調査情報部 村野 恵子
近年、地域住民などによる無料または安価で栄養のある食事や温かな団らんを提供する子供食堂が広がっており、家族などと食事をするのが難しい子供たちに対し、みんなで一緒に食事をする機会を提供する取り組みが増えている。子供食堂の第1号である東京都大田区の「気まぐれ八百屋だんだん」は野菜主体の献立を提供し、地域の交流拠点にもなっている。
地域住民などによる無料または安価で栄養のある食事や温かな団らんを提供する子供食堂(注1)が広がっており、家族などと食事をするのが難しい子どもたちに対し、みんなで一緒に食事をする機会を提供する取り組みが増えている。NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえ(注2)(以下「むすびえ」という(理事長:湯浅誠、社会活動家・東京大学特任教授)によると、特に最近の増加は著しく、2016年は319カ所、2018年は2286カ所、直近の2019年は3718カ所となった。
本稿では、東京都大田区で八百屋の強みを生かして2012年から取り組んでいる「気まぐれ八百屋だんだん」について、活動状況、野菜を含めた食材の調達状況などを紹介する。
注1:本報告では、常用漢字表(平成22年内閣告示第2号)により、固有名詞や引用部分を除き、「子供」および「子供食堂」の表記を使用している。
注2:参考文献1
(1) 子供食堂の運営者の概要
農林水産省が2017(平成29)年度に子供食堂運営者を対象に実施したインターネット調査結果(注3)によると、子供食堂の運営実態は、表1の通りである。活動目的として意識していることは、「多様な子供たちの居場所づくり」が最多で、次いで「子育ちに住民が関わる地域づくり」「生活困窮家庭の子供の地域での居場所づくり」となっている。多様な子供たち、居場所づくり、地域づくりなどが活動目的のキーワードに挙げられる。
活動地域は、主に都市部と郊外で「小学校区」「町内会圏域・近隣地域」といった身近な範囲で活動している。また、自治体や社会福祉協議会の直営や委託ではなく、任意団体やNPO法人などが直接運営している形態が多い。
子供食堂以外の活動としては、「子育て支援」が最多で、子供食堂のみも2割ある。
注3:参考文献3
(2) 子供食堂の運営状況
次に、子供食堂の運営状況を見てみる(表2)。
開催頻度・開催日は、月1回程度が約半数を占め、2週間に1回以上は約4割で、週1回以上は2割に満たない。時間帯は、平日の夜が最多で、次いで土日祝日の昼、土日の夜の順となっている。
1回に参加する平均人数は、子供は23.7人、大人は14.9人となっている。参加費は、子供は半数以上が無料、大人は約7割が有料となっている。有料の場合の平均参加費は、子供は134円、大人310円となっている。
参加対象者は、「子供以外を含めて誰でも」が最多で、次いで「子供なら誰でも」と原則子供全体に門戸を開いている。参加対象年齢は、子供や子供に付き添う親以外に「高齢者」や「それ以外の大人(18歳以上)」の回答もある。
スタッフの数は、1回につき平均9人で、スタッフの不足感に関しては、半数は足りているが、約4割は不足感がある。
開催会場は、半数程度が他団体・個人等所有の施設を使用している。過去1年間の運営費は、7割以上が30万円未満となっているが、開催頻度が高いほど、運営費が高くなる傾向がある。また、約7割が助成制度を利用している。
衛生管理の状況については、約90%が衛生管理に関する知識を持つ有資格者がいる。また、保健所への許可・届出は、約4割が営業許可を受けるか届出を行っており、約4割が保健所に相談し許可や届出が不要と判断を受けた。
また、現在、運営に当たり「来てほしい家庭からの参加の確保」「運営費の確保」「運営スタッフの負担の大きさ」が特に大きな課題となっているほか、「食材の安定的な確保」も約1割が課題として挙げられている。
(1) 活動概要
