東京都健康長寿医療センター研究所 老化制御研究チーム
分子老化制御 研究部長 チームリーダー 石神 昭人
標準的な男性や女性の骨格筋量は、体重の30~40%を占める。骨格筋にはビタミンCが多く存在しており、ビタミンCの総量はとても多い。私たちの実施した調査によると、血中ビタミンC濃度の高い高齢者女性は、握力、片足で立っていられる時間、通常歩行速度などの筋力や身体能力が高いことが明らかになった。また、ヒトと同様に体内でビタミンCを合成できないマウスを用いて、血中や筋肉のビタミンCが減少すると筋肉にどのような影響があるかを調べたところ、ビタミンCの不足期間が長くなると筋肉を構成する筋線維が細くなり、筋肉の重量が減少、再びビタミンCを与えると回復することがわかった。
筋力や自発的活動量などで評価した身体能力も同様にビタミンC不足期間が長くなると低下し、再びビタミンCを与えると回復した。筋力や身体能力を維持するためにも、日頃からビタミンCを多く含む野菜などを積極的に取るように心掛けよう。
私たちは食物から栄養を摂取し、その栄養を使って体を構築したり、活動のためのエネルギーを作り出している。栄養素には、糖質やたんぱく質、脂質、ミネラル、ビタミンなどがある。このうちビタミンは、体の機能を調節して、体の中で起こるさまざまな化学反応を助ける役目がある。現在知られているビタミンは、13種類ある。その13種類のビタミンも水に溶けやすい水溶性ビタミン(ビタミンB1、B2、B6、B12、ナイアシン、パントテン酸、葉酸、ビオチン、ビタミンC)と油に溶けやすい脂溶性ビタミン(ビタミンA、D、E、K)の2つに分けることができる。それぞれのビタミンで効率的な取り方や調理方法も異なる。水溶性ビタミンは、水に溶けやすく、熱で分解されやすい性質を持つため、ゆでる時も手早く調理する必要がある。一方、脂溶性ビタミンは、油に溶けやすい性質を持っているため、油で炒めるなど油と一緒に取るのが効率的である。
ビタミンCは、化学名をアスコルビン酸(ascorbic acid)といい、欠乏による壊血病を防ぐ酸「抗(anti-)壊血病の(scorbutic)酸(acid)」に由来している。体の中のビタミンCは、大量に消費されるほか、水に溶けやすいため、尿からも排せつされてしまう。そのため、大航海時代の船乗りたちのように長期間にわたりビタミンCを摂取しないと、体の中のビタミンCがやがて欠乏し、全身の倦怠感や疲労感、食欲不振に続いて、口や鼻など、体の各部位から出血、そして大腿部での内出血といった壊血病の症状があらわれる。意外にもビタミンCを体の中で作ることができない動物は、ヒト、サル、モルモット、魚など限られた動物だけである。他の動物、例えばイヌやネコ、マウスなど、ほとんどの動物は、体の中でビタミンCを作ることができる。
ビタミンCは、強い抗酸化物質である。そのため自身が酸化されることにより他の物質を還元できる。それ故、体の中で起こるさまざまな酵素反応に必要な鉄や銅などの金属イオンを還元して、酵素反応を助ける。一例として、ビタミンCは、皮膚や骨、血管に多く含まれるコラーゲン線維の構築に必要な酵素の働きを助ける。この酵素は、還元された鉄イオンが必要である。鉄イオンは、酵素反応により使われると酸化する。ビタミンCは、酸化した鉄を還元して再び使える状態に戻す。コラーゲンは、皮膚や骨、血管の強度を保っており、全身に存在することから、まさにビタミンCは体を形作るのに必要である。他にもビタミンCには、コレステロールなど脂質代謝、アドレナリンなどカテコールアミン(注)の合成に働く酵素を助ける働きもある。
注:分子内にカテコールの構造をもつ生体アミンの総称。ドーパミン・ノルアドレナリン・アドレナリンなどがあり、副腎髄質細胞、脳または末梢の神経細胞で生合成される。ホルモンとして働くほか、神経伝達物質としても重要である。
筋肉は、収縮する能力を持つ組織である。また、その構造と働きから骨格筋、心筋、平滑筋の3種類に分けられる。心筋は、心臓を構成する筋肉であり、全身に血液を送り出す。また、平滑筋は、食物を消化管で消化、吸収する際に食物の消化管内での輸送に働く。一方、骨格筋は、手や足を動かすといった身体の運動に働く。骨格筋、心筋、平滑筋の最も大きな違いは、自分の意思で動かすことができるかで、骨格筋は自分の意思で動かすことができるが、心筋と平滑筋は自分の意思では動かすことができない。
体重の30~40%を占める骨格筋には、1キログラム当たり30~40ミリグラムのビタミンCが存在する。しかし、筋肉でのビタミンCの働きや運動機能との関連については、よく分かっていなかった。私たちは、高齢者での血中ビタミンC濃度と運動機能との関連を調べるため、2006年に東京都板橋区在住の70~84歳の高齢女性、957人を対象とした調査研究を行った。
