[本文へジャンプ]

文字サイズ
  • 標準
  • 大きく
お問い合わせ

調査・報告 (野菜情報 2020年4月号)


スマート農業の導入による野菜生産力増強の課題
~宮崎県におけるピーマンとほうれんそうの事例から~

中村学園大学 学長 甲斐 諭

【要約】

 農業者の減少と高齢化は、農業技術と知識の喪失を伴い、農業生産力の低下が危惧される。農業生産力低下の一方策が先端技術を活用したスマート農業の社会実装である。しかし、最先端技術の生産現場への導入には、受入れ側の機器の予備知識や活用力などの準備状況に加えて、指導体制や資金対策などの課題が多い。
 そこで品目別生産量が全国5位以内の野菜を8品目有する全国有数の野菜産地である宮崎県におけるピーマン生産者グループと宮崎県経済農業協同組合連合会の協同会社である株式会社ジェイエイフーズみやざきのほうれんそう加工事業を事例にして、スマート農業技術を社会実装するための必要条件と成功要因を分析した。

1 調査研究の目的

わが国の農業就業人口の推移を見ると平成22年の260万6000人から平成31年には168万1000人35.5%減少しており、平均年齢も同期間に65.8歳から67.0歳に上昇している。また、基幹的農業従事者(農業就業人口のうち、普段の主な状態が「主に自営農業」の者)を見ると同期間に205万1000人から140万4000人に31.5減少し、平均年齢は同期間に66.1歳から66.8歳になるなど、わが国では農業者が減少し、しかも残っている農業者の高齢化が急速に進行している(注1)。農業者の減少と高齢化は保有・活用してきた農業技術や知識も失われることを意味しており、農業生産力の急速な低下が危惧される。

農業生産力低下の改善策の一方策が、先端技術を活用したスマート農業の社会実装である。しかし、最先端技術を生産現場に導入し、実証するには受入れ側の機器導入の準備状況(予備知識、活用力など)、指導体制、資金など課題も多い。

本調査研究の目的はスマート農業技術を生産現場に導入し、社会実装を推進するための必要条件と成功要因を分析し、今後の課題を考察することである。

注1: 引用・参考文献1

2 宮崎県の農業構造と野菜生産の概要

(1)農業の構造変化
    ~求められる斬新な発想、技術、資金~

宮崎県では温暖多照な気候や平地から山間地に至る変化に富んだ地形や標高差などの優れた条件と資源を生かし、各地で多様な農業が営まれている。特に、宮崎牛や完熟マンゴーなどは全国的に著名な農畜産物であり、図1に示すように農業産出額は順調に増加し、全国5位であり、全国有数の食料供給基地として重要な役割を担っている(注2

039a
 

しかし、園芸部門では農業産出額のシェアが徐々に低下しており、宮崎県農業の一つの課題になっている。また、図2に示すように、近年、少子高齢化の影響により、総農家数や農業就業人口が減少している。また高齢農家のリタイヤなどによって、農業生産力の低下や図3のように耕作放棄地率の増加に加え、熟練農家の農業技術の損失など産地の弱体化と衰退を誘発する事態に至っている。

注2: 引用・参考文献2

039b

039c
 

(2)野菜生産の多様性
    ~8品目の生産量が全国
5位以内~

宮崎県の野菜を見ると山間地域や高台畑地域、沿岸平坦地域などの地域特性を生かした生産振興により、きゅうり、ピーマン、トマトなどの果菜類の周年供給体制が確立するとともに、さといも、かんしょ、ごぼうなどの根菜類や、にら、ほうれんそうなどの葉菜類など、温暖な気候や標高差、畑地かんがいなどの条件を活用した産地が県内全域に形成され、全国有数の野菜産地となっている。図4に示すように平成29年の野菜の農業産出額は751億円(対前年比92.0%)で、県全体の農業産出額の21.3%を占めている。

040a
 

ちなみに、平成29年の宮崎県の野菜の生産量で全国5位以内のものはきゅうりが第1位(全国シェア12.0%、うち冬春きゅうりは第1位で同20.7%)、ピーマンは第2位(同18.8%、うち冬春ピーマンは第1位で同31.0%)、ミニトマトは第4位(同6.4%)、かぼちゃは第5位で(同2.6%)、さといもは第3位(同9.9%)、ごぼうは第4位(同7.0%)、だいこんは第5位(同5.8%)、ほうれんそうは第5位(同5.9%)である。8品目の生産量が全国5位以内であり、多様な品目が生産されている。

