東北大学 非常勤講師 佐々木 寿
だいこんは、日本に古くから伝わっており、長く親しまれてきた野菜である。全国には、さまざまな在来種である地だいこんが根付いており、遺伝資源としても重要であるが、地域の伝統知、食文化に果たしている役割も大きい。そうした地だいこんの役割と全国にあるさまざまな地だいこんを紹介する。
全国には食の文化財ともいうべき数多くの在来種である地だいこんが根付いていて、歴史的、文化的にも重要な野菜である(写真1)。しかし、食文化や嗜好の変化、栽培者の高齢化などで、これまでに失われた在来種も多い。
筆者は、長年にわたって地だいこんに関わってきたことから、本稿で全国の地だいこんを系統別、地域群別に整理するとともに、伝統知(培われてきた知識)や食文化に果たす役割、地だいこんの遺伝資源としての価値を紹介する。
(1) 在来種としての地だいこんの価値
現在、栽培されているだいこんは、一代雑種(F1品種)(注1)がほとんどである。これらは練馬系や宮重系などの在来種をベースにして育種、品種改良されたものが多い。
在来作物の研究や保存活動などに積極的に取り組んでいる山形大学農学部の江頭宏昌教授が「在来種は、世代を越えて栽培者自身が自家採種などで栽培と保存を続けながら生活に利用されてきた作物である。自家採種を繰り返すと、地域の自然環境や栽培者の感性に適応した固有の遺伝的形質を持つようになる。採種者が多いほど、地域の遺伝的多様性が保たれやすく、地域の伝統食に欠かせない食材であることも多い」と、初めて定義したが(注2)、地だいこんについても自家採種を繰り返すことで、地域の自然環境や栽培者の感性に適応した固有の遺伝的形質を持つ固定種となっている。長年にわたって各地方の風土性に培われてきた固定種から栽培される地だいこんは、消失してしまうと、地域の食文化に果たしてきた役割と歴史や、郷土食の一端も途絶えてしまう一面を持っている。
注1:ある異なった対立遺伝子を持つ両親の交雑の結果生じた、第一世代や 雑種第一代の示す形質が両親のいずれよりも優れる場合、この現象を雑種強勢といい、より有用な形質を伸ばす方向に品種改良されたものは一代雑種や一代交配種などと呼ばれる。
注2:引用文献(1)
(2) 地だいこんの変遷
各地の地だいこんは、江戸時代の中・後期以降に、練馬だいこんに代表される江戸だいこんや尾張だいこん(宮重だいこん、方領だいこん)などが、参勤交代による街道整備や交易の拡大とともに、北前船の舟運、近江商人、越中富山の薬売り、善光寺詣、お伊勢参り、湯治など、旅人や商人などの手で全国各地に伝播した。
江戸時代中期以降、大きく品種が分化して他のだいこんと交雑と選抜を繰り返しながら、土地柄や風土に適した形質を獲得して、多種多様な地だいこんが生まれた。
1956年9月に、わが国で開かれた初の国際遺伝学会議では、全国のだいこんの調査と試験研究が行われて110品種以上にも及ぶ各地の地だいこんが展示され、その高度な育種技術と遺伝的な特性が注目を浴びた(注3)。
その中でも、わが国の地だいこんで、世界中の専門家たちを驚嘆させたのが守口だいこんと桜島だいこんである。守口だいこんは根の直径がわずか3センチメートル程で、根長は1メートルをはるかに超える世界一長いだいこんである。
『和漢三才図絵』(1713年)によると、その根長は約70センチメートルほどであったというから、現在に至るまで50センチメートル以上も伸びたことになる。
また、世界一大きく重量のある桜島だいこんは、南九州海岸一帯にあった自生種との交雑説や、方領だいこんからの変異説、在来種であった国分だいこんからの変異説などいろいろある(注4)。これら両だいこんは、ともに長年にわたり品種改良にかけた先人の英知と努力の結晶である(写真2)。
注3:引用文献(2)
注4:引用文献(2)
(3) 固定種としての地だいこんの特性
個々の固定種としての地だいこんの形質には、自家採種の技術を巧みに駆使しながら、地だいこんの種子を守り続けてきた先人たちの歴史が凝縮されている。多彩な葉と根の形状を持ち、個性的な地だいこんの魅力は、それが栽培されてきた土地柄でしか、その地だいこんがもつ特性が発揮されないこともあり、地域限定の味になる。地だいこんの料理は地域独特の味に富み、その土地の風土性に合った食文化を担っている(注5)。
F1品種の浸透や畑地の水田化で各地の地だいこんは、表舞台からは姿を消すが、今こそ、地だいこんの遺伝資源としての探索と収集・保存、優良系統の選抜と継承が求められている。
