福島県南会津農林事務所 農業振興普及部
南郷普及所 技師 木村 真澄
南郷トマトが、平成30年8月6日に地理的表示(GI)保護制度に福島県産として初めて登録された。GI登録は、地域の財産である南郷トマトというブランドを守りたいという生産者の思いから始まり、栽培技術の向上に対する組織的取組が、南郷トマトの品質の安定・向上につながっていることや、40年以上にわたり年間2000トンを超える生産が行われていることなどが評価されての登録となった。
南郷トマトが栽培される福島県南会津地方は、福島県の南西部に位置し4町村(3町1村)からなっている(図1)。面積は神奈川県とほぼ同じ23万4153ヘクタールで、その93%は森林であり、日光尾瀬国立公園や日本百名山の一つである燧ヶ岳があるなど自然豊かな地域である。気候は、典型的な日本海型気候であり、夏涼しく、冬の寒さが厳しい地域で、積雪が4メートルを超える所もあり、豪雪地帯、特別豪雪地帯の指定を受けている。また、人口は平成22年には3万206人であったが、30年には2万5495人(福島県現住人口調査月報)で、減少率は16%、加えて高齢化率は42%と過疎化、高齢化が進んでいる地域である。
南郷トマトは南会津地方の4町村のうち只見町、南会津町、下郷町の3町で栽培されている。30年度の南郷トマト生産組合(以下「生産組合」という)の栽培戸数は123戸、栽培面積は35.5ヘクタールであり、就農者の特徴として、約2割が地元以外からのIターン者で占められていることが挙げられる。理由としては、スノーボードの聖地として全国的に知られる「南郷スキー場」を始め、近隣にも多くのスキー場があることから、夏はトマト栽培、冬はスノーボード三昧といったライフスタイルに憧れ、南郷トマト栽培を始める新規就農者が多くいることからである。
こうしたIターン就農者の増加は、南郷トマトの産地規模の維持拡大のみならず、地域にとっての農業後継者の確保・育成の一助となり、過疎化が続く当地域の人口増加、地域活性化に貢献している。
産地を守ることが地域を守ることに直結しており、生産組合、JA、行政が一体となり、産地の維持拡大と担い手づくりに尽力しているところである。
しかしながら、南郷トマトは、19年に地域団体商標登録を取得し、南郷トマトの名称で販売できるのは、生産組合員が生産したトマトで、JAの南郷トマト選果場から選別出荷されるトマトのみとしてブランド化を図ってきた。ところが、近年直売所などで基準を満たさないトマトが南郷トマトとして売られている事例が後を絶たないことから、他の産品との差別化ができ、訴訟などの負担がなく、自分たちのブランドを守ることが可能なGI登録を目指すこととした。
28年4月20日に生産組合長の三瓶清志氏が南郷トマトのGIの登録を申請し、約2年3カ月の国の厳しい審査などを経て、この度、30年8月6日に地理的表示(GI)保護制度に福島県産として初めて登録されたところである。栽培技術の向上に対する組織的取組が、南郷トマトの品質の安定・向上につながっていることや、40年以上にわたり年間2000トンを超える生産が行われていることなどが評価されての登録となった(写真1)。
南郷トマトの出荷期間は主に7~10月で、出荷の最盛期は8月、9月下旬~10月上旬である(写真2)。当地では,平地に比べ涼しく、昼夜の寒暖差の大きい生産地の気象条件を生かしてトマトづくりをしており、甘味と酸味のバランスが良い食味の良さで定評がある。特に9月上旬から出荷されるトマトは、食味が向上することから、平成27年から秋味として販売するようになった。今年は、8月にGIを取得したことから、9月中旬から段ボールにGIマークを入れ出荷している(写真3)。今後は、すべての段ボールにGIマークを入れ出荷する予定である。
(1)栽培面積などの推移
