中村学園大学 学長 甲斐 諭
本稿ではグローバルGAPの認証を受けた九州のJAくるめサラダ菜部会と坂上農園2事例を取り上げた。両者とも食品安全、環境保全、労働安全などの持続可能性の取り組みにつながっておりGAP取得の効果があった。しかしながら、毎年発生する更新費用については、13戸でまとまって認証を受けたJAくるめサラダ菜部会では、出荷の段ボールなどに認証取得を記せず認証取得を外部にPRできないことから不満があり、ミニトマトの個別生産者の坂上農園は、認証取得により職場改善や販売先の確保などにつながっていることから、さまざまなメリットを感じているなどと、評価が分かれた。
2020年の東京オリンピック・パラリンピック競技大会(以下「東京オリパラ」という)において使用される食材は、同委員会の「持続可能性に配慮した調達コード」により要件が決まっており、同コードの一部である「持続可能性配慮した農産物の調達基準」により農産物別にGAPの種類が規定されている(注1)。
農林水産省の「GAP(農業生産工程管理)をめぐる情勢」によると、GAPとは農業において、食品安全、環境保全、労働安全などの持続可能性を確保するための生産工程管理の取り組みであり、GAP認証をとる意義は「取引先や消費者が直接確認できない生産工程における安全管理、持続可能性の取り組みを、第三者が審査して証明すること。これにより、「見える化」が実現し、取引上選択されやすくなったり、消費者に安心してもらえる」とある(注2)。
しかし、現実にはグローバルGAP(注3)の場合は、費用を払い認証を受けたにもかかわらず、認証を受けたことを出荷箱や小売・量販店などにおける小分け袋に表示することが許されていない。そのために生産者は、流通業者や消費者に当該農産物がグローバルGAPの認証を取得したものであることの情報を届けることができない。情報表示禁止の背景には、そもそもグローバルGAPの内容は生産者が当然に遵守すべき事項なので、それを表示するなどをことさらに強調し、販促の道具、差別化の手段とするべきではないとの理念が底流としてあるのであろう。
この度、九州でグローバルGAPを取得した福岡県の久留米市農業協同組合(以下「JAくるめ」という)のサラダ菜部会と熊本県玉名市の坂上農園について調査したので、その概要を報告する。
両者とも、食品安全、環境保全、労働安全などの持続可能性の取り組みにつながっておりGAP取得の効果があった。
しかしながら、JAくるめのサラダ菜部会は上述の二律背反に苦しみ、一方熊本県玉名市の坂上農園はそれを見事に解消している。グローバルGAPの効果に対する認識の相違が発生する背景と要因は何であるのか実態に即して分析し、今後のグローバルGAP認証取得の意義と課題について考察するのが、本調査研究の目的である。
注1:参考文献1
注2:参考文献2
注3:正式には「GLOBAL G.A.P」、ドイツのFood PLUS GmbHが策定したGAP認証。主に欧州で普及している。青果物に関してGFSI(Global Food Safety Initiative)の承認を受けている。
(1) 露地野菜販売農家数の急減と施設野菜販売農家の健闘
昭和60年から平成27年の30年間に野菜販売農家数は、全国でも九州でも表1に示すように減少している(注4)。生産者の高齢化を反映して特に九州の露地野菜販売農家数の減少は全国に比して著しい。しかし、施設野菜販売農家数の減少は露地野菜に比して穏やかであり、九州の施設野菜販売農家は健闘していると言えよう。
野菜販売農家数の全国に占める九州のシェアは、露地野菜は同期間に15.7%から14.1%に縮小しているが、施設野菜は19.2%から22.6%に逆に拡大している。今後、九州の施設野菜生産の相対的地位は向上していくものと期待される。
注4:参考文献3
