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調査・報告(野菜情報 2019年6月号) 


地理的表示(GI)産品・つらじまごぼうの産地マーケティングの展開
~岡山県JA倉敷かさやの取り組み~

日本大学 生物資源科学部 教授 宮部 和幸

【要約】

 最近、関心と注目が高まる地理的表示(GI)登録を、いかにして産地マーケティングに生かせばよいのか。JA倉敷かさやでは、産地マーケティングの担い手であるごぼう生産部会が、「連島ごぼう」のGI登録を契機として、集団的活動を活発化させてきている。また、GI登録によって、連島ごぼうの地元での認知度が高まり、卸売市場などでの評価が高まりつつある。

1 はじめに~ごぼうの商品的特質と産地マーケティング~

シャキシャキとした歯ごたえと独特の香りが日本人の嗜好に合うのか、「ごぼう(牛蒡)」を長く食用としてきた国は、わが国以外にはあまりみられない。だが、ごぼうはそれほど多く消費されている野菜ではない。年間1人当たりの消費量は522グラム(注1)、せいぜい年間で1人4本程度のごぼうを食しているにすぎないのである。

実際、ごぼう料理といえば、「きんぴらごぼう」しか思浮かばない人や、ささきなどの下ごしらえを面倒くさく感じて、量販店の棚に並ぶ生ごぼうを敬遠してしまう人も少なくないだろう。

確かにごぼうは、食物繊維が多く、低カロリーでヘルシーな野菜ではあるが、にんじんやだいこんなどの他の根菜類に比べてもカラフルさに欠け、どちらかといえば地味な商品イメージの強い野菜である。

本調査報告では、こうした商品的特質を有するごぼうを地理的表示(GI)登録を通して、どのようにして産地マーケティングにつなげていくのか、岡山県JA倉敷かさやの「連島ごぼう」のGI登録への取り組みを通して検討することを課題とする。

通常、産地マーケティングは、野菜の生産地域における生産者やその組織・協同組合などによるマーケティング活動を対象とし、その担い手としては、農業協同組合(JA)や品目ごとに設けられた生産部会を位置付けることができる。

そして、産地マーケティングでは、ますます厳しくなる顧客のニーズに対応するためにも、品種の選定・導入から生産過程において、野菜をいかにして作り込むかが鍵となっている。もちろん、JAの生産部会での商品作り、品質管理活動などは、企業のそれとは違うものである。野菜などの青果物は工業製品と異なり、その形状や糖質などの品質は差異を生じるものであり、加えて個々の生産者の青果物を集合することから、産地・部会全体として品質面ではある程度、幅を持った設定がなされる。ここでの集団的活動は、品質の最低レベルである底辺を引き上げるとともに、品質の幅を縮小することにある。

また、集団的活動は、企業の場合は100人のうち数人でできるケースもあるが、生産部会の場合は100人全員が取り組まなければならない。つまり、生産部会の全員が同じ方向に向かって、集団的活動をしなければならないのである。

したがって、本調査報告では、JA倉敷かさやのごぼう生産部会(以下、「生産部会」という)が、連島ごぼうのGI登録をどのように集団的活動として位置付けてきているのかを中心課題とした。

注1:総務省統計局「家計調査結果表(二人以上世帯)」による。

2 連島ごぼうの歴史と特徴

(1) 連島ごぼうの産地特性

岡山県倉敷市南部に位置する連島地域は、県内の三大河川のひとつたかはしがわ支流が廃川となった埋立地で、1947(昭和22)年ごろからごぼうの栽培が始まった産地である(図1)

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当産地の土質は沖積砂壌土で排水性がよく、耕土が深いため、ごぼうの根が長く成長することができる(写真1)。また、地下水は5~10メートルに位置しており、伏流水が豊富なため、適度な湿りを持ちながら、ごぼうの根の成長も進みやすい。そのため、当産地のごぼうは、通常のものに比べて、根の長さがそろいやすく、肌が白く、アクの少ない、いわゆる「白肌ごぼう」の特性をいかんなく発揮することが可能となる(写真2)。

