか育たない畑地が多く、農業生産性の低い地域だったものの、明治から昭和の初期にかけて、偉大な先人たちが、この広大なシラス台地に水を引き、田畑を拓いたことで知られている(文末コラム参照)。

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こうした努力により、農業生産性の高い台地に生まれ変わった現在では、露地栽培では温暖な気候を生かし、他の地域では作付けの困難な冬季において、キャベツ、にんじんなどを生産するほか、夏から秋にかけては、かんしょ、かぼちゃなどを生産するとともに、施設園芸では、県内一の産地となっているいちご、ピーマンなどの生産も盛んである。また、畜産では、全国有数の繁殖地帯の中にあることから、子牛の生産が多く行われているほか、茶についても県内有数の産地となっている(表1)。

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(2) 加工・業務用キャベツの産地化の経緯について

JAあおぞら管内では、全国の農村と同様に生産者の高齢化が進んできた。

管内の高齢生産者は、技術・知識を生かし高品質の農産物を生産しているものの、高齢化が進むごとに労働力は低下していたことから、機械の導入などによる農作業の省力化を進めていく必要があった。また、市場に出荷する野菜は、出荷時期の天候などにより、市況に左右されることも多く、生産者の所得の安定を図ることも重要な課題とされていた(図4)。

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こうした中、管内の生産者からJAあおぞらに「加工・業務用キャベツの生産を始めたい」と相談があった。もともと、JAあおぞらの管内に隣接した地域には、冬キャベツの産地があるため、キャベツの生産に適した土地であることは分かっていた。

このため、JAあおぞらとして、加工・業務用キャベツの可能性について調べたところ、①国内において、キャベツを含む加工・業務用野菜の需要が拡大している状況にあること ②少ない面積で多くの苗の育苗が可能であること ③植付け、収穫、出荷などの作業の機械化が進んでいること ④取引については、価格を事前に取り決める契約取引であることから、計画通りの収量が確保できれば、生産者が収入の見通しを立てやすいことなど、多くのメリットを見出すことができた。これらを踏まえJAあおぞらでは、生産開始当初から指導員を配置するなどして、加工・業務用キャベツの生産を積極的に支援していくこととした(表2)。

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その結果、JAあおぞら管内における加工・業務用キャベツの作付面積は、生産開始直後である平成23年の13.6ヘクタールから平成29年には約1.7倍の23.1ヘクタールとなり、その後も堅実に生産が行われている(表3)。

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(3) 安定した生産・供給体制に向けた取り組み

JAあおぞらでは、長期間に渡り加工・業務用キャベツを安定的に生産・供給するため、以下の取り組みを行っている。

ア 生産面での取り組み

 長期間に渡り安定的に生産を続けるため、植付けおよび収穫時期の異なる多くの品種を組み合わせながら、加工・業務用キャベツの生産に取り組んでいる。

 こうした努力により、11月から翌年6月までの出荷を可能としている。

 イ 供給面での取り組み

 異常気象が頻発する状況下において、作柄が不安定になった場合に対応し、販売先の在庫状況を踏まえた供給体制を構築するため、これまでより長期間に渡り鮮度を保つことのできる新しい貯蔵施設を平成29年に整備した。

 これにより、収穫直後の予冷のほか、豊作時の余剰分などを貯蔵することで、出荷の長期平準化を可能とする仕組みを産地で整えている(写真1)。

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(4) 今後の課題

近年では、野菜の作柄の安定に大きな影響を及ぼす極端な異常気象の発生頻度が増加している。こうした極端な天候の中では、上記の取り組みを進めても実需者側が求める4定に対応し続けることは困難である。

例えば低温な日が続いた際には、生育不足により取引先が求める時期までに定量を出荷できないこともある一方で、温暖な日が続いた場合には、生育がいっぺんに前進してしまうことから、出荷適期となりながらも、取引先の受入容量を超えてしまう場合などには、すべてのキャベツを出荷できないこともある。

こうした被害をさらに緩和するため、JAあおぞらでは、試験的なものを含めつつ、更に多くの品種を試しながら出荷時期の分散を図るなどの取り組みを進め、より安定的な加工・業務用キャベツの生産・供給体制の構築に取り組んでいくとのことである。

