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〔特集〕さらなる加工・業務用野菜の安定生産を目指して (野菜情報 2019年12月号)


葉ねぎの生産予測・出荷調整支援システムの開発と活用

 国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構
 野菜花き研究部門 野菜生産システム研究領域
 生産生理ユニット長 佐藤 文生

【要約】

 京都の伝統野菜として知られる九条ねぎは、薬味などとして、近年、加工・業務用需要としてのニーズが高まっているが、露地栽培では気象条件に左右されやすく安定的な収量の確保が課題となっている。国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構では、平成29年から3年間のプロジェクトで九条ねぎの生産予測・出荷調整システムの開発に取り組んでおり、日積算日射量と日平均気温から収量を予測するシステムの概要と今後の展開について報告する。

1 はじめに

九条系葉ねぎ(以下「葉ねぎ」という)は、わが国で栽培されてきた伝統野菜の一つで、薬味や鍋物に広く利用されており、近年では飲食店や総菜店などで提供される具材として加工・業務用需要が増加している。一般に加工・業務用野菜の生産では、出荷量や出荷時期などの契約を事前に取り交わし、契約内容に沿って定時に不足することなく出荷することが求められる(注1)。しかし、露地栽培では、作物の生育が気象条件に左右されやすいことから、契約を踏まえて計画的に定植しても計画通りの収穫が得られるとは限らないことが多く、契約を着実に履行するためには、常に生育状況を把握しながら出荷調整を行う必要がある。

葉ねぎは、関東以西の産地ではトンネルやべた掛けを利用して一年を通じて栽培が行われている(注2)。加工・業務用の葉ねぎ生産では、青果用と同様に株元を含む原体での出荷もあるが、刻み加工用としての出荷が多い。その場合、収穫時にはぎわから上の茎葉部のみを刈り取り、残った株からまた茎葉部を再生させ、複数回収穫を繰り返す刈り取り栽培が広く行われている。そのため、絶えず定植と収穫が行われており、また、一作に度しか収穫しないじょうもあれば作に複数回収穫する圃場もあるなど収穫作業が複雑化している。管理する圃場が100筆以上にも及ぶ大規模法人では、さまざまな収穫パターンの圃場の収穫量を一括して見積もらなければならず、この作業の限界が生産規模を制限する一つの要因となっている。

筆者らは、農林水産省の革新的技術開発・緊急展開事業(うち経営体強化プロジェクト)において、このような加工・業務用葉ねぎの生産に取り組む大規模法人において、出荷調整をよりスムーズに、かつ、的確に行うためのツールとして、生産予測・出荷調整支援システムを開発した。本稿ではそのシステムの概要と活用について紹介する。

注1:引用文献(1)参照

注2:引用文献(2)参照

2 葉ねぎの生育予測

本システムは、圃場ごとに葉ねぎの収穫量や収穫日を予測し、それらの情報を集計して生産法人全体の出荷量を予測している。葉ねぎの収穫量や収穫日は、定植日と日々の日射量、気温の入力で新鮮重(注3)と草丈が出力される生育モデルのシミュレーションによって予測する。この生育モデルは、葉の日射受光による乾物生産を起点に、得られた乾物が葉の拡大に至る拡大再生産を再現した物質生産モデルを基本としている(図1)。この中のいくつかのプロセスには気温の影響を受けるものがあり、各プロセスと気温の関係性を明らかにすることで、日々の日射量や気温の変化に応じた新鮮重と草丈の増加をシミュレーションで再現するようになっている。

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注3:植物は、光合成によって二酸化炭素を固定して糖を合成し、さらに合成した糖と根で吸収した無機栄養素とからタンパク質、脂質をはじめとするすべての生体成分を合成して成長する。このとき大量の水も吸収して重量(新鮮重量あるいは生重量)を増している。新鮮重とは、実際に生産、蓄積した物質の重さと吸収した水の重さの合計のこと。(参考:一般社団法人日本植物生理学会ウェブサイト)

