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調査・報告(野菜情報 2018年12月号)


野菜シンポジウムの概要~野菜再発見(野菜のありがたさ)~

野菜需給部 需給推進課

【要約】

 農畜産業振興機構は、平成30年8月31日(金)、「やさいの日」にちなんで、野菜需給協議会(野菜に関係する生産者団体、流通団体、消費者団体等で構成)との共催で、イイノカンファレンスセンター(東京都千代田区内幸町)において、関係者による消費拡大を促す観点から、「野菜再発見(野菜のありがたさ)」というテーマで野菜シンポジウムを開催した。

はじめに

当日は、当機構の佐藤理事長のあいさつで始まり(写真1)、100名を超える方々にご参加いただいた(写真2)。

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第57次日本南極地域観測隊 調理担当の渡貫淳子氏からは「南極・昭和基地のお野菜事情」、また、株式会社ヘルシーピット代表取締役の杉本恵子氏からは「『杉本恵子の食材5色バランス健康法』で口福から幸福へ」と題し、それぞれ講演を行っていただいた。

講演の概要は、以下の通りである(敬称略)。

【講演者】渡貫 淳子(わたぬき じゅんこ)≪演目≫ 南極・昭和基地のお野菜事情

【南極・昭和基地という場所】

皆さんは南極というと、メルカトル図法で描かれた世界地図の下の白い大地(図1)の印象しかないと思うが、実際は図2のような形をしている。

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南極の面積は、日本の37個分で、地球上の氷の9割が南極にあるといわれている。

日本は、この南極に「昭和基地」「あすか基地」「みずほ基地」「ドームふじ基地」の4つの基地を有しているが、現在、観測隊が通年暮らしているのは昭和基地だけである。

私たちが生活していた昭和基地は、今から約60年前に第1次観測隊が建てた4棟から始まり、現在では規模が非常に大きくなり、60棟あまりの建物がある。昭和基地の場所は、南緯69度、東経39度で、アフリカのマダガスカル島の真下あたりにあるが、ここに行くまでが非常に大変であった。豪州から往路で約3週間、復路で約50日かかるので、私が日本を出発してから日本に帰ってくるまで1年4カ月だが、そのうち約2カ月間は船での生活であった。

昭和基地周辺の気温は、意外と暖かく平均気温マイナス10.5度、最低でもマイナス45.3度なので、北海道の内陸部、旭川などではこのような気温になることもあると思う。写真1は夏の昭和基地、写真2は冬の昭和基地の写真である。写真は、同じ看板だが、夏はぶら下がることができ、冬はこのような積雪となる。ちなみに、現在、公式に世界の最低気温とされているのは、ロシアのボストーク基地で観測されたマイナス89.2度である。

【南極における生野菜】

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皆さんは、普段の食事から野菜のない生活というものを、おそらく想像したことはないと思うが、私たちは、実際に生野菜のない生活を数カ月に渡り送らざるを得ない環境に追い込まれていた。南極に持ち込んだ生野菜は、キャベツ、たまねぎ、にんじんおよびじゃがいもで、キャベツに関しては、最後の寄港地である豪州で積み込んだ。たまねぎ、にんじん、じゃがいもは、日本のものの方が水分が少なくて痛みが遅いという経験上から国産のものを持ち込み、ながいもやだいこんも国産を持ち込んだ。

皆さんは、7カ月後のキャベツを見たことはないと思うが、キャベツの切り口に石灰を塗り、成長を止めて冷蔵庫で保管しても、7カ月後には、外側がひどく傷み、芽が長く伸びてしまう。私たちは、そのキャベツの葉をきれいに剥いて、最後までおいしく食べた。紫キャベツも外側がぼろぼろになったが、これも表面をきれいに剥いて食べる。7カ月間はキャベツを食べることができたが、だいこんとはくさいは4カ月しかもたず、だいこんは表皮が真っ黒になった。じゃがいもは、段ボールの隙間から蛍光灯の灯りが入り、芽が出てしまった。