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(2) 連島ごぼうの生産・出荷概況

ごぼう栽培に適した自然条件を生かして、現在、26戸の農家が15ヘクタールのじょうで年間約500トンの連島ごぼうを生産している。図2は、JA倉敷かさやのごぼう栽培農家組合員(26戸)を経営主の年齢別と作付面積別の構成を示したものである。栽培農家を経営主の年齢層別にみると、「60~69歳」と「70歳~」の60歳以上層で半数以上を占めている。作付面積別にみると、75アール以上は全体の2割程度しか占めておらず、比較的小規模な農家組合員で産地が形成されていることがわかる。

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個々の農家のごぼうの作付面積は必ずしも大きくはないが、産地としては、年間を通して、栽培・出荷を可能とする体制が確立している。以前の当産地は、「春まきごぼう」「秋まきごぼう」に加えて、「春・秋冬だいこん」や「ほうれんそう」を加えた複合経営が主流であったが、価格が低迷していた「秋冬だいこん」に代わり、2004(平成16)年から、生産部会の青年部が中心となって、「新旬ごぼう」の栽培をスタートさせた。

この新旬ごぼうの「新旬」には、春の食材としての「新春」の言葉がかけられている。

今では、図3に示すように「秋まきごぼう」「春まきごぼう」「新旬ごぼう」の3作型が普及し、2018(30)年度の作型別の作付面積をみても、「秋まきごぼう」と「春まきごぼう」はそれぞれ464アールと496アール、作付農家は26戸、「新旬ごぼう」は332アール、作付農家16戸となっており、ごぼうの通年栽培・出荷は定着してきている。

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(3) 品質向上への取り組み

ミネラルを豊富に含んだ、甘くておいしいごぼう生産の要は、土作りとその生産者のわざにあるといわれている。そのため、当産地では品質向上のため、生産部会が中心となって土壌診断を定期的に実施している。生産部会では、土壌診断に向けての説明会を年3回開催しているほか、12回にわたる栽培講習会、新農薬・肥料のごぼう試験調査も年4回程開催するなど、その活動は極めて活発である(写真3)。また、ごぼうの良し悪しは、もちろん、掘り出してみないと分からないが、「地上部の葉の様子を見ただけで、生育状況を把握できなければ一人前のごぼう生産者ではない」とも言われている。生産部会では、部会員の技術向上を目指して各種講習会を定期的に開催するとともに、部会員同士、圃場を巡回し、相互に技術力を高める活動を行っている。

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表1は、連島ごぼうの出荷に向けての選別基準を示したものである。段ボール出荷用では、5Lから2Sまで10段階の規格に細かく分かれている。生産部会では、こうした出荷基準を厳守するのはもちろんのこと、市場からクレーム(腐れなど)があった場合には、クレーム対象の圃場からの出荷は別口にすることや、重量不足については没収するなどの厳格なペナルティを定めている。また、出荷規格が多いということは、量販店をはじめ学校給食などの消費者の需要に幅広く対応することを可能としているともいえる。

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3 GI登録までの経緯と効果

(1) GI登録の経緯と取り組み(注2)

しかし、量販店の売り場では、厳格な出荷規格により出荷された「連島ごぼう」が、他産地のごぼうと区別されていない上、土付きごぼうと同一価格帯で並べられていたり、さらには他産地のごぼうが「連島ごぼう」として販売されていた。

そのため、ごぼう生産部会では、連島ごぼうを他の産地と差別化して、販売する方法を模索していた。そのような中、2015(平成27)年にJA営農担当者が市の広報誌に載っていたGI制度の紹介記事を見たことをきっかけにGI取得に取り組むこととなった。

JA営農担当者が中心となって生産部会での検討を重ねながらGI登録申請書を作成し、2016(28)年1月に申請書を提出、同年12月に連島ごぼうはGI登録されることとなった。JA倉敷かさやでは、このGI登録を祝って授与式と初出荷式を開催(写真4、5)、その様子は、岡山県内では初の登録産品となったことから報道もされた。