3 システムの概要

エクセルのワークシートとして作成された本システムは、主に入力操作を行う「calc」シート、生産情報を表示する「圃場別週間別収穫量」シート、集計結果を表示する「需給累計」シートの3つの部分で構成される。

(1) calc」シート

このシートでは、圃場ごとに圃場名や作付面積、定植日、目標とする収穫基準(株重量と草丈)、収穫方法、収穫後の再生栽培の継続の有無などを入力する(図)。

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シートの上段には操作ボタンが並ぶが、このうち重要なものが「気象データ取得」と「収穫時期計算ALL」である。本システムは、メッシュ農業気象データシステム注4と連動しており、気象データ取得をクリックすると、メッシュ農業気象データシステムからあらかじめ設定した圃場位置における最新の気象情報(日積算日射量および日平均気温)注5が自動入力される。その後に、収穫時期計算ALLをクリックするとシミュレーションが始まり、瞬時に収穫予測情報が表示される。

 

注4:気象情報が農業現場で有効に活用されることを目指して、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)が開発・運用する気象データサービスシステム。引用文献(4)参照。

注5:日積算日射量および日平均気温は作付期間とその先の予測値(または平年値)が必要となるが、自動的にメッシュ農業気象データシステムから入手できる。

(2) 「圃場別週間別収穫量」シート

「calc」シートにおいて計算を実行すると、「圃場別週間別収穫量」シートには収穫日や収穫量が表示される。これらの予測情報は横軸が週単位の日付となった、いわば気象条件によって変化する栽培暦で表示され、圃場ごとの収穫時期や収穫量が一目で分かるようになっている。また、表の上段に出荷計画量を入力することで出荷計画量に対する収穫量の過不足値が週単位で表示される(図)。

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(3) 「需給累計」シート

前述のcalcシート、圃場別週間別収穫量シートは、圃場管理を行う現場責任者が主に利用するのに対し、「需給累計」シートは、生産法人の出荷調整や販売契約を行う担当者が主に利用することを想定している。このシートでは、各生産拠点からの予測情報が集計され、法人全体としての向こう年程度の生産累計値と過不足値が表示される。

4 システムの活用

(1) 作付計画の策定

圃場別週間別収穫量シートに各生産拠点の収穫計画量、calcシートに計画している定植面積と定植日を入力し、収穫時期予測の計算を開始すると、日射量、気温の平年値データを基にシミュレーションが始まり、需給累計シートには、気象条件が平年並みであった場合に予測される生産量が出荷計画量とともに累計値表示される(図)。この図では、9月中旬から10月末までの間、出荷を上回る勢いで生産が増えているが、それ以降は生産が滞り、12月以降は生産が出荷を下回る時期が続く予測であることが分かる。

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このように、気象が平年並みで栽培が順調に進む仮定ではあるが、出荷の過不足がいつの時期にどの程度発生するかを作付前の段階である程度予測することが可能となる。この「需給累計」シートのグラフを見ながら各圃場の定植日を変えてシミュレーションを繰り返し、生産量が出荷計画量を常に適度に上回るような作付計画を策定する。

(2) 生産調整

作付期間中は、常に最新の気象情報と圃場モニタリングによって更新された予測情報を見ながら向こうカ月程度の期間に予定されている収穫の調整を行うとともに、数カ月から年程度先を見据えた生産調整を行う。葉ねぎは、キャベツ、レタスなどに比べ収穫適期の幅が比較的長いことから、短期的には収穫時期をずらすことで出荷量を調節することができる。また、長期的には、これから作付する圃場の数や定植日の調節に加え、刈取り再生栽培では、収穫を待たずにタイミングを見計らって生育途中で茎葉部を刈取り、目的の時期に再成長した株を収穫するカット調節によっても出荷量の調整が可能である。