平成29年の主要野菜の作付面積は、きゅうり681ヘクタール、ピーマン307ヘクタール、だいこん1880ヘクタール、さといも1080ヘクタールとなっているが、農業者の減少と生産者の高齢化などにより、作付面積は減少傾向となっている。

そこで、宮崎県は、野菜主産県としてスマート農業の導入により、生産性の高い産地確立へ向けた栽培技術の高度化など生産構造の転換を図るとともに、多様化する消費ニーズに対応できるマーケットインの産地振興と地域の担い手育成が必要になっている。

(3)ピーマンの生産
    ~冬春ピーマンでは全国1位を誇る~

平成29年の宮崎県のピーマンの農業産出額は101億円であり、生産量は全国シェアの18.8%で、全国第2位である。しかし冬春ピーマンに限定すれば全国シェアは同31.0%で、全国第1位である(平成29年実績)。

ピーマンの作付面積は、表1に示すように昭和60年の485ヘクタールから平成7年には452ヘクタールとなり、平成29年には307ヘクタールに減少している。

041a
 

農業産出額は昭和60年の143億円から平成7年には114億円となり、平成29年には101億円と減少している。

主要な作型の経営指針は表2の通りである。ハウス促成栽培の場合、10アール当たりの収量は12 トン、販売額(粗収益)は約625万円、経営費は529万円であるので、所得は96万円となる。また、1戸当たり経営規模は35アールである。

041b
 

宮崎県経済産業協同組合連合会(以下「宮崎経済連」という)ピーマンの販売実績を表3から見ると、平成29年度の販売量は1万6453トンであり、販売額は78億8100万円である。販売先は東京が34%、大阪31%、福岡16%、名古屋10%、県内7%、北海道2%、その他1%となっており、全国に販売されているが、東京と大阪への販売が6割を占める。

041c
 

今後の宮崎県におけるピーマン栽培の課題は、(1)雇用型の大規模経営への転換とハウス団地化などによる生産性の向上、(2)新規就農者の受け入れ体制の強化や篤農家の技術の継承、(3)新技術などの導入による単収の向上と赤果・腐敗果防止対策などの徹底による商品性向上、(4)健康志向に対応した商品化(栄養機能性食品)などによる販売力の強化である。

(4)ほうれんそうの生産
    ~加工・業務用向けは、全国1位を誇る~

平成29年の宮崎県のほうれんそうの農業産出額は表4に示すように25億円であり、前年の30億円より減少している。県内生産量の約79.1%は加工・業務用向けの出荷である。

042a
 

5に示すように平成29年における全国のほうれんそう全体の生産量は、19万3300トンである。そのうち、加工・業務用向け出荷量は、1万7487トンで、順位は(1)宮崎県(1万600トン)、(2)熊本県(2040トン)、(3)茨城県(1450トン)、(4)北海道(771トン)、(5)千葉県(471トン)となっており、加工・業務用向けでは、全国シェアの60.6%を占め、全国1位の生産量を誇る。

042b
 

ほうれんそうの作型の経営指針は表6の通りである。秋まき(加工用)の場合、10アール当たりの収量は3トン、販売額(粗収益)は20万8000円、経営費は12万円で、所得は8万8000円となる。1戸当たり経営規模は100アールである。

042c
 

今後の宮崎県のほうれんそう栽培の課題は、(1)機械化、省力化の推進による規模拡大、(2)適期作業、適期収穫による高品質生産の拡大、(3)さらなる高収量・安定生産に向けた栽培技術・生産体系の確立・普及、(4)実需者と連携した生産管理や産地育成、(5)水田を活用した栽培および生産安定技術の確立・普及である。

3 宮崎県の野菜生産におけるスマート農業導入の必要性と推進方針および方策

(1)スマート農業導入の必要性

前述のように宮崎県は、農業産出額が全国5位であり、全国有数の食料供給基地である。しかし野菜部門は図4に示したように近年作付面積が減少し、生産量も平成7年の46万トンから29年には34万トンと長期的に減少している。また、29年には農業産出額が751億円と減少している。