注5:引用文献(3)
ここでは、系統別に地だいこんを見る。外見の違いから、白首系、青首系、丸系、長短系、赤首系などがある。それぞれの系統ごとの品種の特徴は、以下の通りである。
(1) 白首系の地だいこん
白首系は、地だいこんの中で最も多い品種群であり、その代表群は練馬系の地だいこんや方領だいこんなどである。
ア 練馬系(写真3)
(ア) 練馬だいこん
練馬区内が原産で白首系だいこんの総称である。江戸元禄期以前に尾張から伝わったと言われ、練馬尻細だいこん(たくあん漬用)と練馬秋づまりだいこん(煮物用)に分かれる。
(イ) 大蔵だいこん
世田谷区大蔵が原産である。甘みが強く漬物や煮物に向く。最近は、伝統野菜(江戸東京野菜)として栽培が復活している。
(ウ) 三浦だいこん
昭和初期から神奈川県の三浦半島で栽培されている。重量があり、煮物用として最適である。
(エ) 御薗だいこん
大正期から伊勢市御薗で栽培されている。伊勢たくあんが有名である。
(オ) 美濃早生だいこん
在来の練馬系と亀戸だいこんが自然交雑したものである。漬物、早漬け、だいこんおろしなどに向く。
イ 方領だいこんなど(写真4)
(ア) 方領だいこん
愛知県あま市甚目寺町方領で、江戸中期から栽培される歴史の古い尾張のだいこんである。
肉質はしまり、煮物に適し、風呂吹きだいこんとして有名である。
(イ) 二年子だいこん
東京都の荒川周辺、神奈川県や関西地方で栽培されている。肉質はかたく辛い。
(ウ) 赤塚だいこん
新潟市で栽培されていたが、今は消失している。
(エ) 田辺だいこん
大阪府東住吉区田辺で、江戸時代から栽培されていた古い品種である。肉質は柔らかく甘みが強く、煮物や甘漬に適する。地元では保存会が結成されている。
田辺だいこんの菓子は郷土銘菓として名物である。
(オ) 大阪四十日だいこん
大阪市内で古くから栽培されている。正月用の雑煮だいこんとして食用される。
(カ) 堀江つまりだいこん
愛知県西春日井郡新川町の堀江地区で明治中頃から栽培されている。早漬け、甘漬け、煮物に合う。
(キ) 和歌山だいこん
紀州白だいこんとも呼ばれ、和歌山市周辺から紀ノ川流域で栽培されているが、減少傾向にある。
江戸中期に参勤交代で江戸から伝わり、紀ノ川漬けに使用される。
(ク) 白茎うぐろだいこん
広島市内で栽培され、煮物や漬物として利用されている。
(ケ) その他
理想(西町)だいこん(埼玉県)、浮島だいこん(茨城県稲敷市浮島)、上泉理想だいこん(群馬県前橋市)、平野だいこん(富山県射水地方)、山田だいこん(滋賀県草津市北山田)、とっくりだいこん(山口県徳山市、新南陽市沿岸部)などがある。
(2) 青首系の地だいこん
現在、だいこんで最も多く出回っていのが、F1品種の青首系のだいこんである。そのルーツは宮重だいこんである(写真5)。
ア 宮重だいこん
愛知県清洲市春日宮重町が原産地である。古くから名産として栽培され、尾張名物として方領だいこんとともに全国に広がった。甘みがあり、水分も多く、その用途は幅広い。
イ 源助だいこん
宮重系と在来の練馬系が自然交雑したもので、石川県金沢市打木町で1942年から栽培されている。重量があり柔らかく甘味がある。煮物に最適で、おでんは絶品である。
ウ 板垣だいこん
福井市板垣で明治後期から栽培されている。宮重系の細根で、首部の緑色は鮮明である。現在、生産者は少数である。
エ 青身だいこん
昭和初期から、和歌山市周辺で正月の雑煮用として栽培されている。
(3) 丸系の地だいこん
大型の球形だいこんの代表的な品種には、聖護院だいこん(京都府)、桜島だいこん(鹿児島県)がある。また、鷹ケ峰だいこん(京都府)、岩国赤だいこん(山口県)は小型の地だいこんである(写真6)。
(4) 長短系の地だいこん
長短系の地だいこんには、長形の守口だいこんや短形の亀戸だいこんなどがある(写真7)。
ア 守口だいこん
岐阜県川島町庭田と愛知県扶桑町山那の木曽川流域で、沖積層の深い砂壌土地帯の一部で栽培されている。肉質は緻密でかたく辛味も強い。美濃干し、粕漬けにする。特に守口漬けは有名である。
イ 亀戸だいこん
江戸後期から江東区亀戸の荒川周辺で栽培されている。肉質は緻密、純白で、根と葉ともに美しい形状の春だいこんである。伝統野菜(江戸東京野菜)として、栽培が復活した。
ウ その他
東北地方には小瀬菜だいこん、花作だいこん、小真木だいこんなどの長短系の地だいこんがある。
(5) 赤首系の地だいこん