日本から南極に持ち込んだ野菜の中で、1年間遜色なく同じ姿で食べられた食材が2種類あった。一つはながいもで、おがくずに入れた状態で1年間冷蔵庫に入れておいたところ、1年後にもほぼ同じ状態で食べることができた。たまねぎも蛍光灯の灯りで芽がでなければ1年間保存できる。

【南極で野菜を育てる】

生野菜を食べるのが困難ということになると、現地で野菜を育てればいいのではないかという話もあるが、残念ながら「南極条約」(国際条約)があり、土壌の持ち込みが禁止されている。種も持ち込むことができない。しかし、土がなければ水耕栽培という手があり、環境省に「この種を何キログラム持ち込みます」という書類を整えて申請して許可を得た場合は、食用に限り持ち込むことが許されている。これを全てクリアして、私たちは昭和基地で水耕栽培を行った。水耕栽培といっても、約8畳のスペースに、棚が少し設置してあるだけで、潤沢に収穫できないが、大葉や水菜などを細々と育てた。また、今回申請して持ち込んだもので、「フィルム農法」というものがある。水の上にフィルムを浮かべて、その上に種をまくと発芽するシートである。これだと土がなくてもタッパーのような容器に水を張り、その上にシートを敷いて種をまくと、それだけで3週間から4週間くらいで、ある程度の野菜が収穫できる。このシートにはトマトを収穫できるちょっと特殊な種類もあるので、興味がある方は調べていただきたい。

他に代表的なものとしては、スプラウトがある。もやしやソバの実、ブロッコリーのスプラウトなど、かなり多種多様な野菜を現地で作った。私が一番おいしいと思ったのは、ヒマワリのスプラウトで、ちょっとごぼうのような味がしておいしかった。ただ一つ問題があり、種を覆っている皮が、ブロッコリーやカイワレダイコンは比較的柔らかく、そのまま食用として問題ないが、ヒマワリは殻がそのまま残ってしまい、それを取り除くのに非常に時間がかかった。そういう意味では生産性は低いものの、おいしくて私は好きなスプラウトであった。

こう話すと、意外に野菜を食べていたのではないかと思われるが、実際に私たちが南極滞在中に口にできたものは、例えば、長さ約10センチのきゅうりが1年間に1人1本、プチトマトが1人1個。サンチュなどは収穫に3週間から4週間がかかるので、1回に収穫できたものを30人で分けると1人5枚くらいである。

実際に1年間で収穫した野菜は、もやし70キログラム、ブロッコリーのスプラウト19.2キログラム、アルファルファ6キログラムなど20品目ほどで、とにかく作れるものは作って、食べていた。

【南極で生活する上での制約】

南極で野菜を作るにあたり、幾つかの制約がある。まず一つ目は水の制約である。昭和基地で使用する水には2種類あり、一つは「上水」と呼ばれる水で、昭和基地は海に近いことから、普通に雪を溶かすと塩分を含んだ水となってしまうので、それを脱塩装置にかけて精製し、砂利や塩分を取り除き、口にできる状態にしたものである。もう一つは精製せず、ゴミだけ取り除いたものを「中水」と言い、トイレや洗濯に使っていた。水を作る機械の能力には限界があり、1分間に4リットル、1日に5760リットルしか作れない。

昭和基地では、30人が生活していたが、1人が使う水の量は1日に170リットル、30人で5100リットル。残りは約600リットルしかないので、非常に厳しい状態で生活をしていた。国土交通省の資料では、日本国内で1人が1日に使う水の量は289リットルで、それに比べるとかなり節水に努めたのだが、それでも水は足りない、作れないというのが現状であった。

