野菜需給部 長島 麻未子
調査情報部 吉田 由美
過去の食品にまつわる不祥事から、食品の安全・安心が強く求められるようになったが、市場の国際化が進む中で、自己点検や自社独自の管理ではなく、標準化された認証による安全・安心の確保が進んでいる。また、食品関連企業の農業参入により生産と商品の距離が縮まり、食品安全の確保が産地にも求められるようになり、その手法としてGAP認証の取得が進められてきている。また、2020年の東京オリンピック・パラリンピックの食材調達の基準としてGAP認証の取得が一つの基準として示されたことでもGAPへの注目が高まっている。
今回は、株式会社ローソンの農業参入とGAP取得について紹介する。
2003年の構造改革特区制度により農業生産法人以外の法人による農地賃借による農業参入が可能になったが、当初は参入可能なエリアが限定的などの理由によりなかなか広まらなかった。その後、2009年の農地法改正によりリース方式による参入を全面自由化したことを契機に大幅に一般法人の農業参入件数が伸びてきた。2017年末時点で3030の一般法人(注1)がリース方式で参入している(図1)。業務形態別に見ると、最も多く参入しているのは、「農業・畜産業」で740法人(24%)、次いで「食品関連産業」が632法人(21%)となっている。
営農作物別でみると、最も多いのは、野菜で1246法人(41%)、次いで複合、米麦などとなっている。また、当初は、建設業など異業種からの参入が多かったが、2009年の改正以降は、食品関連産業の参入が増加している。野菜生産で参入が多いのは、参入開始時における資本金が少なく始められることや、商品として利用しやすい、国産原料を要望する企業が多いことなどが要因とされている(注2)。
注1:「一般法人」とは「農地所有適確適格法人」以外の法人のこと
注2:農林水産省「平成29年度食品産業動態調査(国産原材料使用実態等調査・分析業務)」
農業参入の目的をみると「原材料の安定的な確保」がもっとも多く、次いで「本業商品の付加価値化・差別化」、「地域貢献」となっている(図2)。一方、課題としては「人材の確保」を挙げる企業が最も多く、次いで「採算性の判断」、「農地・事業地の確保」、「技術習得」となっている。既に農業参入している企業でも5年以内に黒字化したケースは4割以下となっており、農業参入へのハードルは低くはないのが現状である(図3)。
GAP(Good Agricultural Practice)とは、「農業において、食品安全、環境保全、労働安全等の持続可能性を確保するための生産工程管理の取組」(注3)を指すものである。現在、わが国には、いくつかのGAP認証があるが、「GAP認証を取得」とは、第三者認証機関による審査を経て認証を取得したことを意味する。
GAPはドイツで発祥した制度であり、その取り組みが欧州全体に広まったことから「GLOBALG.A.P.」と名称を変更し、さらには、国際取引の要件として利用され始めた。また、認証の分野でよく言われる「標準を制する者が市場を制する。」(2006年 内閣府知的財産戦略本部「国際標準総合戦略」)の側面もあり、国際貿易における戦略的な意味もある。
農業に携わる生産者や企業がGAP認証を取得するということは、リスク管理や食品の安全性確保に取り組んでいることが第三者認証機関により認められ、独自の手法ではない広く認められた手法によって農業が営まれていることの証明になるという点で大きな意味がある。グローバルな取引が広がる中、国際的に認められた認証を取得することはますます重要になってきている。
「第三者機関による認証制度」であるGAP認証は、運営主体がドイツにあるGLOBALG.A.P.、一般財団法人日本GAP協会が認証をしているASIAGAPおよびJGAP、都道府県が行うGAPなどがある。これらの違いは図4のとおりである。導入に際しては、それぞれの導入意図に沿って選択することとなる。
農林水産省が発表した2018年6月末時点における県ごとの取得状況をみると、全国でGLOBALG.A.P.を取得している経営体数は632、ASIAGAPは1415、JGAPで2785となっている。県別にみると、輸出が進んでいる茶の主産地における取得数が多いのが特徴である。
農林水産省によると大手量販店がGAP 認証取得を進めており、A社では、2020年までにプライベートブランド農産物は、国際承認を受けたGAP認証の取得100%を目指すことを表明しており、B社では、2021年までに販売する全ての青果物がGAP認証を取得した農業から供給されることを目指すことを表明している。