これは、全国的傾向ではあるが、図2に示したように宮崎県の総農家数が2年の約6万9000戸から27年には約3万8000戸に半減するとともに、生産者の高齢化により農業就業人口が2年の約11万人から27年は約4万5000人に急減したことが大きく影響している。

野菜販売農家の減少や担い手の高齢化による労働力不足、篤農家技術の継承の断絶、さらには資材価格の高騰によるコスト増加は今後も続くものと考えられる。

全体的な野菜の供給力低下をいかに解決するかが、野菜の生産、加工、流通に関する大きな課題である。その解決策の一つがスマート農業の導入である。

(2)スマート農業導入推進方針

スマート農業は、ICT(情報通信技術)やロボットなどの先端技術を農業分野に導入することによって無人化・省力化・規模拡大・生産性向上が可能となり、農業労働力不足の解消に役立ち、さらに AI (人工知能)により熟練農業者の技術が伝承される可能性あるという。一方で、スマート農業には機械・技術の未完成、導入の費用対効果の不透明性などの問題がある。

以下、この度宮崎県下でスマート農業に取り組んでいる2つの事例の実態調査を行った。第1は全国第1位の冬春ピーマン産地で若手の生産者がグループを組んでスマート農業に取り組んでいる事例である。第2は全国第1位の加工・業務用向けほうれんそうの加工に取り組む農協経営の加工施設の事例である。

4 若いピーマン生産者10名の知恵と和で共栄を目指す生産者グループ「ハッピーマン」

(1)設立の経緯~情報共有による経営改善のスピードアップ~

宮崎県西都市においてグループ活動をしているハッピーマンは、平成27年に収量向上に意欲的な若手ピーマン生産者10名によって設立されたグループである。メンバーの年代は、30代~40代半ばで、専業農家でピーマンを栽培している後継者である。当該地区では農業後継者などの若者は集まりも多く、親密な関係を維持していたことに加え、あるスマート機器販売会社の勉強会で、情報を共有したり、せったくすることにより収穫量を上げていたりしていたので、それを参考にしてグループを結成した(写真1)。当初はハウス栽培の先進地である茨城県などに研修に行きけんさんを重ねてきた。

044a
 

設立の際に掲げた目標は、「子供の大学進学を可能にする経営体になること」であり、それを実現させるために、10アール当たりのピーマンの収量16.5トンを目指すこととなった。それを達成するためには何が必要なのかを検討した結果、各自の生産状況をメンバーに見せることはもちろん、データや生産方法を、(1)隠さない (2)否定しない (3)提案するというルールを作り行動を共にしてきた。そのルールには次のような合理性がある。

ピーマンは1年に1作しかできないので、10年やっても10回、ただし10人がそれぞれのデータをオープンにし、共有すれば、失敗しても成功しても10年分のデータが1年で蓄積され、通常の10倍のスピードで情報の共有が図られる。成功と失敗のデータが蓄積され、多くの知見と経験を生かすことが可能になる。

(2)グループの経営概況

栽培しているのは冬春ピーマンで、9月に定植して10~6月に出荷している(写真2)。各経営体のピーマンの平均作付面積は約50アール(それぞれの作付面積は、20アールから130アール)である(令和元年度)。ピーマン以外には、カラーピーマン(4名)、ハウスしょうが(1名)、にがうり(1名)、きゅうり(1名)、スイートコーン、水稲などを栽培している。グループ内の労働力の数は、家族3名の経営から雇用者を入れた12名の経営もあり、それぞれである。

044b
 

(3)スマート農業への取組状況

ア ハウス内環境データの可視化と情報共有および指導機関の支援

収量向上の基本となるハウス内環境(温湿度、二酸化炭素濃度など)を把握できる環境モニタリング装置を平成27年に導入し、得られた環境測定データはグループ内で共有・比較し、さらにかん水量や追肥、収量も記録して、スプレッドシートを活用してループ内で共有した。

県の指導機関である宮崎県児湯農業改良普及センターは、西都市、JA西都と連携して、メンバーの発案による土作りや病害虫防除に関する基礎研修会、栽培終了後のピーマンの根域調査、週1回のじょう巡回・生育調査などの自主的活動を熱心に支援した。