表2に平成27年の九州各県の野菜販売農家数と施設野菜販売農家数比率を示す。九州全体の施設野菜販売農家数は2万5000戸であり、施設野菜販売農家数比率は34.9%である。施設野菜が盛んな九州にあって特に熊本県(46.9%)、宮崎県(38.9%)、福岡県(35.8%)は施設野菜が盛んな県であることが分かる。
表3に九州における規模別野菜販売農家数の平成22年と27年の変化および増減率を示す。九州の露地野菜販売農家数は2ヘクタール以上層で増加しており、一方、施設野菜販売農家数は1ヘクタール以上の層で増加している。
今後とも野菜販売農家数は減少すると思われるが、露地野菜では2ヘクタール以上層の、施設野菜では1ヘクタール以上層の農家の育成が必要である。
表4に平成19年から28年にかけての野菜の産出額と九州の全国に占めるシェアの9年間の変化を示す。全国の産出額は9年間に122.2%となったが、九州では127.5%となっており、九州の全国に占めるシェアも17.9%から18.7%に拡大している。
徐々にではあるが、九州は野菜生産において重要性を増していることが分かる。
表5に示すように平成28年の九州の野菜の産出額は4779億円であったが、熊本県が1321億円、福岡県が808億円、宮崎県が771億円であり、この3県で九州管内で60.6%の産出額を達成している。
後述するJAくるめ管内のサラダ菜部会が立地する福岡県における野菜の作付面積と生産量の推移を表6に示す(注5)。作付面積は平成2年産に比較して27年産は71%に、生産量は68%に減少している。この減少率は全国の同期間の作付面積の68.8%(59.9万ヘクタールから41.2万ヘクタールに)よりは穏やかであるが、生産量の74.8%(1585万トンから1186万トンに)の減少より厳しい(注6)。
福岡県の野菜の品目別作付面積を図1に示す。同期間にキャベツは1270ヘクタールから724ヘクタールと57.0%になっている。逆にレタスは663ヘクタールから1090ヘクタールと164%となっている。レタス以外の他の野菜の作付面積は縮小している。
図2に福岡県の野菜の品目別産出額を示す。同期間に大きく拡大しているのはいちごで、着実に増加しているのがレタスであり、ねぎ、なすはほぼ安定しているが、キャベツは産出額が減少している。
福岡県で作付面積が拡大しているレタス(平成27年産1090ヘクタール)の主産地は、今回の調査対象のJAくるめのサラダ菜部会が立地する久留米市(同年産561ヘクタール:県合計の51.5%)である。
久留米市は福岡県南西部に位置し、九州一の大河・筑後川が貫流し、筑後川に沿って南側を東西に耳納山などの山々が連なっている。全体的に東南の山麓・丘陵地から、西北から西部にかけて緩やかに傾斜し、筑後川によって形成された広大な沖積平野の平坦地で野菜作が展開されている。
平成28年の久留米市の農業産出額の推計値は324億7000万円である(福岡県の市町村で第1位)(注7)。そのうち野菜が151億8000万円(46.8%)と最多で、次いでコメ・麦・大豆は47億2000万円(14.5%)、畜産39億7000万円(12.2%)、花きは36億5000万円(11.2%)、果樹20億5000万円(6.3%)などとなっており、久留米市は福岡県内最大の野菜生産が盛んな農業地域(注8)である。
注5:参考文献4
注6:参考文献5
注7:参考文献6
注8:参考文献7
後述する坂上農園が立地する熊本県における野菜の作付面積と生産量の推移を図3に示す。熊本県では、平坦地域の施設野菜や夏の冷涼な気候を生かした高冷地野菜、海岸島しょ地域の温暖な気候を生かした露地野菜など多様な気象条件を生かした野菜生産が行われている。
熊本県は、作付面積が平成7年産に比較して28年産は70.9%(18.2千ヘクタール→12.9千ヘクタール)に、生産量は79.3%(56.9万トン→45.1万トン)に減少している(注9)。この減少率は全国の同期間の作付面積の76.2%(53.7万ヘクタールから40.9万ヘクタール)よりは厳しい数値であるが、生産量の79.1%(1467万トンから1160トンに)はほぼ同値である。