ちなみに私が基地の外で生活していたときは、1人1日2リットルの水で生活した。それに風呂の水は入っておらず、飲食で経口摂取するだけの水という環境であった。

基地には、巨大なブルーシートを敷いた水槽がある。これは越冬隊の交代の時に掃除して一度きれいにする。冬になると雪に覆われ、水が足りなくなると皆でスコップを持って雪山に登り、水槽の中に雪を落としていく。そして機械で水を作っていくというシステムである。では、水が足りなくなったらどうなるか。「渇水警報」というものが館内に鳴り響く。基本的に昭和基地にある計器、電気の通っているものには全て警報装置が組み込まれているので、冷蔵庫の温度が下がった、造水装置にエラーが出たなど、全てにおいて、すぐに警報が鳴る。

もう一つ制約がある。私はこれが昭和基地で野菜を作る上での一番の障害だと思ったが、発電量の制約である。女性は驚くと思うが、ドライヤーは自由に使えない。同じタイミングで複数のドライヤーを使わないように決められている。ドクターに関しては、レントゲンを撮るのも発電担当の許可がないと撮れない。それだけ発電量が非常に不足している。

発電量があったら、もっとトマトが作れる。実際にLEDなどいろいろ工夫していた。米国やロシアの基地だと、野菜栽培に関しての予算を組んでいるので、ロシアの基地ではトマトが年間を通して食べられるという噂を聞いたことがある。残念ながら日本では、野菜を育てることに関しての予算は計上されていないので、私たちがお金を出しあって、種や設備を購入しているのが現状である。

【日本と南極での野菜の違い】

日本や豪州で積み込んだ野菜のなかで、いくつか日本と違うと思った野菜があった。まず、だいこんであるが、だいこんは表皮が真っ黒になるが、全く「す」が入らなかった。果肉は柔らかくなっているものの、皮さえむけば普通に食べられた。ちんげんさいと長ねぎは、冷凍で持って行ったが、残念ながらおいしくはなかった。繊維が縦に走っている野菜を凍らせてしまうと、食感よくなかった。さつまいもは、日本国内だと日持ちする野菜なので、南極に運んでも大丈夫だと思っていたが、船舶に食料を積み込む専門家から、「さつまいもは持って行ってもたぶんだめだよ」と言われた。ただ私はどうしても南極で焼き芋を作りたいと思い、5キログラムだけ持ち込んだものの、やはり日本から1カ月以上にわたる船の振動などの関係で、昭和基地に着いて箱を開けたときには、全滅であった。さつまいもを無駄にしてしまい申し訳なかったと思っている。

意外だったのはきゅうりである。きゅうりは絶対に冷凍に向かない食材だと思っていたが、これを冷凍して、パリパリの食感を少しでも保つ方法があるということが南極観測隊に携わって判った。千切りや輪切りのように細かく切って軽く塩を回し、その状態で冷凍をしておけば、パリパリといった食感で、ポテトサラダに入れるくらいなら十分に食べられた。ドライトマトなども持って行ったが、どうしてもみずみずしいトマトの食感を味わうことはできなかった。フルーツも同様であった。

私がどうしても向こうで食べたかったのが、ちょうど今、出回っている梨。梨は食べられなかった。柿も駄目だった。バナナなどは多少冷凍で持ち込めるが、残念ながら食べられない野菜や果物が本当に多かった。

何が一番問題だったかというと、食感が乏しいことで、パリパリという音もそうだが、とにかく日数が経つにつれて食感がなくなった。

私たちが生活して、7カ月か8カ月くらいまでは、なんとかキャベツがあるので、生野菜を食べられたのだが、それも枯渇すると、次はたまねぎでオニオンスライスを作り、オニオンスライスが枯渇すると、ながいもを千切りにして食べた。そういった形でなんとか少しでも生野菜が口に入るようにと努力をした。1カ月に1回ある誕生日会の食事では、野菜がメイン。1人1本しか食べられなかったきゅうりが少しでも多く見えるように輪切りにして、周りに散らしてボリュームがあるように見せたりした(写真3)。