平成28年に導入した炭酸ガス施用機による環境データの変化を分析し、最適環境を検討し、収量ランキングを実施するなど単収アップに努力した。

イ メンバーのハウスの巡回と討論による単収増加

グループ活動は、ハウス内の病気の発生原因を究明するモニタリングシステムの構築から着手した。各種の機器を導入すればピーマンの単収がすぐに増加するというわけではないので、前述の2つのタイプの機器が示す数値とハウス内の状況を比較検討することから開始した。具体的には機器が示す数値とハウス内の状況のすりあわを行い、数値とハウス内の状況および単収との関係を理解できるようになるための観察力の向上と知識の蓄積を図るために10人全員で行動を共にした。

10名のグループ全員を5名ずつの2班に分けて、それぞれ1週間に2回各自のハウスを巡回し、観察と議論を行いグループの仲間から指摘してもらうことが、単収向上には重要な要素になっている。

上記の県の指導機関に加えて宮崎県内のICTコンサルタント会社であるテラスマイル社(以下「テラスマイル」という)を加えて、毎月1回全員が集まって定例会を開催し、単収増加の方策を検討した。同社は個々の生産者のデータを蓄積し、分析して、また他者との比較検討結果を提示して、個々の生産者の単収増加の資料を提供している。

その結果、表7の通り、活動当初の平成27年のグループ平均単収は10アールたり12.8トンであったが、平成31年には14.8トンになった。ちなみに、グループが立地する宮崎県西都市のピーマンの平均単収は12.5トンであり、グループ活動の成果が出ていると判断される。

045a
 

ウ 機器の導入基準~かん水、二酸化炭素制御、湿度管理、使い易さの指標~

現在導入している環境測定装置は、N社の機器であり、日射比例かん水と二酸化炭素制御を大きな目的にしている。かん水しながらデータを取得し、二酸化炭素の制御も時間帯別に濃度を測定しながら単収増加を目的として稼働させている。同社の機器は比較的安いので、導入し易く、性能も良い。一方、グループ内で導入している他社の製品機器には、金額が高かったり、性能で信頼性に欠ける製品もある。その情報をメンバーの中で共有し、機器選定と取捨選択の参考にしている。

また、機器選定の基準として、病気を発生させないための湿度の管理と使い易さも重要な基準になっている。病気が発生すると農薬散布に労力と時間をとられ、他の作業がおろそかになり、農薬の経費が増加する。病気を出さないことが経営的に非常に重要であるので、ハウス内の湿度をコントロールできることが機器選定に大きく影響する。

機器にはそれぞれ特徴があり、さらにメンバー個々人の各ハウスは地形、方向、土質、太陽光との角度など千差万別であるので、各ハウス内環境に適合するように購入機器を設定する必要がある。従って、各ハウス内環境に適合するように機器を容易に設定できるか否かが機器選定の基準となっている。

エ 新たな機器開発の必要性~植物の地上部と地下部とのトータル管理~

植物の地上部だけに注目して温度管理し、二酸化炭素を発生させるシステムには限界ある。今後は、地下部の状況を把握して、かん水量を制御できる植物の地上部と地下部とを総合管理できるシステムの構築が不可欠になっている。

さらに、今後の天気予報に基づき、現在の勢を前倒し制御するためのシステム開発も必要となる。今後曇天が続くとの予報がでたら、現在の勢を強くしておく必要があり、逆に晴天が続く予報ならば、無理して勢を強くしておく必要がないからである。

地上部と地下部、現在と将来のハウス内環境を総合的に制御できる機器の開発が待たれている。

 スマート農業の資金的支援と追加投資の可否

ハッピーマンの補助事業の活用に関しては、平成27~28年度にかけて西都市の単独事業や国や県の補助事業を活用して、機器の導入を図った。令和元年度は「次世代につなぐ営農体系確立支援事業」の支援を受けて、低コスト複合環境制御装置を試行的に導入し、実用性を検証している。検証内容は使い勝手、付加すべき機能などである。併せて、詳細な環境データを収集し、環境制御装置を用いた生産技術の体系化を目指している。

現在まで、同グループでは(ハウス1棟(10アール)の建設費用は約1000万円)を始め、自己資金で多くの投資をしてきた経緯がある。そのため、さらなる追加投資に関しては慎重になっているメンバーもいるという。

(4)栽培者から経営者への成長
    ~雇用者とのコミュケーション力の重要性~

最近、ピーマン栽培の経費が増加し、利益率が低下しているので、所得拡大には作付面積の拡大と収穫頻度の増加が必要になっている。作付面積を拡大すれば家族労働力だけでは経営できないので、今後、雇用労働力の導入が必要になる。