図4に熊本県の野菜の品目別産出額(平成28年)を示す。トマトが35.7%を占め最多で、なす7.9%、すいか7.6%、いちご7.4%、メロン7.0%が続いており、熊本県においてはトマトが突出して産出額が多いことが分かる。そのトマトの作付面積も収穫量も依然として拡大が続いていることを図5は示している。逆にいちごは徐々に減少していることが分かる。
今回の調査対象の坂上農園が立地する玉名市は福岡都市圏と熊本市の中間に位置し、JR鹿児島本線や九州縦貫自動車道、有明フェリーなどを近隣に有し、交通の便に恵まれた地域であり、コメ、トマト、いちご、みかんなどの農産物や、のりやあさりなどの水産業が盛んな地域である。
平成 28 年の玉名市の農業産出額(推計値)は234億1000万円である(注10)。そのうち野菜が118億4000万円(50.5%)を占め最多で、果実49億2000万円(21.0%)、コメ30億1000万円(12.8%)、畜産25億9000万円(11.0%)などとなっており、同市もまた野菜生産が盛んな地域であることが分かる。
注9:参考文献8
注10:参考文献9
調査対象のJAくるめサラダ菜部会はJAくるめに属している。JAくるめは、久留米市(うち田主丸町、北野町、三潴町、城島町を除く)を事業区域としており、平成30年4月1日現在の正組合員は5149人で、准組合員は9769人、合計1万4918人である(注11)。
28年度末の販売品販売額は約57億9619万円である。うち野菜が約34億6940万円(59.9%)で最多で、続いてコメ10億1925万円(17.6%)、畜産3億9162万円(6.8%)、果樹2億6083万円(4.5%)である。
野菜では、リーフレタス、サラダ菜、いちご、きゅうり、トマトなどの生産が盛んである。
それぞれ生産品目ごとに生産部会を構成しており、リーフレタスの生産部会は88名、サラダ菜13名、いちご51名、きゅうり17名、トマト19名である。
注11:参考文献10
上述のようにJAくるめサラダ菜部会員数は13名で、平成29年の栽培面積は11.2ヘクタールで、年間出荷量1160トンであり、33社の青果市場の卸売業者とその他の16社に販売している。福岡県のサラダ菜作付面積は全国第2位であるが、土耕栽培に限定すると全国第1位である。
13名の平均年齢は50歳で生産部会としては若い生産者が多い。昭和56年ごろ、当地域でサラダ菜の栽培が開始され、平成5年にJAくるめサラダ菜部会が結成され、毎月第3金曜日の午後に勉強会を開催し、研さんを重ねてきた。
現在の部会員はサラダ菜栽培の2代目や3代目であり、後継者が多く、若者の多い活気にあふれた部会である。
サラダ菜だけを栽培する生産者が多く、一部にはほうれんそうやリーフレタスを栽培する生産者もいるが、ほとんどはコメ麦は生産せず、野菜専作経営である。サラダ菜をハウス内で年間5~7回収穫している(写真1、2)。サラダ菜は連作なので、土壌消毒を行う必要があるが、登録農薬を施用基準に即して利用しているので、後述のグローバルGAPの審査でも問題がないと判断されている。
JAくるめ管内のサラダ菜の栽培面積は、平成22年の約9.7ヘクタールから徐々に規模拡大されて26年には約10.5ヘクタールとなり生産量も増えたが、同年の販売単価は低迷した。その打開策として安全安心な栽培に取り組んでいる産地としての宣伝と有利販売対策の一環として、グローバルGAPの導入を検討した。JGAP(注12)認証取得も検討したが、その当時は東京オリパラの食材調達に対応可能なのはグローバルGAPだけといわれていたことに加え、今後の輸出も見据えてグローバルGAPの取得を目指すことにした。
JAくるめサラダ菜部会の取得に至る経緯は、表7の通りで、28年11月にグローバルGAPの本審査を受け、是正対応を行い、29年2月14日にグローバルGAPの認証を正式に取得した。その結果が多くの新聞、雑誌に紹介され、JAくるめサラダ菜部会の取り組みが強い社会的な関心の表れと考える。
