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調査・報告(野菜情報 2019年11月号)


子どもの野菜嫌いと食育

東京農業大学 国際食料情報学部 国際食農科学科 教授 ふるしょう ただす

【要約】

 毎日の食生活の中で副菜として取り扱われる野菜は、いろいろな種類をたくさん摂取することで、私たちの日々の健康増進と生活習慣病の予防に役立つことは誰もが知っていることです。大人は、子どもに「野菜をしっかり食べなさい」「いろんな野菜を好き嫌いせずに食べなさい」と、ついつい厳しい口調で言ってしまいがちです。しかし、そのことが逆に子どもの野菜嫌いを助長してしまい、大人になっても野菜の摂取量が少なくなってしまう結果を生むことにもなりかねません。
 「野菜はどうして食べなければならないのか」、「野菜を食べると体にどんないいことがあるのか」。これらを学校の教室で楽しみながら勉強し、食への興味を膨らませることが食育の目標でもあります。

1 子どもたちにとって野菜とは苦手な食べ物

世の中のすべての親の一番の願いは、子どもが健やかに成長することだと思います。そのためには、「好き嫌いなく何でも食べられる子になってほしい」と思っているはずです。しかし、この思いに反して「子どもの好き嫌い、偏食」について悩みを持つ親御さんが多いのも確かです。その中でも野菜嫌いに頭を抱えるお母さん達が多いのではないでしょうか。でもなぜ、野菜嫌いの子どもが多いのでしょうか?ヒトの舌には味覚センサーの働きを持つらいという細胞の集合体が存在します。食べ物を口に入れてみ、唾液と混ざり合って液状になった成分が味蕾に接触することで味を認識することができます。味蕾の数は小さな子どもに多く、このため大人よりも味に敏感であると考えられます。

私たちが感じる味覚には「味の基本五味」というものがあります。「甘味」「塩味(かん)」「旨味」「酸味」「苦味」の5つの感覚です。このうち「甘味」「塩味」「旨味」は私たちが生きていくために必要な栄養素である糖質、ミネラル、タンパク質(脂質も旨味の一部として認識できる)を感じるシグナルで、本能的に必要なものとして好む味と考えられます。つまり、赤ちゃんが初めて口にする食べ物であるお母さんの「母乳の味」といってもいいのです。赤ちゃんは誰に教えられることもなく、もって生まれたこの味覚を使って生きるために一生懸命に母乳を飲む訳です。一方、「酸味」や「苦味」はどうかというと、「酸味」は腐敗した味、「苦味」は毒の味で、口に入れてはいけない有害なもののシグナルとして認識しているのです。これらを二つに区別すると「おいしい」「まずい」になると考えてよいでしょう。

このようなことから、小さな子どもが酸味や苦味の強い野菜を口にした時、吐き出してしまうのは自己防衛本能によるきわめて自然な行為であると理解できます。苦い野菜の代表として、子どもに不人気なもののひとつにピーマンが挙げられます。ところが、ピーマンの苦味は、渋味成分である「クエルシトリン」と、香り成分である「ピラジン」の一種が複合されることで、苦味センサーが苦味として感知していることが最近の研究で明らかになりました。これは「子どもピーマン」という品種がクエルシトリンの含有量が少なく苦味が少ないことから明らかになったとても興味深い研究結果です。

子ども達の多くは、さまざまな場面での食経験を積むことによって、野菜への拒否症状が軽減していきます。また、周りの大人が「おいしい」といって食べる姿をみることで「食」への興味が湧き、「食べてみよう」という行動、つまり、「まずい」と思いながらも頑張って食べることで大人から褒められることのうれしさが食行動の変容を生む原動力にもなります。

酸味や苦味が本能として避ける味であることはわかりましたが、子どもの野菜嫌いはこれだけが原因ではありません。例えば、味そのものではなく、匂いや見た目、舌触りなども大いに関係しています。また、「食べ残さないように」「好き嫌いせずになんでも食べるように」など大人からプレッシャーをかけられることで食事が楽しくないと感じます。たまたまその食品を食べたときにお腹をこわした、というような経験がトラウマになって嫌いになるなど、ちょっとしたことが原因になっていることもあります。

2 野菜嫌いの克服への道

(1) 家庭での楽しい食卓づくり

小学校のPTAが主催する食育をテーマとした講演会に呼ばれていくと、必ずといっていいほどお母さん達から「子どもの野菜嫌いを克服するにはどうしたらよいのでしょうか?」というご質問を受けますが、その際は以下のようにアドバイスをしています。

 「野菜を食べなさい!」という強制はかえって子どもの反発を生むので、一口でも食べられたら褒めてあげる。さまざまな食経験を積めば、そのうち食べられるようになる、くらいの長い目でみてあげる。

② 注意したり、怒ったりすることで食事すること自体が楽しめなくなるので、家庭での食事は楽しく一緒に食べることを優先する。

 子どもの食事にかかる時間は長いのが当たり前。大人のペースで早く終わらせてしまうと、個食になり食事は楽しめなくなるので、ぐっとこらえてペースを併せる。

 食べない野菜をあきらめて出さなくなったら子どもの勝ち。粘り強く味付け、形、大きさなど工夫をしながら出し続ける。

 「空腹は最大のごちそう」。食事の前の過剰なおやつは厳禁。

 親に好き嫌いが多いと子どもも食べない。子どものことを考えるなら親も「おいしいね!」と笑って食べてみせる努力が必要。

 家では食べない子どもも、学校給食では意外と食べていたりする。家の食事だから安心して自分の気持ちを素直に出していることも寛容に受け止めてあげる。

親としては我慢を強いられるので辛いところですが、結果として「楽しいわが家の食事」の時間が食経験を増やし、子どもの野菜嫌いを克服していく早道なのです。

(2) 学校での協食

子ども達は、学校が休みの期間と土・日の週末を除くと週5日は学校で給食を食べています。日本の学校給食は1889年、山形県鶴岡町(現鶴岡市)のだいとくに、寺院の宗派を超えてに開校した私立忠愛尋常小学校に通う貧困家庭の子ども達に、お坊さん達が昼食として、おにぎり、焼き魚、漬物などを与えたのがはじまりとされています。ヨーロッパ各国でも同じ頃に貧困家庭の子供に学校昼食の提供をはじめていたようです。

