名古屋大学大学院 生命農学研究科 教授 徳田 博美
典型的な水田農業地帯である富山県では、稲作偏重の農業からの脱却を目指して、野菜をはじめとする園芸作導入を推進している。農業全体に占める比率はまだ低いが、徐々に生産を拡大しており、主な担い手は集落営農組織を含めた大規模水田農業法人であり、水田を基盤とした野菜作が展開しつつある。大規模水田農業法人の野菜作は、既存の水田農業と比べて労働集約的であるため、栽培面積の比率は低いが、収益面では主要な部門に成長してきている。
富山県は、典型的な北陸地域の水田農業地帯である。耕地面積に占める水田の比率は、2018年において95.5%と全国一である。農業産出額に占める米の比率も、減少傾向にあるとはいえ、2016年においても依然、67.3%を占めており、これも全国一である。一方、富山県は工業をはじめとする他産業も発展しており、水田の流動化が進展し、大規模水田作経営が形成されてきた。また、集落営農組織の形成でも、先進県の一つである。現在では、集落営農組織を含めた大規模水田作経営が農業の中核的な担い手となっている。
しかし、米需要の減退と米価の停滞によって、大規模水田作経営を取り巻く経営環境は厳しさを増しており、新たな経営展開を図ることが求められている。具体的には、新たな高収益作目を導入することで、経営多角化を進め、米の依存度を下げ、収益を拡大することが課題となっている。新たな高収益作目では、野菜を中心とした園芸品目が中核となっている。富山県では、大規模水田作経営での野菜導入が進んでおり、大規模水田作経営を主要な担い手とする野菜作が展開している。
本報告では、富山県の大規模水田作経営の野菜作に焦点を当て、まず富山県の野菜作の動向を統計で確認し、次いで富山県の野菜振興の取り組みを紹介する。その上で野菜作を導入している大規模水田作経営の事例を2つ取り上げ、その特質と今後の可能性について検討する。
農業産出額と野菜産出額の変化をみると2000年からの16年間で富山県の農業産出額は16.7%減少しており、全国的にみても際立っている(表1)。農業産出額の減少の大きな要因は、米の低迷である。この間の米の産出額の減少は133億円であり、農業産出額全体の減少とほぼ一致している。全国では、米の落ち込みを他の部門の拡大でカバーすることで、農業産出額全体の落ち込みを回避しているが、米の比重が高い富山県では、他の部門でカバーすることができず、米の落ち込みがそのまま農業産出額の減少につながっている。富山県の農業では、米の落ち込みを補う振興作目を見い出すことが課題となっている。
富山県の農業における野菜の比重は、産出額でみれば2016年においても9.2%にすぎない。全国の27.8%と比べると3分の1となっており、全国で最低の水準である。しかし、2000年からの16年間の農業部門別の産出額の増減では野菜の産出額が最も増えている。野菜産出額の増加が米の落ち込みを補う効果は限定的であるが、中核作目である米の落ち込みから野菜は期待の作目となっている。
富山県では野菜作付面積が大きくなっても、稲作が販売金額の大部分を占めているのが特徴である(表2)。全国データでは、露地野菜経営体の40.0%で販売額の首位は野菜となっており、当然ながら野菜作付面積が大きくなるほど、野菜生産が販売金額に占める割合は高まり、野菜作付面積が2ヘクタールを超えると、野菜が販売額の首位である経営体の比率は7割を超えている。一方、富山県では露地野菜経営の中で野菜が販売金額首位である経営は13.5%にすぎない。逆に稲作が首位である経営は79.6%を占めており、富山県の露地野菜経営の大部分は、稲作を基幹作目とした複合経営であることがわかる。この構成は野菜作付面積が大きくなっても、大きな変化はみられず、富山県の野菜作は水田農業の中で展開していることがわかる。
次に、露地野菜経営に占める組織経営体の比率をみると、全国ではわずか1.8%であるが、富山県では10.4%を占めている(表3)。さらに、作付面積をみると全国が9.8%であるのに対し、富山県は33.9%に達しており、富山県の野菜作の3分の1は組織経営体によって担われていることがわかる。この比率は、鹿児島県に次ぐ高さである。
富山県の野菜作のほとんどが水田農業の中で展開していることを踏まえると、野菜作を担う組織経営体は、大規模水田農業法人と集落営農組織(注1)と考えられる。水田農業の中核的担い手である大規模水田農業経営が、野菜作においても中核的担い手となっている。富山県の農業における主要課題である稲作偏重型農業からの脱却は、大規模水田農業経営にとってこそ、切実な課題であり、その方策として野菜導入に積極的となっている。
注1:集落営農とは、集落を単位として、農業生産過程の全部または一部について共同で取り組む組織をいう。