そのような中で、大手コンビ二企業である株式会社セブン-イレブン・ジャパン(以下、「セブンイレブン」という)と株式会社ローソン(以下、「ローソン」という)でもGAP取得が進められている。
わが国におけるコンビニエンスストア業界(注4)は、年間売上高が10兆円を越える巨大な市場である。日本フランチャイズチェーン協会(以下、JFKという)が発表するJFK正会員コンビニエンスストア本部7社(注5)における店舗数は5万5743店(2019年1月現在)、全店における売り上げは、過去70ヵ月において増加している。
注3:農林水産省生産局農業環境対策課「GAP(農業生産工程管理)をめぐる情勢」
注4:コンビニエンスストアとは、「主として飲料食品を中心とした各種最寄り品をセルフサービス方式で小売する事業所で、店舗規模が小さく、終日又は長時間営業を行う事業所」総務省日本標準産業分類
注5:株式会社セイコーマート、株式会社セブン-イレブン・ジャパン、株式会社ファミリーマート、株式会社ポプラ、ミニストップ株式会社、山崎製パン株式会社デイリーヤマザキ事業総括本部、株式会社ローソン
セブンイレブンやイトーヨーカ堂を運営するセブン&アイホールディングスは、2008年に設立したセブンファーム富里を皮切りに現在、全国14カ所で農場を展開しており、「食品残渣を堆肥化し、食品をリサイクルする循環型農業の実現と、地域社会及び地域農業への貢献」を農業参入への目的としている。同様にローソンは、2010年に設立したローソンファーム千葉を皮切りに2019年1月時点で22カ所でローソンファームを展開しており、「グループ店舗に安全・安心な野菜の持続的な供給を実現するため。次世代を担う若い農業者の育成支援」を目標として掲げている。持続可能な食料生産や環境に配慮したエネルギー資源の有効活用が重要視されるなか、企業の経営理念における社会的責任は大きくなっており、それを裏付ける材料の一つとして、GAP認証の取得を両者とも進めている。セブンファームでは、2017年時点で11カ所でJGAPを取得、ローソンファームでは、2019年1月末時点で22カ所でGAP認証を取得している。ファミリーマートに関しては、農業参入はしていないものの、GLOBALG.A.P.を取得した植物工場によるレタスをサンドイッチやサラダに利用し、今後更なる拡大を図ると発表している。
これらの農業参入の多くは野菜で展開しており、セブンイレブンはカットされた野菜や一次加工された野菜を拡充すると発表している。また、ローソンは「健康コンビニ」として、薬局とコラボレーションした店舗のほか、ローソンフレッシュピックとして、生鮮ストアをネットで展開するなどしている。野菜価格高騰の際には、価格が一定であるコンビニやスーパーで販売されるカット野菜の需要が大幅に増加することもあり、コンビニにおける野菜生産を後押しする形となっている。
ローソンはコンビニエンスストア「ローソン」のフランチャイズ展開を行うことを主業務として1975年に設立、同年に大阪に第1号店舗を開店し、2018年2月時点では、国内店舗数1万3992店、社員数1万28人(連結)、全店舗売上高2兆2836億円(連結)の企業である。
業態としては、①看板が青色の「ローソン」、②緑色の看板の「ローソンストア100」、③女性や健康を意識した赤い看板の「ナチュラルローソン」の他、店内に調剤薬局を併設した店舗などを展開している。
ローソンは「安全・安心で高品質な国産野菜の安定供給」、「次世代を担う若手生産者の育成」という目的の下、2010年に農業参入を果たした。現在は、生鮮野菜の供給だけでなく、サラダ原料や惣菜原料の加工場との連携強化や規格外品の有効活用といった加工・業務用原料野菜の供給も積極的に行っている。
ローソンファームは地元の生産者との連携による企業参入であり、生産者を中心として、近隣の農地の借入や提携などにより野菜の確保を実現している。また、農業の産業化を通した地域雇用の創出という観点から若手の担い手育成に力を入れており、各産地の若い生産者を中心に提携を行い将来に渡って持続的な野菜供給を実現していくことを目指している(図5)。
今回、取材を行ったローソンファーム千葉は千葉県香取市の芝山農園の篠塚氏を代表者として、2010年6月に設立された農業生産法人で、ローソンにとって農業参入第1号となった農園である(写真1)。複数企業による合弁会社で、出資割合は生産者75%、ローソン15%、東京シティ青果株式会社と株式会社RAGがそれぞれ5%となっている。