各地には、さまざまな赤首系の地だいこんがある(写真8)。
ア 唐風呂だいこん
栃木県足尾町で栽培されている。根部のほとんど赤紫色を帯びる。漬物、生食に利用される。
イ 入河内だいこん
高知県安芸市内で古くから栽培されている。首部が赤紫色を帯び、肥大して青首系の3倍の大きさ。重さは4~5キログラム程で、甘く煮くずれしない。根も葉も生食にする。
ウ 女山だいこん
佐賀県多久市西多久町の猪鹿地方で江戸時代から栽培されている。耐寒性に強く肉質は甘くおいしい。生食、漬物、煮物に利用される。
エ その他
東北地方には赤筋だいこん、きじがしらだいこん、肘折だいこん、安家地だいこん、信州地方には赤口だいこん、親田辛味(赤首系)だいこんがある。
さらに、庄だいこん(愛媛県北条市庄地区)、岩国赤だいこん(山口県)、赤系の糸巻きだいこん(宮崎県)、国分だいこん(鹿児島県)などがある。
(6) 辛味系の地だいこん
長野県や東北地方などの山間地には、辛味系といわれる強い辛味がある地だいこんが多い(写真9)。肉質はかたくて独特の風味があり、水分は少なく貯蔵性は高い。
松館しぼりだいこんや大館地だいこん(秋田県)、弘法だいこん(山形県)、あざきだいこん(福島県)、親田辛味だいこん(長野県)、信州ねずみだいこん(長野県)、戸隠だいこん(長野県)、伊吹だいこん(滋賀県米原市の大久保地方にある伊吹山のふもと)、すえ(平家)だいこん(宮崎県)などがあり、それぞれの地域で栽培されている。これらはそばなどの薬味として珍重されている。
東北地方などの寒冷地や豪雪地帯では、地だいこんは救荒作物として貴重な食資源であり、主要な糧であった。根と葉は大切な保存食で、そのため貯蔵性があり、長期の保存に堪える肉質のかたい地だいこんが生まれた。北前船による交易と最上川の舟運、山間地への塩の道はだいこん伝播の道でもあった(注5)。
地だいこんは東北地方の日本海側に多く、信州地方では盆地ごとに独特の地だいこんが育まれ、豊かな郷土食の貴重な食材として重宝されている。ここでは、前項で紹介した系統別の地だいこんも含めて地域群別に地だいこんを紹介する。
注5:引用文献(3)
(1) 東北地だいこん群
東北地方には、以下のように多種類の地だいこんがある(表1、写真10)。
(2) 信州地だいこん群
信州地域にも、以下のようなさまざまな地だいこんがある。寒さが厳しい信州では、ダイコンニョウと呼ばれるだいこん貯蔵庫を作って冬期、だいこんを貯蔵していた(表2、写真12)。
(3) 京都府の地だいこん群
京都府には、以下のようなさまざまな地だいこんがある(表3、写真13)。
(4) 南九州地だいこん群
長崎県や宮崎県、鹿児島県、沖縄県には、以下のようなさまざまな地だいこんがある(表4、写真14)。
自生種やその変異種(自生種から栽培されるようになった地だいこん)では、いずれも薄紫色の花が咲く。雑草扱いされることもあるが、貴重な遺伝資源である(注6)。
注6:参考文献(4)、(5)
(1) 自生種(野生)の地だいこん
自生種は、東北の山間地に自生するノラ(野良)だいこんと全国の海岸に自生するハマ(浜)だいこんがある(写真15)。 東北地方では、自生種をそのまま地だいこんとして活用する地域がある(表5、写真16)。
(2) 自生種が変異した地だいこん
自生種から栽培されるように変異した地だいこんがある(表6、写真17)。
地だいこんは、市場効率的な大量生産とは無縁であるようにみえるが、ローカルフードへの関心が高まり、地産地消や農業の6次産業化で現在注目されている。商標登録してブランド化し、伝統野菜として定着している事例もある。
地だいこんを守る生産者は、地域の食文化を支えるという使命感で種を採り、宝物を扱うように栽培している。生産者の高齢化、自家採種技術や形質の劣化などの課題もあるが、将来に継承していくべき食の文化遺産である。
そのためには、固定種、自生種を遺伝資源として評価し、地域の伝統知を生かしながら、未来につなげていかなければならない。
引用文献
(1) 山形在来作物研究会『どこかの畑の片すみで』(2007年)山形大学出版会
(2) 西山市三編著『日本の大根』 (1958年) 日本学術振興会
(3) 佐々木寿『東北ダイコン風土誌』 (2011年) 東北出版企画
(4) 青葉高「自生種、ノラダイコンについて」山形農林学会報 1967年第24号
(5) 青葉高「わが国の野生ダイコンの変異と系譜」『農耕の技術』 1989年12月号