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 〔特集〕国産野菜の競争力強化につながる取り組み(野菜情報 2018年12月号)


地理的表示(GI)登録された山形セルリーのブランド構築の取り組み

山形大学 農学部 准教授 藤科 智海

【要約】

 山形市農業協同組合では、2018年4月に「山形セルリー」として地理的表示(GI)登録を行った。また、GI登録ばかりではなく、山形セルリーの産地化を目指したさまざまな取り組みを行っている。JA全農山形とともに「山形セルリー」農業みらい基地創生プロジェクトを立ち上げ、ハウス団地を形成して新規就農者を確保し、山形セルリーの出荷額拡大を図っている。熟練した生産者の技を若い生産者に引き継き、一定の出荷量を継続することで、市場に評価される産地として生き残り、その先を見据えたブランド構築としてGI登録を目指していた。

1 調査目的

 山形セルリーは、長野、静岡などの大産地に比べると決して大きな産地とは言えないが、2018年月に地理的表示(GI)登録が行われるなど、興味深い取り組みが進められている。登録に至るまでの経緯や現在の取り組み状況を関係者である山形市農業協同組合(以下「JA山形市」という)や山形セルリー部の生産者などに取材した。また、山形セルリーの出荷先である市場関係者からも話を伺った。

2 山形セルリー産地化の取り組み

 山形におけるセルリー栽培の歴史は、1968年に若手生産者名が、栽培の難しかったセルリーの栽培技術を取得するために、当時セルリー栽培の第一人者であった故・伊藤仁太郎氏(東京都江戸川区)のもとに、泊まり込みの研修に行ったことがスタートと言われている。その後、その研修メンバーが中心となり、1972年に現在のJA山形市野菜園芸専門委員会セルリー部の前身となる山形市洋菜生産組合を発足させている。セルリー部の現部長である會田和夫氏も研修に行った名の内の一人である。山形のセルリー栽培は、水稲との複合経営で、出荷時期が月の春作と10~11月の秋作の期作で行われている。栽培している品種は、他の産地でも栽培されているポピュラーな大株の品種(コーネル619を原種とする商標登録名「とのセルリー」)と、1986年より栽培され、山形が唯一の産地となっている小株の品種(若竹を原種とする商標登録名「ひめセルリー」)である。1997年には、セルリー部員26名、出荷額億円を超える東北唯一の産地となったが、図、図に示すように、出荷額は1998年度の億1099万円をピークに、出荷量は2001年度の442トンをピークに減少傾向で推移していた。2013年度には、部員14名、出荷額4085万円、出荷量177トンにまで落ち込んでいた。そこで、2014年月、JA山形市はJA全農山形と共同して、「山形セルリー」農業みらい基地創生プロジェクトを立ち上げた。危機感を抱いたセルリー部長の會田和夫氏がJA山形市に相談しに行ったことがきっかけになっている。当時、JA山形市の副組合長の大山敏弘氏(現組合長)もセルリー部に所属していたので、危機感は共有していた。

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 山形市や山形県、国等の補助も受けながら、新規就農者などの新たな担い手の育成や園芸団地の大規模集積を目的として、ハウス団地の拠点整備を進め、2015年度に栽培ハウス18棟(5258平方メートル)、2016年度に栽培ハウス17棟(5157平方メートル)、育苗ハウス棟(1914平方メートル)、2017年度に栽培ハウス32棟(1万193平方メートル)の合計68棟(育苗ハウスを含む)を整備している(表、写真1、写真)。JA山形市では、2019年度までに4.79ヘクタール(4万7900平方メートル)の農地を借り上げ、栽培ハウス全体で74棟を整備し、セルリー出荷額をピーク時の約1.5倍である億5000万円にまで増やす計画を立てている。ハウス団地の整備開始後、出荷額は2015年度4843万円、2016年度6612万円、2017年度7831万円と順調に伸びている。