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GI登録は、まずは地域の人々に本物の連島ごぼうを知ってもらうことを狙いとしていた。登録後、5月10日「ごぼうの日」(倉敷市・200618年制定)には、市庁舎の食堂や喫茶店などで連島ごぼうを用いた料理を提供するイベントや、JA直売所では連島ごぼうの豚汁の試食イベントなどを開催した。また、8月にはJA倉敷かさやや生産部会、倉敷市、岡山県と連携して、親子25組50名対象の連島ごぼう親子収穫体験を実施したほか、地域の公民館と連携して料理教室イベント(連島ごぼうのサラダ)なども行った。こうしたイベントを通して、地域でのGI産品・連島ごぼうの認知度は高まっていった。

注2:JA倉敷かさやのGI登録の経緯と取り組みについては、「「連島ごぼう」のGI登録と販売再生の強化」グリーンリポートNO.579、pp.8~9、2017年、「特集②:地理的表示(GI)の登録産地のいま:連島ごぼう」『地理的表示事例集 2018』農林水産省食料産業局知的財産課・一般社団法人食品需給研究センター、pp.20~21による。

(2) GI登録の効果

生産量が限られるため、主な出荷先は岡山県内のほか、広島県、愛媛県、大阪府、鳥取県など市場となっている。図は、GI登録前後の大阪市中央卸売市場本場における当産地の販売単価の推移を示したものである。登録後の2017(平成29)年の販売単価をみると、登録前年の2015(27)年や2016(28)年に比べて、販売単価は多くの月で伸びており、なかでも新旬ごぼうの初出荷となる1月および出荷量が全体的に多く価格が低迷しやすい5月での伸びは注目される。

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卸売市場関係者から「GIごぼう」とも呼ばれているように、連島ごぼうの認知度が高まるとともに価格の高安定化にもつながってきている。

また、GI登録申請には、連島ごぼうに関する生産方法や気候・風土・土壌などの豊富な情報の収集が求められていた。そのため、JA営農担当者が中心となって、岡山県の普及センターをはじめ、倉敷市などの関係機関との連携・調整が従来に増して積極的に図られた。それは、単に情報を得るためだけの連携・調整にとどまらず、継続的な人的ネットワークとしても深化してきていることに注目したい(写真6)。すなわち、人的ネットワークの深化は、GI登録のもう一つの効果である。

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4 GI登録を産地マーケティングに生かすには

最近、関心と注目が高まるGI登録を、いかにして産地マーケティングに生かせばよいのか、JA倉敷かさやの取り組みを踏まえると、次の3点が指摘できる。

 集団的活動の活性化

第1は、GI登録過程と生産部会の集団的活動の活性化である。従来から、生産部会の集団的活動は活発であったが、GI登録申請を受けて、その活動が方向性をもち、より一層、活性化してきていることである。

JA営農担当者が、連島ごぼうのGI登録を生産部会に提案したことを受けて、生産部会でのGI申請登録に向けての検討が始まった。生産部会では、そもそも連島ごぼうとは何か、その栽培や選別方法、また他産地との相違は何なのかを研究し、そして厳格な審査のあるGI登録をなぜするのかなどについても自問した。こうしたGI登録という新たなテーマに基づき、部会員が繰り返し検討したことで、部会員一人ひとりがこれまの活動を振り返るとともに、連島ごぼうのブランドのあり方や品質の向上などについて考える貴重な機会となったのである。

生産部会の集団的活動からみれば、これまで曖昧であった点が明確になることで、何をすればよいのか、今後の活動方針についての部会員全員の意思統一を図ることにもつながったといえる。このことは、GI登録過程は、産地マーケティングの鍵となる生産部会の集団的活動として位置けられるとともに、JAの生産部会の活性化を図るための手法としても有効であることを意味している。

 セールスポイントの明確化

第2は、GI登録とセールスポイント、いわゆるPRの明確化である。当産地は、卸売市場への大量の出荷量を誇る大規模産地ではない。しかし、小規模産地でありながらも、市場関係者からは、「GI登録でより一層、明確になった連島ごぼうの特徴(根長がそろい、風味のある色白の「連島ごぼう」)と、ほぼ通年で取引が可能で、多様な出荷規格を持つことから、量販店をはじめ、学校給食など消費者の需要に幅広く対応できる」と評価されている