さらに収穫頻度の増加にも雇用労働力が必要になる。当該地域では従来ピーマンの収穫は1週間に1回程度であるが、他県の優良事例を見ると1週間に2回収穫している。1回では果実が大きくなりL玉となり易く、単価が落ちるとともに勢を弱らせる。一方、2回収穫すればM玉が多くなり、単価を引き上げられ勢の維持も可能となり、結果的に単収が増加し増益になる。 

このように面積拡大にも収穫頻度増加にも雇用労働力導入が必要なる。収穫ロボットの普及に今興味を持っているが、まだ市販されていないので、当面は雇用労働者に依存せざるをない状況である。

幸い当地では、近隣の子育て世代の女性の雇用が出来ている。雇用者にピーマンの病害の写真を示して休み時間に勉強してもらい、病害を発見したらすぐに経営者に連絡してくれるように依頼するなどの雇用者とのコミュケーション力が求められ、それが経営の成否を決める大きな要因になっている。このように若い生産者には、栽培者から経営者への転換が求められている。

(5)出荷の現状

ハッピーマンのメンバーは、原則としてJA 西都を通しての出荷であり、グループでの出荷は行っていないが、最も規模の大きいH氏は、ブランド化して直販グループへの個人出荷を行っている。H氏は宮崎県の GAP 認証制度である「ひなたGAP」を取得しており、3年以内にGLOBAL G.A.P. を取得する予定である。H氏は同卸売市場においてピーマンのブランドを確立しているので、販売促進などの責任も負っている。そのため前のテラスマイルに今後の出荷情報などを作成してもらい、それを販売促進に利用している。

 

(6)今後の課題

今後、ハッピーマンがさらなる飛躍を遂げるための課題は、以下の5点に絞られよう。

第1はさらなる増収と栽培省力化を目指す複合環境制御装置の導入である。

第2は収穫省力化を目的とした収穫ロボットの導入である。しかし、まだ市販されていないので、ロボット開発を見守るしかできないのも事実である。

第3は収穫頻度を高めてM玉を増やし、収穫遅れによるL玉比率を削減することである。

労働力制限下では、M玉比率の向上と栽培面積拡大とは二律背反的な関係にあるので、収穫ロボットが市販されていない現状では、雇用労働力の確保が第4の課題となる。

5の課題は栽培者から経営者への成長である。規模拡大を図り、雇用者を雇えば、栽培知識以外に人事管理やコミュケーション力、会計知識、情報処理能力などが必要になる。さらに行政機関や指導機関との協調力、販売先との価格交渉力も必要になる。

ハッピーマンのメンバーの各人は高い潜在力を有しているので、近い将来、宮崎県の農業を担う有能な経営者群になるものと期待される。

5 加工品を求める消費者ニーズに応えるジェイエイフーズみやざき

(1)組織概要

ア 設立の経緯

宮崎県の中央部の西都市などを中心とした畜産が盛んな地域で、平成22年に口蹄疫が発生し、約30万頭の牛や豚が殺処分された。また、当時、当該地域の葉たばこ生産も廃作が検討されており、畜産や葉たばこに替わる地域振興対策の一貫として、全国シェアの高いほうれんそうの増産が計画された。

増産されるほうれんそうの加工施設運営主体として平成22年度食料自給率向上・産地再生緊急対策事業(口蹄疫復興対策)により21億3000万円(国庫補助約9億円)を投じて西都市に設立されたのが株式会社ジェイエイフーズみやざき(以下「ジェイエイフーズみやざき」という)の加工施設である。

イ 事業概要

ジェイエイフーズみやざきは、主に加工施設で、冷凍野菜とカット野菜を製造している。加工施設での製造概要は、表8の通りである。最大の加工品は、冷凍ほうれんそうである(写真3)。

048a

048b
 

また、ジェイエイフーズみやざきは、農地所有適格法人であり、冷凍野菜の原料である加工・業務用のほうれんそうなどの生産に取り組んでいる。ほうれんそうは、ジェイエイフーズみやざきの自社農場を含む64軒の農家と契約し、作付面積100ヘクタール(自社農場5ヘクタール)で年間2800トン生産している。加工用原料ほうれんそう2800トンから、冷凍加工品1400トンを製造し、歩留まりは約50%となっている。