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3 新規就農者の育成

 JA山形市では、農地を借り上げ、山形セルリーの栽培ハウスを整備することで、新規就農者が就農しやすい状況を創り出している。セルリー栽培を目指して就農しようとする人は、セルリー部員の下で2年間の研修を受ける。60代の熟練した部員2名が研修を担当している。2年間の研修終了後は、ハウス団地内の栽培ハウスを借りることですぐに就農することができる。栽培が難しいと言われているセルリーではあるが、新規就農者が最初に栽培するのは、比較的栽培が容易な小株品種の「ひめセルリー」である。ここでは、栽培指導を受けられる体制が整備され、就農時に苦労する土地探しの心配をすることもない。ハウス団地内の栽培ハウスは潅水設備も整備されており、トラクターや管理機、運搬車、作業ハウスなども栽培ハウスの団地使用料として坪当たり年額1000円を支払うのみで、利用することができる。例えば、栽培ハウス1棟100坪とすると、税込みで10万8000円での利用が可能である。就農初年度については、この団地使用料も免除されている。JA山形市の資料では、ハウス団地内に就農した新規就農者年目の収支実績として、表のデータが示されている。収入として、春作・秋作の「ひめセルリー」の販売額78万3390円、支出として、種苗・肥料・農薬・段ボール資材費22万9123円、運賃・市場手数料10万9364円の合計33万8487円で、差し引き44万4903円の所得が確保できるとされている。新規就農者はハウス団地のみで就農する場合が多く、例えば、ハウス10棟で約400万円の所得となる。ハウスで「ひめセルリー」を春、秋と続けて栽培した後、12月~翌2月までの3カ月間はハウスが空くので、その間にほうれんそうなどの葉物を栽培する生産者もいる。

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 2014年の「山形セルリー」農業みらい基地創生プロジェクトの立ち上げ以降、表に示すように既に7名の新規就農者がセルリー部に参加して栽培を始めている。2017年度のセルリーの出荷額7831万円中、A、B、Cの名の新規就農者の出荷額で1000万円ほど占めるのではないかという(Dは親と同一経営のため除く)。表のA、C、Dは農家の生まれであるが、その他の5名は他産業から農業への新規参入者である。新規就農者の研修を担当しているセルリー部長の會田和夫氏によると、他産業で働いていた人は収益計算などもしっかりでき、教え甲斐があるという。また、研修終了後もハウス団地へは週に1~2回顔を出し、教え子の様子を見に行くという。困ったときにいつでも相談できる熟練者が近くにいるということも、新規就農者にとっては心強いと思われる。

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 実際にセルリー団地の新規就農者にお話を伺ったところ、ここで就農しようと思ったきっかけとして、研修でお世話になる會田氏の自由な生き方に感銘を受けたこと、ハウス団地があって就農における初期費用を必要としないことを挙げていた。ハウス団地内で作業をしていると他の新規就農者とも年中顔を合わせ、それも刺激になってよいとの話も伺った。また、団地内に整備されている1914平方メートルの大型育苗ハウスは、ハウスを共同で使用することで暖房費の節減になる。ハウス団地内にいる新規就農者以外のセルリー部員も含めて、11名が利用している。水分管理の難しい育苗について、熟練者のやり方を間近で見ることができるので、新規就農者にとって、大変勉強になるという。

 セルリー部員の年齢構成は、これまで50代、60代、70代のみで構成されていたのが、20代、30代、40代の新規就農者が参加したことで若返った(表)。60代の名にも40代の後継者が就農している。このように、セルリーのハウス団地を作った新規就農者育成の取り組みが功を奏している。