注12:一般財団法人日本GAP協会が策定した日本発のGAP認証。平成29年8月よりASIA GAP(旧JGAP Advance) 、JGAP(旧JGAP Basic)の運用を開始。
グローバルGAP認証取得の最大の効果は、JAくるめサラダ菜部会員全員と農協のサラダ菜担当者の安全安心を目指した衛生管理、事故などが発生しないようにする労働環境の整備などに関する意識の向上であった。生産圃場と調製現場の整理整頓、加えて農協選果場内のサラダ菜取扱い場所の整理整頓が進み、効率的な作業ができるようになった(写真3、4)。
特に配慮したのは、出荷資材を直置きしない。農薬保管庫の整理・整頓、農薬散布時のマスク、手袋の使用などである。そうした取り組みが結果的に食品安全、環境保全、労働安全などにつながっている。
JAくるめサラダ菜部会が福岡県知事と久留米市長を表敬訪問し、それが新聞、雑誌、テレビなどで報道されたことが、グローバルGAPのことを産地バイヤーが知り、問い合わせや商談が増加した。サラダ菜の売場を全て久留米産に変更する動きも一部の量販店の店舗であったこともある。
しかし、それはサラダ菜の販売単価を引き上げるものではなかった。むしろ平成29年は野菜全体が豊作でサラダ菜の販売価格もその影響を受け、低迷し、厳しい状況に直面した。
グローバルGAPの認証を受けたことを出荷箱や小袋に表記できないので、宣伝効果を発揮できないことが販促上のネックになっている。JGAPは記載を許しているが、グローバルGAPは認証取得表示を禁止している。
JAくるめのサラダ菜の出荷先は33の青果卸売市場であり、関西に約30%、関東に約25%、その他中国地方と九州である。その他16社にはJAふくれんを経由して販売している。焼肉チェーン店には直接ではなく卸売市場を経由して納入されている。段ボールで出荷しており、グローバルGAPの認証を受けたことを出荷箱や小袋に表記できないため、流通業者や消費者にグローバルGAPの認証を宣伝できず、認知度も進まない状況となっている。
また、販売価格については希望価格を伝えてはいるが、現実は卸売市場のセリ値で決定されており、グローバルGAPの認証取得に伴う経費アップ分を転嫁できない価格決定方式になっている。
そのため、部会では認証取得に係る経費負担が問題になっている。初回の取得に際しては国と県からの経費の8~9割の補助があり、第2回目には久留米市からの補助があったが、3回目の認証取得に係わる経費の補助は今のところ皆無である。
認証取得を継続するには毎年審査があり、審査費用、パソコンに残すシステムの利用費とコンサルタント費(本審査前の内部審査費、是正項目指導費)として1戸当たり数10万円が必要である。この1戸当たり数10万円が負担になっている。
グローバルGAPの認証を受けているので、輸出も可能であるが、今のところJAくるめサラダ菜部会自体では輸出を行っていない。
部会内部には、認証取得に伴う経費を、宣伝効果としても、また価格設定においても回収できないことに対して不満もあるが、2020年の東京オリパラへの食材販売を考慮して、当面は認証取得を継続していくこととし、2020年の東京オリパラの選手村の食材の提供を目指している。
代表の坂上隆也氏は、(独)農畜産業振興機構が毎年開催している「国産野菜の契約取引マッチング・フェア」に毎年参加しているが、平成28年3月の商談会への参加の際、そこでのグローバルGAPのコンサルタント会社の職員との出会いがきっかけで、後日代表者と会い、2020年の東京オリパラに向けたグローバルGAPへの取り組みについて直接説明を受け、認証を受けることにした。
坂上氏は地方公務員として県外で就業していたが、結婚し、子供が生まれ、妻が働こうとしても縁者のいない異郷では雇用してもらえなかったことから、平成23年1月に帰郷し、父の経営するミニトマトの生産と販売(農協出荷)を手伝っていた。