東京都大田区にある気まぐれ八百屋だんだん(以下「だんだん」という)は、現在毎週木曜日に、子供食堂を開いている(写真1)。店主の近藤博子さん(一般社団法人ともしび at だんだん代表理事)は、2012年夏に「子供食堂」を開いた(写真2)。これが子供食堂の第1号になり、その後急速に子供食堂が全国に広まった。
だんだんは、子供食堂の他に野菜の販売(八百屋)(水、金、土)や、郷土料理教室(月1)、大人の学び直し講座(英会話、手話など11講座(2019年9月現在))、寺子屋(学習支援)などを開催している。地域の拠点となり近所の人が気軽に来られる店、かつ地域のコミュニティ八百屋をモットーとしている。
(2) 子供食堂を始めた経緯
店主の近藤さんは、歯科衛生士として、長年歯に関わってきた。また、実家が農家であったことから農業に興味があったこと、母親が食品添加物の使用などに敏感であったことから、3人のお子さんを育てる際もなるべく農薬を使わない野菜や食品添加物を使わない食事などを心がけてきた。
歯の保健指導などに関わりながら、人が生活する上で、最も大切なことは食であるという思いを強く持つようになった近藤さんは、2008年に八百屋を始めた。きっかけは自然食品の店を営む友人に頼まれて、週末だけ無農薬野菜や自然食品の配達をやるようになったことだが、現在のだんだん(元は居酒屋)を居抜きで借りて野菜の仕分けを行っていたところ、近所の人から「それなら小売りもしてよ」と言われて、平日も「気まぐれ八百屋だんだん」という店名で無農薬野菜や自然食品の販売をするようになった。だんだんは、近藤さんの出身の島根県の方言で「ありがとう」という意味である。
八百屋を始めてみると、一人暮らしのおばあちゃんが、「きょうは誰とも話さなかった」というのを聞いたり、子育ての悩みを聞くようになると、地域でみんなが集まれる居場所が必要だと思うようになった。
そうした中、2010年に近所の小学校の副校長から、給食以外にバナナだけで食事が満足にできない子がいるという話に衝撃を受け、地域で何かを始めたい、地域とつながりたいという思いで、仲間との話し合いを続け、2012年8月に子供食堂を開いた。「子供が一人で安心して外食できる場所」「みんなのほっとできる場所」ということで、子供食堂という名前にしたとのことである。最初は、隔週だったが、やがて毎週開催するようになった。
なお、子供食堂を始め、キッチンを利用してだんだんでのさまざまな活動で客に飲食の提供をしたいと考えた近藤さんは、飲食店の営業許可を受けることとし、2012年に食品衛生責任者(注4)の研修を受け、食品衛生責任者の資格を得るとともに飲食店の営業許可を取得した。
注4:飲食店などの調理営業や食品の販売業などに必要で、食品衛生責任者養成講習を受講した者などがなる。
(3) 子供食堂の運営状況
ア スタッフ、参加人数
子供食堂のスタッフは調理担当の大人7人、他に子供食堂の参加経験者を含んだ社会人、大学生、高校生が10人程度参加している。現在の調理担当スタッフは、テレビなどで紹介されたことがきっかけでスタッフになった人が多い。
また、1回当たりの参加者は、50人程度で、未就学児、小学生、中学生、子供と同伴の親、大人の参加者がいる。参加料は、大人500円、子供はワンコインで100円以下である(表3)。
イ 食材の調達
八百屋が開催する子供食堂ということで野菜が主体の献立である。野菜は、店での販売分を含め、宮崎県の無農薬野菜を生産している農家から週3回程度仕入れている。また八百屋で売れ残った野菜を提供することもある。
食材費は、仕入価格は生産者と取り決めた固定価格であり、市況とは連動してないので、乱高下することはないが、配送費が高いのが悩みの種という。しかし、週に3回、確実に旬の野菜を送ってくれる農家への近藤さんの信頼は厚く、配送費の悩みに代え難いものがある。