稲作偏重型農業からの脱却を目指した園芸部門の振興は、富山県農政の主要課題の一つである。富山県では、2010年度から農協ごとに戦略品目を選定し、園芸産地の形成を目指した「1億円産地づくり」に取り組んでおり、15の農協で延べ23品目が戦略品目に選定された(表4)。
この事業を実現するため以下の3つの改善を行った。一つ目は、園芸品目の栽培が可能な水田を確保するための排水対策の徹底である。二つ目は、園芸品目生産の担い手として、主穀作(水稲・大麦・大豆)経営体と集落営農組織を想定し、その経営条件に適した栽培体系の構築を実現するための機械導入である。三つ目は、水田地帯で園芸作に関する経験の乏しい営農指導員の園芸作に関する能力向上を図るための実証圃などでのOJTである。
このような取り組みによって、富山県内の園芸品目の生産は伸びたが、最も成功した事例は、JAとなみ野のたまねぎである。JAとなみ野では2009年からたまねぎの産地づくりに本格的に取り組み始めた。たまねぎ栽培は、24経営体、栽培面積8ヘクタールで始まったが、2018年には生産者131経営体、栽培面積192ヘクタール、販売金額も4億円台に達している(表5)。JAとなみ野では、たまねぎの産地形成のために関係機関と連携した技術指導体制を確立するとともに、移植機、収穫機を導入し、生産者にリースした。さらに、たまねぎ苗の共同育苗を行い、乾燥施設、出荷調製施設を建設し、共撰共販体制を確立した。これらの取り組みによって、10年で富山県内トップの野菜産地に成長した(注2)。
しかし、「1億円産地づくり」のすべてが、JAとなみ野のたまねぎのように順調に発展できたわけではない。期待したように生産を拡大できていない産地も少なくない。そこで、2017年に戦略品目の見直しも含めた「1億円産地づくり加速化計画」を策定した。その中では、従来の農協ごとの産地形成とともに、全農富山県本部を中核として全県的に連携した広域産地が取り入れられ、その対象品目として、にんじんとキャベツが採用された。
さらに大規模水田農業法人を選定し、経営発展を個別に支援することで、主穀作と園芸などを組み合わせ、周年的に所得と人材を確保する経営モデルの策定を目指した「とやま型農業成長戦略チャレンジ支援事業」を実施し、水田作と園芸作を組み合わせた高収益な農業経営体の具体像づくりを進めた。
注2:参考文献
富山県の野菜作の主要な担い手として期待されているのは、集落営農組織を含めた大規模な水田農業法人である。従って、大規模水田農業法人に野菜作が効率的に取り入れられ、その経営発展につながることが、野菜作振興の重要な鍵となる。そこで、大規模な個別農業法人で古くから野菜作を導入している農事組合法人サカタニ農産(以下「サカタニ農産」という)および集落営農組織で最近、野菜作を導入したたてやま営農組合という対照的な2つの大規模水田農業法人を取り上げ、その特徴と、その経営的効果を検討する。
(1) 野菜導入で先行する老舗の大規模水田農業法人―農事組合法人サカタニ農産―
最初に取り上げる事例は、富山県の大規模水田農業法人の中でも歴史が古く、経営規模でもトップクラスであるとともに、野菜作導入でも先行してきたサカタニ農産である(写真1)。サカタニ農産は、富山県西部の砺波平野の一角、南砺市にあり(図1)、たまねぎの産地形成の事例として『野菜情報』2015年7月号(注2)で報告したJAとなみ野の管内にあり、その中心的な生産者の一つである。サカタニ農産は1972年に法人化しており、50年近い歴史を持つ水田農業法人である。設立時の経営耕地面積は37ヘクタールであったが、その後、規模拡大を続け、現在は398ヘクタールに達している。規模拡大に伴い、小矢部市に有限会社やまだカントリーオヤベを、砺波市に有限会社ヤマダ農産を分社化し、現在は3法人によるグループ経営となっている(本報告でのサカタニ農産に関する記述は、すべてサカタニ農産グループ全体に関するものである)。
現在の品目別栽培面積は、水稲が290ヘクタールで経営耕地面積全体の4分の3を占めている(表6)。さらに水稲育苗ハウスを利用してほうれんそうなどの軟弱野菜を1ヘクタール、取引先の要望に応じて、だいこんなどの露地野菜を1ヘクタール程度栽培している。また、りんごを主体とした果樹を3ヘクタール栽培している。野菜作を導入するまでは、水稲、大麦とともに大豆が主要作目であったが、野菜作導入後は徐々に作付面積を減らし、2017年から大豆の作付けは中止した。
サカタニ農産で園芸部門を導入した目的は、富山県農業全体で述べたことと同様に、米需要の減退、米価低迷という経営環境下で米依存からの脱却、経営多角化にある。園芸部門の始まりは1992年にりんごを植栽したことであったが、この段階から園芸部門の中核は野菜作と考えており、果樹作は園芸農業に慣れることも目的としていた。