24年8月に独立し、ミニトマトの雇用型経営を開始した。独立に際して、自分達が味わった苦い経験を踏まえ、若い子育て中の主婦でも働けるように、就業時間を自由に選べる状況を提供している。昨今言われている「働き方改革」を先取りした柔軟な就業規則を設けた結果、17名の地元の若い主婦を雇用することが可能になっている。
労働力は経営主と妻と18名の年間雇用者(1名男性)である。近くでミニトマト栽培をしている両親も手伝っている。雇用者は28歳から42歳で、子育て世代である。坂上農園では初心者でも熊本県の最低賃金より高い時給から開始し、経験に応じて時給が上昇する仕組みになっている。年間雇用で安定しており、子供や家庭の状況により休暇が自由に取れ、県の最低賃金より賃金が高いという3つの好条件のために、現状では雇用に問題は発生していない。ちなみに坂上農園では熊本県阿蘇市波野村に飛地を持ち、ミニトマトを栽培し、そこでも同様の雇用方式で6名を雇用している。
坂上農園では、標高差を利用して玉名市の1ヘクタールと阿蘇市波野村の0.6ヘクタールでミニトマトの周年栽培を行っている(写真5)。平坦地の玉名市ではミニトマトを11月から7月まで収穫するが、それ以降は高温のために栽培できないので、熊本県内の高冷地である阿蘇市波野村で栽培し、8月から12月まで収穫している。
玉名市から阿蘇市波野村までの移動には、車で2時間を要する。代表か父親、それに雇用者の1人が加わり、3日に1回、2泊3日の収穫作業に赴き、収穫したミニトマトを玉名市の自宅の選別場に持ち帰り、選別機にかけて選別している。自宅に持ち帰る理由は、後述のグローバルGAPの認証を受けた選果場が自宅の選別場だけであるからである(写真6)。
今後、平坦地の玉名市において0.3ヘクタール、高冷地の阿蘇市波野村で0.3ヘクタール、それぞれ借地により拡大する計画である。それに伴い労働力の確保が課題になるが、パート雇用の拡充ができる見通しである。
販売先は卸売市場の荷受けの卸売業者への出荷は1割以下で、残りは、市場内の仲卸業者や買参人(特に大型量販店への納入業者など)への出荷である。量販店への直接販売には代金回収上の問題があるので、リスクを避けるために直接販売は行っていない。
昨年までは宅急便を利用して関東の業者にも出荷していたが、宅急便などの運賃が高騰したので、現在ではトラック便を利用した出荷であり、1日で到着する範囲の関西と東海への出荷が主である。それに加えてわずかに地元の学校給食への販売を行っている卸売市場と九州内の外食産業に販売している。
卸売市場出荷が1割以下なのは、卸売市場の価格変動を回避したいとの思いからである。多くのパート従業員を雇用しているので、価格が不安定では給与支払いの計画が立てられない。市場内の変動価格よりも契約取引による安定価格を望んだ結果の販売先選択である。
土づくりを重視している。もみ殻、稲わら、発酵させたぬかをすき込み、骨粉などを混ぜた有機質堆肥を施用している。また黒ビニールで耕土を覆い、日光で地温を80度程度まで上げる太陽熱消毒を1週間ほど行う。このような工夫により地力の維持向上に努め、連作障害の発生を防いでいる。化学肥料の施用はごく少量である。
上述のように(独)農畜産業振興機構主催のマッチング・フェアでコンサルタント会社の職員と出会い、後日同社の代表者との面談を経て、コンサルタント会社の会員メンバーとなり、平成28年12月にグローバルGAPをグループで取得した。
認証は単独でグローバルGAPを取得すると1戸当たりの金額は40~50万円を要するが、コンサルタント会社のグループ認証なので、通常の2分の1以下になっている。それに加えてコンサル料(システム利用料など)、指導料(グローバルGAPの項目変更への対応など)、年間100万円程度を支払っているが、経費の負担はあまり感じてなく、それ以上のメリットを感じているとのことである。