ローソンファームの運営方針は、各生産者の意向を重視しておりローソンファーム千葉においてもローソンの販売戦略をベースに置きつつも品目や品種の選定、栽培計画、運営などに関してはローソンファーム千葉の主体性に任されている。そのため、生産者にとっては、これまで培った栽培技術や伝統を生かした生産を継続しつつ、販売面に関してはローソンの販売網や物流システムを活用できるというメリットがある。設立当初は、ローソンストア100の店舗に青果用としてキャベツなどを出荷する割合が高かったが、サラダなどの加工・業務用原料野菜の需要が伸びていることから、現在の出荷割合は、青果用と加工・業務用でおよそ半々となっている。ローソンファーム千葉は圃場の近隣に同氏経営の香取プロセスセンターがあり、収穫後、時間を置かずに加工ができるため鮮度を維持したまま商品を製造できるという強みを持っている。主な加工内容は、キャベツの芯取りやサラダ用原料の一次加工野菜の生産である、原料野菜は自社の野菜のみならず近隣で栽培されている野菜も利用している。当プロセスセンターは、職員が2名、パートが23名程で運営している。
GAP認証取得の効果についてローソンファーム千葉の代表である篠塚氏は、①整理整頓の徹底、②危険物管理の徹底、③従業者全員の食品安全及び安心を含む農業への共通認識の形成、④仕事への興味関心の向上、⑤経営管理の改善などを挙げた。①~③はGAP導入の代表的な効果であり、大きなメリットである。実際にローソンファーム千葉では作業者が誰でも分かるよう備品などが整理されており、仮に農業器具を圃場に置き忘れてもすぐに気が付くようになっている。農薬の管理についても、施錠を行い交差汚染を防ぐためトレーを敷いて保管している。このような整理整頓が適切な在庫管理へとつながっている(写真3~7)。
GAP認証では、さまざまな管理台帳を始めとして、作業記録を作成することを義務付けているが、当農園では大手IT企業が提供する営農支援クラウドサービスを利用し栽培管理、経営管理、さらに販売管理も行っている。クラウドサービスの活用により、圃場単位で情報が「見える化」できるため、農作業の実績が数値で分かるようになり、「自分の作業によりこの圃場からどのくらいの利益が上がったのか」など自分の作業がどのような形となって結果に繋がったのか、会社の利益に貢献したのか、など従前の営農ではなかなか見えてこなかった部分が見えるようになった。それにより、作業者は、単純作業を日々行うだけではなく、興味や関心、更に向上心を持って作業に望めるようになった。また、スマートフォンを利用して作業者全員に伝わるため、簡単に情報共有が行えるようになった点もクラウド導入の大きなメリットといえる。
GAP認証は2年ごとに更新する必要があり、維持審査をクリアするためには経営を維持していくことが欠かせない。人材の面で言えば既存の農家とは違って企業的な働き方が出来る者が必要となる。ローソンファーム千葉では、既に営農において企画担当、事務担当、農作業担当など作業分担がはっきりしており、そのことは求人内容をみても明らかである(表2)。また、従来の家族経営による営農とは違い、さまざまなバックグラウンドを持った人材が集まるため、明文化されたマニュアルは必須となっている。そういった観点からもGAP導入の効果は大きいといえる。
企業にとって、消費者からの信頼を裏切ることは最も避けたい事態である。そのため、企業の農業参入に際しては製品と同程度のリスク管理が圃場や生産現場に求められてくる。そのような中、GAP認証は圃場や生産現場における環境保全や労働者の安全確保、さらに食品安全まで多面的な工程管理を網羅している点で魅力があるといえる。
コンビニエンスストア業界では海外進出が積極的に行われており、海外での店舗数はそれぞれセブンイレブン4万6780店、ファミリーマート7389店、ローソン1596店となっている。
2018年11月に農林水産省は「JGAP」のアドバンス版である「ASIAGAP」(アジアGAP)が国際組織であるGFSIの承認を取得したと公表した。
今後、予想されるグローバルな展開を見据えてローソンファーム千葉でもこのASIAGAPを2018年6月に取得しており、今後の企業活動にも大きな影響を与えるものと思われる(写真8)。
最後に、今回の調査に当たり作業の合間を縫ってご対応いただきました株式会社ローソンファーム千葉 代表 篠塚 利彦氏、株式会社ローソン 商品本部農業推進部 有本 千秋氏にこの場を借りて御礼申し上げます。