野菜作は1998年に水稲育苗ハウスを利用した軟弱野菜の栽培から始まった。水田での野菜栽培は、2007年のたまねぎ栽培が始まりで、農協によるたまねぎ産地づくりがスタートする2年前である。水田での野菜栽培でたまねぎを選択した理由は、水稲収穫後に定植し、田植後に収穫となるので、水稲との作業競合が少ないこと、日持ちがすること、田畑輪換を行う上で雑草問題が少ないことである。2007年のたまねぎの作付面積は40アールであったが、その後、順次面積を拡大してきた。2019年には18ヘクタールに拡大する予定であり、最終的には20ヘクタールの作付けを目指している。たまねぎの栽培を始めた翌年の2008年からキャベツの栽培も始めた。たまねぎとキャベツを基幹品目として野菜作を大きく拡大させてきたが、2017年からはもう一つの基幹品目としてにんじんの栽培を始めた。
現在の野菜の栽培品目は、たまねぎ、にんじん、キャベツとなっており、それぞれの作型は図2のとおりである。基本的には野菜作の前作で大麦が作付けられ、乾田化が図られる。大麦の後にたまねぎ、キャベツが栽培され、にんじんは直播きでたまねぎの後作で栽培される。キャベツでは、一部で2期作が行われる(写真2)。大規模水田農業法人の野菜作であり、水田利用、労働力での水稲作との調整が、経営上の重要なポイントとなっている。
経営全体の耕地面積は400ヘクタールときわめて大規模であり、野菜のみの作付面積も40ヘクタールと規模が大きいので、省力的な作業体系の確立も大きな課題である。サカタニ農産では、野菜専用の機械・施設を積極的に導入し、省力化を進めている(表7、写真3)。キャベツ収穫機の導入も検討しているが、そのために生育を均一化させることが課題となっている。サカタニ農産の従業員は31名でそのうち3名は野菜専任であるが、2019年から野菜担当者をさらに2名増やす予定である。
野菜の販売は、個別での直販が主体である。農協で産地形成を進めているたまねぎでは、16ヘクタールの栽培面積のうち10ヘクタール分は農協出荷で、残りを直販で販売している。キャベツ、にんじん、軟弱野菜の大部分は直販である。直販の中で軟弱野菜は地場の直売所と地元学校給食での販売である。それ以外の露地野菜は、業務用の契約販売である。現在、県内3社と隣接する石川県の1社と取引している。その中でも車で10分ほどの砺波市にある1社で業務用取引の7割ほどを占めている。
2018年度はりんごの台風被害などのため、園芸部門(果実を含む)の売り上げは4500万円程度に落ち込んだが、2017年度の園芸部門の販売金額は8000万円弱で、総販売金額の2割程度となっており、将来的には園芸部門で売上額1億円を目標としている。園芸部門の拡大で課題となるのは、まず野菜作付けが可能な水田の確保である。水田で野菜を栽培するためには排水性が良好なことが不可欠であるが、そのような水田は多くはない。経営する水田の面積は約400ヘクタールだが、それでも野菜作付けが可能な水田を確保することは容易でない。もう一つの課題は労働力の確保である。サカタニ農産の野菜作は、機械化による省力化を図っているが、それでも水稲作などと比べると労働集約性は高い。雇用労働力の確保が難しくなっている中で、安定して雇用労働力を確保することが園芸部門拡大にとって必須の課題となっている。
(2) 園芸作目の導入で経営安定を目指す集落営農組織―たてやま営農組合―
次に取り上げるたてやま営農組合は、「とやま型農業成長戦略チャレンジ支援事業」で富山県の支援を受けた経営体の一つであり、富山市に隣接する立山町の上金剛寺集落で組織された集落営農組織である。1996年の設立で集落の農家のほぼ半数が参加しており、現在の組合員戸数は18戸である。集落の農地面積のほぼ8割を集積しており、経営農地面積は48ヘクタールである。
前述のサカタニ農産と比べると経営面積は小さい。集落を基盤とした経営体であり、面積拡大ではなく高単収品目の導入によって経営の安定を図っている。
設立翌年の1997年には女性部を中心として、さといもとねぎの栽培を始めた。しかし、栽培管理が難しく2年で中止し、その後、だいこんなどの栽培も試みたが、うまくいかなかった。そのような経緯のなか、2004年に農業改良普及センターの支援を受けて、ももを導入し、2006年にはりんごにも着手した。サカタニ農産と同様、本格的な園芸品目の導入は果樹から始まっているのが特徴である。2008年には、町内の4つの集落営農組織で協議会を設立し、共同で掘り取り機、収穫用コンテナを装備し、さといも栽培を再開した。さらに2016年には新設した園芸用ハウスでいちごの高設栽培を始めた(写真4、5)。従業員数は、2007年までは、常時従事者は役員1名に正社員1名であったが、園芸部門の拡大に伴い増員し、現在は役員1名、正社員4名の常時従事者5人体制となっている。