当初、坂上氏はグローバルGAPは生産現場の改善対策と理解していたが、それに加えて経営対策、従業員教育、職場改善でもあることが分かってきた。具体的には毎月、職場会議をするように義務付けられているのでパートを含めた全員で、ミーティングをする。ミーティングでは、生産現場の問題点や改善策、坂上氏の経営方針などを話し、職場環境の改善に取り組んでいる。そうした取り組みが、結果的に生産段階における食品安全や環境保全、労働安全などにつながっている。
それと同時にそのミーティングにおいて個々の従業員の就業時間などの要望を聞き、情報を共有しているが、結果として今までに従業員が1人も離職していない。妊娠、出産、育児などの従業員の個々の事情を毎月のミーティングで話し合っているので、それぞれの者に配慮した子育て世代の女性が働き易い環境を作ることができており、これもグローバルGAPの導入のメリットと感じている。グローバルGAP取得には数量化できないメリットがあると話す。
販売先の確保にもグローバルGAP取得は有効である。販売先である卸売市場の仲卸業者や買参人などの業者との相対取引による契約販売の交渉過程において、グローバルGAP認証取得が有効な情報として提供でき、ブランド商品として有利販売に役立っている。グローバルGAPは消費者に訴求すべく出荷箱や小袋などにグローバルGAPの認証取得の表示を記載することは許されていないが、契約取引の交渉の際にバイヤーに訴求でき、また信頼して貰えるという大きなメリットがあると考えている。
グローバルGAP認証の更新には圃場毎の農作業上の自己リスク評価表の提出が必要で、その記入には労力を要するが、それは一方では経営改善項目のチェックになり、引いては雇用者を事故から守ることにもなり、経営改善に役立っていると理解している。認証を受けた1年目や2年目はリスク軽減対策が大変であったが、3年目からはリスク軽減対策の意味などが理解でき、準備も万全を期してきたので、スムーズに認証を受けることができるようになった。
また、毎年の更新に伴い、グローバルGAPのリスク管理項目が追加されるが、経費をかけて解決するのではなく、その趣旨と意味を理解し、必要なものは購入する必要があるが工夫によって対応できるようになっている。
前述の経費の負担以上のメリットを感じていることの一つにコンサルタント会社との契約のメリットがある。表8は、コンサルタント会社との契約の主なメリットである。
日々の作業労働記録をスマホを利用して、入力すると事務所のパソコンの中にあるコンサルタント会社が開発した管理ソフトに反映される仕組みになっており、必要なデータを入力して、作業記録の入力と雇用者の情報を入力することで雇用管理を行う(写真7)。記録時間は短時間で終わることから、特段苦にはならない。その結果、ミニトマト栽培の原価計算ができるなど、経営管理に役立てることができている。コンサルタント会社には全国のグループ認証を受けた農家のデータが蓄積されており、コンサルタント会社では農家間の比較が可能になると同時に強みとなっている。
さらにコンサルタント会社のグループの一員として、グローバルGAP認証を受けている近隣のれんこん、きゅうり、たまねぎ、ばれいしょ、にんじんなどの生産者と連携して、10トントラックに混載して契約先に共同輸送しており流通上のメリットは大きい。販売先の開拓と契約締結および共同輸送のメリットを考えるとコンサルタント費用は負担とは思っていない。
また、上述したものの他に最近は配送費が上がっていることから、自分で生産したミニトマトだけでは10トントラックを満載にできないので、グループ活動を通して友人になった生産者のなすやすいかを10トントラックに混載して関西と東海の販売先の集荷センターに共同輸送も行っている。
東京オリパラ競技大会組織委員会の「持続可能性に配慮した調達コードについて(注13)」の「持続可能性に配慮した農産物の調達基準」によれば、
① 食材の安全の確保、
② 周辺環境や生態系と調和のとれた農業生産活動の確保、
③ 作業者の労働安全の確保
