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調査・報告(野菜情報 2019年2月号) 


温暖化に対応しただいこんの高温障害耐性品種の開発状況

国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構 野菜花き研究部門
野菜育種・ゲノム研究領域 アブラナ科ユニット長 小原 隆由

【要約】

 だいこんは加工・業務用野菜として通年、需要がある品目であるが、本来、冷涼な気候を好むため、特に夏場のだいこん産地においては、従来より高温や乾燥による生理障害が課題となってきた。本稿では、特に外見からは判断が難しい内部褐変症の要因と耐性品種の開発状況について報告する。

1 はじめに

夏季に栽培しただいこんの根部には、空洞症、す入り、内部褐変症など、高温が原因となる生理障害が発生しやすい(写真1)。空洞症は、根の肥大初期に細胞間に生じた空隙が、高温・乾燥等の条件により十分に埋まらないことにより生じる。

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す入りは、根の組織が栄養飢餓によりスポンジ状になる症状で、収穫遅れの他、高温によって生育が進みすぎた場合にも発生する。一方、内部褐変症は、根の内部が茶~黒褐色に変色する生理障害で、生産現場では赤心症とも呼ばれている。本障害の発生しただいこんは商品価値が著しく低下する上、外観からは障害の有無を判別できないため、被害の発生した産地ではじょう単位で廃棄せざるを得ない場合もある。近年では、夏だいこんの主産地である北海道や青森県などの寒冷地においても、年によって障害が多発する場合があり、だいこんの周年安定生産における大きな問題となっている。

内部褐変症の発生程度には品種によって大きな差が認められ、夏だいこん産地では、種苗メーカーが育成した障害耐性品種が用いられている。しかし、将来、気候温暖化がさらに進行することが懸念されており、夏だいこんの安定生産のためには、耐性のより強い品種が必要になる。本稿では、現在我々が取り組んでいる内部褐変症強度耐性系統の開発状況について紹介する。なお、本研究は農林水産省の委託プロジェクト研究「気候変動対応プロ」などの助成を受け、横浜植木株式会社との共同研究で実施している。

2 内部褐変症の発生要因

従来から、ホウ素欠乏によりだいこんの内部褐変症が発生することが広く知られていた。しかし、昭和50年代に、夏だいこん産地において本障害の発生が大きな問題となったことから、高温との関係が詳しく調査された。その結果、内部褐変症の発生には、根が旺盛に肥大する時期(生育後半)の気温や地温が強く関係していることが確認され、25度以上の平均気温や30度以上の最高気温で発生割合が高まることが報告された(図1)(注1)。植物体が高温ストレスに遭遇することで、根内部に有害な活性酸素種が多く蓄積され、これが細胞を損傷・崩壊させ、その結果として褐変物質が蓄積すると考えられている(注2)。一方、内部褐変症発生程度の品種間差には、根組織の細胞(木部柔細胞)の大きさが関連しており、これが小さい品種の細胞は壊れにくいため内部褐変症への耐性が強いことが報告されている(注3)

注1:引用文献(1)

注2:引用文献(2)

注3:引用文献(3)

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3 内部褐変症耐性遺伝資源の検索

内部褐変症耐性品種の開発に向け、我々はまず始めに、本障害に強い耐性を持つ育種素材を幅広く検索することとした。農業生物資源ジーンバンクで遺伝資源として保存されている国内のだいこん在来品種や地方品種、加えてアジアなどから導入した海外品種から約300品種を選び、それらを国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構野菜花き研究部門(三重県津市)で高温期に栽培(月播種、月収穫)した。収穫しただいこんは縦割りし、内部褐変症の発生程度を段階(0:無発生、1:やや水浸状(うるみ)、2:強いうるみ、3:うるみが甚または一部褐変、4:褐変が甚)で評価した。試験を行った2010年と2011年の三重県津市の平均気温は、夏だいこんの主要な産地である北海道と比較して度も高い厳しい環境であった(図2)。このため、最も高温に強いとされる市販の夏だいこんF1品種においても激しい内部褐変症が発生した(内部褐変症発生程度は3.0~3.7)。

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図3に、試験を行った品種の内部褐変発生程度を品種群別にプロットした。品種群によって発生程度には大きな差が認められたが、同じ品種群の中でも、それぞれの品種によって発生程度に非常に大きな差があることが示された。意外なことに、一般に耐暑性が強いとされ夏だいこんの素材として用いられてきた「みの早生」と呼ばれる品種群の中には、内部褐変症に特に強い品種は認められなかった。

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一方、内部褐変症発生程度が比較的低い品種は、「二年子」、次いで「沖縄地大根」、「南九州地大根」、「中国大根」の中に見出された。年次変動を評価した結果、安定して発生程度が低かった品種は、「ねん」に属する‘五香二年子’(内部褐変症発生程度1.0)、「沖縄地大根」の‘シマダイコン’(内部褐変症発生程度0.8)などであり、これらを素材として育種を開始することとした(写真2)。