2017年度の経営面積は、水稲が72.1%、大豆が23.3%を占めており、従来の水田作で95%を占めている(表8)。園芸部門では、さといも95アール、いちごの施設15アールとなっており、もも、りんごを合わせても1ヘクタール程度にすぎない。
一方、粗収益(助成金を含む)でみると、水稲が酒米、飼料米を含めて4244万円である。水稲苗販売も主要事業部門となっており、その粗収益は1428万円である。育苗部門も含めた水稲関連の粗収益が5672万円で、粗収益全体の58.3%を占めている。さらに大豆の粗収益が1317万円あり、大豆を含めた既存の水田作部門で粗収益の71.8%を占めている。園芸部門では、いちごの粗収益が1269万円であり、大豆とほぼ同等となっている。次いでももが860万円、さといもが509万円であり、りんごを含めた園芸部門の粗収益は2741万円に達しており、粗収益全体の28.2%を占めている。
土地利用では、園芸部門の比重はわずかであるが、粗収益では3割近くに達しており、主要な経営部門に成長している。さらに物財費(減価償却費を除く)を引いた粗付加価値額では、園芸部門の比率は41.1%に達しており、経営の基幹部門となっている。2018年度には、いちごの販売額は1600万円程度に拡大する見込みであり、経営に占める園芸部門の比率はさらに高まるとみられる。2019年度には、いちごの施設を新設し、栽培面積を倍増させる計画である。そうなれば、いちごが水稲と並ぶ基幹品目となり、粗付加価値額では、過半が園芸部門となるとみられる。
園芸部門の販売は、地場流通が主体となっている。さといもは、農協を通じた市場出荷が7割で、直売所での消費者直販が3割であり、市場出荷の比重が高いが、他の園芸品目はすべて地場での消費者直販および観光である。園芸品目の生産が小さい富山県は、地場産の園芸品目に対する需要が満たされていないと考えられ、地場流通は潜在的可能性を秘めているといえる。たてやま営農組合の園芸品目販売は、その地場流通の可能性を生かしたものである。
たてやま営農組合は、大規模水田作経営ではあるが、前述のサカタニ農産と比べると規模は小さい。既存の水田作であれば、家族経営でもこなせないことはない規模である。集落営農組織として、常時従事者を安定して確保するためには、既存の水田作を上回る収益を実現する必要があり、そのための手段として園芸部門が導入されており、収益からみれば、園芸部門が既存の水田作部門を凌駕するほどの規模になりつつある。
集落営農組織を含めた大規模水田作経営を中核とした農業が展開してきた富山県では、米需要が減退し、米価が低迷する中で、稲作偏重の農業からの展開を目指し、野菜をはじめとした園芸部門の導入拡大を目指している。園芸作導入でも中核となっているのは、大規模水田作経営である。
本稿で取り上げた2つの事例から、野菜を導入している大規模水田作経営の特徴を整理すると、第一に面積からみると野菜作の比重は低いが、収益からみると、2割を超え、重要な部門になっている。しかも経営体の規模が大きいので、野菜部門の販売金額も数千万円の規模に達している。第二に野菜作でも複数品目が栽培され、さらに果樹も栽培しており、水田作部門も含めて栽培品目は多く、多角化が進んでいる。経営面積、従事者数ともに規模が大きいので、多品目の栽培が可能であるとともに、経営資源を有効に活用することが課題となる。第三に野菜の販売先では、地場の比率が高いことである。たてやま営農組合では、地場の消費者直販が主体であり、サカタニ農産でも、地元の加工工場が最大の納入先となっている。野菜生産の少ない富山県では、地場野菜に対する需要はあり、大規模水田作経営の野菜導入で有利な条件となっているといえる。
水田率の高い富山県では、米をめぐる厳しい環境を背景とし、富山県の積極的な支援もあり、大規模水田作経営を中核的な担い手とする野菜作が展開してきている。野菜作を導入している大規模水田農業法人は、品目、販路を多角化しており、その経営戦略に対応した産地形成を進めることが、今後、重要となってくるであろう。また、水田のすべてで野菜作が可能なわけではなく、排水性の良好な水田に限られる。また既存の水田作に比べて労働集約性の高い野菜作は、必要とする労働力が多い。これらの課題を解決できれば、広大な水田を有する富山県での野菜作拡大の余地は大きい。
参考文献
戸田義久 「水田転換畑におけるたまねぎ生産-JAとなみ野の機械化一貫体系の取り組み」
『野菜情報』2015年7月号 独立行政法人農畜産業振興機構