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【冷凍野菜について】

生野菜がなくなると、冷凍野菜に頼ることになる。ブロッコリー、ロマネスコ、ホワイトアスパラ、グリーンアスパラ、いんげん、全て冷凍である。冷凍野菜をそのまま使ってしまうと、どうしても水っぽかったので、私は150度くらいの低温のオーブンで、少しでも水分をとばして、食感が残るような加熱方法で、サラダなどに使った(写真4)。毎週金曜日がカレーの日だが、カレーにはやはりサラダを付けたいので、いかにして冷凍野菜でもおいしそうなサラダを作るかが課題だった。

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【生野菜が食べたい】

1年くらい経ったころに、次の観測隊が来て、最初のヘリコプターで、野菜を運んでくれる。10時ごろにその段ボールが届くので、まず昼食に間に合うように、その野菜をとにかく野菜サラダにした。その模様を一緒に南極に行っている報道の方が写真に収めて日本国内に配信した。それくらい私たちは生野菜を待ち望んでいた。

南極からの帰路で、私たちは最初に豪州のシドニーに入港すると、大半の隊員はサラダバーのあるレストランを探す。とにかく野菜が食べたい、とにかくトマトが食べたい、葉物野菜が食べたいということで、ステーキハウスに行きながら、ステーキを食べずにひたすらサラダバーでサラダを食べる。そういった光景も見られた。

私は、豪州から日本へ帰る飛行機の中で、ベジタリアンメニューをお願いして、ひたすら野菜だけを食べて帰ってきた。それくらい野菜のない生活というのは、メンタルに及ぼす影響が大きいということを、私も初めて知った。

【南極で感じた栄養素以上に大事なもの】

南極と日本との違いは、行動範囲が限られており、勝手に好きなところに行けるわけではない。人間関係にも制約があり、けんかすることも、もめることもある。

もちろん食べること自体が制約だが、そういった制約の中で、まず、私が思ったことは、そもそも野菜があること自体が幸せだということ。おそらく日本では野菜がないということは考えられない。とんかつを揚げても添える野菜がない、生姜焼きを作りたくても、たまねぎがなくなっていく。お好み焼きはキャベツがないので作れない。どんどん食事のレパートリーが減っていけば、食事が乏しくなってゆく。食感も乏しくなっていく。それから先ほどの通り、野菜を育てている部屋に行く、視覚的にも皆が緑を求めることとなる。

私たちにとって極地における野菜は、栄養素以上に求められる存在であった。皆さん栄養素を求めて野菜を食べていたのではなく、目で食べたい、食感で食べたい、とにかく野菜が食べたい。そういった環境での生活というのは、おそらく日本国内では味わえない、私にとっては、逆に本当に貴重なありがたい経験であった。

1年間野菜のない生活をして、私は料理人として、作りたいもの、食べさせてあげたいものが、食べられないということが、これほどストレスだとは正直思っていなかった。逆に今では野菜の皮から何から全て調理するようになり、存在自体をありがたいと思っている。そして今、気候変動が収穫量や価格に影響を与えるなど、さまざまな問題があると思うが、まずは、原点である野菜があるということ自体が、非常にぜいたくとまでは言わないが、実は私たちのメンタルに与える影響が大きいということを、今回知っていただければ幸いである。

【講演者】杉本 恵子(すぎもと けいこ)≪演目≫ 「杉本恵子の食材5色バランス健康法」で口福から幸福へ

【健康への思いと取組】

私は、「食べること」というのは健康につながるものと思い、やはり食事のベースは楽しく、おいしくだと思っている。

私は管理栄養士の資格はあるが、基本的には栄養素や栄養成分などは二の次だと思っており、まずは食べてもらうことが重要であるということを常日ごろ考えている。ヘルシーピットという会社を設立して来年で30年になるが、世の中の人の健康を考えるというビジネスを展開している一方で、17年前に「レストランデイTEA倶楽部成城」というデイサービスを設立した。このデイサービスは、レストランのような食事を出そう、お爺ちゃん、お婆ちゃん達においしい物を食べてもらいたいとの思いで作った。当時も今も栄養士達が必死になって頑張っているが、刻み、とろみ、流動食等介護の世界でまかり通っている食事の方法、調理方法は一切やらないと決め、刻みが必要な方がいたら、刻まなくて良い食事を作り、流動食が必要な方がいたら、流動食ではなくちゃんと食べられる食事を作る、というところからスタートした。これは結構大変で、私たち栄養士は試行錯誤しながら、ひと手間かけて作り上げ、そして17年経ち、行列のできるレストランデイTEA倶楽部成城ができあがった。