さらにGI登録によって、連島ごぼうの諸特徴、すなわち、セールスポイントが明確になったことで、当産地と市場関係者などとの距離が縮まり、良好な関係づくりにもつながってきている。いいかえれば、産地は、GI登録によって顧客のニーズを突き止めることを可能にしやすく、GI登録がいわゆる関係性マーケティングのツールとしても有用であることを意味している。

 地域からの口コミ

第3は、GI登録と口コミの親和性である。そもそも、当産地のGI登録の目的は、地域の人たちに本当の連島こぼうを知ってもらうことにあり、それは地産地消を基本としていた。GI登録を契機として、小学生対象のごぼう収穫体験や、生産部会の青年部による小学校での出前授業が行われ、学校給食では連島ごぼうを使った料理も出されるようになった。また、連島ごぼうをテーマとした各種イベントなども地域で開催されることで、GI登録と連島ごぼうを関連付けて認知する地域の人たちが、口コミで少しずつ増えていった。

なかでも、当産地の地元小学生を対象とした取り組みには注目しなければならない。JA営農担当者は、「子どもが学校から家に帰り、母親に“今日の学校給食で出たごぼう、本当においしかった”、その一言が大切です。そして、それを聞いた母親の多くは、連島ごぼうを購入するのです」と言う。これこそ、口コミによる連島ごぼうの顧客確保であり、彼女らのニーズを満たすための新たな連島ごぼうの商品開発にも結びつくものといえよう。

5 おわりに~これからの連島ごぼうの産地のゆくえ~

JA倉敷かさやの場合、産地マーケティングの担い手となるごぼう生産部会が、GI登録を契機として、部会員の生産意欲を向上させながら、集団的活動を活発化させてきた優良事例であるといえる。しかし、こうした展開が可能となった背景には、JA倉敷かさやの部会事務局担当者(営農担当者)の存在を見逃すことはできない。

一般に生産部会の活性化は、部会事務局担当者の能力、いわゆる部会事務局の機能発揮に大きく依存している(注3)。そして、その部会事務局機能とは、①リーダーを発掘する機能、②リーダーを補佐する機能、③部会員のニーズを把握する機能、④把握したニーズをJA運営に意思反映する機能、そして⑤部会リーダーとの連携の下で、集団的活動を企画する機能である(注4)。なかでも、当産地の部会事務局担当者は、GI登録という新たな企画を提示しつつも、生産部会をコーディネートする機能をも充分兼ね備えていたといえる。生産部会の集団的活動は、部会員のみではなく、生産部会を支えるJA営農担当者との協同活動を通して結集させていく、漸進的な取り組みでなければならないことを当産地は強調している。

ただし、当産地の生産部会の部会員構成をみれば、60歳以上の部会員がほとんどであり、今後、数年で生産部会を離れていく部会員も少なくなく、新たにごぼう栽培に取り組む新規就農者を期待することはできない。

従って、当産地の場合は、現在の産地規模をいかにして維持・存続するかを基本としつつ、高齢化に適応した作業体系と作業支援システムの構築が喫緊の課題となる。これらの諸課題は、なにもごぼう生産部会だけではなく、他の品目の生産部会にも共通する課題であり、JA全体で取り組むべき戦略的課題であるともいえる。これらはいずれも全国の産地が抱えている大きな課題であるが、その際、出来るだけ外に向かってオープンにすることで、時として改善の糸口をつかむケースが少なくない。JA倉敷かさやのごぼう生産部会は、外に開かれた生産部会として集団的活動を展開していくことが今後重要となろう。

注3:生産部会の活性化と部会事務局機能は、宮部和幸「JA部会組織の活性化に関する課題」『神戸大学農業経済』37、pp.7~13、2004年による。

注4:生産部会の事務局機能については、藤谷築次「女性のJA運営参加及び女性組織活性化の課題と方策」『第3回女性のJA運営参加と女性組織活性化に関する研究会資料』2001年及び、板野百合勝『新生農協の組織と運営』日本経済評論社、2001年、pp.126~129を参照。

(謝辞)JA倉敷かさやの営農課長の秋田誠氏からは資料・データ提供に加え、詳細な点についてもご指導いただきました。心よりお礼申し上げます。



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