2 管内生産者の取り組み~宮吉義秋氏を事例として~

(1) 生産概況

宮吉義秋氏は、JAあおぞら管内で加工・業務用キャベツを生産する兼業農家である。

宮吉氏は県外に就職したものの、親からの土地(農業)を守っていきたいと考え、地元であるこの地に戻り、電気工事店を営みながら畑作物および子牛の生産を行っている。 

畑作物では、現在は加工・業務用キャベツおよび飼料作物を生産しているが、これまでに、でん粉原料用かんしょ、ばれいしょ、さといも、かぼちゃ、にんじんなど、当地域で主に生産されているものは一通り生産した経験がある(写真2)。

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(2) 加工・業務用キャベツの生産経緯と現状

加工・業務用キャベツの生産を開始するきっかけとなったのは、直前に生産していた青果用にんじんの販売価格が低下傾向にあったことに加え、労働力不足が顕著になってきたことにあった。

当時のにんじんの生産現場では、機械化が進んでいないことから手作業が多く、また、出荷にあたり20キログラムを超えるコンテナを持ち上げ、トラックの荷台に運ぶ必要があるなど重労働もあるため、多くの人手が必要であった。特に、収穫期の作業(収穫、調整、出荷)には、一定の人員を確保する必要があったが、地域では高齢化が進み、その人員の確保が年々難しくなっていることに加え、宮吉氏が普段は電気工事店を営んでいるため、農作業の時間を増やすことができないなどの問題があった。こうした労働力不足への対応は難しく、より省力化が可能で収入が安定する作物への転換を検討していた。

こうした中、管内で広がりを見せていた加工・業務用キャベツの生産についてJAあおぞらに相談したところ、①販売価格を事前に取り決める契約取引であり、収量を上げさえすれば収入の目途が立ちやすいこと ②収穫機は個人農家に普及していないものの、調整はほとんど必要がないこと ③出荷に際しては、収穫したキャベツを鉄コンテナに入れ、リフト機能付きのトラクターでトラックの荷台積み込めること
などが分かり、平成26年から加工・業務用キャベツの生産を開始した。

加工・業務用キャベツの生産に切り替えた結果、懸案であった収穫期の作業だけでなく、日々の管理作業の負担も軽減することができたことから、現在の作付面積は約3.5ヘクタールとなり、12月から3月までの冬季の出荷に加え、早い時期に収穫を終えたじょうに再度苗を植え付け、5月下旬から6月中旬までの間に春キャベツを出荷し、その裏作(夏)に飼料作物を生産する体系を構築している(表4)。

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3 加工・業務用キャベツ部会

JAあおぞらでは、加工・業務用キャベツの作付面積が増え、取扱量が増えてきたことから、JAあおぞらと生産者のタテの繋がりと、生産者同士のヨコの繋がりを持つ場として、平成29年に加工・業務用キャベツ部会を設立した。

現在は、先に紹介した宮吉義秋氏が部会長を務めており、会員同士の畑を見て回り、問題点などをその場で話し合う現地検討会や座学での研修会を開催するなど、会員間での情報交換を行いながら、生産技術の向上を目指している。さらに、部会では「若い後継者を育てていく」ことに気を配りながら活動しているとのことであった。

こうしたきめ細かい配慮が実を結び、管内の他の品目と比べても、加工・業務用キャベツの生産者には、後継者が多いとのことであった。

4 まとめ

国内の基幹的農業従事者は高齢化が進み、近年では65歳以上の割合が6割を超えており、今後も高齢化が進み労働力が低下していく状況にあると考えられ、国内の多くの産地では、野菜の生産量・供給量が維持できない懸念がある(図5)。

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このような中で、JAあおぞらが管内の課題であった生産者の高齢化を踏まえた農作業の省力化、生産者の所得の安定を図るため、加工・業務用キャベツの産地を形成してきた経緯については、他の産地の参考になると考えられる。

しかしながら、近年の異常気象によって作柄が不安定になることなどもあり、国産の加工・業務用野菜に求められる4定の実現を一つの産地だけで達成していくことは、今回の事例からも非常に難しいことがうかがえる。

こうした課題に対応するため、国は令和2年度予算において、強い農業・担い手づくり総合支援交付金の中で、「新たな生産事業モデルの確立支援」を措置している。

この事業では、以下の3つの機能を備えた『拠点事業者』を核として、地縁的なまとまりを超えた複数の産地、広域な産地からなる「新たな生産事業体」をモデル的に育成していくこととしている。