【1トンの食事の良い食べ方】

皆さんは1年間にどれくらいの量を食べていると思うか。1トントラック1台分である。講演会で1トン食べているという話をすると、皆さんから「1トンなんか食べていないですよ」と言われる。「1回の食事が1キログラム、それが1日3回、365日で1095回になるので1トンになる」という話をすると、全員が納得する。1トンの食事を食べて、生活習慣病だとか、いろいろな病気がやってくる可能性もあるし、そうではない可能性もある。1トンの食材を100%良い食べ方をしていれば、病気には絶対にならない(図1)。

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しかし、食欲という欲求で私たちは生きているため、100%良い食材を食べることは不可能である。先ほど渡貫先生の話にもあったが、南極でも日本でも自分の食事に対する欲求が満たされないと、ストレスが溜まり、病気になったりする。

では、良い食べ方50%、悪い食べ方50%だとしたら、病気になるかならないかどっちだと思うか? 50%ずつでは病気になるようである。欲求のまま自分の好きな物ばかり食べ、嗜好品が増え食事も油っぽくなり、糖分が多かったり、塩分が高かったりしていき、結局悪い食事50%では間違いなく生活習慣病になる。その逆、良い食べ方70%、飲んで食べての悪い食べ方30%(1週間7日で5日が体に良い食べ方、そして2日が悪い食べ方)だとしたら、病気にならない(図2)。

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私達の周りに、このような食べ方をして健康で元気な方々がたくさんいる。それは後期高齢者(平均年齢86歳)の皆さんの食事がまさしくこの70%と30%である。

これを教えてくれたのは、デイサービスに来ている平均年齢87歳のお爺ちゃん、お婆ちゃん達である。皆さん「昔はひもじい思いをした。庭にいる鶏を、誕生日だから1羽減ってそれが食卓に上がり、卵も2個か3個できると家族皆で少しずつ分けて食べる。野菜は、庭の畑で作ったものを皆で食べたのよ」と言う。

今の方は、肉も野菜も食べ、何でも食べる。日本は世界中から食材がきて、世界中の料理を食べることができる。私は今まで30年近くヘルシーピットという会社で、何十万人という方々の食生活チェックや栄養相談、講演会も数多く行い、多くの方との出会いの中から感じたのは、今の私たちの方がよっぽど不幸なのではないかということである。何でも食べられるので選び方が分からない。自分の体にとって何が良いのか分からない。食べたら自分の体にとってどうなのか分からない。そういう状況が今の食事だと私は思っている。