が、農産物調達の要件になっている。それを担保するものとしてGAPが取り上げられている。グローバルGAPもそのうちの一つである(注14)。
本研究で取り上げたグローバルGAPの認証を受けた2つの事例のうち、両者とも食品安全、環境保全、労働安全などの持続可能性の取り組みにつながっておりGAP取得の効果があったとしている。
しかしながら、毎年発生する更新費用については、前者の13戸でまとまって認証を受けたJAくるめサラダ菜部会では、出荷の段ボールなどに認証取得を記せず認証取得を外部にPRできないことから、不満があった。一方、ミニトマトの個別生産者は認証を取得していることでさまざまなメリットを感じ、経営改善と販売先の確保に有効に活用している。その相違が発生する背景と要因は次の4つに整理されよう。
第1は、認証経費とそれに付随するコンサルト会社の指導費負担の考え方の相違である。ミニトマト生産者は認証取得を契機に雇用労働者の働き方改革の改善に積極的に利用し、計数管理を経営改善に有効に活用している。JAくるめサラダ菜部会ではそのような意見は少なかった。
第2は、販売先の認証取得の評価の相違である。ミニトマト生産者はコンサル会社から紹介してもらった認証取得を評価してくれる業者との契約取引をしている。一方、JAくるめサラダ菜部会は認証取得を評価しにくい卸売市場の卸売業者への出荷であり、価格はセリ値に大きく影響される。
第3は、認証取得を販売促進対策と差別化戦略として利活用できない点である。たとえ卸売市場出荷であっても出荷箱に認証取得を表示できれば、一定程度のバイヤーからの評価を得ることができるであろう。しかし、グローバルGAPの場合は認証取得表示が許されないので、別の宣伝手法で卸売市場のバイヤーに直接訴求する選択肢を選ぶ必要がある。
第4は出荷数量の多寡による出荷先の相違である。ミニトマト生産者は個別経営であるので、契約販売先への出荷数量が必ずしも多くないが、JAくるめサラダ菜部会の場合は13戸分の大量のサラダ菜を契約で販売することは至難で、大量生産物を円滑に販売してくれる卸売市場に頼らざるをえない。出荷数量の多寡が販売先を規定し、それが認証取得の評価を左右する背景となっている。
現在のところGAP認証取得経営体数 (国内農畜産業)は、JGAPが2785件 (平成30年3月末)、ASIA GAPが1415件 (平成30年3月末)、グローバルGAPが632件(平成30年6月末現在)となっている(注15)。3つのGAPの認証件数を比べると、グローバルGAPが最少ではあるが、29年12月末現在では、480件であったので、確実に伸びているといえる。今回の2事例を参考にさらにGAP認証取得者が伸びることを期待したい。
注13:参考文献1
注14:参考文献11
注15:参考文献2
〈追記〉
本調査に際して2ヵ所の生産者、九州農政局、福岡県、熊本県、久留米市、JAくるめの方々から有益なご教示と貴重な資料を頂いた。記して皆様に深甚なる謝意を表します。
参考文献
1 公益財団法人 東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会「持続可能性に配慮した調達コード(第 2 版)」平成30年6月。
2 農林水産省「GAP(農業生産工程管理) をめぐる情勢」平成30年11月。
3 九州農政局「九州の野菜の概要」平成30年1月。
4 福岡県園芸振興課「福岡の野菜動向」平成29年6月。
5 農林水産省「野菜をめぐる情勢」平成30年5月。
6 久留米市ホームページ、平成30年7月。
7 久留米市農政課「久留米市食料・農業・農村基本計画」平成27年4月。
8 熊本県「くまもとの農業2018」平成30年6月。
9 熊本県玉名市のホームページ、平成30年7月。
10 JAくるめのホームページ、平成30年7月。
11 甲斐諭「グローバルGAP認証取得農業経営の現状と課題~長崎県諫早市愛菜ファームを事例として~」 『野菜情報』2017年11月号。