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4 山形セルリーの販売戦略

 セルリーの産地としては、長野と静岡が大産地となっている。東京都中央卸売市場におけるセルリーの産地別取扱実績を見ると、5~11月は長野、11~翌月は静岡が圧倒的な量を出している(図)。山形は、長野と静岡の産地切り替え時期で、少し品薄になる~6月、10~11月に出荷している産地である。少し品薄になる時期ということもあり、表に示すように、他の産地と比較して高めの価格で取引されている。年間100トン以上入荷している産地の中では、千葉県のキログラム当たり315円に次ぐ、308円となっている。東京都中央卸売市場の卸売会社、東京青果株式会社の担当者から話を伺ったところ、山形セルリーに対する仲卸の評価は非常に高く、入荷するのを待っている仲卸もいるという。現状では取引先の希望量からみて取扱量が少ない状況なので、さらに出荷量を増やしてもらいたいとの話であった。山形セルリーは、市場からみても、まだまだ生産量を伸ばすことが期待されている品目である。

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 山形セルリーの販売先は、表に示すように、2017年度の出荷額で見ると、仙台市中央卸売市場の卸売会社、株式会社宮果が2397万円(30.6%)と最も多い。仙台市中央卸売市場は、山形セルリーを栽培し始めた1969年から付き合いのある市場である。当時は地元山形市場での需要も限られるため、生産者自らトラックに載せて、収穫後に毎日往復時間もかけて運んだという。次に多いのは、地元山形の山形市公設地方卸売市場の卸売会社、山形丸果中央青果株式会社で、1741万円(22.2%)となっている。それ以外に卸している市場は、首都圏の東京青果株式会社、東京新宿ベジフル株式会社、東一川崎中央青果株式会社で、それぞれ1454万円(18.6%)、1108万円(14.2%)、615万円(7.9%)である。首都圏市場へは1984年から進出している。なお、山形丸果中央青果株式会社への出荷は、セルリー部が直接行っているが、それ以外の市場への出荷は、JA全農山形を通じて行っている。

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 市場以外の販売先として、最近、増えているのが生協グループへの販売である。2016年春作より生活協同組合共立社(山形県)との提携販売を開始したことを契機に、2016年秋作より東都生活協同組合(東京都)、みやぎ生活協同組合(宮城県)、生活クラブやまがた生活協同組合(山形県)、2017年春作より生活協同組合コープあきた(秋田県)、2017年秋作よりコープふくしま(福島県)との提携販売を実施しており、出荷額としても2017年度で229万円(2.9%)になっている。さらに、2018年春作よりいわて生活協同組合(岩手県)、青森県民生活協同組合(青森県)、生活協同組合コープあおもり(青森県)と提携先も増加している。生協との交渉や出荷は、JA全農山形の子会社、全農ライフサポートを通じて行っている。

 生協への販売は小株品種「ひめセルリー」が中心で、他産地でも栽培されている大株品種「とのセルリー」の出荷量が多い首都圏の卸売市場と、上手く棲み分けができている。卸売市場では「ひめセルリー」でもLサイズが求められるのに対し、生協からはM、S、2Sの小型サイズが求められるという。今後、卸売市場から生協グループへの出荷に切り替えていくというよりも、卸売市場へ出荷してもあまり単価が上がらない「ひめセルリー」の小型サイズを、価格評価の高い生協グループへ出荷するという販売戦略に立っている。

 また、出荷期間の日曜、水曜、金曜日は、昼12~13時に、ハウス団地のすぐ近くのJA山形市の事務所アグリセンターで、山形セルリーの即売会を実施している。アグリセンターでの直売で、2017年度は152万円(1.9%)となっている。

5 山形セルリーのブランド構築   
-GI登録に向けた取り組み-

 「山形セルリー」農業みらい基地創生プロジェクトでは、山形セルリーのブランド構築に向けたさまざまなプロジェクトを行っており、2015年11月に山形セルリーを料理に使うイタリアンレストラン「アル・ケッチャーノ」のシェフ奥田政行氏とパートナー協定を結び、「山形セルリー大使」として山形セルリーの美味しさを全国に発信してもらっている(写真3)。奥田氏の提案で、ハウス団地の育苗ハウス内で、山形セルリー料理コンテストを開催し、セルリーの料理レシピ集なども作成している(写真4)。