【食材5色バランス健康のきっかけ】

私は、「杉本恵子の食材5色バランス健康法」を、30年以上前から提唱している。これは、私が大学を卒業したときに、85歳のおばあちゃんが教えてくれた。その話を聞いて、5色を使えば簡単に食べた物を覚えられる、食べた物を意識できると考え、杉本恵子の食材5色バランス健康法を多くの方に伝えるようになった。今から40年ほど前、私が大学を卒業した頃、85歳のおばあちゃんに食事を作って出したところ、私達の作った食事を見て「おやおや、黒が足りませんね」と言い、台所から海苔(黒)を持ってきて、テーブルに置いた。そうしたら、その食事が何か良いものに変わったと思った。また、みそ汁の具が豆腐と揚げだったが、お婆ちゃんが、「どちらかがワカメ(黒)だったら良かったのにね」と言った。「なるほど」と、私の心の中で「すー」と腑に落ちた。「黒い食材って何?」大学を卒業したばかりの私の頭には栄養学という学問が満載で、その栄養学という学問を多くの人たちに伝えていけば、皆が元気に過ごせるのではないかと思っていたが、それは大きな間違いで、栄養学で料理を食べている人はいない。おいしく楽しく食べることで、健康で元気に過ごすことができることを、おばあちゃんに教わった。この赤、白、黄、緑、黒の5つの色の食材を食べることが重要だと思う。外食をすると黒い食材が足りないから、私はその話を聞いて以来、自分のバッグの中に、黒ごま(黒)と海苔(黒)を入れるようにしている。和食を食べに行かない限り黒い食材は出てこないが、日本人シェフのイタリアンやフレンチに行くと、キノコやワカメのサラダ、スープなど結構黒い食材が出てくる。5色を教えてくれたおばあちゃんもお母さんから、そのお母さんもまた、お母さんから、赤、白、黄、緑、黒の5色で食事をしていたのではないかと感じる。日本人は昔から栄養学という学問が入ってくる前から、バランスの良い食事を彩りで食べていたのだと思う。

【食材5色バランス健康とは】

病院の栄養指導を受けるとき、管理栄養士が「1週間分の食事を書いてください」などと、簡単に言う姿を見ることがあるが、一般の方は1週間分の食事など書くことはできない。でも、赤でトマトがあった、にんじんがあった、赤身の魚を食べた。「5色」を意識することで自分の食べた食事を覚えることができる。これは是非皆さんやっていただきたいと思う。常に色で意識することが大事である。

赤い食材の中には、体の中を作る肉や魚、タンパク質も多く、野菜や果物でビタミン、ミネラルの含むものが入っている(図3)。

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白い食材には、野菜もあればエネルギーの基となる主食の米、麺、パンなどがある。体作りや身体を動かすのに欠かせないタンパク質やカルシウムを含むヨーグルト、チーズ、牛乳などが入る(図4)。黄色の食材は、かぼちゃ、さつまいもなどビタミン、ミネラルの豊富な食材が多く、果物も入る(図5)。

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黄色の続きでもあるが、北海道で黄色の果物を聞くと、必ずメロンが出てくる。北海道の方は黄色いメロンを食べている。本州のメロンは緑。栄養素ではなく色で分けていくと、地域性が出てくることを感じる。日本は狭い島国ではあるが食文化は奥が深く、それぞれの地域の食材を食べるということが健康に繋がるのだと強く感じた。これが、「地産地消」である。

次に緑の野菜達(図6)。緑の野菜は講演会でも尋ねるが、ほうれんそう、こまつな、ブロッコリーなど。誰でも緑の野菜は体に良いと分かって食べているのだと思う。

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いよいよ黒。欧米食に近づくと、黒い食材がなかなか入らず、和食にすると黒い食材がたくさん入ってくる。ワカメ、ひじき、めかぶ、もずく、黒豆、黒ごま、きのこ類などの黒い食材はたくさんあるが、毎日食べている人は数えるほど。これらの食材は和食でないと入ってこないからである(図7)。

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日本人に一番不足しているのは黒い食材だと思う。黒い食材がなぜ必要かというと、腸も筋トレをしており、ぜんどう運動という活動だが、これを促すためには、野菜や海藻類などの食物繊維が必要である。今、生活習慣病、癌の患者など色々な方の栄養相談をしているが、ほとんどの方が黒い食材を食べていない。自分の食べているものが悪いとは全く思わないからでしょう。5色を意識する中でも、黒い食材を意識することによって、食生活が変わってくる。欧米の食がいけないというわけではないが、和食を食べないと黒が入らない。栄養士、保健師が和食を食べましょうと言わなくても、黒を意識すると自然に「和食」になる。是非皆さんも黒を意識して、そして野菜などの赤、白、黄、緑を入れて5色にしていくと、食欲も沸き、食べている食材も覚え健康になるという、2つの「得」があるということを覚えておいてほしいと思う。