この時に行った調査項目は、身長、体重などの身体計測、身体活動機能測定、面接聞き取りによる食生活習慣調査、血中ビタミンC濃度の測定である。そして、解析には、積極的にサプリメントなどでビタミンCを取っている方を除外した655名分のデータを使用した。この時の対象者の平均年齢は76歳だった。解析の結果、血中ビタミンC濃度と握力、開眼片足(片足で立っていられる時間)、通常歩行速度に有意な正相関がみられた(図1)。
すなわち、血中ビタミンC濃度の高い高齢女性は、筋力が高いと考えられる。私たちの研究以外にも、英国で63~73歳の地域在住高齢者(男性348人、女性280人)を対象としたコホート研究でもビタミンC摂取割合の多い高齢女性は、椅子の立ち上がり時間が有意に短いなど、身体機能が高いことが報告されている。
前述のように血中ビタミンC濃度の高い高齢女性は筋力が高いと考えられる。それでは、血中ビタミンC濃度の低い高齢女性は、逆に筋力が低いのだろうか。残念ながら、前述の調査結果からは有意な相関を得ることができなかった。前向きな臨床試験により確かめたい思いはあるが、ビタミンC不足により筋力が低下することを確かめるような、ヒトの健康を害する前向きな臨床試験は許されない。そこで私たちは、ヒトと同様にビタミンCを体内で合成できないマウスを用いて、ビタミンCの不足が筋肉にどのような影響を及ぼすかを調べた。
すなわち、ビタミンCを体内で合成できないマウスをビタミンC投与群と非投与群の2群に分け、腓腹筋、ヒラメ筋、足底筋、前脛骨筋、長趾伸筋などの骨格筋の筋重量を定期的に測定した。この実験には、あえて雌のマウスを用いた。その結果、ビタミンCの不足期間が長くなるにつれ筋肉を構成する筋線維がだんだんと細くなり、筋肉の重量も減少した(図2)。そして、再びビタミンCを与えると回復することも分かった。また、握力や全身持久力、そして自発的活動量などで評価した身体能力も同様にビタミンC不足期間が長くなるにつれ低下し、再びビタミンCを与えると回復した。このように、ビタミンCの不足は、筋肉の萎縮や身体能力低下の原因になることが明らかとなった。さらに、ビタミンCの再投与により回復することも明らかになった(図2)。
不足しがちなビタミンC、それを効率的に取るためには、どのような食材から摂取したらよいのだろうか。ビタミンCを多く含む食材として真っ先に思い浮かべるのはレモンなど酸味のある果物ではないだろうか。しかし、意外にもレモンなどに含まれているビタミンCの量はそれほど多くはない(図3)。果物以外にビタミンCを多く含む食材は、緑茶(せん茶)や焼きのり、赤ピーマン、芽キャベツなどがある。確かにこれらの食品には多くビタミンCが含まれている。しかし、図3に示したビタミンCの値は食品100グラム中に含まれているビタミンCの量である。お店で一袋100グラムの緑茶を買ってきて、そのまま封を開け、お菓子のように緑茶をぼりぼりと食べられれば、この量のビタミンCを摂取できる。しかし、そんな人はほとんどいない。お茶は煎じて飲むのが一般的である。実際に煎じた湯飲み茶碗一杯分の緑茶には約6ミリグラムのビタミンCが含まれている。
ビタミンCを多く摂れるよい食材として挙げられるのがばれいしょ(ジャガイモ)である。ばれいしょには、100グラム当たり35ミリグラムのビタミンCが含まれているが、それほど多いとは言えない。しかし、効率的にビタミンCを摂れる非常によい食材の一つである。なぜなら、ばれいしょはゆでるなど熱を加えても、ばれいしょの中に多く含まれているでんぷんがビタミンCを熱から保護して、ビタミンCの分解を防いでくれるからである。そのため、熱によるビタミンCの減少量が非常に少ないのである。また、ばれいしょには、ビタミンC以外にもたくさんのビタミンやミネラル、食物繊維などが含まれている。
最近、ちまたでは「フレイル」という言葉をよく耳にする。フレイルとは、加齢とともに心身の活力(筋力、認知機能、社会とのつながりなど)が低下し、生活機能障害、要介護状態、死亡などの危険性(リスク)が高まった状態である。健康な高齢者は、このフレイルの段階を経て、要支援・要介護状態に陥ると考えられている。
大切なこととして、このフレイルは、可逆的であり、いったん、フレイルの状態になったとしても、栄養や運動など適切な介入を行うことにより、健常な状態に戻ることが可能である。適切なビタミンの摂取、特にビタミンCの十分な摂取は、フレイルのリスクを下げられる可能性がある。フレイルを予防できれば、健康寿命の延伸につながるかもしれない。日頃からビタミンCを多く含む野菜などを積極的に取るように心掛けよう。
参考文献
石神昭人(2011)「ビタミンCの事典」東京堂出版