南郷トマトは、昭和37年に水田転作地で稲作の代替として栽培が開始され、今年度で57年目となる歴史ある産地である。54年の栽培戸数223戸をピークに、一時、生産者数や栽培面積の減少に悩まされたが、現在はIターン就農者を積極的に受け入れるとともに、自動かん水同時施肥などの省力化技術を取り入れ1戸当たりの栽培面積を拡大してきた(注)。平成30年は1戸当たりの栽培面積が、29アールとなり、産地規模の維持拡大を図り、35.7ヘクタールと過去最大の栽培面積となっている(図2)。
注:南郷トマト生産組合における担い手の確保については、野菜情報2016年2月号「新規就農者の確保による野菜産地の活性化」を参照。
(2)生産組合独自のルール
生産組合では組織力で勝負するため、生産者自らが決定してきたルールがあり、生産組合員は、以下のようなルールを遵守してトマト栽培を行っている。
○ 収穫したトマトの規格外品以外の全量をJA出荷
○ 規格外品を「南郷トマト」の名前で販売してはいけない。前述した通り、平成19年に地域団体商標登録を取得しており、南郷トマトの名称で販売できるのは、生産組合員が生産したトマトでJAの南郷トマト選果場から選別出荷される規格品のトマトのみとなっている。
○ 苗は、生産組合共同育苗苗か生産組合が外部委託した苗のみ(品種を統一することや病害虫の持ち込みリスクを減らすため)。
こうしたルールの遵守が組合員の団結力を強めることにもつながっている。
(3)新規就農者受入体制の整備
平成2年に初めてのIターン就農者を受け入れてから、新規就農者の育成のため試行錯誤をしながら受入体制を整備してきた。現在は、生産組合、JA、町、県など関係機関・団体が連携、役割分担をし、それぞれの分野で支援を行っている。
新規就農希望者に対しては、生産組合、JA、町、福島県南会津農林事務所(以下「農林事務所」という)の4者による就農相談や面談を行い、生産組合のルールをしっかり説明し、就農意思の確認を行っている。
また、離農を防ぐため、親族2名以上での就農を条件として付すとともに、就農後速やかに収益を得られるように、就農前1~2年間は、生産組合が指定した先進農家で研修生としての徹底的な実務研修を義務付けている。ここでは、研修生はトマトの栽培技術だけではなく、地域社会のことを学び、地域の人々とのつながりづくりを行う。先進農家は、これからの産地のことを考え、損得なしに研修生を受け入れており、研修生にとっては、この地域の「里親」のような存在となっている。
加えて、就農後は南郷トマト指導班(生産組合、JA、県で組織)が、栽培経験が浅い人を中心に、1週当たり2回の巡回指導を実施し、確実な技術習得を行っている。
JAおよび町では、研修中や就農後の住居、圃場選定を支援し、パイプハウスやかん水設備などの初期費用についても、各種補助事業で支援している。
(4)研究部や支部の互助活動
生産組合では、若手生産者、新規就農者および研修生で組織する「トマト研究部」があり、新たな資材や技術の試験などを担っている。この研究部では、新規就農者のパイプハウス建設や災害発生時の復旧などをボランティアで行う互助活動も行っている(写真4)。
また、地域的なまとまりによる支部ごとの結束力も強く、何かあればすぐ助け合う体制が自然とできている。これは、雪が多く厳しい気象条件の中、生まれてきた地域独自の「結」(注)の精神がトマト栽培にも生かされている結果である。農家は個々の経営であるが、生産者同士のつながりを大事にして、新規就農者も産地の一員、地域の一員である自覚をもって栽培していることが産地としてのまとまりを生んでいる。
注:交換的な共同労働をさし、労力の提供に対し金や物でなく労力で返すのが特徴。
今回のGI登録は、先達が築いてきた50年以上の歴史が認められたものであり、生産組合員は、この歴史ある南郷トマト産地を地域の財産として今後も維持拡大し、守り抜かなければならないと感じている。
今後は、生産力の強化、収穫作業や選果場の従業員など労働力の確保、冬期間の雇用創出などが課題として挙げられる。GI登録をきっかけに、さらなる生産意欲の向上やブランド力向上による販路拡大につなげていくとともに、Iターンなど新規就農者の確保・育成を行い、100年産地を目指して発展を遂げていくことを期待したい。