【「まごわやさしい」は良い食べ方】

長い間「5色」をやっていると、面白いことがある。赤い食材でトマトを食べている、赤パプリカを食べている、緑の食材でこまつなを食べている。すると、自分が食べているものが体に入るとどうなるのかに興味が出てくる。トマトにはビタミンCがあり、ベータカロテンがある、ほうれんそうは脂溶性ビタミンが多いから油と一緒に食べると吸収が高まる、などの情報を得たいと思うようになる。このように考えが変化してくると、自然に食事のバランスが整ってくる。

では、私たち日本人は、昔からどのような食材を食べると体に良いと考えてきたかというと、皆さんご存じの「まごわやさしい」である。この方法も野菜をたくさん食べることになる。彩りも考え、しっかり食べることが、私たち日本人には重要な食材選びなのである。

「ま」は豆である。「ご」はごま、「わ」はワカメ、「や」は野菜、野菜でも根菜類や彩りの良い野菜である。「さ」は魚、「し」はしいたけ、「い」はいも(図8)。これらの食材は私たちの体を健康にし、今のお年寄りは日々これらを中心に食べているため、後期高齢者と呼ばれる皆さんは大変元気なのである。

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高齢になると寝たきりになったり、徘徊をしたり、認知症になる方が多くなると言われるが、それは大きな間違いのである。ほとんどの高齢者の方は贅沢な食事をしていない。「5色」を意識して、まごわやさしい食生活をしているので、皆さん元気である。「まごわやさしい」という食生活をしていくと、必ず5食に近づいていく。彩りでしっかり食べることが健康への第一歩である。

【「大きな便り」と「小さな便り」】

次は、「大きな便り」と「小さな便り」である。これは「排便」である。食べたら出るという循環、この循環を良くしておかないと、いろいろな病気がやってくる。1日1回私たちの体の中から必ず送られる大きな便りである。小さな便りも1日何回か出てくる。食べた物が自分の体の中に入ってどうなったのか、1年に1回の健康診断などで自分の健康状態を知ることもとても大切だが、この大きな便りは毎日の健康状態を知らせてくれている。この大きな便りをしっかりと出すためには、野菜と海藻をしっかり食べることがポイントである。この大きな便りが出てくることによって、私たちの健康状態が把握されるということを必ず意識していただきたい。農業も土をきれいにして、堆肥をまいて、循環型農業といわれるが、人間の体も一緒で循環を良くしていかないと元気に過ごすことができない。自分の体から出てくるものを必ず意識することで、食べ物が変わり、食べ方も変えないと、自分の体も改善されていかないということを意識してほしい。

自分の問題点とか改善策は、100人いれば100人違う。その違いを無理矢理に押し込めていくのではなく、自分で自分の食べ方が良かったのか、悪かったのか、どこかでイエスかノーかを決める。そのときに、赤い食材、白い食材、黄色や緑の食材があったのか、黒は全然食べていないから黒を食べないと、とても良い大きな便りが来ないかな、と考えることが重要である。その次のステップとして、栄養素やバランスというものが来るのではないか。食べるものは5色、食べ方は「まごわやさしい」。野菜中心で食物繊維をたくさん摂る、そしてしっかり出る、ということを、頭の中に置きながら生活し健康で元気な体でいてほしい。

小さな便りも同じ。臭いがないのが当たり前である。臭いというのは何か体の中で起こっているということである。それが続くと大きな病気がやって来る可能性がある。

【経験から伝わる良い食べ方】

ヘルシーピットで、子供達を連れて食育ツアーを行った。野菜嫌いの東京の子供たち20人を3泊4日で東北の畑に連れて行った。初めは野菜なんて触らないし、食べないと言っていた子供達が、たった3日で「ママにおいしい野菜を持っていく」と言って、畑を駆け回って野菜を採ってくるようになる。とても不思議だった。