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4 内部褐変症耐性系統の育成

内部褐変症耐性の強い遺伝資源として選定した‘五香二年子’、‘シマダイコン’などは、現在一般的に栽培されているF1品種とは形や品質が大きく異なる上、個体によるバラツキが極めて大きいため、実用F1品種の親としてこのまま使用することは難しい。そこで、優良な特性を持つ固定系統(横浜植木育成)をこれら遺伝資源と交配した。夏期高温となる三重県津市および静岡県菊川市で内部褐変症発生程度を評価して障害の少ない個体を選抜し、そこから自殖(自家受粉)種子を採ってさらに後代の選抜を進めた。その結果、‘シマダイコン’に由来する交配組合せの後代から、内部褐変症発生程度が安定して低く、実用特性が一般のだいこんに近づいた固定系統‘ダイコンあんきく号’(以下「安菊号」)を選抜した(注4)。本系統を津市、菊川市の他、夏だいこん産地の北海道北広島市、長野県茅野市で内部褐変症発生程度を評価した結果を表1、写真3に示す。津市における内部褐変症発生程度は、市販の夏だいこん用F1品種Aが3.4、秋冬どり用のF1品種Bが3.8であったのに対し、安菊号では0.0と低かった。他の試験地においても内部褐変症発生程度が低かったことから、幅広い環境において耐性を発揮すると判断された。

注4:引用文献(4)

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一方、前述したように内部褐変症の発生には根の細胞(木部柔細胞)の大きさが関与することが報告されている。安菊号の木部柔細胞を観察したところ、細胞の平均断面積が市販F1品種の割程度と極めて小さいことが確認された(写真4)。本系統の高レベルの内部褐変症耐性には、木部柔細胞が小さいことが強く関係していると考えられる。

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5 内部褐変症耐性の遺伝解析

選抜した安菊号を高温障害耐性品種の育成に効率的に活用していくためには、安菊号の持つ内部褐変症耐性が、後代にどのように遺伝するのかを明らかにする必要がある。そこで、内部褐変症に極めて弱い自殖系統FT-18と安菊号を交配したF1(雑種第代)とこれを自殖して作成したF2集団(雑種第代)を使い、内部褐変症耐性を調査して、その遺伝性を検討した(注5)。津市のハウスおよび圃場、菊川市の圃場の地点で、両親系統およびF1、F2を栽培した結果、両親系統の内部褐変症発生程度は、耐性の弱いFT-18が4.0、強い安菊号は0.0~0.6であった(写真5)。つの地点とも、F1の内部褐変症発生程度は両親の中間の値を示しF2世代においては、発生程度がの個体からの個体までが幅広く分離した。F2世代において特定の値に偏らない連続的な分布となったことから、安菊号の持つ内部褐変症耐性は一つの遺伝子ではなく複数の遺伝子が関与する特性であることがわかる。また、F1の内部褐変症耐性の強さは両親系統の中間になると考えられる。さらに、F2世代において安菊号と同程度の耐性を有する個体が比較的多く現れることから、本系統は内部褐変症耐性の育種素材として有望と考えることができる。

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一方、安菊号の育成に並行して、内部褐変症耐性の強い個体を簡易に選抜できるDNAマーカーの開発を行っている。従来の育種選抜では、交配した後代の全ての個体を高温期に圃場で栽培し、大きな植物体に育てた後、根の内部を切断して調査し、障害の有無を評価する必要がある。しかしDNAマーカー選抜技術を用いた場合、発芽したばかりの苗の子葉をわずかに切り取ってDNAを調べることにより、目的とする障害耐性個体を瞬時に選抜できるようになる。これにより、内部褐変症に強いだいこん品種の育成がこれまでの半分程度の時間で、極めて効率的に行うことができるようになると期待される。

注5:引用文献(5)

6 おわりに

本稿では、内部褐変症耐性を有する遺伝資源の検索と、沖縄の在来品種‘シマダイコン’を素材として育成した安菊号の特性を紹介した。安菊号は、三重県津市など、夏だいこん産地の北海道より度以上気温が高い厳しい環境条件下で選抜を重ねることにより育成されたものであり、将来温暖化によって産地の気温が度上昇したとしても、十分な内部褐変症耐性を発揮することが期待できる。安菊号は、民間種苗メーカー等が品種育成に利用するための育種素材(中間母本)として、品種登録出願後に公開する予定である。また、現在、安菊号を片親とし、実用固定系統と組み合わせた試交F1の内部褐変症発生程度と実用形質を評価している。F1の内部褐変症発生程度は両親の中間になるため、安菊号に比べ劣るが、根の大きさや収量性は雑種強勢により大幅に向上することが確認された(写真6)。収量性、業務・加工適性や食味等の実用特性を検討し、有望な組合せが得られた場合は品種化を検討る。

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引用文献

(1) 川合貴雄ら (1992),ダイコン肥大根の赤心症ならびにポリフェノール含量に及ぼす播種期、地温ならびに寒冷しゃ被覆の影響.園学雑61:339-346.

(2) Fukuoka N., Enomoto T. (2001), The occurrence of internal browning induced by high soil temperature and its physiological function in Raphanus root. Plant Science 161: 117-124.

(3) Fukuoka N. et al.(2010), Relationship between the occurrence of internal browning and size of xylem parenchymatous cells in roots of Japanese radish. J. Japan. Soc. Hort. Sci. 79: 27-33.

(4) 小原隆由ら(2012),高温障害耐性を有するダイコン遺伝資源の検索.園芸学研究 11(別1):321

(5) 小原隆由ら(2017),ダイコン内部褐変症強度耐性系統の選抜と耐性の遺伝.園学雑 16(別1):164



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