他には、近隣で野菜を栽培している人が、この活動を知って3年程前からばれいしょや季節の野菜を持ってきてくれたり、畜産物、米、果物などは、個人、企業などからの寄付で賄っている。これらはフードバンクなどの組織は通さず、直接持参または配送してもらっている。
ウ 運営費の確保
だんだんでは、子供食堂の他に大人の学び直し講座などさまざまな活動を行っているが、それぞれの活動の企画者から、活動参加費の3割を会場使用料として徴収している。他に八百屋の売り上げ、子供食堂の参加料が収入になっている。
近藤さんを含む子供食堂のスタッフは無償であり、こうした収入で家賃や光熱費、食材費などの運営費はなんとか賄えている状況である。近藤さん自身は、歯科衛生士として不定期に行く区の休日診療所などの仕事で収入を得ているところである。
余裕のない資金状況であるが、利用可能なものが見当たらないため、助成制度は利用していない。
ただし、だんだんを居抜きで借りた時、社会福祉協議会の助成金を利用し、内部の改修などを行った。また、現在も「車いすステーション」として、車いす4台を置き、社会福祉協議会から規定の委託費をもらっている。
ちなみに子供食堂に係る経費(参加料を差し引いた実質的な負担額)は、おおよそ、年間50~60万円程度という。
エ 子供食堂の1日
夏休み期間中でもある8月下旬のある日、15時過ぎにだんだんを訪れてみると、すでに店主の近藤さん、他に大学生と高校生のスタッフが集まっていた。仕込みを始める15時半を過ぎると、調理スタッフも集まってくる。
「きょうの野菜や肉は、こんなものがあるよ」と近藤さんが段ボールや冷蔵庫から出してくる(写真3)。それを見たスタッフが、献立を決めていく。本日の献立は、「しめじとぜんまいの甘辛煮」「なすとピーマンのトマト炒め」「キャベツと鶏肉のホイコーロ」「きゅうりと梨の浅漬け」と決まる。
献立が決まると、スタッフの動きは早い。特に感心したのは、学生などのスタッフは男の子が多いが、きゅうりやキャベツを切ったりする手つきが慣れていることだ。当初、学生スタッフは、3人だったが、だんだん増えて最終的に6人になり、エプロンをして仲間と楽しそうに話しながら、調理を手伝う(写真4)。そのかたわらで、近藤さんや調理スタッフは、手際よく、大鍋に料理を作り、その日に出す料理を仕上げていく(写真5)。調理スタッフは3人、そのうちの一人M氏によると、「きょうは、夏休みなので少なめで、スタッフの分を含めて60人分程度の料理を作った。多い時は、80人分ぐらい作る時もあるが、最近は70人程度で落ち着いている」という。
学生スタッフは、近くから来ている人もいたが、1人は江戸川区から来ていた。また、何人かは元々この子供食堂の経験者で、そのうちの1人が友達などに声をかけたのがきっかけで、集まっている人もいた。スタッフとして働いている期間も1カ月から2、3年とさまざまだ。
近藤さんは、料理ができると本日の料理と献立を店頭に出すとともに、フェイスブックでも知らせている(写真6)。
17時半になると、お客さんがやってくる。最初にきたのは、小学5年生の女の子2人、学生スタッフが女の子に話しかけて笑わせる。そのうちその女子の集団は、5人になっていた。
他にも小学6年生の女の子、乳児を連れた母親、大人、外国人の子供などさまざまな人が訪れる(写真7)。店の広さは入口近くにテーブル席が2つで12人程度、奥の小上がりが6人程度といったところだが、ひっきりなしに人が訪れて中々席が空くということはなく、また自分たちだけで話すのではなく、みんなで話をしながら食べる。近藤さんが、「ここの食事風景は大家族のようでしょ」というが、まさしくそんな感じだ。
乳児を連れた母親は、それぞれ「1週間に一度料理作りを休めることと、みんなと一緒にここでご飯を食べられるのが楽しい」「ここの料理がおいしい。特に野菜がおいしくて、子供は家で食べられない野菜でもここなら、食べられる」と言っていた(写真8)。
(4) 子供食堂の意義~食を通じた地域の居場所づくり~