保育園で子供達に5色を教えると、本当に面白いのが、トマトを食べ、ほうれんそうやキノコも食べるようになる。食育のために、子供達の嫌いな食材ばかりを使って5色のメニューを作る。赤はにんじんのグラッセ、白ははくさいのクリーム煮、黄色はかぼちゃのきんとん、緑はピーマンのおかか和え、黒はしいたけの煮物。保育園の先生からは、「これは絶対に食べませんよ、こんなに作っても全部残しますよ」と言われたが、なぜ5色が必要なのか、なぜ色で食べなければいけないのか、ということを子供たちに教えて、子供たちに出したところ、子供たちは、「赤でしょ」「黄色でしょ」「緑でしょ」などと言いながら食べていた。

それを3日間続けて、子供達が家に帰った、ママ達から「子供がうるさくてしょうがない、何を教えたのか」と言われたことがある。子供達は家に帰り、ママの料理を見て、赤がないよ、緑がないよ、黒がないよと言って騒いでいたという。そこで、次はママを呼んで5色の話をすると知らないのはパパだけになり、子供達が家族一緒に食事をする時に、赤があったね、緑があったね、ママ、黄色があったね、などと言いながら食事をしていると、パパが「それは何?」という話になり、「実はこうやって食べると良いんだよ。パパも黒い食材を食べた方が良いよ」と子供から教えてもらう。これは、栄養士が栄養相談をしたわけではなく、子供がパパに、パパにとって体に良い食べ方を教えている。パパはどうなるかというと、社員食堂に行って、ひじき(黒)の煮物を食べたり、ラーメンにワカメ(黒)をトッピングするようになり、健康的な食事に代わるのである。

食生活改善を、栄養士、医者、看護師、保健師が言うのではなく、やはりそれぞれが感じて、それぞれがやった経験の中で話をすることが重要なのだという気がする。子供でも、簡単な方法であればバランスの良い食事の話ができるということである。

【実践シンプル「食」習慣】

これは自著の話となるが、「世界一シンプルな『食』習慣」という本に、コンビニエンスストアでの5色の食事、というものを紹介している(図9)。例えば、コンビニエンスストアなどでおにぎり買うとすると、海苔が黒でご飯は白。具が鮭やめんたいこだと赤。これで3色揃う。緑と黄色が足りないので、カップみそ汁の具材にほうれんそうが入ったものを食べると、おにぎりとみそ汁だけで5色揃えることができる。おにぎりのカロリーが150から200キロカロリーだとすると、おにぎりとみそ汁だけで低カロリーでお腹は満たされた和食となる。

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皆さんに絶対和食を食べましょうと言うのではないが、私たちが日本人としてこれから健康をずっと維持するために、5色を揃えながら、どんな時でもどんな場所でも彩りの良い食べ方をした方が、健康上良いと思う。

【「人」が「良くなる」「行い」で健康になる】

「食事」とは「人」が「良くなる」「行い」と書く。食事をする時、是非「食事」という言葉の本来の意味を思い出し、どんな食べ方をすれば、身体にも心にも良いのか、食事に対する興味を持ってほしい。

まず、自分の行動を変えること。生活習慣病ではよく行動変容というが、食事が一番行動変容することが難しい。なぜなら、どんな食事がバランス良くて、自分の体に良いのか分からないことが多い。そのとき「黒い食材は必ず1日1回は食べてください」と杉本が言っていたなって思い出して、是非、黒い食材を食べる努力をしてほしい。そこに緑の野菜、赤い野菜などが入ると彩りがきれいになって、心のケアにもつながる。やはり、食べることは欲求の一つ、そして食事というのは、人が良くなる行い。これを実践することが、まず私たちには重要なのではないかと感じている。

是非皆さん、これからますます元気に過ごしいただくためにも、これから暑い夏が終わって食欲の秋に向かっていくが、そういう時期に自分のことを振り返り、自分が実践して良かったということがあったら、多くの方に伝えてほしい。皆さんが伝道師になって多くの人に伝えていくことが、どんどん増えていく日本の医療費の削減にもつながっていく。 



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