当地のほうれんそうの栽培は年1作で、最初の播種は9中旬、収穫は11月末(令和元年)で、播種をずらして5月まで収穫していく。ほうれんそうの草丈は、普通(生鮮)は30センチ程度だが、当地では4560センチで収穫している。ざい期間は、90150日間と通常より長く、同じ品種のものを大きく栽培している(写真4)。また、現在は、24時間以内に収穫したもので、冷凍ほうれんそうを製造している。

048c
 

ウ 商品生産コンセプト

消費者の求める商品は、(1)安全安心なもの、(2)おいしさ、(3)機能性であると認識し、その3点を生産コンセプトにしている。まず原料である野菜(ほうれんそう)について、生産段階ではGLOBAL G.A.P.を平成30年5月24日に取得している。また、製造段階ではFSSC 22000を8月29日に取得している。さらに販売段階では冷凍ほうれんそうについて光の刺激から目を守る「ルテイン」を含む機能性表示食品であることが、5月23に認められた。

以上のようにジェイエイフーズみやざきは、生産、製造、販売の3段階を一貫して工程管理しており、 原料から製造に至る工程をGFSI認証国際規格に準じて生産・製造することで、さらなる信頼性の向上に努めている。さらにこれらの取引を確実にするためにフィールドコーディネーターを契約雇用し、定期的に巡回して、契約農家とのコミュニケーションを図ることで信頼関係を築き、相互信頼に基づいた安全安心な原料生産と安定供給に努めている(写真5)。

049a
 

(2)スマート農業加速化実証プロジェクト

 スマート農業加速化実証プロジェクトとは

同社の親会社である宮崎経済連が平成31年度と令和2年度の2ヵ年間のスマート農業加速化実証プロジェクトの補助金を受けることになった。実証課題名は「加工業務向け露地野菜における機械化・分業化一貫体系のほうれんそうモデルブラッシュアップと水平展開の実証」である。

実証するスマート農業技術体系の概要は次の通りである。ニーズが高まる加工・業務用野菜において、宮崎県のほうれんそうは全国で最もシェアが高く、既に機械化一貫体系を実践中である。このモデルをスマート農業でさらにブラッシュアップし、全国でシェアの高いジュース原料にんじんやカット野菜用のキャベツに水平展開を図るのが実証プロジェクトの目的である 。

イ スマート農業加速化実証プロジェクト取り組みのイメージ

スマート農業加速化実証プロジェクトのイメージは図5の通りである。同図のように業務用ほうれんそうの栽培については、耕起・整地から収穫まで生産工程管理が図られる。それらの各過程と全体は経営管理され、経営分析もされる(写真6)。

050a

050b
 

具体的にはロボットトラクターにより労働時間を20%削減し、環境センサーによって施肥の適期判断による収量の10%アップを目指す。また直進アシスト播種機によって播種作業の20%削減を図り、ドローン防除追肥による施肥・防除の効率化により収量を5%アップする。さらにドローン圃場管理および収穫予測により1日当たりの巡回圃場数を2倍する。加えて収穫機改良によって人件費を50%削減することをイメージしている。

ウ コンソーシアム・協力メンバーの構成

コンソーシアム・協力メンバーの構成は、表9の通りである。グループは3つに大別される。

051a
 

1は、指導や助言をする宮崎大学やヤンマー・クボタなどの省力化・機械化グループ、第2は全体管理・実証グループの宮崎経済連とジェイエイフーズみやざき、第3は、生産管理システムの改良などに関わる(株)グローシステムなどの工程管理グループなどで、構成されている。

なお、当該プロジェクトにおいては、ジェイエイフーズみやざきの自社圃場で実証し、2年目の実証事業が終了後は、機械の所有は、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(以下「農研機構」という)になる予定で、3年目以降は、経済連グループが主導となり、加工、業務用露地野菜を中心に県内へ普及・拡大する予定である。

エ スマート農業加速化実証プロジェクト取り組みの期待される効果

具体的には、これまで生産管理システムに蓄積された過去のデータと環境センサーやドローンなどのセンシングによるデータを AIで分析し、生産から集出荷までの各工程管理を強化する。将来は熟練者でなくても適期に施肥・防除し、収穫予測が可能になることによって収量と品質がアップし、計画生産・出荷が可能になるものと期待される 。