現在の学校給食は、当時のものに比べると大変な進歩を遂げています。そして、学校給食の目標も大きく変わっています。それが、平成20年に改正された「学校給食法」です。実に54年ぶりの改正で、平成17年に制定された「食育基本法」を受けたものになっています。この法律には学校給食の目標として「つの目標」が挙げられています(表1)。

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今や学校給食は、空腹を満たすためだけでなく、①健康を考えて正しく食べること②食がさまざまな生き物の命を頂いている行為であり命への感謝の気持ちを持つこと③自分の口に食べ物が届くために生産・加工・流通・調理と多くの人が関わっていること―などを学ぶための授業の一環として扱われています。学校の先生や栄養士は、子ども達の好き嫌いが少しでも減るように、あの手この手、いろんな声がけをして給食を指導しています。もちろん、昔のように食べられない子昼休みに居残りで食べさせるようなことは、今の時代にはありません。野菜嫌いの子どもにとって、給食時間は頑張りどころです。「友達と一緒に楽しく食べている」「自分が食べられない野菜を友達が食べている」「先生や友達に励まされながら頑張って食べる」など、家庭とは違う友達同士で協力し合いながら食事の環境を作るという「協食」の関係の中で食事をすることで苦手な野菜も克服しているのです。ただ、学校で食べられるから家でも食べるというわけではないようです。こうした場合、家では少しのわがままは許してあげてもよいのかも知れません。

3 私たちの食育への取り組み

私たち東京農業大学国際食農科学科食環境科学研究室が小学校の食育授業に参画するようになったのは、平成17年からで今年で15年目になります。学年に応じた食育が必要なため、小学校の先生方と話し合いながらいろいろな教材を独自に開発してきました。それらの中でも、特に年生を対照とした授業には力を入れて行っています。内容はいずれも野菜をテーマにしたものです(表2)。

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低学年の先生方からは、「学校給食で野菜嫌いを克服できるような食育の授業にしたい」「野菜を食べることに興味を持たせたい」というリクエストをいただきました。そこで私たちは、野菜の特徴を考えて子ども達がよくテレビで観る戦隊もの(○○レンジャー)のキャラクターを作り、子ども達に野菜を食べることの大切さをアピールしようと考えました

年生でも知っていて、かつ好き嫌いでベスト10に入るような野菜を選びました。その結果、にんじんマン、ほうれんそうマン、たまねぎマン、ごぼうマン、だいこん娘の人からなる野菜戦隊ベジレンジャーが誕生しました(写真1)。形や色、働きの異なるこれらの野菜はまさに打ってつけのキャラクターになりました。次は紙芝居のストーリー作りです。小学年生の野菜嫌いの男の子。給食の野菜が食べられず大好きな女の子に注意され、昼休みに友達と遊んでもすぐにフラフラ、ウンチも出ないので朝から腹痛、楽しみにしていた学校の遠足へは風邪を引いて発熱で行けず。「どうして自分だけこんな目に遭うんだろう」とベッドの中でくすぶっていると、「君のお腹が痛くなったり、遠足にいけないのは僕達をちゃんと食べないからさ!」という声。目を開けると、そこには野菜戦隊ベジレンジャー。ベジレンジャーはそれぞれの野菜の働き、協力することで発揮される野菜パワーについて少年に説明します。それを聞いた少年は「これからは野菜をちゃんと食べるようにがんばる!」と約束したところで夢が覚める。風邪が治って学校に行けるようになった少年はみんなが見守る中、勇気を出して野菜を食べると、友達にも褒められてうれしい気持ちになりハッピーエンド。と簡単なストーリーにしました。毎年年生の子ども達は紙芝居を食い入るように見てくれます。その後、振り返りとして出てきた野菜の名前や働きをクイズ形式で質問するとみんな元気よく手を挙げます。そこへベジレンジャーに変身した大学生が登場すると教室の雰囲気は最高潮に達します。そこではベジレンジャーと友達関係にある、つまり同じ働きを持つ野菜をあてるというゲームを行います。グループごとに違う野菜を与えベジレンジャーと一緒に考えます(写真2)。本物の野菜を使うので触ったり匂いをかいだりと子ども達は興味深く野菜に接してくれます。正しく友達の野菜をベジレンジャーに渡せたら正解です。最後に、「野菜全部食べるぞ!」と大きな声で宣言して授業を終了します。

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この時はいつも授業参観日で、御父母方々も大勢観に来ていただけるので、家の方には、「野菜食べるぞ」宣言をしたので「いろいろな野菜を工夫してたくさん食べさせて下さい」とお願いもします。お母さん達からも好評の授業です。

年生では続編としてクラス全員分の野菜を用意して、赤、緑、白に野菜を分類し、苦手な野菜でも仲間の野菜があるので色々試して苦手な野菜を減らすという授業を紙芝居と実物を使って行っています。面白いことに、自分は苦手だけど他の友達は大好きで食べている。その逆もあることに子ども達は気付いています。そういったお互いの気付きも給食ではありませんが「協食」につながっています。私たちは、こういった食育の授業を展開することで「食べることの大切さ」「食べ物の命の大切さ」「関わっている人への感謝」の心を育てていきたいと思っています。



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