本システムでは、calcシートにこれらの調整を入力してシミュレーションさせることで、その調整の効果を検証することができる。「需給累計」シートに表示される調整効果を見ながら、さまざまな調整パターンをシミュレーションすることで、最適な調整計画を策定することが可能となる。

5 情報共有のメリット

複数の産地で広域展開する大規模な生産法人では、出荷調整の作業指示が各産地の現場作業者にうまく伝わらず、誤った作業がなされるケースがある。本システムはクラウド上に置いて運用することを想定しており、各拠点の現場作業者も出荷調整計画の策定に関わったり、その過程を閲覧したりすることができる。このため、関係者間で作業の指示内容やその意図の共有化が容易に図られるというメリットが期待される。

また、この先しばらく生産過剰が続くと予測される場合、生産側のみではカット調整、言い換えれば圃場廃棄で対処せざるを得ないが、実需側とも予測情報の共有化を図れば、早めの情報提供で消費キャンペーンの実施や新たな商品開発など実需側でも柔軟な対応が可能になり、生産側、実需側双方にとって収益の更なる向上につながることも期待される。

6 今後の取り組み

利用を希望する法人などについては、当面は資金提供型の共同研究契約を結び、技術的サポートをしながらモニター的に利用してもらうことを検討している。

モニター利用のなかで実用場面でのデータの通信方法など運用条件を検証していくとともに、これまでに述べてき本システムの仕様を利用者の要望に応じてカスタマイズしていく予定である。

今後の運用において本システムが高い効果を発揮するためには、気象条件に対する葉ねぎの生育反応をより的確に生育モデルで再現できることが重要となる。現時点では、生育モデルに入力する気象要素として日積算日射量と日平均気温の要素しか用いていないが、メッシュ農業気象データシステムからは、これら要素以外に、日最高・最低気温や降水量といった葉ねぎの生育に影響を及ぼすと考えられる要素がいくつか提供されている。これらの要素についても生育との関係性を明らかにしていく必要がある。また、現時点では葉ねぎの栄養成長しか捉えていないが、春にはちゅうたいが出荷の大きな制限要因となることから、葉ねぎの抽苔反応も加味していかなければならない。さらに、生産者が冬場の生育調節として行っているトンネルやべた掛けといった慣行技術もシステムに組み込んでいく必要もある。

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昨今、スマート農業の推進が叫ばれているが、本システムのような圃場にある作物の状態をその後の生育も含めてコンピューター上に映し出すプロセスは、スマート農業の重要な要素と考えている。気象条件に対する作物の生理・生態反応といった栽培研究の知見を情報としてシステムに組み込む試みは、これまで作物の顔しか見てこなかった筆者らにとっては不慣れなことではあるが、情報分野の専門家ともうまく連携を図りながら取り組み、農業のスマート化に貢献したいと考えている。

本取り組みは、「革新的技術開発・緊急展開事業(うち経営体強化プロジェクト)」の研究課題「産地間連携による青ネギ周年安定供給のための生産予測・出荷調整支援システムの開発」により実施されたものである。

本システムの利用条件などについては、下記までお問い合わせください。

〈問い合わせ先〉

農研機構野菜花き研究部門

住所:茨城県つくば市観音台3ー1ー1

電話:029ー8386575



引用文献

(1)小林茂典. 2006. 野菜の用途別需要の動向と国内産地の対応課題. 農林水産政策研究 第11:1-27.

(2)村松 功. 1999. 葉ネギ(中ネギ)の栽培. 『農業技術大系』野菜編. 第8-1巻. 基+278:88~95.

(3)岡田邦彦. 2008. 露地野菜における生育予測技術開発の現状と問題点. 露地野菜の生育予測に対するニーズと技術的課題. 平成20年度野菜茶業課題別研究会資料. 1-5.

(4)大野宏之. 2014. メッシュ農業気象データ利用マニュアル. 中央農業総合研究センター研究資料 9:1-77.



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