〇 拠点事業者が備える3つの機能

 連携する生産者および産地の生産支援を行う「生産安定・効率化機能」

 気象的要因などによる集荷量の変動を加工・貯蔵などで調整する「供給調整機能」

 消費者の求める品質や荷姿などに応える「実需者ニーズ対応機能」

今後、このような取り組みが実を結び、一つの産地だけでは達成の難しかった4定の実現に向け、国産の加工・業務用野菜の生産拡大・安定供給が進んでいくことを期待したい。

おわりに

JAあおぞらでは、さらなる生産者の所得安定・向上を目指すため、今回紹介した契約取引による加工・業務用キャベツの生産のほか、管内の生産者からかんしょを定価で直接買入れることなどを目的として、平成26年に『六次化加工センター』を整備している。

この施設では、従来の天日干しによらない特殊製法(低温加熱蒸気減圧乾燥機)による干し芋の商品『熟し芋(写真3)』を製造しており、この商品が『2016日本農業新聞 一村逸品大賞(注)』を受賞するなど、成果を上げている(写真4)。

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当事務所では、こうした特色のある事例の情報を積極的に収集し、引き続き提供していくこととしたい。

 注:日本農業新聞が、各地の農村加工品を紹介するコーナー「一村逸品」から、優れた商品を表彰するもので、年間表彰では、前期と後期の優秀賞を受賞した商品の中から、大賞1点と金賞2点が選ばれる。

謝辞

本報告の作成にあたり、事前に現地との調整をいただいた公益社団法人鹿児島県青果物生産出荷安定基金協会事務局長園様、お忙しい中、現地ヒアリングに協力いただいたJAあおぞら営農指導課主任北原慎二様、加工・業務用キャベツ部会長宮吉義秋様と涼子様に、この場を借りて謝辞を申しあげます。

コラム 不毛の台地を緑豊かな田園地帯に変えた野井倉甚兵衛

JAあおぞらの管内には、くらかいでんという緑豊かな田園地帯がある。この地域はシラス台地の上にあり、かつて土地はやせ、水のない不毛の地であった。

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明治の中頃、この地で育ったくらじん(1874-1960)は、この台地に水を引くことを決意し、当時の農商務省などに働きかけたものの、水を引くためには、遠く離れた川の上流から岩を砕いて長い導水路を作らなければならず、多額の費用が必要であるため工事の実施は認められなかった。それでも、甚兵衛は諦めることなく活動を続け、昭和16年に国営事業として開田事業が行われることとなった。

戦時中の極度の労働力不足など、幾多の困難がありながらも工事を進めてきたが、戦後に連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)・経済安定本部が行った調査の結果、なお莫大な費用が必要との理由で工事の中止の命令を受けた。しかし、甚兵衛たちは工事継続のため陳情を続けるなど手を尽くし、工事の継続が認められることとなった。

その後、導水路が完成した昭和24年6月に、天皇陛下がこの野井倉台地を視察された際、甚兵衛夫妻は天皇陛下から長年の苦労に対し、親しくねぎらいのお言葉を賜ったと伝えられている。野井倉の開田に生涯を捧げてきた甚兵衛は、このとき81歳になっていた。

野井倉甚兵衛は、隣接するふつはらかいでんに命をかけた馬場藤吉とともに、この台地を緑豊かな田園地帯に変えた郷土の恩人として、今なお語り継がれている。

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引用・参考文献

1. 独立行政法人農畜産業振興機構(2019)「カット野菜事業者をめぐる情勢(加工・業務用野菜の需要構造実態調査より)」 平成30年7月27日

2. 高井直人(2019)「加工・業務用野菜の現状と今後の施策」『野菜情報』2019年12月号 独立行政法人農畜産業振興機構

3. 農林水産省『加工・業務用野菜をめぐる状況』令和元年12月

4. あおぞら農業協同組合(2019)『ディスクロージャー誌 2019』2019年6月

5. あおぞら農業協同組合(2017)「キャベツの生産拡大」『群青』2017年11月晩秋号

6. 九州農政局「農業用水の開発の歴史」

  <https://www.maff.go.jp/kyusyu/seibibu/kokuei/13/noikurayousuirekisi.html>(2020/03/16アクセス)



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