機械化一貫体系による分業化で省力化を実現し、作業受託も行いながら地域へ水平展開することによって「契約栽培農家の所得アップと経営安定」および「地域の生産基盤維持拡大」が可能となり、国産ニーズが高まる加工・業務用野菜の安定供給基地として産地づくりを行っていくことを可能にする。

数値的に期待される効果としては、第1は、加工・業務用ほうれんそうの契約栽培農家の収量が10%増加することである(10アール当たり2.7トンから3トンへの増加)。第2、ジェイエイフーズみやざきの冷凍加工事業の利益が5%アップすることである。

以上、この実証プロジェクトは、 ジェイエイフーズみやざきの製造工場自らが、取引先の要望を把握しながら工場稼働と連動した契約保証の一貫した生産工程管理を行う仕組みの構築である。

オ 課題

無人トラクターの走行実験では、トラクターがリモコンから150メートル離れると動かなくなることなどや、GPS補正のための基地局を四方に立てなければならないなどの機械の性能、安全性を考慮した上での使い勝手の問題がある。また、機械収穫段階において収穫したほうれんそうがかさばるために、抑えるための人手が必要になっているので今後は抑える機器の開発など、省力化するための機械器具の改善が必要になっている。

他にも、野菜は、米や果実に比べて、ドローンで散布する農薬登録数が少ない(ほうれんそうはゼロ、キャベツは2、にんじんは1など)など、スマート農業を加速化するためには、さまざまな課題がある。

6 今後の課題

農業者の減少と高齢化により野菜生産で従来保有・活用されてきた篤農技術や知恵失われつつあり、農業生産力の急速な低下が危惧されている。農業生産力損失の改善策の一方策がスマート農業の社会実装である。しかし、現状ではスマート農業の受入れ側の機器導入の準備状況(予備知識、活用力など)、指導体制、資金などの課題もあるので、今回宮崎県の2つの事例を分析した。

第1事例のハッピーマン・グループは、若いピーマン生産者10名が知恵を出し合い、結束により共栄を目指しており、所期の目的は達成されつつあるが、今後の課題も残されていた。

第1はさらなる増収と栽培省力化を目指す複合環境制御装置の導入、第2は収穫省力化を目的とした収穫ロボットの導入、第3は収穫頻度を高めることによるM玉割合の増加、第4は雇用労働力の確保、第5は栽培者から経営者への成長である。

特に第1に関しては、データを蓄積分析し、複合環境制御装置を構築するためには、膨大なデータを分析し、活用することに多大な労力が必要とされる。しかしながら、ハッピーマンのメンバーの各人は高い潜在力を有しているので、近い将来、よりよい装置を構築し、かつ宮崎県の農業を担う有能な経営者群になるものと期待される。

第2事例のジェイエイフーズみやざきは、ほうれんそうの生産段階も加工段階も比較的、順調に推移しているものの、機械の性能の問題や省力化するための機械器具の改善が必要になっているなど、スマート農業を加速化するためには、さまざまな課題がある。しかし、スマート農業の実装化は、喫緊の課題であることから、関係者が知恵を出し合って新たな段階に進むものと期待される。

《追記》

拙稿の作成に際し、ご高配を頂いた宮崎県農政水産部、児湯農業改良普及センター、ハッピーマンのメンバーの皆様宮崎県経済農業協同連合会、株式会社ジェイエイフーズみやざきの皆様から貴重なご教示と資料提供並びに便宜を図って頂きました。記して感謝の意を表します。


引用・参考文献

1 農林水産省「農業労働力に関する統計」(原資料:農林業センサス、農業構造動態調査)による。https://www.maff.go.jp/j/tokei/sihyo/data/08.html

2 宮崎県「統計でみる宮崎県の農業2018」宮崎県HP、2020年1月22日参照。

3 宮崎県「みやざきスマート農業推進方針(案)」2019年12月。

4 宮崎県「宮崎の野菜2017」2017年3月。

5 宮崎県「宮崎の野菜2019」2019年3月。

6 宮崎県児湯農業改良普及センター「収量向上にむけた自主学修グループ「ハッピーマン」の支援」2019年11月26日入手資料。

7 株式会社ジェイエイフーズみやざき提供資料

8 宮崎経済連提供資料。 



元のページへ戻る


このページのトップへ