だんだんでは、野菜が主体の献立であり、また炒めたり煮炊きをした料理なので、野菜をふんだんに食べられ、かつバランスの良い食事になっている。子供に対しては、きらいな野菜を無理強いはせず、ピーマンぎらいな子には、ピーマンをぬいたりもするが、一方ではきらいな野菜でも少しずつ食べられるようになる子もいるという。また、ワンプレートに盛られた食事はほとんどの人が完食していた。
旬の野菜を使い、季節感を出すことを心がけると同時に、年齢などが違うさまざまな人が話をしながらの食事風景は大家族のようで、だんだんの子供食堂は食を通じた地域の居場所づくりや、食育の場を担っているといえる。
最初は、個人で子供食堂の活動を始めた近藤さんだが、こうした活動を通じて、現在学校や地域での委員を依頼され、学校の行事に顔を出すことも多く、地域とつながりができている。近藤さんは、「教師をしている訳でもないのに、子供の成長が見られるのは、得がたい経験で、自分の子供以外の子供の成長に関われることがうれしい。子供から、親にも言わないことを言われることがあり、少しでも困っている人の役に立てているのならうれしい」という。
また、こうした活動が認められ、農林水産省第3回食育活動表彰(2019年4月)の教育関係者・事業部門《教育等関係者》農林水産大臣賞を受賞している。他にもだんだんは、子供食堂の第1号として、マスコミなどに取り上げられることが多い。
だんだんでは今後、子供食堂そのものの回数を増やすことは考えてないが、総菜を作って売りたいと考えている。そうすれば、お店では食べられない人、足を運ばない人にも食事を提供することができ、活動の幅が広がるという。
むすびえの理事長湯浅氏は、「子供食堂は、『地域交流拠点』と『子供の貧困対策』の2本足で立つ。子供食堂には、福祉分野に限らない多様な分野からの参入が進んでいるが、この地域交流拠点としての機能によるところが大きい。」(注5)という。
近藤さんが、子供食堂を始めた直接のきっかけは、小さいながらも八百屋を始めたことだった。しかし、地域コミュニティという側面がある八百屋をはじめとした個人商店が減り、地域のコミュニティの場が減少している現状に対し、居場所を提供したいと思ったことも、子供食堂を始めたきっかけであった。
現在、近藤さんは居場所(地域交流拠点)をつくり、かつての子供食堂の参加経験者が子供食堂でスタッフとして参加したり、活動を応援したい調理スタッフなどとともに子供食堂に関わるなどスタッフにも恵まれている。また、活動を知った人々からの寄付にも助けられている。今後は、だんだんの子供食堂の継続については、安定的な運営費の確保が求められるところであるが、子供食堂を始めて8年目の近藤さんは、「今後も自分のやれる範囲でやり続ける」と語る。
子供食堂は、冒頭でも触れたが、全国で3700カ所を超えたという。その子供食堂の第1号とも言われるだんだんを事例に子供食堂の実態を見てきた。食を通じた地域での居場所づくり、かつては多くの家族や地域で見られ、今は効率化という名目で失われてしまったものが、今改めて求められていると感じた。
注5:参考文献4
(謝礼)
お忙しいところ、取材にご協力をいただいた一般社団法人 ともしび at だんだん代表理事 近藤博子氏をはじめ、関係者のみなさまに厚くお礼申し上げます。
参考・引用文献
(1) むすびえ 全国箇所数調査2019年版 https://musubie.org/news/993/
(2) 農林水産省 「子供食堂の運営実態」 http://www.maff.go.jp/j/syokuiku/set02jittai.pdf
(3) 農林水産省「子供食堂向けアンケート調査集計結果一覧」平成29年10月17日~11月15日の1カ月間に274名が回答した。http://www.maff.go.jp/j/syokuiku/syukeikekka.pdf
(4) 湯浅 誠 2019年「こども食堂の過去・現在・未来」『地域福祉研究』NO47 15~27頁 (公財)日本生命済生会