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 セルリーは、どちらかというと好き嫌いの激しい野菜なので、普段から料理に使っているという家庭はあまり多くないことが想定される。このような取り組みによって、セルリーのさまざまな食べ方が提案されることは、セルリー全体の消費拡大としても有効な方法だと思われる。

 また、2016年春作より、東北芸術工科大学の教授(現学長)中山ダイスケ氏からトータルコーディネートを受けて、大株の品種を「とのセルリー」、小株の品種を「ひめセルリー」というブランドで販売することになった。他産地のセルリーとの差別化を図ろうとするブランド戦略である。

 さらに、注目すべきブランド戦略としては、日本の地理的表示保護制度(GI)として2015年6月に施行された「特定農林水産物等の名称の保護に関する法律(GI法)」に基づく、山形セルリーのGI登録を目指した取り組みである。GIを申請したきっかけは、JA山形市の課長、鈴木公俊氏が、2016年12月19日に、GIに関する新聞記事を目にしたことであるという。鈴木氏はすぐに山形県の担当課に相談に行き、2017年1月27日には農林水産省に「山形セルリー」の申請を行うという、スピード感のある対応をしている。山形セルリーは自家採種によって、優良な形質を維持しており、その点が、地域に根差した産品であるという評価を受けたという(写真5)。また、セルリー部による新規就農者への指導や品質管理によって、産地を形成していることも評価されたようである。セルリー部員は新規就農者も含めて、全員がエコファーマー認定も受けている。このような取り組みが評価され、2018年日に農林水産省により正式にGI登録された。GI登録後、2018年春作からはGIマークも付けて販売している(写真6)。GI登録後、話題性もあったので、いろいろなところから山形セルリーを利用したいという問い合わせがあったという。知名度は上がったという実感はあるが、GIの意味が消費者にまではあまり伝わっていないという課題も伺った。

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 GI登録後、今度はJGAPの団体認証の取り組みも進めている。山形セルリー部員20名中11名が参加して取得を目指し、月11日に認証が承認されたとのことである。GI登録の際に準備してきたことが生かされたので、推進する上での苦労は、そこまで多くはなかったという。特に、JGAPは、新規就農者に対しての栽培マニュアルのように利用することもでき、新規就農者が取り組む意義は大きいと捉えているそうである。さらには、地域団体商標も申請中で、取得できるブランド構築の取り組みは、全て実施する意気込みである。

6 まとめ

 本稿では、2018年月にGI登録された「山形セルリー」に着目し、その取り組みについて関係者に取材した。GI登録に向けた取り組みもさることながら、新規就農者支援の取り組みも興味深いものであった。

 JA山形市、山形セルリー部、JA全農山形、山形県、山形市が一体となって、山形セルリーの産地復活の取り組みである「山形セルリー」農業みらい基地創生プロジェクトを推進していた。ハウス団地を造成して、そこに新規就農者を就農させることで、出荷額が下がる一方であった産地が復活した。「山形セルリー」農業みらい基地創生プロジェクトは、2019年度で一段落するが、セルリー部の世代交代が順調に進みつつあるので、当面、産地としては維持されていくと思われる。

 また、販売戦略としては、卸売市場からの需要も堅調な中で、さらなる販売先として生協グループを開拓し、販売するセルリーのサイズによる棲み分けを図っていた。あまり市場での評価が得られなかった小さいサイズの販売先として、生協グループを開拓したのである。セルリーの大産地である長野や静岡と量で勝負するのではなく、出荷時期をずらし、GI登録やJGAP取得などブランドを構築することで差別化を図る戦略をとっており、山形セルリーのブランド戦略は上手く推進されている。

 このような山形セルリーの新規就農者支援の取り組みやブランド戦略は、小さな産地であるニッチャーの競争戦略として、参考になると思われる。

 最後に、お忙しい折に、本調査にご協力いただいたJA山形市の経済部部長の伊藤理人氏、経済部農業振興課課長の鈴木公俊氏、山形セルリー部長の會田和夫氏他、関係者の皆様に感謝申し上げます。



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